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2008年10月31日 (金)

『女優 山本安英』

 『女優 山本安英』 宮岸泰治 著・影書房 2006年10月7日 初版 第一刷 発行

 山本安英(やまもとやすえ)さんは、あの木下順二の名作「夕鶴」のつうの役を演ずること、1037回・・・その間、一度も休演することのなかった女優さんです。1993年の10月にこの世での生を終えられたそうです。

 この本の著者は、1947年、17歳のときに山本安英さんの講演を聞き、「生まれて初めて人の声を聞いた」と記すほどの感動を覚え、ついには演劇批評にほぼ60年打ち込んで、2006年6月10日に病没された方とのことです。

 山本さんは、「舞台のある時ない時にかかわらず、一日に必ず一度は俳優としての意識をもちたい」と語り、著者は「それはいつ舞台に立っても燃え上がる熾火(おきび)を絶やさない専門人の習いだとも理解できた」と受け止めています。優れた人と人との出会いをこうしたところから感じました。

 山本さん演ずるつうが雪下駄で野に立つ場面で、著者は「サクサクと雪をかむ音が聞こえるような」と書き、山本さんは、ずっと後までそのことを覚えていたそうです。

 山本さんは舞台への登場の仕方、どんな心情を台詞に込めるかなど、常に追究し続けた女優さんだったとのことです。

 「夕鶴」の素材となった「鶴女房」は佐渡に残っていた民話で、その縁で1987年に佐渡に文学碑が建てられ、木下順二さん、山本安英さんが招かれたときのことなども記されています。

 実は、1037回公演された「夕鶴」の何回目に当たるのかは分かりませんが、国語の教師仲間とその舞台を見たことがあります。細身で小柄なのに声が美しく響き、ごく自然に鶴を連想させる動きが感じられたことなどを思い出します。生の演劇をそれまであまり観たことがなかったので、はなはだ頼りない記憶ですね、

 よいものをよいと見ることができるためには、それだけの素地が要るのか、それともそういたことを超越して心を動かすものがあるのか ・・・ などと考えつつ、読み進めています。 演奏会、そして舞台芸術に足を運びたくなりました。

 今日も、よき日となりますように。

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2008年10月30日 (木)

秋のメニュー

 このところ、朝夕が涼しくなりましたね。時には涼しさ以上の域に達するように感じています。

 このシーズン、鍋物などがうれしいです。

 おでん、大根を薄くスライスしたしゃぶしゃぶ、味噌煮込みうどん、湯豆腐プラスたくさんのアルファー ・・・ これが、ここしばらくの夕食のメニューです。

 そうそう、豆腐のシューマイなどもありました。

 肉離れ ・・・ いえ、陸上選手などが足を痛めたときの肉離れではなく、ステーキとか、ハンバーグなどの肉料理がだんだん登板回数が少なくなってきています。 ようやく、育ち盛りが過ぎたことを納得し始めたのかもしれません。

 それも、辛抱しているというより、食の好みが野菜方面に軸足を移してきているという感じなのです。

 すぐれた誘導係に感謝しないといけませんね。 ただ、体型としては、あの法隆寺の回廊のように、エンタシスなので、腹筋を鍛えようと思います。 それと、寝る5時間前から食べ物を口にしないのがいいそうですね。

 起きていると誘惑と闘わなくてはいけませんから、早めに寝ることにいたします。難しめの本を読み始めると、寝付きがよいかも知れません。

 どうも、私の秋の夜の過ごし方はバランスがとれていないような気がしてきました。

 それはともかく、よい秋の日となりますように。 

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2008年10月29日 (水)

音楽療法の講座 18~21

 ここ4回は、成人の音楽療法についての講座でした。4回のテーマは下記の通りです。

◇ 概論  

◇ 対象者の理解 

◇ 成人分野における音楽の役割 活用の仕方

◇ まとめ

 特に心に残ったのは、「音楽療法士としての心構え」です。

・自分を知ること

・体調、心身をベストに保って臨むこと

・主役は、自分や音楽ではなく、対象者

・音楽のエネルギー、メッセージ性を理解し効果的な援助をする

・信頼関係を築き、施設職員、関係者と力を合わせる

・独断に陥らず、日々研鑽に励む

・守秘義務を厳守する

 これは、多くの専門職にも通ずることだと思われます。

 4回の中のある講座では、重度の方と何年かを歩まれた過程、現状をを紹介してくださいました。 働きかけをスタートされた頃と現在では、対象者の方の表情、反応がはっきりと異なっていること・・・少しずつですが着実に豊かな時間を一緒に創り出せるようになってきていることが見て取れ、感激しました。

 この後、高齢者の音楽療法を4回学んで、その後は自主研修ということになります。

 岐阜県音楽療法研究所のホームページには、11月14日(金)、15日(土)の両日、一般の方が無料で参加できる講座が紹介されています。

 関心のある方はごらんください。

http://www.gmt-net.jp/seminar13.html

 気温が下がる時間帯が急速に広がりつつあります。どうか、お風邪などお召しになりませんように。

 我が家では、早々とこたつが登場しました。 ・・・ うーん、いいものです。

 それでは、よき秋の日となりますように。

 

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2008年10月28日 (火)

「ダイエット」の語源

 地域の文化祭の展示に出かける家内に、私へのお薦めの本を1冊だけ借りてきてくれるように頼みました。会場となっている建物に図書館もありますので。

 10冊まで借りられるのですが、家内は1冊分しか余裕がないと思ったようです。

 私が1冊だけといったのは、数ある本の中で、オンリーワンをどう選んでくれるかということだったのですけれど、それはそれで・・・

 帰宅した家内は、「はいっ」と自信たっぷりに本を差し出しました。

 な、なんと ・・・ NHK「今日の健康」のテレビテキスト2007年4月号でした。特集「内臓脂肪を減らせ!」副題が失敗しないダイエット

 とにかく、すなおにぱらぱらと読んで、というか眺め始めました。

 1952年生まれの神崎繁という専修大学文学部の教授がダイエットの語源について、次のように書いておられました。 ・・・ 専門はプラトン、アリストテレスなどの西洋哲学とのこと。

 ダイエットという言葉は、ギリシャ語の「ディアイター」が語源で「食養生」と訳されるが、元々「日々の暮らし」「生き方」を意味する。ソクラテス流に言えば、身体のダイエットも大事だが、満たされない心が肥満の原因である場合も多く、過度に身体を気にする以前に、心のダイエットにも気を配る必要があるということだろう。

 そういえば、ストレスの手っとり早い解消法は、食べることだと言いますから、心が安定し、平穏であれば、理性で食事の量を加減することができるようになりそうです。

 満ち足りた心持ちで、気分よく食が進むということも特に私の場合はありそうなので、そのへんは心しながら、まず、心を満たすことに心がけたいと思います。

 今日も、よき日となりますように。

 

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2008年10月27日 (月)

雨上がり

 午後、雨上がりの庭を見ていたら、黄色の花が咲いていました。家内に遠慮がちに尋ねますと ・・・ 前にも教えてもらったような気がしましたから ・・・ 「ツワブキ」とのことでした。

 葉には自信が持てたのですけれど、このような花が咲くとは ・・・

Photo  クリックしていただくと写真が少し大きくなります。

 美しい季節ですね。

 新緑はふもとから、紅葉は、いただきから ・・・ 今年はそういうことも意にとめながら、秋景色を見たいと思います。

 よき秋を愛(め)でる日となりますように。 

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2008年10月26日 (日)

