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2008年12月31日 (水)

大晦(おおつごもり)

大晦日|日本文化いろは事典より

 1年の最後の日を「大晦日〔おおみそか〕」または「大晦〔おおつごもり〕」とも呼び
ます。「晦日〔みそか〕」とは毎月の末日のことです。一方「晦〔つごもり〕」とは、"
月が隠れる日"すなわち「月隠〔つきごもり〕」が訛ったもので ・・・

 とあります。みそかは三十日の読みから来たのでしょうね。

 樋口一葉の名作も思い起こされます。

 一年の計は元旦にあり  ・・・ そして元旦に少しまとまった計画を立てるのは、その前日からくらいは考えておこうと思い、(そうすれば、去年から考えていたと大きい顔をするかどうかはともかく、言えますから)、考えてみました。

 そして、来年は自分の話のよい聴き手になろうと思いました。

 人に話すとき、それを一番近くで聞くのは、他ならぬ自分です。話すときも、ピアノを弾くときも、心は熱くし、耳は冷静に自分の話、音楽をチェックするという在り方を心がけて歩もうと思うのです。

 少しというか、かなり遅まきですが、生涯にわたって成長しようという思いを持つことは、是か非かといえば、よいことであるに違いありません。

 30日付の朝日新聞の朝刊、天声人語に、次のように書かれていました。

 京都市の中村八重子さん(73)は64歳で定時制高校に入り、大学も卒業して、いま、夢だった高校の教壇に国語の非常勤講師として立つ。若いときは、学びたいのに学べなかった。「幸せでない時期があったからこそ、今の幸せが分かる。生徒には希望を捨てなければ大丈夫と伝えたい」 ・・・・・・

 感動いたしました。

 よき、おおつごもりの日を歩み、2009年を迎えましょう。この一年、ありがとうございました。  来る年も、どうぞよろしくお願いいたします。

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2008年12月30日 (火)

2008年から2009年へ

 今年から来年へとバトンタッチされる時が近づいてきました。

 メタボ検診の結果をもらいにいきましたら、結果の紙と、対策を記した資料をお医者さんが渡してくださり、きわめて短時間に終わりました。

 まあ、今日、当直ではない別のお医者さんに血圧の薬などで毎月お世話になっているので、それでいいのだと思いました。

 それに、健康な生活を建て上げる努力をするかどうかは、いい大人なのですから、自己責任ということですよね。

 そういえば、以前、別の病院で担当してくださったお医者さんは、ご自分のいろいろな数値がよくなかったので、意を決してランニングを始められ、たしか、ホノルルマラソンだったかにも参加されたようです。医者の不養生でなく、身をもって健康への努力を示され、よい成果を挙げられたのはすばらしいことだと思います。

 ・・・と他の人のことを感心しているだけではいけませんから、意志と見通しをもって、体によいことを継続したいと思います。

 確か、高村光太郎に牛の詩がありましたよね。牛歩でよいので、止まらずにこつこつと歩み続けたいと思います。

 このブログ、読んでくださる方に励みをいただいて、八百数十回、アクセスス数はのべ三万三千人を超えるところまできました。

 お立ち寄りいただいた方々にお礼申し上げます。つたないブログですが、来年も、お気の向いたときに訪れていただければうれしいです。

 今日も、よい日となりますように。

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2008年12月29日 (月)

落語家は自らは笑わず落語を語る

 今年最後のピアノレッスンをしていただきました。

 そこで、演奏するとき感情を込めることは大切だが、自分の演奏に自分で酔ってはいけないとのお言葉をいただきました。

 それを私流に翻訳すると「落語家は自らは笑わず落語を語る」ということになります。・・・そうですよね。ゲラゲラ笑いながら、落語や漫才が演じられたら、聴衆は笑うよりもしらけてしまいます。

 ピアノのレッスンを落語に結んで理解したのは、今、『赤めだか』(立川談春著・扶桑社(2008年4月20日 初版第一刷発行)を読み終わったところなので、その影響があるかもしれません。

 著者は、立川談志の弟子で、師匠の談志、兄弟子の立川志の輔、談志の師匠だった小さん、そして後輩の立川志らくなどたくさんの人物が登場します。

 落語、語りは超一流だけれど、毒舌家で偏屈というイメージの強い談志の根底に愛弟子たちへの厳しさと一人一人を愛してやまないあたたかさ、芸への打ち込みのすさまじさ、豊かな芸道哲学があることが伝わってきます。

 尊敬する友人からいただいた本で、クリスマスのお菓子、シュトーレンのように少しずつ楽しんで読もうと思ったのですが、一気に読んでしまいました。

 さて、話はあっちこっちしましたが、私のピアノ ・・・ 28日は、ベートーベンのピアノソナタ「悲愴」第一楽章の最後まで、所要時間はとても長くかかったのですが、行き着くことができた初めての日となりました。これが本来の演奏時間に近づいていけるかどうか、道は遠いのですが、励んでまいります。

 では、今日もよき日となりますように。

 

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2008年12月28日 (日)

自分のして欲しいように人にも・・・

 不況の波が押し寄せ、この暮れに、職と住むところまで失う人がたくさんおられるとの報道があります。

 派遣の方が契約を打ち切られるそばで、正社員にはボーナスの明細が配られるという場合もあるようで、この大きな違いには胸がいたみます。

「あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ。」 マタイによる福音書 19章19節

  自分のして欲しいようにあなたのとなりびとにしてあげなさい ・・・ マザーテレサが貧しい方々に生涯を捧げたのは、まさにこのことばを実行したのですね。

 勝ち組と負け組 というような経済優先の価値観ではなく、こうした聖書のことばを生き方の根底に据えることができたら、と願います。

 ・・・と書きながら、自分でどれだけそれができたか、これからできるか、心もとないです。

 祈りつつ、ささやかでも、実行できる自分になっていきたく思います。

 今日は、日曜日、キリスト教会では聖書に基づくメッセージが語られます。

 今日も、よい日となりますように。

 

 

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2008年12月27日 (土)

文字の拾い読みから朗読までの距離

 フランスで『源氏物語』を朗読したら、日本語の分からないフランスの人も日本語の美しさに感動したと言われるほど評価の高い朗読の名手、幸田弘子さんという方は、樋口一葉の作品に魅せられて、『たけくらべ』や「大晦」などを暗誦されるそうです。

 覚えよう、暗記しようと思って読むのでなく、何回も何回も表現を味わいながら繰り返し繰り返し読む内に自然に自分に入っているのだそうです。

 幸田さんによると、文章を朗読することは、文章に自分の血を通わせることなのだそうです。あるいは、作家の命が文章を通して伝わってきて、読み手に作家の熱い思いが脈打つようになることと言ってもよいのかもしれません。

