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2009年1月16日 (金)

指揮者カラヤン

 『カラヤン帝国興亡史 -史上最高の指揮者の栄光と挫折』(中川右介 著 幻冬社新書 2008年3月30日 第一刷発行)

 カラヤンは1908年に誕生し、1989年に亡くなっています。

 生涯にわたるコンサートとオペラの上演回数は、判明しているだけで3388回、残した録音はCDにして500枚近く。録音した曲数は1302曲 ・・・何度も録音した曲を1曲と数えても600曲近いそうです。

 日本には、ベルリンフィルと9回訪れているとのこと。ソニーのベータ方式を推薦して、これはVHS方式に敗れましたが、ソニーからデジタル録音の説明を受け、CDの企画案が当初は「11.5センチ・60分」だったのを「ベートーベンの第九が一枚に収まるのがいい」とカラヤンがひとこと言ったのが決め手となって、「直径12インチ・74分」となったそうです。そして、何と、カラヤンが住んでいたアニフというザルツブルク近郊の村にソニーの工場を誘致し、雇用創出の貢献もしたのだそうです。

 ナチスの党員だった時代があったり、フルトヴェングラー、バーンスタインとうまくいかなかった時期があったり、ベルリンフィルと蜜月になったり、確執があったり ・・・ でも、遺言によって、他の人が気がつく前に,ごく身近な人たちだけでお葬式を済ませ、アニフ村の教会にある墓もひっそりとしたたたずまいにしてあるとのことです。

 クラシック音楽の世界における彼の在り方については毀誉褒貶様々で、今もいろいろ取りざたされているようですが、カラヤンによって楽壇に登場する機会を与えられ、今も活躍している演奏家は少なくないのですね。

 彼の残したレコード、CD、映像などを鑑賞するときは、無心になって音楽そのものを純粋に味わえたら、 ・・・ それが一番よいのではないか などと思います。

 よい日となりますように。

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