根を見る目

A B  C                この3枚の写真は、長良川にかかる橋の塗り替えを撮ったものです。

 左は、足場を組み終わったころのもの、夏に通ってもトンネルのような状態で、涼しさを感じたものでした。

 中央は、ほぼ塗り終わって足場がはずされる途中のものです。鮮やかな色が塗られています。お化粧直しと申しましょうか。

 右は手すりに覆いがかかっている状態です。

 その覆いの意味を考えて、あっと気がつきました。私の目も心も、車で通るときに見える部分にしか届いていなかったことに。

 24日には、手すりを丁寧に塗っている人たちを見かけたのですが、通行している目線からは見えない橋桁、さらに橋脚も補修や塗り直しが進行中であるに相違ありません。

 木は、目に見えている部分以上に長い根を張っています。頭ではわかっているのですが、橋を渡るとき、橋脚にそれが支えられていることをほとんど意識していず、従って、目に見える部分の塗り直ししかイメージできていなかった私でした。

 10月20日からの一週間、二つの小学校、二つの中学校の授業を見せていただく機会があり、私なりにそれぞれのよさと課題をとらえたと思っていました。

 けれど、それぞれの授業、児童生徒の発言する姿、あるいは発言しない姿の根にあるものにどれだけ目が届いていたかを反省、吟味しなければいけないと思いました。

 今日は、日曜日 ・・・ 牧師先生の聖書に基づくメッセージを通して、自分の生き方の根を静かに見つめ直したいと思います。

 よき日となりますように。

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2008年10月25日 (土)

秋深む

 天候は回復傾向 ・・・ 最低気温が低めへと向かっているようですから、紅葉が進むのではないでしょうか。

 と、風流な書き出しでスタートしましたが、実は、セリーグのクライマックスシリーズの11回裏をラジオの実況中継で聞いています。

 私は勝ったときだけのドラゴンズフアンですが、ここまで煮詰まってきた時期ですので、試合の結果が出る前に、このブログを書き終えてしまって見かけ上は平静に書き上げようという気になりました。

 今、ダブルプレーで、ジャイアンツの走者がなくなりました。

 ・・・ うーん、こんなことを書いているより、今日はブログをここまでとさせていただきます。 こういうのも、スポーツの秋の内に入るのでしょうか。  それでは、明日のブログでお目にかかりましょう。

 よい日となりますように。 

 

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2008年10月24日 (金)

ザルツブルグの女主人

 10月23日の朝日新聞の投書欄にこんな記事がありました。

 この投稿者の従弟がモーツアルトの生地、ザルツブルグに旅行し、この機会にバイオリンを購入しようと現地の店を訪れたのだそうです。

 女主人は、まず、3万円、次に5万円のバイオリンを提示したそうです。

 従弟は、せっかくの機会だからとショーウインドウの中の楽器を見せてもらうことにしました。(ちなみに70万円ほどのバイオリンだったとか)

 3回ほど弦を弓で弾いたら、女主人は、さっとそれを取り上げ、彼に3万円のバイオリンの購入を勧めたそうです。「初歩の手始めにはこのくらいの楽器でいいのよ」

 その話を聞いた投稿者(76歳のご婦人)は、ザルツブルグの町並みを思い浮かべつつ、異国の、いわば一見(いちげん)の客に、「売らんかな」ではなく、真摯に対応した女主人のマイスター精神に感じ入ったとのことです。

 ・・・ いろいろな解釈が出来るのかも知れませんが、そのとおりに受けとめ、秋にふさわしい、いい話だと思いました。

 今日もよい日となりますように。

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2008年10月23日 (木)

生の音、人工の音

 大学時代、音楽鑑賞の講座があり、これは音楽科だけでなく一般の学生に開かれていましたので、受講していました。

 その先生は、確かあのワルツ王、ヨハンシュトラウスの愛器だったバイオリンを所有しておられ、岐阜県交響楽団の母体を昭和28年ころにスタートさせた方です。

 その講義の中で、人間の声が最高に芸術性の高い楽器で、間にいろいろな装置が入るほど芸術性から遠ざかるのだ、というお話がありました。

 そういうものかなあ、とそのときは思ったのですが、最近になって、たとえばバロック音楽が胎教によいと言われるけれど、レコードやCDなどの音ではなく、できれば生の演奏が一番よいのだと聞きました。また、落語などの話芸、演芸も肉声を鍛えてできるだけ、マイクに頼らないこと ・・・ そうすれば声だけれど、マイクを通すと音になってしまうのだと落語の名人が書いているのを読みました。 「音声」ということばもあるのだから、そうこだわらなくてもいいではないかと思わないでもありませんでしたが、大学時代の講義とも思い合わせて、考えることが時々あります。

 結論は、自然の中に出ていって生の自然を見、聞くことが出来ればそれが一番よいだろう。また、コンサート会場に足を運んで生演奏を聞くことが出来れば、音楽を楽しむには理想的だろう。

 それが出来ないときには、電気的な音、ラジオ、CD、テレビなどで音楽や美しい情景などを鑑賞するのが次善の策だろう   というところに落ち着きました。

 常識的なところにいたるまでをおつきあいいただきまして、ありがとうございます。

 赤ちゃんには、おなかの中にいるときから、穏やかな母親、家族の声を聞かせ、生まれてからは肉声で子守歌などを歌って聞かせ、有名な人の朗読をテープなどで聞かせるよりは、家族が読み聞かせをしながらはぐくむ ・・・ 同じ部屋で同じ時間を共有しながらすごすことにもなりますし、これは大事なことではないかと(書き起こしたこととは別のところに来ているかも知れませんが)、思います。

 電話、携帯電話、メールよりも、また、パソコンで打ったメールよりも、肉声、顔を見ながらの会話、手書きの文字のほうが、心を結ぶ力がより豊かだということになるかもしれません。

 生の演劇、寄席、オペラ、コンサートは、手間も時間も費用もかかりますけれど、それゆえに得られる感動も大きいという面があることでしょう。

 しっとりと雨が降る秋の日、そんなことを考えてみました。

 今日もよい日となりますように。

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2008年10月21日 (火)

♪ 「ラ・カンパネラ」

 NHKの「名曲探偵アマデウス」という番組は、クラシックの有名な曲の成り立ち、構成を推理小説のように解き明かしてくれておもしろいですよと紹介してくださった方があります。

 曲のアナリーゼ(分析)は、せっかく楽しく聴いている曲をばらばらにして、骨皮筋エモンのように味気ないものにしてしまうことが多いのではないか ・・・ これは、イソップ物語の自分の手が届かないところにあるブドウを「あれは酸っぱいから私は採らないのだ」と対象をけなすことによって自負心を保とうとするキツネのつぶやきに似た私の思いです。

 でも、「名曲探偵アマデウス」は、謎解きの要素をうまく盛り込んで展開し、登場する演奏家の生の思いも語られるので、好きな曲が素材になっている時にはなかなかおもしろい番組です。

 先日、この番組に「ラ・カンパネラ」が登場し、リストのこの曲には三つのバージョンがあることを知りました。それぞれが書かれ、発表された時期はかなり年数に開きがあるそうです。一つの着想を何年にもわたって作曲し続けたリストの情熱、真摯さが偲ばれました。