 これは、ピアノなどの楽器を演奏するときにも通ずるように思います。

 鍵盤を探り弾きして,楽譜の音符をたどたどしく音にすることと、作曲者の魂を感じ取りながら命を込めて聴衆に送り出す演奏との間には、とても大きな距離があります。

 それは、ちょうど、文字が読めるようになった幼児が本を声に出して拾い読みをしているのと、作品と血を通わせあって魂の底から発せられるプロの朗読との違いのようなところがあるのではないでしょうか。

 私の指について申しますと、ほぼ毎日ピアノに向かい続けている成果もあって、たとえば川の上流にあるごつごつした岩、粗い石が、水で運ばれ、削られ、中流、下流にいたると次第になめらかで小さいものになるように、鍵盤上で奏でる音がややなめらかになりつつあるように思います。(もちろん、まだまだなのです。あくまでも年齢の割には、というだけのことなのですよ)

 これを励みに、練習を続けつつ、もっと大きなこと ・・・ 自分ならではの魂の源流を豊かにして、それを底流としながら曲を演奏できるようになる高みへと進んでいきたいと思います。

 井戸を掘るときには、水がわき出るまで掘る ・・・ これが「徹する」ということなのだそうです。

 2008年の残りの時も、そしてやがて来る新しい年のどの日も、何かに向けて新たな一歩を踏み出しているような、そんな一日一日となるとうれしいですね。

 今日も,よき日となりますように。

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2008年12月26日 (金)

イルミネーション

Photo  写真は岐阜市の長良公園のイルミネーションの一部です。 本当は、ストロボを光らせないで撮るとよいのですが、普段からマニュアルをちゃんと読んでいないと、とっさのときには、そうしたちょっとしたことが出来ないのですね。

 地にいて乱を忘れず ・・・ 備えあれば憂いなし

 年賀状に取りかかっているのですが、1台で宛名、もう1台で本文を効率よくと考えていたのに ・・・ 1台が思ったように動いてくれません。

 まあ、25日までに出せれば理想的でしたが、出来るだけ早く出すようにいたします。 ・・・思えば,例年、このようなことをしているような・・・

 いそがしい人に2種類あって、仕事に追われる人と,仕事を追う人に分かれるのだそうです。私は、前者です。

 ドーナッツの見方にも二つあって、「まあ、大きなドーナッツ、ありがとう」と本体を喜ぶ人と、「アリガトウ、でも大きな穴のドーナッツね」と,悲しみがちなタイプがあるそうです。これまた、私は前者です。

 この2008年を振り返るとき、あなたはどちらの見方で感慨を抱かれるでしょうか。

 いよいよ、2008年もあと少しになってきました。

 今日も,よい日となりますように。

 

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2008年12月25日 (木)

クリスマス

 2000年以上前に,外国で生まれたイエス・キリストの誕生日を祝う ・・・ クリスマスセールやクリスマスプレゼント、クリスマスケーキ  こういうことをクリスマスだと思い込んでいる方がこんな質問を受けたことがあります。

 「えっ、キリスト教会でも,クリスマスをやるの?」

 換骨奪胎と申しますか、こういう思い込みについてはすぐにはことばが出てこない状況になります。

 おいしいものを食べ、プレゼントを贈り合い、おだやかな、あるいは忘年会のようなにぎやかな時間を楽しんでいただくことについては、問題はなく、よいことと思います。

 クリスマスケーキを食べることは,宗教的行為ではありませんから、クリスマスケーキを食べ、除夜の鐘をしみじみ聞き、そして神社に初詣に出かけるというのを,三つの宗教を無節操に一週間でわたり歩くというのはあたらないかもしれません。 

  ただ、本来は、クリスマスはキリスト(救い主)を礼拝するというのがもともとの意味で、商業ベースでセールを行うようになったのは、ずっと後のこと、本来のクリスマスとは別物だということは知っていていただきたく思います。できましたら、キリスト教会に足を運んで、牧師のメッセージを聞いていただくことをお勧めします。

  よい日となりますように。  

  クリスチャンの方々、クリスマス、おめでとうございます (^。^)

 

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2008年12月24日 (水)

クリスマス前夜

 クリスマスイブを舞台に書かれた文学作品、音楽、映画 ・・・は少なくありません。皆さんもたくさんご存知かと思いますのが、少しだけ挙げさせていただきます。

 オー・ヘンリーの「賢者の贈り物」、デイッケンズの「クリスマス・キャロル」、ハッピーエンドではありませんが、アンデルセンの「マッチ売りの少女」

 チャイコフスキーの「くるみ割り人形」はクリスマス・イヴの夜に展開しているのですね、そして「きよし この夜」や「もろびとこぞりて」など多くのクリスマスの讃美歌、そしてクリスマスソング・・・

 映画では、サンタクロースの登場する映画が多く作られていますが、私の好きなアメリカのミュージシャンの伝記映画、「五つの銅貨」(コルネット奏者レッド・ニコルスをダニーケイが演じました)、「愛情物語」(ピアニスト エディデューチンをタイロン・パワー ジュニアが演じました キム・ノヴァクが美しかったです)にもクリスマスの場面があります。

 どうか、よきクリスマスイヴをおすごしくださいますように。

 

 

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2008年12月23日 (火)

「クリスマス」

 クリスマスは、キリスト(救い主)とミサ(礼拝)を合わせたことばです。ですから「クリスマス」は、 救い主を礼拝するという意味となります。

 また、紀元前はB.C Before Christ、A.D.はキリスト誕生以後を表し、西暦2008年は、キリスト生誕2008年目という意味になります。ただし、数年のずれがあることが研究によって分かってきています。

 クリスマスを祝うとき、そういう歴史上のキリストの生誕と自分にどんな関係があるかということになりますね。

 一人一人が自分の心の内に、救い主としてイエス・キリストを歓迎して受け入れるとき、その人の人生は一変します。

 これは神がかりの状態になるとか、まったくあやまちを犯さない人になるということではありません。

 クリスチャンも人間的なあやまちを犯します。けれど、あやまちと仲良く歩み続けることをよしとしないのです。

 「ねがい」  

 どこを

 断ち切っても

 うつくしくあればいいなあ

 クリスチャンの詩人、英語教師であった八木重吉の詩です。どこを、を心の中のすべて、あるいは生きてきた、そして生きていく人生の一瞬一瞬と考えるとき、そのすべてがうつくしくというのは まず難しいことです。

 けれど、その醜さを自覚すればするほど、「ねがい」は強まるのです。

 この世における生において、すべてがうつくしかった存在 ・・・ それが、イエス・キリストです。

 自分を十字架につけた人のためにも、怒りや憎しみ、呪いをぶつけることなく、その人たちのためにも神様に取りなしの祈りを祈りながら、息を引き取りました。

 映画化された「ナルニア国物語」のシリーズ第一巻「ライオンと魔女」にアスランというライオンが、身代わりになって無抵抗のまま、処刑され、やがて甦るシーンがあります。

 あれは、イエス・キリストの十字架上における死と復活を模しているのですね。

 ヘンデルは「メサイア」を作曲し、バッハは「マタイ受難曲」などを作り、他にも多くの芸術家が信仰の証としていろいろな作品を生み出しました。ルオーなども有名ですね。

 パスカルの定理で名を知られているパスカルは、『パンセ』(瞑想録)の中で、神がいるほうに賭けて正しく生きようと努めて生きる人は、たとえ神がいなくても何も失うことがなく神がおられたらすべてを得る、いっぽう、神がいないほうに賭けて自分の欲しいままに生きる人は、神がおられたら、すべてを失う。私は、神がおられるほうに賭けて生きる という意味のことを書いています。

