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2009年1月 8日 (木)

米軍に入り♪「リリーマルレーン」を歌って慰問したマレーネ・ディートリッヒ

 先日書いた『五線譜のばら2 音楽史を彩る女性たち』(萩谷由喜子著 ショパン社)にマレーネ・ディートリッヒのことが書かれていました。

 映画「嘆きの天使」(1930年)に出演したとき、主演男優はのギャラは20万ドル、ディートリッヒは5000ドルだったそうです。この映画で一躍スターとなり、アメリカに渡り、「モロッコ」などに出演して、ハリウッドの大女優となった彼女にドイツ総統となったヒトラーからナチスのイメージを高めるためドイツに戻ってくれ、帰国したら優遇するとの強い要請がありました。

 けれど、彼女は、ヒトラーの要請に応じません。そしてドイツに戻らないだけでなく、ドイツの国籍を捨て、アメリカの市民権を獲得し、アメリカ軍に従軍し、夜は寝袋で寝ながら前線の兵士たちを慰問して回りました。

 その生活が実に3年間・・・100万ドルの脚と形容された美しい足にも無数の傷跡が残ったそうです。

 彼女が慰問してまわって歌った歌の中で最も有名になった歌、それが♪「リリーマルレーン」でした。

 1970年の夏、大阪で開催された万国博 ・・・ 会場の一角にある万博ホールでのショーの最後を飾ったのが、このマレーネ・ディートリッヒだったそうです。

 彼女は、『誰がために鐘は鳴る』を書いたヘミングウエイ、『西部戦線異常なし』を著したレマルクとも交流があったそうです。

  ヒトラーの全盛期に映画「独裁者」を制作し、彼を痛烈に皮肉り、最後に平和を強く希求する大演説をしたチャップリンのことはよく知られています。もし、ヒトラーが勝利を手にしていたら、どんな危険が身に及ぶかも覚悟の上での企画、制作だったことでしょう。

  私は、この本を読むまではマレーネ・ディートリッヒのこの勇気ある生き方を知りませんでした。

 そして、思うのです。ヒトラーによって、そして戦争によって、どんなに気高く、素晴らしい才能を備えた人たちがその能力を花開かせ、人類に宝を残すことなく抹殺されてしまったことかと ・・・。そのような歴史を繰り返してはならないのです。

 小さくても、人類の平和につながる何かを今日、為すことができますように。

 

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コメント

遅ればせながら、あけましておめでとうございます。
 デートリッヒの♪「リリーマルレーン」は懐かしい歌です。学生の頃、よく聴いていました。九州出身の同級生は、ヒトラーの演説の録音(もちろんドイツ語)をよく聞いていました。音楽や人との出会いによって、実に多くのカルチャーショックを受けるものですね。
 本年もどうぞよろしくお願いします。

※ ムーミンパパより

 あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。
教育において、そして居合いや歌舞伎、ピアノにおいてもさらにグレードが上がる年となりますように。私も励みます。

投稿: kou.じいちゃん | 2009年1月 8日 (木) 06時05分

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