 たいへん驚いたことがあります。番組に登場したピアニストの小山実稚恵さんが、「ラ・カンパネラ」の三つのバージョンをどれも楽譜も見ないで鮮やかに演奏されたのです。 三つのどれも難曲だと思うのです。いかに優れたピアニストでも一朝一夕に弾けるようになる曲ではないと思うのですが、それを三曲とも暗譜で見事に演奏される ・・・ そんなことってあり ?  と信じられない思いでした。

 チャイコフスキーコンクール、ショパンコンクールのどちらにも上位入賞を果たしているのは、日本人では小山実稚恵さんだけです。卓越した存在だとは知っていましたが ・・・ とにかく、小山さんの「ラ・カンパネラ」の演奏と語りを観ることができ、先日の「名曲探偵アマデウス」は、すてきな出来映えでした。

 この小山実稚恵さんが岐阜に来演され、クリスマスイヴにチャイコフスキーのピアノ協奏曲を弾かれます。これも魅力ある企画ですね。

 今日も、よき芸術の秋の日となりますように。

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日進月歩というけれど

 私は文化系の人間ですが、小学の高学年から中学校時代は、簡単な天体望遠鏡を組み立てたり、アマチュア無線の免許を取ったりするなど、科学の世界にも興味を抱いていました。

 そうしたことと、字が下手であることから、割合に早くワープロになじむようになりました。(といっても、作家の曾野綾子さんが購入した5百万円か6百万円ほどした初期のものではなく、家庭内で争いが起きないか小規模でとどまるくらいの価格になってからのことです。)

 この二つのことが素地となって、比較的早くからパソコンにさわるようになりました。

 パソコンはその用途が固定されず、広い分野に活用できることで広がったのですが、私は文字を打つためにさわっていたキーボードにあまり抵抗がなかったことや、ある時期の職場にパソコンに強く、しかも丁寧に教えてくださる方がおられましたので、楽しみながら操作を覚えることができたのは幸運だったと思います。

 今回、必要があって、ICレコーダに録音されたファイルを普通のCDプレーヤーで聞けるようにすること、そしてそのCDにタイトル、内容などをプリントするという作業をすることになりました。

 その過程で学ぶことができたのは、MP3という形式のファイルをWAVEという形式に変換すること、そのままでは一枚のCDにおさまりきらないので、余分だったところを削除しておさまる容量にすることなどでした。

 この人に尋ねれば道は開けるという人に教えてもらうことが出来、私なりに模索し、何とかその作業ができる見通しがもてたのは喜びでした。

 パソコン機器やその技術は、日進月歩、あるいはもっと速く、秒進分歩などとも言われるようになりました。けれど、その進歩をもたらしているのは、まぎれもなく人間です。

 洗濯機や電気釜は何通りかの使い方ができますけれど、まずは自分のしたいことができれば、いいわけです。

 必要なときにその用途でパソコンを使えるようにする ・・・ 飛躍するかも知れませんが、国会議員は偉い人かも知れませんが、その人を選んでいるのは国民です。パソコンは、なかなかの力を発揮しますけれど、あくまでも道具であって、それを生み出したのも、活用しやすくしてきたのも人間です。

 主客転倒することなく、パソコンにも「さあ、やってごらん」 「おお、こちらの指示がちょっと不足していたかな まだおまえさんには気を利かせて仕事する力がないんだね、よしよし さあ、これでどうかな」 「おお、できたじゃないか、よしよし、お利口さん。今度もまた頼むよ」というような関係で、育てていけばいいのだと思います。

 日進月歩などとせっぱつまらず、楽しみながら歩んでいこうと考えています。

 今日もよい日となりますように。

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2008年10月20日 (月)

秋たけなわ

  岐阜市とその近郊では稲刈りが進んでいます。皆様のところでは、いかがですか。

 日曜日、私の通う教会では午前中に礼拝、午後にコンサートがありました。

 練習して手話で歌えるようになった「きよしこの夜」、そしてハーモニカ、大正琴、リコーダーの演奏、オカリナの演奏、クライマックスは兄弟の関係にある教会から出演したくださった聖歌隊 ・・・ これが、無伴奏 いわゆるア・カペラでとても力強く美しいハーモニーを聴かせて魅了してくれました。

 さらに詩の朗読や、フリー参加のコーナーでは、すてきなソロの歌唱がありました。

 「感謝にあふれて心から神に向かって歌いなさい」 ・・・ 聖書のコロサイ人への手紙3章16節のことば・・・がテーマでしたが、それが実現できたように思えるコンサートで、余韻を噛みしめております。

 秋の日々 ・・・ 皆様の毎日が実り多きものでありますように。

 

 

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2008年10月19日 (日)

0003 0004                     明るい秋の日ざしに照らされていると、いろいろなものが

美しく感じられます。

 お色直しをしていた橋が、きれいに仕上がって、足場を取りはずされつつあります。交通への影響をおさえるため、おもに夜間の作業となっているようです。作業してくださる方のご苦労が偲ばれます。 ありがとう存じます。

 もう一枚は、大学のバラ園のそばのりんごの樹 ・・・ いくつものりんごが実っています。

 島崎藤村が詩「初恋」に 「うすくれないの秋の実に 人恋ひ初めしはじめなり」 でしたか、りんごを登場させていましたね。 「初恋の味 カルピス」というキャッチフレーズがありましたが ・・・ 懐かしく思い出します。

 余談ですが、富士山などには毎年初雪が降ります。 ですから、人にも、一度ならず初恋があってもよいのではないでしょうか。 小学生の時の初恋、中学生の時の初恋 ・・・

という感じで ・・・。 いえ、毎年とは申しませぬけれど。

 今日は日曜日、よき日となりますように。

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2008年10月18日 (土)

♪ふけゆく秋の夜

 「マリア」という映画のDVDを入手し、見終わったら秋の夜が更けていました。

 それで、♪「旅愁」という歌を思い浮かべている次第です ・・・ ふんふん、それで ・・・ それだけのことで、題とのつながりはおしまいです。期待していただいた方、すみません。

 さて、映画「マリア」は、けれんみなく、淡々と描かれた作品という印象を受けました。そうであるだけに聖書に書かれていることが素朴な筆の運びで忠実に浮かび上がってくる感じがいたします。

 エジプトへ難を避けるために旅をする場面でこの映画は終わりますので、それが「マリア」と題されているゆえんでもありましょう。イエス・キリストについては、「偉大な生涯の物語」や「ナザレのイエス」「キングオブキング」、そして「ベン・ハー」「クオヴァディス」などが描いています。「パッション」という映画がイエス・キリストがむち打たれる場面、十字架につけられる場面をかなりの時間をかけて描いているとのことですが、私は正視できないと思いますので、見ていません。

 イエス・キリストに少し関係して作られた映画で見たのは、ほかに「バラバ」・・・確か、アンソニークインが主役でした、そして「聖衣」など。 

 私としては「偉大な生涯の物語」がイエスの生涯をテーマとしていますので、これをお薦めします。

 また、三浦綾子さんの原作が映画化された「氷点」「塩狩峠」「海嶺」も、機会がありましたら、ごらんいただければと思います。この中では「塩狩峠」を私は何回か観ています。そのたびに感動しました。

 旧約聖書を舞台とした映画では「十戒」「天地創造」「ソロモンとシバの女王」「サムソンとデリラ」「ソドムとゴモラ」などがあります。このうち、何回も放送されるのが「十戒」で、評価もそれだけ高いのですね。(十回は見ました、などと洒落をいうつもりはありません)