 あなたは、どちらの生き方をなさいますか。 

 いきなりで、わかりにくかったかもしれません。キリスト教会では牧師さんがわかりやすく、愛をもってお話しくださいます。

 クリスマスのこの時期、ぜひ、キリスト教会にお出かけください。

 教会に行けない方は、この季節、平日の朝、6時10分から、岐阜ラジオではクリスマスのメッセージと音楽が10分間、放送されていますのでお聞きくだされば幸いです。

 今日も、よい日となりますように。

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2008年12月22日 (月)

「靴屋のマルチン」の人形劇

0001 アドヴェント・リースに4本のろうそくがともされ、クリスマスを祝いました。

 私たちの教会では、礼拝の後、食事会をし、この1年で一番嬉しかったことを紹介し合い、神様を喜びました。

 人形劇「靴屋のマルチン」は、子どもたちのクリスマス会のために 練習したのですが、ある施設のクリスマス会で上演の機会があり、そして、この日も上演いたしました。

0004_2  手作りの小物たちも、出番が増えて、喜んでいました。

 マルチンの前掛けは、ポシェットを生かした革製、ステパンじいさんの帽子は靴下の活用 ・・・ という具合で、なかなか凝っている作品たちなのです。

0015_2  クリスマスケーキ ・・・ この道何十年のクリスチャンシェフの名作・・・食べるのが惜しいほどですが、食べないのはもっと惜しい ということで、クリスマスの喜びを味わいながらいただきました。

  皆様は、どんなクリスマスをおすごしでしょうか。神様の愛が届きますように。

 さて、2008年もフィナーレが近づいています。

 今日もよき日となりますように。

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2008年12月21日 (日)

♪チャイコフスキー交響曲第5番

 岐阜大学管弦楽団の第42回定期演奏会を聴きに行きました。

 締めくくりの曲は、チャイコフスキーの交響曲第5番です。

 感動しました。身の震えるような ・・・ 

 感動したのは、この管弦楽団の第1回と第2回の定期演奏会のとき・・・ 今から40年ほど前、私自身がステージの上にいたから、ということもあるでしょう。 つまり、この日の演奏者たちは、私の部活動の後輩ということになります。

 でも、それだけでなく、この日のために懸命に練習を重ねてきてそれを心を合わせて見事に花開かせ、とても素晴らしかったからです。

 私が1年生と2年生のときには、OBなどの社会人、高校生、そして大学生で編成されていた「岐阜交響楽団」がありました。

 私が3年生になるとき、学生の管弦楽団とOBや社会人の岐阜交響楽団とに発展的に分離しました。岐阜交響楽団は、その後、「岐阜県交響楽団」となり、こうした交響楽団としては全国的にもあまり例のない、自前の練習場を建設するに至っています。

 岐阜大学管弦楽団の第1回定期演奏会は、ドボルザークの交響曲「新世界より」がメインのプログラムでした。

 翌年の第2回は、ベートーベンのピアノコンチェルト第一番、そしてメンデルスゾーンの交響曲「スコットランド」だったと思います。 ・・・ 実は、この2回目に チャイコフスキーの第5番を演奏したように思っていたのですが、演奏会場が岐阜市の商工会議所だったことを思い出しました。大学2年生のときの岐阜交響楽団のコンサートだったのを取り違えていたように思います。

 当時は、教育学芸の前身の学芸学部で、音楽科に入学した先輩の中には、プロを目指し、実際にプロの交響楽団に入られた方が何人もおられました。その方たちは、協奏曲のソロ奏者として、またいろいろな曲のリーダーとして卓越した存在でした。

 そうした方が卒業され、教育学部となり、「がんばろう」と練習を重ねて、第1回、第2回と定期演奏会をして、後輩にバトンを託して卒業したのが40年前だったのですね。

 ステージには、卒業後のことについて相談に来てくれた学生の姿が何人もありました。その彼らがリードして歩み、本当にすばらしい演奏をしたので、胸が熱くなりました。自分が所属していたトランペットの出番が近づくと、未熟な私が苦労して取り組んでいた楽譜が詳しく浮かんでくるのです。そして、後輩たちはどのパートも見事に演奏していました。

 全員を美しく思いました。

 演奏中の撮影はご遠慮くださいとアナウンスがあったので、演奏後の、金管楽器奏者が立つように指揮者に指示されて立ったところを記念に写しました。

Pap_0002  オーケストラのみなさん、すてきな定演、本当におめでとう 

  そして、ありがとう

 さて、今日、キリスト教会では、クリスマス礼拝が行われます。 どうぞ、ご参加ください。

 

 

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2008年12月19日 (金)

手作りの本

0003 0004            一足早く、子どもたちのためのクリスマス会を開催しました。教会員で人形劇「靴屋のマルチン」(原題 「愛あるところ、神在り」 トルストイ原作)を上演しました。

 写真は、その劇の後、原作を出来るだけ本格的な形で読みたいということになって、普段、聖書を学ぶ会に集まる方用に数冊を手作りしたものです。

 トルストイの名前がロシア文字で書かれ、しおりには、フェルト製の靴やハートが付いております。近くの図書館の方が、時間をかけてロシア語の作品名を調べてくださったので、現在は、それも表紙に書かれています。

 原作者がこの本を見たら「おお、この本、わたしにクダサーイ」というでしょうか。確か、ロシア語の感謝の言葉は「スパシーボ」ですから、こちらから、「スパシーボ!」とお礼を言って献呈すべきでしょうね。

 この作品には、直接にはクリスマスは出てこないのですが、底に流れているものがクリスマスにもつながっていると思うのです。

 今日もよい日となりますように。

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2008年12月18日 (木)

昔取った杵柄(きねづか)

 今、私が勤めている岐阜大学は、以前は、工学部と農学部は各務原市に、そして教育学部は岐阜市の長良にあり、医学部は岐阜市の中心部にありました。

 総合大学とはいっても、物理的には3カ所に分かれていたのです。

 現在のキャンパスは、なかなかに広く、大学病院も移転されて近くにあり、勤務する人(だけではないかもしれませんが)が生活を営みやすいように、保育園もあります。そして小規模ながら、バラ園やりんご園、さらに動物病院もあります。

