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2008年11月29日 (土)

メッキか、それとも純金か

 「猿は木から落ちても猿だが、大臣は選挙で落ちると大臣でなくなる」 ・・・ なるほど、とこの言葉を初めて聞いたときに思いました。

 けれど、よくよく気をつけていないと、人間は人から託されて一時的にその職にあるということを忘れて、自分の値打ちは大臣そのもので、恒久的にその座にふさわしいのだという錯覚に陥ってしまう弱さをもっているもののようです。

 子どもは、授かり物だと考えるか、預かり物だと考えるかということには大きな違いがあります。授かり物だと所有権は移るのですが、預かり物はそうではありません。神様からの預かり物だと感謝して受け止めると、虐待ということは起こらないのではないでしょうか。

 「わたしは国会議員だ、そこをどけ」と混雑した中を強引に進もうとした人に、「それがどうした。こちらはおまえを選んだ国民だ」と言い返す ・・・ どっちもほめられたことではないように思います。

 すべてにおいて、傲慢でなく謙虚さが基調となるようでありたいものです。

 裁判員制度 ・・・ 街頭の声として放送され、印象に残ったことばに、「進んでなりたくはないけれど、もし通知が来たら真摯に受け止めてベストを尽くします」というのがありました。

 ソクラテスだったでしょうか。「誤った判断ではあるが、法は法だ」と、友人たちからは逃げることを勧められても従容として死についたのは ・・・

 テレビドラマではありますが、「逃亡者」という番組は「正しかるべき裁判も時にはめしいることがある」ということばで毎回始まっていました。ドクター・キンブルに扮したデビッドジャンセンを執拗に追う法の番人ジェラードにあの『レ・ミゼラブル』の警吏ジャヴェールのイメージを重ね見た記憶をお持ちの方もおられるのではないでしょうか。

 ハリソン・フォード主演の映画「逃亡者」は2時間ほどで終わってしまうのですがテレビドラマのほうは、ずいぶん長く続いたように思います。「アメリカでは最終回まで放送が終わっていて、それによると真犯人はジェラードだそうだ」などというまことしやかな偽情報が聞かれたほどの人気番組でした。

 忘却力の強まる中で、記憶に頼って書いているので、人名やソクラテスのことで間違った記載があるかもしれません。お許しください。

聖書のことば  箴言 12章 19節

真実を言うくちびるは、いつまでも保つ、偽りを言う舌は、ただ、まばたきの間だけである。

 リビングバイブルという分かりやすく意訳した聖書では次のように記されています。

ほんとうの事はいつまでも変わらず、うその鍍金(メッキ)はすぐにはげます。

 願わくは、職を去った後も、「本当にあの人は神様とともに忠実にその職責にふさわしく正しく歩んだ人だった」と言われる歩みを歩みたいものです。

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