 でも、何といっても直接に聖書を読んでいただくこと、そしてキリスト教会で聖書に基づく牧師先生のメッセージを聴いていただくことがイエス・キリストに出会う一番着実な道だと思います。

 さて、私の通う教会では、10月19日の午後1時半から「天使のつばさコンサート」と題して、約1時間の無料コンサートを開きます。 お時間の都合をつけて、どうぞ多くの方、おいでになってください。

 よい土曜日、そして日曜日となりますように。

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2008年10月17日 (金)

気温の差

 今年の秋は、柿や栗が豊作というか、よい味なのだそうです。

 生り年(なりどし)かそうでないかということもあるのかもしれませんが、夏と秋の気温差が大きく、それも徐々に変化するのでなく、急激に気温が変化すると、よい実りになるとか。

 紅葉も急激に気温差を樹木が体験すると、鮮やかなのだと聞きました。

 自然の中のことは、つながり合っていることが多いのですね。月と潮の満ち干も関係があるのでしたっけ。

 少し、気が早いですが、漬け物にする長い大根、守口大根は、暖冬よりも、寒さの厳しい冬のほうが丈が長くなるのだそうです。

 地表が寒いので、暖かさを求めて地下へ地下へと伸びようとするからだそうです。

 植物が順境よりも、むしろ逆境でこそ、美しさを増したり、丈を伸ばしたりするとしたら、動物・・・人間もそういう面があるのではないかと思われます。

 真珠は、核となるものを入れられて貝が痛がって流す涙の結晶と言えそうですし、寒い地方で冬を越して育つ樹木は、木目がしまっているようです。

 身近なところでは、私の腹回りも、のびのびと育てすぎているので、筋肉トレーニングによって引き締める苦労を本気でしたほうがよいようです。

 でも・・・冬眠前の動物は、体を太めにするのですよね。 ・・・ 「冬の間、食べずに我慢するなら動物の真似をして秋にふくよかになってもよいよ」という声が聞こえてきそうです。

 なかなか自らを厳しく律するのは難しいものですね。

 ともかく、よい日となりますように。  

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2008年10月16日 (木)

秋の薔薇

0006 0007 0012                大学に秋の薔薇が咲いています。

 15日は、満月 ・・・ ふと、月光に照らされる薔薇を見に行きたく なりました。 でも、月夜には、月見草、月下美人などが出番でしょうか。 ・・・ すみません。咲く時期も確かめずに

勝手な配剤をしているので、詳しい方には笑止千万かもしれません。

 今宵10月15日は、岐阜市の鵜飼いのフィナーレとか。満月の夜は鵜飼いは休みになるのですが、今夜は鵜飼いが行われ、鵜飼いじまいの花火も打ち上げられているようです。来年まで、鵜も鵜匠さんたちも体を休め、エネルギーを蓄えるのでしょうね。

 鵜飼いの鵜は、重労働に励むので繁殖せず、海の鵜をとらえて、根気よく仕込むのだそうです。   篝火に照らされる古代絵巻 ・・・ 今宵はいろいろなことに思いを導かれる月夜です。

 つい、おなかをポンとたたいたら、タヌキ囃子の歌を思い浮かべました。 先ほどまで、ベートーベンの「月光」を弾いていたというのに・・・

 さて、一夜明けて、よい日となりますように。

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2008年10月15日 (水)

すてきな心意気

 音楽療法の学びに行きました。近くに建設中の建物があるのですが、ふと、掲げてある看板に目がいきました。

 そして、おお、いいセンスだと印象に残りました。写真で紹介させていただきます。

Photo  クリックしていただくと少し写真が大きくなります。

 外部の人に向かって心意気を示すとともに、工事に携わる社員一人一人の内側から自覚を高める ・・・ 端的にその両方の役割を果たしていると思ったのです。

 その場しのぎでなく、自分たちの存在と誇りにかけて後世に残る仕事をするんだ ・・・ 建築界だけでなく、すべての大人の仕事がこうありたいと思います。

 今日もよい日となりますように。 

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2008年10月14日 (火)

秋の夜の月

 雲もありましたが、見事な月が秋の空をゆくという感じの夜でしたね。

 それに誘われて、芸術の秋の感興が強まりましたので、文芸を味わってみたくなりました。

 ということで、落語家さん、そのほかの方の俳句が昨日挙げた本のなかに、本文や後書きなどにありましたので、秋の句ばかりではありませんが、記させていただきます。

 桂 米朝さん  俳号は八十八(やそはち) ・・・ 「米」の字からつけられたようです。

 春雷を聴きしや鳩のつぶらな目

 亀ずるずると五月の水に落ちにけり

 露地ごとに夜店のあかり見えにけり

 春の雪誰れかに電話したくなり

  上記の句は、米朝さんの本に後書きを書いた小澤昭一さんが米朝さんの句から数句を挙げてくださったものです。

 小沢さんと米朝さんは、正岡容(いるる)さんの「やなぎ句会」で30年以上の仲間だそうです。小沢さんはご自身の句を一句だけ書いておられます。

 国宝も国辱もいてやなぎかな

入船亭扇橋 さん

 親が来て声にぎやかに燕の子

 父の日の日ざしさへぎるものもなし

 行く雲を白く映して田植かな

 草の花いとしや仄かなるゆゑに

 しあわせは玉葱の芽のうすみどり

 栗飯のかがやくばかり炊きあがる

 

 凝縮された表現に、やはりそれぞれの方の人柄もイメージされますね。

 今日もよい日となりますように。

 

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2008年10月13日 (月)

桂 米朝 『落語と私』

 『落語と私』 桂米朝 著 ポプラ社 2005年11月6日 第一刷発行

 この本は昭和50年に出た本の新装改訂版だそうです。桂米朝さんは人間国宝の落語家です。

 落語について大事なことをほとんどすべてを網羅しているのではないかと心を打たれました。

 書かれている一節に、有名な落語家のしょうかいがあります。大きな役割を果たした三遊亭円朝は、なんと十七歳で真打ちになった天才だそうです。

 円朝のことを書いた中にこんな文章がありました。要約しますね。

 速記者の草分けの二人が、当時人気絶頂だった円朝の演ずる『牡丹灯籠』の速記本を明治17年に出版したところ、たいへんよく売れた。

 当時の若い文学者は口語体の小説を書くのに大変な苦労をしていたが、その一人、二葉亭四迷がどうしたら文語体でない小説を書けるかと坪内逍遙に相談した。

 すると、逍遙が円朝の速記本を参考にするようにとアドバイスし、これがもとになって、我が国最初の口語体小説(当時、言文一致体と呼ばれた)『浮雲』が書かれた。

 ・・・ この記事は、私にとって新鮮な内容であり、驚きでした。また、速記本で『牡丹灯籠』を読んで、その内容を怖くないと思っていた岡本綺堂(銭形平次の生みの親)が円朝の口演を寄席に聞きに行って、その名演におびえにおびえ、帰りの夜道を逃げるように走って帰ったことも記されていました。

 また、米朝さんは、マイクを使わずに五百人ほどにしっかり聞こえる声を出すのがプロとしての噺家と書いておられ、マイクを使うと「声」は「音」となるとも言っておられます。