 大学病院には郵便局もあるので、郵便物を出しに自転車を借りてひとっ走りして戻りました。すると、何人かが感心してくれました。

 「あなたを乗せて走るとは 何とその自転車は丈夫なのだ!」 という感心ではなくて(それもあるのかもしれませんけれど) 「早かったね」と感心されたのです。

 私は、なまあし ・・・こんな表現は多分ありませんね ・・・ 走るのは遅いのです。けれど、いったん、自転車に乗ると、中学、高校と結構長い距離を自転車で通ったので、不思議なことにとても早くなるのです。 この郵便局への往復も血が騒ぐと申しましょうか、短時間で戻ってくることが出来ました。

 高校時代、一番気温が低かった朝は、マイナス19.4度でした。その中を凍えずに自転車で行くには、休まずに出来るだけ早く自転車を漕ぐに限ります。凍てついた道でも、積雪の道でも、ほとんど転ばずにいくことが出来ました。 ・・・ 一回、中学校の正門の前ですってーんと我ながら見事に転んだことがあります ・・・運の悪いことにたくさんの学友がそれを見ていて 「きゃーっ」というBGMが聞こえたのを覚えています。長いとは言えない足が、その時に限って空中に高く伸びたことも ・・・

 おお、いったい何十年前のことを書いているのでしょうか。半世紀近くまえのことですね。

 失礼いたしました。  光陰矢のごとし 一寸の光陰軽んずべからず

 今日も、元気に歩むことができ、よい日となりますように。

 

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2008年12月17日 (水)

献身的な医師の物語

 『Dr.コトー診療所』 山田貴敏 作 小学館発行

 テレビドラマ化されたので、ご存じの方もたくさんおられることと思います。

 岐阜市の図書館で、たいてい貸し出され中なのですが、19巻から21巻までを借りることが出来ました。現在22巻まで刊行中のようです。

 本土から船で5時間かかる古志木島で献身的に医療に打ち込む五島健助医師。

 その献身的な姿、そして島の人たちへの愛は気高く,胸に迫ってきます。

 私の高校時代、テレビでは「ベン・ケーシー」という脳外科医(だと思うのですが)番組が人気を得ていました。(東京オリンピックのことです)

 『ブラックジャック』という超人的な技倆・知識を持つ医師のコミックもご存じの方が多いことでしょう。作者の手塚治虫さんはお医者さんでもあったので、医学的にも深い裏付けの感じられるところがあります。

 『Dr.コトーの診療所』の作者、山田貴敏さんは、岐阜市の出身だと耳にしたことがあり、今回、ホームページで確かめましたら、岐阜市の長良高校出身だと分かりました。

 お会いしたことはありませんが、作品に心を打たれますし、何だか身近に感じられるようになった気がします。(これは、一方的な思い込みですね。)

 ストーリーもヒューマニズムが基底にありすてきだと思いますし、主人公のキャラクターも魅力があります。そして、卓越した医療知識、技術が医師としての愛に伴っているところがとても大事だと感じます。

 専門的な力量の裏付けがあること ・・・ これは医師、教師、芸術家・・・すべてのプロに不可欠だと思います。

 これもドラマですが、「刑事コロンボ」の魅力も粘り強く推理を組み立てる専門的な力量あればこそですよね。

 昨日、綴りました「芯仕事」 ・・・ それを成し遂げる力を獲得できるよう、精進を続けたいと思います。 うーむ、大掃除においてもそれができますように。

 今日もよい日となりますように。

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2008年12月16日 (火)

棟梁が泣いた話

 和紙を漉くときに、三椏(みつまた)、楮(こうぞ)などが溶かれたどろどろしたものをすくう道具を竹簀(たけす)というそうです。

 枠の中に細い竹のひごをすだれのように詰めてあるこの竹簀を作るには、絹糸のように細くひごを削る特殊な鉋(かんな)が必要です。

 その鉋を作る職人が見つからなくなって困っていた人が、このままじゃ、いい和紙が漉けなくなってしまうから、その職人を見つけて欲しいと、旅行することの多い永六輔さんに頼んだのだそうです。

 永六輔さんは、職人を支えている道具を作る職人が見つからなかったら、いい物がこの国から消えてしまう、そうなってはたいへんだ、と熱心にその職人を探されました。

 何と、20年間、探しに探していたら、京都の錦小路の刃物屋さんに、その特殊な鉋が20枚くらい荒縄で巻いてゴロンと置いてあるのに出会ったそうです。

 お店の人に「探している人がいっぱいあるんです。分けてください」と言うとお店の人が「あぁー、よかった」とのこと。

 いったい、どうしてここに ・・・ と尋ねると、「いや、もう20年になりますかね。変な男が来て、これ、誰かが絶対探しにくる物だからここへ置いてください」と言ってお金も取らないで置いていったのだそうです。

 その職人さんの気持ち、心意気 ・・・ 永六輔さんのこの話を聞いて、泣いた棟梁がいたそうです。それは、『法隆寺を支えた木』という本などを(口伝で)著した名工、西岡常一さんでした。

 この西岡さんの右腕と言われた小川三夫さんは、最近の仕事は建築に限らず面仕事(つらしごと)ばっかりだ。面ではなく芯からの仕事、芯仕事(しんしごと)が出来ていないと駄目だとおっしゃるそうです。

 この鉋を託して、お金も受け取らず、名前も告げずに去った職人さんは、まさに芯仕事をなさったのではないでしょうか。日本でこの鉋を作れるのは自分だけになってしまったということも痛いほど自覚しておられたことでしょう。

 ずんと心に響いてくるこの話は、先日もご紹介した『歌の力』(永六輔・荒井敦子著 PHP研究所発行)に書かれておりました。

 今日もよい日となりますように。 今日は私のトランペットのお師匠さんの誕生日です。おめでとうございます。お世話になり、ありがとうございました。

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2008年12月15日 (月)

弟子入り

 12月14日は、赤穂浪士の討ち入りの日だとか ・・・ 新聞を読んでいたら、ある方のお父さんは、「一人で四十七人を倒したのならすごいが、若い者がたくさん集まって白髪の老人の命を奪うとは感心せん」と言っておられたとか ・・・ 

 そういう見方、考え方をさらっと言ってのけるかたは、すごいですね。

0009  さて、大掃除のシーズン ・・・ 大学の部屋を、ベテランの専門家に用具などを準備いただいて、床磨きなどに取り組んでみました。

 討ち入りならぬ弟子入り ・・・ でも、ベテランの方たちの守備範囲と清掃の速度、そして仕上げの美しさには遠く及びません。

 改めて、プロのすばらしさを感じました。 けれど、破門とはいきません ・・・ それは、単に私が入門の域にまで達していないからにすぎません (^_^;)

 今日も、よい日となりますように。

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2008年12月14日 (日)

見かけでなく人に接する

『歌の力 音楽療法の挑戦!』永六輔・荒井敦子著 PHP研究所(2004  年5月24日 第一版第1刷発行)

 自前で音楽療法士を育てる営みは、岐阜県と奈良市が日本の先駆けとなっているそうです。荒井さんはその奈良市の音声館館長・音楽療法推進室長として、パイオニアとして大きな働きをなさっている方です。

 この共著の中で,三波春夫さんの思い出が対談の形で語られています。三波春夫さんというと♪「こんにちは こんにちは 世界の国から」を歌っておられるあの笑顔が浮かんできます。

 この本で、その三波春夫さんが悲惨な戦争体験をされたかただと初めて知りました。中国戦線に行き、抑留されてシベリアで捕虜としての生活をなさったのだそうです。

 その三波さんがお年寄りの施設での歌う会に行かれたとき、お年寄りのほうが歌う歌をたくさん持っておられたので、三波さんは自分の持歌を歌うのをやめてお年寄りと一緒になって数え歌などを歌ったのだそうです。それも、お年寄りに気さくに声をかけながら、歌を次から次へと引き出して行かれたのだとか。

 しかも、帰り道で「われわれは傲慢でしたね。皆さん歌う歌を持ってらっしゃるじゃないですか。歌いに行って私の歌を聞かせてあげましょうと思ったのがとても傲慢だった。とても恥ずかしい・長い間、私は恥ずかしいことをしてきた。おじいちゃんもおばあちゃんも、自分の歌を持っていらっしゃる。その歌を一緒に歌わせていただいたおかげで、どれだけ歌手として目が覚めたか」とおっしゃったそうです。

 永六輔さんも、初めは、三波さんって、いつもにっこり笑ってていいのかよ、と好きではなかった、というより大嫌いだったそうです。けれど「あなたが好きではありませんけれど、体験はぜひ聞かせてください」とご本人に面と向かって言ったら、あの笑顔で「いいですよ」って話してくれて、それ以来、三波さんを大好きになったのだそうです。

 私も、自分の最初の印象で決めつけないで、人をしっかりと見ることが出来るようになりたいと思います。

 今日は日曜日、キリスト教会では、4本のろうそくのアドヴェントリースに3本目も灯ります。(リースを飾らない教会もあるかもしれませんけれど。)

 ぜひ、キリスト教会にお出かけください。

聖書のことば Ⅰ サムエル記 16章 7節

人はうわべを見るが、【主】(神様)は心を見る。」

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2008年12月13日 (土)

人と人とのつながり

 郡上の小学校の国語の授業を見せていただく機会があり、張り切って行ってまいりました。写真は、その学校の近くの柿の木です。

0025

 この研究会の講師に私を招いてくださった校長先生は、保護者や地域の方に向けて、子どもたちの様子がよく分かる通信を意欲的に発信しておられます。親、教師、地域の大人がどう手を携えて歩むと心身ともに健康な子どもを育てられるかという課題に具体的に取り組みを推進しておられることが心に響いてきます。

 この校長先生は、職員向けの通信にも力を注いでおられ、職員と共に教師自らが育って子どもの前に立つことを大事にしておられます。

 そういう校長先生の専門教科が国語なので、私の出る幕ではないのですが、同じ学校の国語教師を務めた先輩後輩という縁があって訪問させていただくことにいたしました。

 私が風邪を引いて高熱を出したり、郡上にいきなり大雪が降ったりしたら、校長先生が講師としてご活躍くださることがお受けした条件です。

 訪問の当日、空は快晴ですし、私も幸い、すこぶる元気ですので、予定通り出かけました。

 授業の10分前には、子どもたちが行儀よく席に着き、早く国語の学習を進めたくてうずうずしていたようです。

 大学を出たての若き教師を盛りたて、子どもたちは進んで全員挙手、ときには「先生も緊張しとるんやない?」などとリラックスを誘う発言や、「それについてはさっき、○○さんがこんなふうに言って、・・・」というような発言も元気に出されました。

 研究会では、先生方が皆、自分の考えを出され、若い授業者を適切なアドバイスをしながらこの機会に育てようと支えてこられたことがうかがわれました。

 子どもたちも、オリンピックの晴れ舞台で自己最高記録を更新した選手のような、普段を知る先生方が喜んでくださる姿だったのです。

 授業者も、子どもも新しい成長への活力を得、職員集団も一つ、階段を登った ・・・ そういう印象を受けました。

 写真は、校長先生が温かい配慮をしてくださって、授業者を通して私に渡されたマグカップです。0030 0031 とても嬉しいプレゼントでした。 このほかに郡上のすてきな特産品もいただいたのですよ。

私を先に見慣れた人が、家内を見て「もったいなーい」

と叫んだことがあります。 別の人は、私はムーミンパパのイメージだけれど、奥さんはムーミンママのイメージではない ・・・ つまり、多くの人は、私には過ぎた女房だということで意見の一致をみているようなのです。   喜んでいいのでしょうね・・・やや複雑な思いが残りますけれど。

 さて、人と人の縁について思うのです。インターネットなどで、人と人とのネットワークが活用されやすくなってはいます。けれど、コンピュータをインターネットで結ぶだけでネットワークが成立したと思うのは、早計ではないかと思います。

 以前、こんな標語(?!)を作りました。

 「ネットワーク 結ばれるのは 人と人 」

  ・・・ 携帯メールを発信して数分応答がないと不安になるという傾向を持つ若者たちがいるそうです。

 また、「便りのないのはよい便り」と、悠然と構えているのは時代の速度に合わないのかも知れませんけれど、筆無精だった人は、キーボード不精になる確率が高いのではないでしょうか。

 停電やバッテリーの残量不足で電気通信器機が使えなくても、あるいは、郵便事情でしばらく連絡が途絶えても、心と心がつながっていることを信じ合えるとき、本当に相手との信頼関係が形成されている ・・・ のかもしれません。

 帰り道で、授業のこと、子どもたちのすてきな姿を思い返しながら、校長先生を初めとする方々とのつながりということなどを考えておりました。

 今日も、よい日となりますように。

 

 

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2008年12月12日 (金)

口は一つ、耳は二つ

 「口は一つ、耳は二つ」 ・・・ この事実は、人間は話すことの二倍、聞くことを大切にせよという教訓を示しているのだ、という意見があります。

 それはどうか、という論議はひとまずおくことにして、人の話を聞くことに徹することは、なかなか難しいことです。反対することも、意見めいたことをはさむことなく、相手に心地よく話していただくのは、至難の業だということは、多くの方が体験を通して学んでおられることでしょう。

 私の尊敬する長年の知人は、現在、「傾聴ボランティア」という奉仕者を養成する講座を受講しておられるとのことです。この先、あまり自分が動けなくなったときに、人の役に立てることとして何ができるだろうと考えての受講だそうです。動機が素晴らしいですね。

 自分が不自由になったとき、周囲の人にどんなふうにして欲しいかということを考えることは、私も含め、多くの方がそういう方向で思案するでしょう。

 でも、その方は、人にどうしてほしいかではなく、自分が思うように動けなくなったときに、それでもなお、人のために出来ることは何かと考えて、学び続けておられるのです。頭が下がり、そして胸が熱くなりました。