 うーん、奥が深いですね。

  秋の夜長 ・・・先日の円楽さん、歌丸さん、今回の米朝さん、そして入船亭扇橋さんの『噺家渡世』(うなぎ書房 2007年7月31日刊)、内海桂子さん『桂子八十歳の腹づつみ』(東京新聞出版局 2001年8月15日 初版発行)など、このところ、こうした芸をきわめた方たちの本に魅せられています。

 今日も、よき日となりますように。

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2008年10月12日 (日)

「米百俵」海を渡る

 「米百俵」海を渡る  ・・・ 著者の竹元正美さんは、中米ホンジュラス特命全権大使です。日之出出版 2004年6月24日初版発行

 ご存知とは思いますが、まずは「米百俵」のお話しから

米百俵

 1868年、長岡藩(現新潟県長岡市)は、戊辰戦争で消失率85%という焦土となった。家も食べ物もなく困窮していた長岡藩に支藩であった三根山藩(現新潟県西蒲原郡巻町峰岡)から救援米が百俵送られてきた。

 この救援米が分配されるものと思っていた藩士たちを体を張って大参事小林虎三郎が説得し、米百俵は売却され、代金は教育にあてられた。

 この故事をもとに、山本有三が1943年に戯曲「米百俵」を執筆した。

 ・・・ おれは、この落ちぶれた長岡を見ていると、胸が締め付けられるような気がする。あの時、さきの見えた人物がおりさえしたら、同胞はお互いに血を流さないでもすんだのだ。・・・町は焼かれはしなかったのだ。そして、武士も町人も、こんなに飢え苦しむことはなかったのだ・・・国がおこるのも、ほろびるのも、町が栄えるのも、衰えるのも、ことごとく人にある。だから、人物さえ出てきたら、人物さえ養成しておいたら、どんなに衰えた国でも、必ずもり返せるに相違ないのだ。・・・のう、今日のことだけ考えずに、さきざきのことを、よっく考えてくれ・・・この百俵は、今でこそただの百俵だが、後年には一万俵になるか、百万俵になるか、はかり知れないものがある。いや、米だわらなどでは、見つもれない尊いものになるのだ。その日ぐらしでは、長岡は立ち上がれない。あたらしい日本はうまれないぞ。   山本有三著 「米百俵」 新潮文庫版より

 この「米百俵」が、さまざまな人の力添えにより、中米のホンジュラスで公演され、貧しさの中で新しい国作りをとの希望をはぐくむ力を湧きあがらせてくれる何よりの贈り物として評価されているとのことです。

 この公演に出演したのは、ほとんどホンジュラスの人たち、それに青年海外協力隊員も琴の演奏や、着物の着付け、日本の文化、歴史を伝えることなど、大きな力となったそうです。

 また、宇宙飛行士の向井千秋さんも協力者の一人。スペイン語訳のもととなったのはドナルド・キーンさんの英語訳で、キーンさんも支援。向井さんは、日本が無償でホンジュラスに提供した中米で初めてのプラネタリウムの開所式に、「夢に向かってもう一歩」との言葉で有名な向井千秋さんに来ていただいて子どもたちに夢を語って欲しいという著者(ヒューストンに総領事として勤務したことがある)の発案からホンジュラスとの縁ができたようです。

 「米百俵」を2001年5月7日の首相としての所信表明演説の中で引用した小泉元総理は政界を引退するようです。

 紹介・引用が長くなりました。私は、ホンジュラスから留学に来た方に日本語をコーチしたことも思い浮かべながらこの本を手にしたのですが、ホンジュラスだけでなく、今の日本自体が、この「米百俵」の精神を真摯に受け止め、教育を建て挙げていきたいとの思いに駆られています。

 今日も、よい日となりますように。

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2008年10月11日 (土)

「脳の話」 その4

 『文藝春秋』2008年5月号 の特集「脳力革命」に執筆された四人の方の文章から、私が読み取ったことを紹介させていただいてきたこのシリーズ、今日がひとまずの区切りとなります。

 神山潤さん(東京北社会保険病院副院長)の見出しは「国民よ、脳のためにもっと眠れ」ーひらめきも学力も生産性も睡眠で決まるー です。 かいつまんで内容をご紹介いたします。

  人間は寝て食べて初めて活動できる動物

  脳にある生体時計からの命令で自律神経、体温、睡眠ー覚醒、各種のホルモンなど、おおよそ一日の周期で変化するさまざまな生理現象がある

【例】 体温は明け方最低になり、午後から夕方にかけて最高になる

 ヒトは午後2時と午前4時には眠くなるもの

 いちばん目が覚めているのが午前10時から12時、次に夕食前 ごろ

 生体時計の一日は24.5時間ほど ・・・ 地球時間の24時間に合わせるようにリセットする因子が、特に朝の光(自然光)を浴びると効果的に働く。夜ふかしをすると朝寝坊につながり、生体時計と地球時間がずれ、時差ぼけの状態になりやすい

 朝の光を浴びると、セロトニンというホルモンが分泌しやすくなる。セロトニンは脳の発育を促し、心を穏やかにする神経伝達物質。この濃度が薄くなると、動物は攻撃性が強くなったり、社会性がなくなったり、孤立したりすることが分かっている。ヒトの場合は精神が不安定になり、「キレる」症状をこのことで説明しようとしている学者もいる。

 統計によると、日本の子どもは世界一夜ふかし ・・・福岡教育大の研究によると、小学校高学年の成績上位群の5割は午後9時半前に床についており、下位群はその時間に床に就いているのは2割。また、午後10時半以降に床につく子の中に成績上位群の児童はいなかった。

 ドイツのリューベック大学の研究グループは、眠りが「ひらめき」を増すこと・・・眠りが新しい記憶の表象を再構築することで情報の把握を導き、ひらめきに満ちた行動を促すという実験結果を報告している

 とデータも挙げて述べた後で、神山さんは、

◇ 午前中しっかりと目が覚めているような生活習慣を工夫すること

◇ 朝食をしっかり食べること

◇ リズミカルな筋肉運動は脳の働きをよくする ・・・中年期に運動していないと、運動している人に比べて3.85倍もアルツハイマー病になりやすいというデータがある

○ 子どもたちを早く寝かすと共に、日本人全体が「15分早起き、45分早寝」で、せめてもう30分は多く眠るようにお勧めします

と文を結んでおられます。

 いかがでしょうか。私はとても説得力を感じました。 もともと、寝ることと食べることは大好きですし ・・・ 

 味覚の秋、スポーツの秋 ・・・ 昼間を充実させて、秋の夜長をよく眠る   そんな生活がよいようですね。

 今日もよい日となりますように。

 明日は日曜日、できましたらキリスト教会の礼拝にお出かけください。

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2008年10月10日 (金)

「脳の話」 その3

 『国家の品格』、『日本人の矜持』、『祖国とは国語』などの著書がある藤原正彦さんは、数学者です。この方に文部科学大臣になってほしいと齋藤孝さんは書いておられます。

 さて、その藤原正彦さんの次の文章を紹介したいと思っていましたら、日本人のノーベル賞受賞者が今年は一挙に四人も・・・とのニュースが飛び込んできました。ご存じの通り、物理学賞3人(南部陽一郎さん・小林誠さん・益川敏英さん)、そして化学賞1人(下村脩さん)です。

    ◇   □   ○   ☆   ※   ☆   ○   □   ◇

 藤原正彦さんの文章から

「日本人は独創性に乏しい」というのは、日本人に自信をなくさせ、悲観的にさせて、能力を封じ込めようとする欧米諸国の陰謀に過ぎませんから、それを鵜呑みにしてはいけません。