 聖書には「受けるよりも与えるほうが幸いである」ということばが記されています。

 クリスマスシーズン ・・・ 自分が人にもらいたいプレゼントを考えるだけでなく、人にどんなプレゼントができるかを考え、実行できたら、とてもすてきだと思います。

 この時期、私自身は、まずオー・ヘンリーの短編、「賢者のクリスマス」、デイッケンズの「クリスマス・キャロル」などを改めて読み味わってみたいと思っています。

 よき日となりますように。

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2008年12月11日 (木)

くじけなかったピアニスト

 先日紹介させていただいた『ひとり5分で読める ピアニストおもしろ雑学事典』(萩谷由喜子 著 ヤマハミュージックメディア発行)に、苦難を乗り越えたハンガリー出身の二人のピアニストが紹介されています。

 ジョルジュ・シフラ ・・・ 第二次世界大戦中、前線にかり出されて捕虜になり,辛酸をなめ、戦後は国外脱出を計画したとして強制収容所に入れられたそうです。1枚60キロの大理石板を運ぶ強制労働を毎日10時間させられたとのことですが、後にピアニストとして国際舞台で活躍しました。

 リリー・クラウス ・・・1942年、アジアを演奏旅行中、ジャワで日本軍の捕虜となり、素手で1日3回、バケツ40杯の水を井戸から汲み上げる作業を課されました。クラウスは,後にこう語ったそうです。

「最初は意気消沈しました。でも、またピアノを弾くときがくれば弾くのだし、そうでないのが神のご意志なら弾かないまでだと考え、働き続けました。その結果、手は素晴らしく強くなったのです。

 ピアノを弾くためにはつかないほうがよい筋肉が肩や手についてしまうということもあったでしょうし、なによりもピアニストがピアノに向かえないで遠ざけられてしまうのは、とてもつらいことであったに違いありません。

 それを乗り越えたとき、きっと以前にも増した深みがその演奏に加わったのではないでしょうか。

 試練を前進への力に転ずる ・・・ すごいことだと思います。

 2008年も、あと三週間となりました。 よき一日一日となりますように。 今日は、身内の一人の誕生日です。誕生日、おめでとう(^。^)

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2008年12月10日 (水)

情報と行動

 昨日、天気予報では岐阜・名古屋は昼頃から雨とのことでした。

 大学の同じ部屋に勤務する同年齢の3人ともその予報は知っていたのですが、車から雨傘を部屋まで持ってきたのは、一人だけでした。

 さて、本当に予報通りに雨が降ってきて、夕方も降っていました。一人は「車からわざわざ持ってきたのだから、降ってくれんと困る・・・」とか何とか言いながら(優越感を味わっているらしく感じたのは、こちらのひがみでしょうか)、さっさと帰って行きました。

 残る二人は ・・・ 泣いたり、わめいたり ・・・ いいえ、そんなことはしませんでした。なぜなら、部屋には、置き傘があったからです。 (^o^)

 それはそれとして、同じ情報を耳にしながら、傘を持ち歩くという行動に結びつけるのが33%ということだと、地震の予知情報などに素直に反応してとっさに身を守る行動する人のパーセントはどれくらいなのでしょうね。

 今まで、たいしたことなくやってきたのだから、今度も大丈夫さ ・・・ 人間には、そういう意識が緊急事態を予告されても働きがちです。これを「正常化への偏見」というそうです。

 悪意ある偽情報で人を操る ・・・ 振り込め詐欺はまさにそれですね。 そういうことがありますから、狼狽しないで、冷静に行動することは大事です。

 ただ、本当に危険が迫っていることを知らされ、それが正しいかどうかを確かめるゆとりがないとき、「まさかそんなことが」と、のんびりとしているだけでは、みすみす危険の餌食になってしまうかもしれません。かといって、周章狼狽してパニックに陥るのも、判断を誤る確率が高くなってしまいます。

 普段から、万一への備えをする ・・・ これは、頭では分かっていてもなかなか実行できないことですね。

 先日聞いた綾小路きみまろの漫談の中に「人間の死亡率は100%です」ということばがありました。

 頭では分かっているのです。でも、どこかで自分自身は死なないような気がしているということはないでしょうか。

 聖書には、人の生、そして死についてどのように書かれているでしょうか。

 敢えて、ここには書きませんが、ご自分で読んでみられることをお薦めいたします。そして、このクリスマスシーズンに、キリスト教会に足を運んで牧師のメッセージを聞いてくださることもお薦めいたします。

 今日も、よい日となりますように。

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2008年12月 9日 (火)

「玄米先生の弁当箱」

「玄米先生の弁当箱」魚戸おさむ(絵) 北原雅紀(作)ビッグコミックス 小学館

 実はこの漫画については、まだ、詳しく書けるほど読んでいないのですが、主人公は農学部の先生で、結城玄米 ・・・ 有機農業で育てた玄米ということでしょうか、 漫画らしいと言えば漫画らしい名前です。 そう、もともと漫画ですよね。

 最初、見かけたときから親近感を覚えたのは、以前、発行された巻は全部読んだ「家栽の人 」 ・・・ 家裁に勤めながら植物をいとおしみ、とても穏やかに触法青少年の心を開いていく裁判官のあたたかな物語漫画が、同じ魚戸おさむさんの絵で描かれていたからです。(片岡鶴太郎、仙道敦子主演でビデオも出ているようです。)

 「玄米先生の弁当箱」は、小学館の「ビッグコミックオリジナルに連載され、現在、単行本になって2巻まで出ています。

 農学部の学生は、風変わりな先生が大学に来た当初は敬遠したり、無視したりというスタンスでしたが、だんだん、玄米先生の行動、熱意に惹きつけられていきます。

 この漫画の魅力は、農業は命を支えているということを改めておだやかななかに信念をもって描いているということのように思います。

 と、つたない紹介ですが、もし、興味・関心を覚えてくださった方は、お読みください。

 聖書のことば  詩篇 126篇 5節

涙と共に種を蒔く人は喜びの歌と共に刈り入れる。

 生きるのは、今の時代だけでなく、いつの世にもたいへんなことだと思います。けれどやり甲斐と困難はいつも一緒に住んでいることも、また事実ではないでしょうか。

 今日も、よい日となりますように。 

 

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2008年12月 8日 (月)

車のバッテリー

 給油に寄ったスタンドで、バッテリーチェックもしてくれました。結果、10段階の下位から3番目ということで、「今、サービス期間中で、1万・・・」とのこと。一瞬迷いましたが、少し先を急いでいたこともあり、保留しました。

 車に詳しく、オイル交換も自分でする同僚に尋ねますと、「1万 ・・・ そりゃ高い!」とのこと。

 もう一人、車に詳しい方、先輩に尋ねますと「安いところを見つけて、換えてあげます」とのこと。

 何とありがたいことでしょう。おそらく、スタンド提示額の半分ほどで収まりそうです。

  冬に備えて、タイヤは換えました。バッテリーも大丈夫。ガソリンの価格も、落ち着いてきました。

 でも、車は道を走るので、相手があります。ある人は、自分が最高に気をつけても、100%事故を防ぐことは出来ない。50%止まりだ」とおっしゃいました。

 自動車は便利な物ではありますが、物を生かすのはやはり人です。心して車を操作いたしましょう。

 これは、自動車だけでなく、パソコンやいろいろな文明の利器といわれている物にも言えそうなことですね。

 一昔前は、振り込め詐欺など、起こしようがなかったと思いますし・・・。

 今日は、太平洋戦争が開始された日ですが、核兵器は最先端の、そして最も愚かしい武器ではないでしょうか。

 アインシュタイン博士は、「第三次世界戦争に使われる武器は?」と尋ねられて「どんなものが発明されるか想像もできないが、第四次は予想できる。きっと石だよ。」と語ったとか。

 すなわち、地球や人類の歩みは破壊し尽くされて、その後は原始時代に戻って、人は争うときにもせいぜい石を投げ合う生活になるだろう、ということらしいです。これは、誰かが作ったジョークなのか、本当にそれらしい発言があったのか定かではありませんが、真実をついているかもしれません ・・・ 決して嬉しくはありませんけれど。

 さて、それはともかく、よい日となりますように。

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2008年12月 7日 (日)

『ピアニスト おもしろ雑学事典』

 『ひとり5分で読める ピアニスト おもしろ雑学事典』

(萩谷由喜子 著・ヤマハミュージックメディア 2008年4月1日初版発行)

を読んでいます。巻末には古今の名ピアニスト318人の名鑑が載っており、楽しく読める労作です。

 紹介されている一人、ポーランド生まれのパデレフスキのところから少し引用しながら書かせていただきます。

 滝廉太郎が文部省給費留学生としてライプツイヒ音楽院に留学した時期にパデレフスキの演奏を聴き、友人に感想を書き送ったことがあるそうです。

 若くして、結婚。生まれた長男に重度の障害があることが分かってまもなく、奥さんが亡くなったそうです。21歳のパデレフスキは24歳ころピアニストになる決心をし、一日に17時間もの練習を続け、27歳でパリでデビュー、奇跡的な成功を収めたとのこと。

 ロンドンでも認められ、アメリカに ・・・ 演奏旅行中も長時間練習を続け、熱狂的の嵐を呼び起こし ・・・その黄金の手に10万ドルの保険をかけたのは、おそらくピアニストとして史上初の例とされているそうです。

 再婚して、夫婦で社会福祉事業にも熱心に取り組み、コンサートの収益を祖国ポーランドの独立運動に投じ、1919年には推されて第二次ポーランド独立共和国の第三代首相・兼外相を務め、その後、国連のポーランド大使もつとめたとのこと。

 母国語の他、ロシア語、フランス語、ドイツ語、英語を自由に操り、スピーチも爽やかだった ・・・ナチスの蹂躙を受けた祖国のために、回復資金集めの演奏会をするためアメリカに渡り、力尽きて亡くなったときは80歳。「ポーランドが自由の国になるまで帰国しない」との遺志に従い、ワシントンのアーリントン墓地に埋葬され、51年後の1991年に彼は遺灰となって里帰りし、ワルシャワの聖ヨハネス聖堂の地下霊廟に眠っているそうです。

 うーん、すごい人生、すばらしい才能と生きる意志 ・・・ あのショパンの生涯ともイメージが重なるところがありますね。

 しばらくこの本を楽しんで読みたいと思います。

 今日は日曜日、キリスト教会の礼拝にお出かけくだされば嬉しいです。

 よき日となりますように・

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2008年12月 6日 (土)

やなせたかし全詩集

 『やなせたかし全詩集』 北溟社 2007年1月15日初版発行 ・・・ かなり分厚いのですが、詩ですから読みやすいです。

 最初に「てのひらを太陽に」が掲載されています。

 愛する歌 第三集には、一月から十二月まで、それを題名の一部にした詩がありますので、十二月の詩を紹介させていただきます。

         ◇  □  ○  ☆  ※  ☆  ○  □  ◇

 十二月の哀歌

年のおわりの十二月

すこしばかりのさみしさと

後悔のうちに暮れるかな

オオー ミソカ!

だれがつけたか

おおみそかと

おおみそつけたこの年も

あわただしげにすぎていく

愛したことも昨日のこと

街のさわぎの中にいて

ほんのかすかな陽だまりに

このてのひらをあたためる

去年の寒い十二月

その前の年の十二月

似ているような気もするが

やっぱりちがう十二月

おやおや粉雪ふってきた

すぐとけていく白い雪

なんだか心にしみるなあ

   ◇  □  ○  ☆  ※  ☆  ○  □  ◇

 やなせたかしさんの別の書 『アンパンマンの遺言』 でしたかに、柳瀬さんの詩を読んだ読者からの手紙が紹介されていて、それには、「詩は自分には書けないものだと思っていましたが、やなせさんの詩を読んで、これなら自分にも詩が書けそうだと勇気が出ました」というような内容でした。

 やなせさんは、半分嬉しいような、半分ほめられたのかどうか分からないような気がしたそうです。

 それは、ともかく、1919年(大正8年)生まれのやなせさんは、お元気でご活躍中のようです。

 アンパンマンの人気も根強いことを、私は最近になって感じております。

 まだまだ、いろいろな方の業績にふれ、目を拓かれなければいけないと思いました。

 よい日となりますように。

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2008年12月 5日 (金)

指揮者 その2 カラヤン

 昨日の本から、カラヤンのエピソードを ・・・

 帝王カラヤンと呼ばれ、いろいろな評価がされる指揮者ですが、こんなことがあったそうです。

 ウイーンでモーツアルトの「レクイエム」の演奏中に、管楽器奏者の一人が全体からズレてしまい、カラヤンは修復を試みたが、やがて演奏が破綻しそうになったとき、カラヤンは演奏を中断したそうです。

 さて、その次にカラヤンがとった行動は ?