・・・日本人の独創性を生み出してきたものは、圧倒的に美しい自然 

 植生が豊かで、特に明治期に来た外国人は口をそろえて日本の美しさを絶賛していた 

 日本は世界でもとりわけ美しい自然にめぐまれていたから、万葉集や源氏物語、奥の細道といった世界一の文学を生み、数学、理論物理などでも卓越した業績を生み出してきたんです。

 偉大な数学者、岡潔先生は「野に咲く一輪のスミレを美しいと思う心が数学だ」と語られました。

 美的感受性 ・・・ これは一番大事な力です。

 私は、高校生などに講演する時に必ずいうのは、偏差値や知能指数が高いというだけで学者になってはいけない、感動する力、美的感性が高いと思った人こそ学者を目指すべきだ、そうでないと必ず挫折します、と話しているんです。

  ◇   □   ○   ☆   ※   ☆   ○   □   ◇

 かいつまんで藤原正彦さんのお考えを紹介させていただきました。

 上のような文章に共感を覚えていましたら、今回のノーベル賞のニュースです。

 生まれた国に誇りを持ち、それゆえに国籍の違う人たちのそれぞれの国とその文化にも敬意を払い、自らが美しい自然を、美しいものを感受し、愛でながら生き生きと歩む ・・・ そういう大人が自信を持って子どもたちをはぐくむ ・・・ そうありたい、そうあらねばならないと思います。

 大人が生き生きとしていないで、未来に夢を抱いて歩む子どもを育てることなど、出来ない相談ではないでしょうか。

 今日もよい日となりますように。 

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2008年10月 9日 (木)

「脳の話」 その2

 川島隆太さんは東北大学の先生で、医学博士です。おでこの裏側にある「前頭前野」というところが思考力と大きな関わりがあるので、ここを活性化しようとゲームや教材を監修しておられます。これは、ゲームやドリルを通じて家庭や社会にコミュニケーションの機会を増やし、社会を鍛えたいとの考えからだそうです。

脳を鍛える三つの原則

1,読み・書き・計算 

 読み ・・・ 黙読ではなく、声に出して読む

 書き ・・・ 手を動かしてアウトプットすること

 計算 ・・・ 数を数として扱う単純計算

2.顔と顔を合わせて話すこと

 言葉を聞くことに加えて、表情や身ぶり、口調など脳を使ってさまざまな非言語コミュニケーションをする

3.目的を持って指を使うこと

 単に指を動かすだけでなく、料理をしたり、絵を描いたり、楽器を演奏したりするなど、目的をもって指を動かす。

 上記のことは、認知症の患者の方とインストラクターがコミュニケーションをとりながら一日5分取り組むことで認知機能や前頭葉機能が向上っすることで裏付けられているそうです。トレーニングによってある能力が向上すると「転移」といって、脳の他のところも強化されることも分かっているそうです。

 もうひとつ ・・・ 川島隆太さんは、朝食を食べない人は午前中の時間を棄てているのに等しいと言い切っています。そして食事の内容もパンとか、おにぎりだけでなく栄養のバランスよく食べることが大切だと強調されています。

 川島さんの今後の研究は、子供の発達だそうで、子どもの脳の健全な育成のために大人は何をしたらよいのかを示したいとのことです。

 私もその研究の進展に期待したく思います。でも、その成果が発表されるのを待つのでなく、昔からよいと言われていることを自信を持ってすすめていれば、その良さが科学的に裏付けられることになるのではないかと予測しています。まだ証明されていなくても「生活の知恵」というのは、すばらしいものがあるからです。

 音読、読書、文章書き ・・・ テレビを少なくして、親子で短時間でもこれをしていたら、きっと効果は大きいと思います。

 朝刊に、日本の三人の方がノーベル物理学賞を受賞と報じられていますね。そして、化学分野の方がさらに加わったとのニュースも入りました。明日は、その3として、このことにもふれたいと思います。

 今日も、よい日となりますように。

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2008年10月 8日 (水)

四人の学者の「脳の話」 その1

 水曜日のブログでは、火曜日の午後に受講した音楽療法の講座について、紹介させていただいてきたのですが、今回からそのパターンを変えることにしました。音楽療法の講座は、「成人の音楽療法」4回分、「高齢者の音楽療法」4回分というまとまりで書かせていただきます。

 さて、今日の見出しの「脳の話」です。

 たまたま手に入った『文藝春秋』2008年5月号に「脳力革命」という特集があり、四人の学者が脳に関して書いておられました。

 今日は、その1として、脳科学者、茂木健一郎さんの提唱を ・・・

 ひらめきの回路を強化しよう  茂木健一郎

◇脳科学的に見ると、脳に生まれつきの決定的な得手不得手はない。

◇脳の強化学習のサイクルが回り始めれば、脳は強化される

そのためには

・ 能動的に取り組める課題を見つけること

・ 作業の制限時間を決める「タイムプレッシャー」を採り入れたり、作業量を増やして脳の持続力を鍛えること

創造性は経験から生まれる

◇中高年は、すでに十分な知識や経験をもっている

◇ ひらめきや創造性は年齢を重ねてこそ到達できる思考の境地

・創造性とは、記憶をマネージする脳のシステムの働きである

・やわらかなバランス感覚と、常識 ・・・論理だけではなく実感に基づく健全な思考を大切に

 大まかすぎるまとめ方ですが、およそ上記の内容だと私は思いました。

 そしてブログや日記を書くと、自らを客観的に見つめる機会をもてるのでよい、とも書かれていました。直近の経験がより意味の分かる形で脳の中で整理されることになるのだそうです。

 ただし、それは茂木健一郎さんの場合であって、私の場合は、逆に思考が拡散して、とりとめないものになり、脳の弱体化に拍車がかかるということになっているかもしれません。

 でも、性懲りもなく、明日はその2として川島隆太さんの「脳の話」を、と考えています。

 おつきあい、ありがとうございます。

 今日もよい日となりますように。

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2008年10月 7日 (火)

養老孟司さんの本を読んで

  養老孟司さんは、解剖学、科学哲学の専門家で東京大学医学部教授を退官され、現在東京大学の名誉教授だそうです。

 著書に『唯脳論』、『バカの壁』、『死の壁』などがあり、今回私が読んだのは『超バカの壁』 2006年1月20日発行です。

 正直に申しますと、ベストセラーになった『バカの壁』は書名がなんだか賢い人からバカ呼ばわりされているように思えて、手に取ることもしませんでした。

 それならば、『超バカの壁』にはなおさら違和感を覚えそうなものですが、まあ、気分が向いたので読んでみました。 ・・・ このあたり、柔軟性があると思ってくださるか、定見のない無節操な人だなとお思いになるかはおゆだねします。

 いろいろなことにとらわれず、自分の考えをずばずば書く人だなというのが読後感です。小気味よいほどに。

 少し、引用させていただきます。

誤解はあたりまえ

 ・・・ 誤解するのはその人の勝手です。それを無理やり止めることはできない。だからこちらはできるだけきちんとやるしかない。そうすれば誤解した相手が損をする確率が高くなるということです。

 こちらが目的地までの道を知っている。それを教えているのに、右と左を勘違いする人がいる。それで損するのは相手でしょう。道に迷うのですから。その誤解をきちんと解いてあげるのは親切な人です。私は自分を不親切だと思っている。