 興味を覚えた方は、「続きを読む」をクリックしてください。

 そうでない方は、ここまでつきあってくださってありがとうございました。 (^。^)

続きを読む "指揮者 その2 カラヤン"

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2008年12月 4日 (木)

指揮者 その1

 『知っているようで知らない 指揮者 おもしろ雑学事典』近藤憲一他著 ヤマハミュージックメディア 2006年6月20日 初版発行)を読んでいます。

 一度はやってみたい職業として、野球の監督、映画監督と並んでオーケストラの指揮者の三つが挙げられることがあります。「題名のない音楽会」でアマチュアの方、時には小学生がプロのオーケストラを指揮する機会が提供されることがあるほどですから、指揮してみたいという思いを抱いている人はかなり居るということになりましょうか。

 この本は、指揮者と楽団員との平和な在り方、あるいは指揮者が総スカンを食ってしまった例、有名な指揮者のエピソード、指揮者と楽団員の間に立って苦労しながら最高の演奏の実現へと向けていくコンサートマスターの苦心などがたくさん紹介されていて、楽しく、あるいは苦しく,読めます。

 文化庁長官時代の河合隼雄さんの談話も載っていて、見出しには「フルートが本職で、内職で文化庁長官やってるの」と笑う心理学者、河合隼雄さんに聞いた「指揮者の条件」という章もあります。

 その章の中に、臨床心理学者は少なくともタイプの違うスーパーバイザー三人につけと言われているという部分があり、では「河合さんのスーパーバイザーは誰なんですか」と問われたことがあると書かれています。

 そのときの河合さんの答えは ・・・「二人おられます。バッハさんとモーツアルトさんです。」

 その後の河合さんのお話を引用でご紹介します。

    ◇  □  ○  ☆  ※  ☆  ○  □  ◇  

 例えば、クライアントが僕のところに来て、「先生は何にも分かってない。そんな人の気持ちも分からないでよくカウンセラーなんてやっていますねぇ」って,僕の悪口ばかり言う人がいる。そしたらもう来なきゃいいのに、また来るんです。(笑)僕も嫌になって、もうやめよっかなーって・・・・・・。それで家に帰ってモーツアルト聴くと、こんな音楽作っているおっさんがいる、人間がこんなことするんやと思うとね、「よし、また次やろう!」って思えるんです。それがスーパーバイザーの一番大きな役割じゃないですかね。

       ◇  □  ○  ☆  ※  ☆  ○  □  ◇

 音楽と人生のことなど、読んでいると思いが広がり、元気が出てくる思いがいたしました。

 明日は、同じ本の中から,指揮者カラヤンにまつわるエピソードを紹介させていただきます。

 よき日となりますように。

 

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2008年12月 3日 (水)

音楽療法の講座 その25

 ここ4回、高齢者の音楽療法についての講座を受講いたしました。

 そして、今年度の講座は、25回で終了です。

 普段、あまり人と会話されなかった高齢の方が、音楽にふれ、一緒に歌ったり、それぞれの方のリクエスト曲を歌ったりする内に、日常的にも会話を交わされるようになってくる実例などをうかがいました。

 まだまだ、私は音楽療法士の卵にもなっていませんが、こうした自前の音楽療法士の育成には、岐阜県、そして奈良市が日本でも先進的に熱心に取り組んでいるのだそうです。

 来年度の講座開始までに、今までの講師の方々に紹介いただいた書籍を読んだり、ギターなどの携帯できる楽器で簡易伴奏ができるように練習したりしたいと思います。

 ギターは、コードネームを見てぱっと弾けるようになりたいと高校時代から思っていましたが、それを果たせないまま、おお、何と半世紀近くを過ぎてしまっているのです。もちろん、その数十年を何もしないで生きてきたということではありませぬけれど。

 春を彩るチューリップたちは、寒い冬の期間を地中で過ごしています。こつこつと地味な努力、血のにじむような鍛練を重ねて、フィギュアスケートの選手たちは氷上で華麗に舞うのでしょう。

 準備運動をすることに不熱心な人がオリンピックの晴れ舞台には立ちたい ・・・ というようなあまいことでは、素晴らしい実を結ぶはずがないのです。

  などと、頭では分かっているのですから、着実な努力を積み上げたいと思います。

 ここ1年半ほどピアノには、毎日1時間ほどは向かい続けることができ、少しですが、聴くだけだと思っていた曲を自分で奏でることが出来はじめてきたのは嬉しいことです。

 そしてもう一つ、このブログを800日ほど継続できていること ・・・ これは訪れてくださる皆様方のおかげです。

 生涯、学び続けていく気持ちだけはありますので、どうぞこれからもよろしくお願いいたします。

 今日もよき日となりますように。 

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2008年12月 2日 (火)

家内の母の誕生日

 12月2日は、家内の母の誕生日です。

 今日で86歳になられるこの方がおられなかったら、家内は生まれていなかったのです。

 裁縫の科を出て、嫁いでからは、晴れの日は畑や田、山仕事、雨が降れば服を縫うなどの針仕事、と本当に休む暇なく、長年働き続けてこられました。

 家内の父は、長い期間入退院を繰り返しましたが、母は欠かさず病院に通って心を込めた看病を続けたので、同室の若い男性が「ああ、僕もこういう人をお嫁さんにほしい」と本気で話していたほどでした。

 学校時代、とても活発で人気があり、何と、隣のクラスの同窓会にも声がかかり、出席していたそうです。

 「私には過ぎたお嫁さんを生んで育ててくださったお母さんです」と人に紹介すると、笑いながらも喜んでくださる、病にもめげないすてきな方です。

 日本の男性は、上記のように身内のことを言わないのが心得でしたでしょうけれど、作家の三浦綾子さんは、「夫婦といえど別の人格なので、私は夫の三浦光世さんを本当にすてきな男性だと思いますし、それを抑えずに人にもお話ししたいのです」という意味のことを書いておられます。

 外国では「このお菓子は、まるで母が作ったお菓子のようにおいしい」というのが、お菓子を作ってもって来てくれた人への最高のお礼の言葉だと聞いたことがあります。

 別に外国の真似をするつもりはありませんが、「つまらないものですが」とか「お口に合わないでしょうけれど」という古来の日本流の謙遜さは、新しい形での表現をとってもいいのではないかと思っています。

 さて、バースデーケーキが楽しみです。  今日もよい日となりますように。

 

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2008年12月 1日 (月)

2008年の師走初日

この記事は公開時間の設定を間違え、1日早い日付で出てしまいました。ブログ記事のフライイングです。すみません。ここ以下は、11月30日に出たのと同じですので、既に読んだくださった方はパスしてください。

 おお、今年もあと一か月なのですね。

 生活年齢は着実に進むのに精神年齢はそれに比例して進むことはないようです。私の場合、精神年齢のほうは、かなり以前からリタイアしているのかもしれません。

 映像的に申しますと、キャッチボールのボールが池に飛び込んでしまったとき、その近くに石を投げ込んで波を起こし、岸に近づけようとすると ・・・ ボールは波のために上下に揺れますが、同じ所で上下するだけで波と一緒に岸のほうへ進むことはない ・・・ 寄る年波に揺れるものの、前進はないというイメージです。

 でも、『法隆寺を支えた木』という本に、次のようなことが書かれていました。

 樹齢が高いのに青々と葉を茂らせている木は、幹が空洞になっていることが多く、樹齢相応の外観をしている木は空洞になっていることは少ない

 何だか、若作りをして外見を取り繕っても中身が薄くてはいけないんだよ、とたしなめられている感じがいたします。

 筋力は衰えさせず、年齢に見合った外観、そして中身はさすがに長年歩んできただけのことはある という年のとり方をしたいと思います。

 師走といえど、人生の一日一日であること、そして、一日は24時間であることに変わりはありません。 ゆっくりと歩んでまいりましょう。  よき日、よき12月となりますように。

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