 ◇   □   ○   ☆   ※   ☆   ○   □   ◇

 いかがですか。 東京大学の教授が私の考えと違っていることをテレビや本で主張すると、患者さんがあなたのいうことを信じたら困る という苦情がよくきたので、こちらのせいにしないでご自分の考えが正しいと患者さんを説得するのはあなたの役目です というスタンスで対されたそうです。

 ただし、東京大学という権威を背負ってものをいうようにとられては本意ではないということで、「私」という個人で考えを述べるというところに身を置こうというのも大学をやめた理由の一つだそうです。

 いずれにしても、賢く、そして考え方も生き方も、はっきりと原則を立てて歩んでいる方だとの印象を持ちました。

 「ああすればこうなる」と予測して世の中が回っていることは否定しないが、予測するときの原則が通じるのは実は思っているよりも限られた範囲だということも知っておいたほうがいい」との意見も印象に残りました。

 さて、今日も、誤解をおそれず、堂々と自分らしく歩めたら、と思います。よい日となりますように。

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2008年10月 6日 (月)

『日本人として大切にしたい品格の躾け』

 『日本人として大切にしたい品格の躾け』 ・・・ 川嶋優(ゆたか)著 ・KKベストセラーズ発行 2007年7月25日 初版第一刷発行

 著者の川嶋優さんは、42年にわたって学習院の初等科・女子大学で教え、初等科長(小学校長)も務められた方です。

 全編にわたって、今の世の中が、子どもを若君、姫君に育ててしまい、自由と放任、放縦を履き違えている大人が多すぎることに警鐘をならしておられます。

 この書から切れ切れにですが引用させていただき、紹介に代えさせていただきます。

         ◇  ○  ☆  □  ☆  ○  ◇

「価値観」を押しつけるのが親の役割  

 教育する立場にある者がみな腰がひけている。これが日本の教育の現状です。

  親も自分の価値観を押しつけてはいけないと考えてしまいます。

 しかし、私から言わせれば、そもそも子供に価値観などあるわけがありません。子供はこれからたくさん学び、長い時間をかけて自分の価値観をつくっていくのです。まだ何もない時期だからこそ、親や先生が価値観を教え込まなければいけません。子供ひとりでどうやって、無から価値観をつくれというのでしょうか。

 指導者とは「価値観」を押しつける人のことです。「こんな人間になってほしい」「こんなふうに育ってほしい」という理想像を押しつけるのが、指導者の役割です。

 もう一度言います。押しつけられた「価値観」がなければ、子供は何を材料に自分の「価値観」をつくっていったらいいのでしょうか。ゼロから価値はつくれません。

「私のような人間になってほしい」と堂々と言おう

 お父さんははっきりと子供にこう言ってください。「私のような人間になりなさい」

 お母さんも言いましょう。「私のような人間になりなさい」あるいは「お父さんのような人間になりなさい」

 親になったら、堂々と胸を張って「自分のような人間になりなさい」と言える人間にならなければ駄目なのです。それが親になるということです。

 ところが、今の親は腰がひけているので、子供に何を教えていいかわからない。ひどい親になると「うちはすべて子供に任せている」と得意そうに言いきります。それは無責任というものです。

 まがりなりにも二十年、三十年の人生を生きてきた大人が、この世の中でまだ十年も生きていないようなよちよち歩きの人間に、いったい何を任せようというのでしょうか? もっと親としての自尊心と自信を持ってください。

        ◇  ○  ☆  □  ☆  ○  ◇

 二つの章から断片的にですが引用させていただきました。日本の今の時代に大切な見識の持ち主だと思います。

 この本の中に、こんなデータを含んだ文が記されています。

 世界の各国で高校生を対象にしたアンケートの中の「気に入らなかったら、親に反抗していいか」という問いに、ほとんどの国の高校生は「いけない」と答えており、「反抗していい」と回答したのは、全体の二十%荷も届かなかった。ところが、一つの国 ・・・ 日本だけは「反抗していい」が飛び抜けて高かった。なんと八五% ・・・ いったいこの国はどうなってしまったのでしょう。

聖書のことば  箴言  13章 24節

 子供を懲らしめない親はその子を心から愛していないのです。愛している子なら罰するはずです。

 今日もよい日となりますように。

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2008年10月 5日 (日)

肥えた牛 と 青菜の食事

 10月最初の日曜日 ・・・ 関根一夫牧師さんのメールマガジンから、聖書のことばとメッセージを引用させていただきます。

 今日も、そして今週もよき日となりますように。

    ◇  ○  □  ☆  ※  ☆  □  ○  ◇

心に愛とみ言葉を ・・・ み言葉というのは、聖書のことばのことです。

【箴言】 15章15節 ~17節
15:15 貧しい人の一生は災いが多いが心が朗らかなら、常に宴会にひとしい。
15:16 財宝を多く持って恐怖のうちにあるよりは乏しくても主を畏れる方
がよい。
15:17 肥えた牛を食べて憎み合うよりは青菜の食事で愛し合う方がよい。
  +  +  +  + +  +  +  +  +  +

 上記のことばに基づく 関根一夫牧師さんのメッセージ 

 心を朗らかに、主(神様)を畏れながら、愛し合いつつ生きることができ、衣食住に安定できていたら、私たちは幸せを味わえるのかもしれません。物に対する熱烈な執着、人への軽蔑は、幸福をもたらすものではありません。
 心を朗らかにすることや青菜の食事で愛し合うためには、何がどうなればよいのでしょう。互いの存在といのちを神様に感謝しあうこと、そして相手の存在を喜び、受け入れることがとても大事なことのように思います。
 そして笑うこと。落語の世界には貧しい人たちが登場し、笑わせてくれます。 そこには、心が朗らかなら、宴会に等しいという世界が広がっています。

 そういえば「青菜」という落語があります。おもしろい演目です。
失礼、話が逸れました。

 朗らかに、主を喜びながら、食事を楽しみながら、愛と笑いを味わえる人生を進んでいきたいものです。
                     祝福がありますように。  関根一夫

     ◇  ○  □  ☆  ※  ☆  □  ○  ◇

 肥えた牛を食べながら仲良くできたら ・・・ それは、うれしいことですね。 ・・・ 食いしん坊のムーミンパパの蛇足 でした。 すみません。

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2008年10月 4日 (土)

詩「赤ちゃんに寄す」 新川和江

0002  秋晴れの日が暮れて、静かな秋の夜となりました。

 写真は、いろいろな方からいただいたものがレイアウトしてあったので、写したものです。一番右にはフウセンカズラの種があります ・・・ そういわれればそうかなあと思ってください(^o^)

 こんな秋の夜は、詩を読んでみたくなります。

 親戚に近々の出産を控えている子が居ますので、次の詩をお届けいたします。

 ○  ○  ◇  ○  ○  ☆  ○  ○  ◇  ○  ○

 詩   「赤ちゃんに寄す」   新川和江

  うす紅いろの小さな爪

  こんなに可愛い貝がらが

  どこかの海辺に落ちていたらば

  おしえてください

  光る産毛 柔らかな髪

  こんなに優雅な青草が

  はえている野原があったら

  そこはきっと神さまの庭です

 赤ちゃんのすべて

 未完成のままに

 これほど完璧なものが

 ほかにあったら

 見せてください

     ■

 〈わたしが生んだ!〉

 どんな詩人の百行も

 どんな役者の名台詞も

 このひとことには

 適いますまい

 吾子よ

 おまえを抱きしめて

〈わたしが生んだ!〉

 とつぶやく時 ー

 世界じゆうの果物たちが

 いちどきに実る

 熟した豆が

 いちどきにはぜる

 この充実感

 この幸福

   ○  ○  ◇  ○  ○  ☆  ○  ○  ◇  ○  ○

 10月4日 ・・・ 天使の日なのだそうですよ ・・・今日、誕生日の友人へ  誕生日、おめでとうございます (^o^) (^o^)

 今日もよい日となりますように

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2008年10月 3日 (金)

プロとしての力量・生き方

 このところ、歌丸さん、圓楽さんと、お二人の落語家、「笑点」の司会者の著書を読みました。

 お二人に共通するのは、幅広い体験と知識、そして前向きの考え方をしながら歩んでこられたということです。

 そして、文章がその人らしい語り口になっているということ、ことば遣いの正しさということが、さすが話芸、落語の名人だなと感じ入りました。ことばのプロなのですね。

 でも、落語家の全部が、正しいことば遣いをしているとは限りません。

 つい先日も「的を得ていますね」と50歳近い落語家が口にしていました。

 「すごいおいしいですね」と、アナウンサーが語っている番組も一つや二つではありません。

 蛇足ですが、それぞれ「的を射た」・「すごくおいしい」が本来ですね。

(「すごい」は、連体形・終止形 「すごく」は連用形です。)

  ついでですが、「出る釘は打たれる」は「出る杭は打たれる」が正しく、「上手に書けれる」は「書く」が五段活用の動詞ですから「上手に書ける」と可能動詞を用いるのが正しいのです。

 さらについでですが、恩師を招くのに「枯れ木も山のにぎわいですから」というのは非礼ですし、親に海外旅行に行かせて欲しい子が昔から可愛い子には旅をさせろというでしょう」とねだるのは、これまた何をか言わんやです。

 また、対(つい)になることばということを厳格に考えると、人に向かって自分のことを「おれ」という人は、相手を「おまえ」「貴様」と思っているのですし、「ぼく」という人は、相手を「きみ」ととらえていることになります。・・・

 「私」と対になるのは「あなた」で、これがいいのではないかと私は思っています。

 さて、プロでない人の日常会話には、私も目くじらを立てず、容認というかあきらめの境地で、聞き流しています。

 でも、落語家、アナウンサーということばのプロのことば遣いとしては、許し難いというのを越えて、許せないのです。

 テレビに登場する機会の多いタレントにも「すごいうれしかった」的な言い方はしてほしくないのですが、そうするとかなりの人が不合格です。 まあ、テレビを消して、読書するのが心静かな過ごし方になるので、そういう効用はあることになりますけれど、

  あまり、こういうことを言ったり書いたりすると、私自身、いつも完璧なことば遣いが出来ているわけではないので、つらくなります。

 でも、お互い、寛容ではありながらも、簡単に妥協せず、ことばをできるだけ正しい形で保ちたいなとの思いを持ち合えないだろうかと、歌丸さん、圓楽さんの生きたよい見本にふれて、思う次第です。

 こうした変化を容認する立場の国語学者もおられます。けれど、先般、お亡くなりになった大野晋さんは、ことばが乱れたのは例外なく世の中が秩序を失い、乱れた時代のときだ、と厳しく指摘しておられました。

 プロである国語学者が、へんに物わかりよくことばの乱れに迎合したら、その存在価値はないどころか、害をもたらすこと限りない、という大野晋さんの立場を私は応援したく思います。

 大野さんの学説のすべてをよしとするわけではありませんし、妥協ではなく、寛容が必要な場面は人生にはたくさんあると考えていますけれど。

聖書のことば マタイによる福音書 5章13節

 あなたがたは、地の塩です。もし塩が塩けをなくしたら、何によって塩けをつけるのでしょう。もう何の役にも立たず、外に捨てられて、人々に踏みつけられるだけです。

 今日も、ひとりひとりの持ち味を生かして、よい歩みを為すことができますように。  

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2008年10月 2日 (木)

三遊亭圓楽さん

 『圓楽 芸談 しゃれ噺』 三遊亭圓楽 著 白夜書房 発行 2006年7月25日 初版発行 

  圓楽さんは、皆様がご存じの通り、テレビの人気番組「笑点」の司会を23年つとめた落語家です。2006年5月14日にその役目を卒業されました。

 若い頃には「湯上がりのような顔」、あるいは「星の王子様」というのが自ら考えたキャッチフレーズでした。

 この本を読んでみますと、実にいろいろな経験をしてこられた方ですね。浅草のお寺に9人兄弟の四男として生まれ、お寺が引っ越すときには、檀家のお墓の引っ越しの手伝いとして、数十のされこうべを洗うということなども経験されたそうです。そうしたことに対しても、こわさよりも、知的好奇心がうわまわる生き方をしてこられた方です。

 少し長くなるのですが、圓楽さんが芸に行き詰まっていたときの文章を引用させていただきます。心に響き、しんみりと私が感動した箇所です。

     □  ◇  ○  ☆  ※  ☆  ○  ◇  □

  稽古をさぼっているならいざ知らず。 人一倍努力しているつもりなのに、どうにも芸が伸び悩んでいるなという自覚もありました。それで、食事ものどに通らなくなってしまったんです。

 それを見かねたんでしょう、突然お袋が、

「お前の落語を聴かせとくれ」って言ってきた。肉親を目の前にして、それもさしで落語なんて出来るもんじゃありません。それで渋ってますと、お袋が、どうしてもって言う。

 観念して、うちの寺の本堂でお袋ひとりを前に、落語をやりました。ところが、お袋はじいっと聴いているだけで、あたしと目を合わそうともしない。で、終わってから、こう言ったんです。

「下手だろう?」

ところがお袋は静かに

「いいや、お前は名人だよ」

もちろんそんなはずはないんです。だけど、わが子を励まそうと思って、ああ言った。  その気持ちを思って、朝まで泣きました。

言葉っていうのは短いほど人に感動を与えるものですね。落語も同じで、饒舌であるよりも、無駄を省いたひと言がここぞという所で効いてくる。そのことを母から教わった記がします。

以来、迷いがふっきれて、落語に邁進したんです。

   □  ◇  ○  ☆  ※  ☆  ○  ◇  □

 あと少しで、この本を読み終えるところです。

 今日も、よい日となりますように。

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2008年10月 1日 (水)

音楽療法の講座 その17

 今回は、「児童の音楽療法」その4 でした。

 講師は、小児科の医師と一緒に病院内で遊びと音楽療法の実践を重ねると共に、ご自宅、幼稚園、小学校の特別支援学級などで幅広く取り組んでこられた方でした。

 お話しの中に、広く、深い実践者としての歩みがきらきらと輝き出てくる印象を受けました。

 セラピストは、体全体で対象児の音を感ずる感性が大切 ・・・ 対象児はたとえことばは少なくても、あるいはないようであっても、感受性豊かで、意志を備え、音、表情、様子などで自らを発信している それを感知できる力と精神的ゆとりを持ち合わせて臨みたい

 ・・・いつもながら、今回も中身の濃い2時間でした。

 さて、今日から10月 ・・・ お風邪などお召しにならず、よい日をおすごしください。

 

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