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2009年2月28日 (土)

『ハイジ』

  『ハイジ』 ヨハンナ・スピリ ・・・ 「アルプスのハイジ」 は、TVのアニメで人気を博しました。そのスポンサーにちなんで、「カルピスの少女」などと言われたこともありました。

 2月も末になって、今年の正月に録画した『ハイジ』を見ました。いつか見ようと思いながら見ずにたまっていく番組の多いこと ・・・ これは、欲張りかもしれませんね。

 アルプスの美しさ、そして周囲から敬遠され、冷えていたアルムおんじの心がハイジによってほぐされていくことなどがよく描かれている実写の映画でした。ペーターのおばあさんにとってもハイジはすてきな存在となりましたし、クララにとってもそうでしたね。

  たまたま、昨夜は「サウンド・オブ・ミュージック」が放映されていたのですが、閉ざされていたトラップ大佐の心がマリアや音楽の力によって開かれていくのが印象に残りました。

  寒さの厳しい地方にもエーデルワイスが咲くように、心が、そして身体が、また家族の状況が心に添ったようには展開しないときにも、希望をしっかりともって歩んでいけたらと思います。

 希望をもって歩むにはアルプスのような美しい自然も大切ですが、少女ハイジや、マリヤ、そして『小公女』のセーラー、『小公子』のセドリックなど、前向きに元気に歩む人物の存在が何といっても大きいですよね。

 物語の主人公のような人物が現実にいるかどうかはなかなか難しいですけれど、人間というのはおたがいをそのような存在へと高め合っていける力も与えられているように思います。

 今日も、よい日となりますように。

 

 

 

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2009年2月27日 (金)

『聖書にて聖書を』

 国語教育の先達に、大村はまさんという方がおられます。

 その大村はまさんが『大村はま国語教室』全15巻・別巻1を筑摩書房から刊行されたとき、波多野完治という文章心理学の大家とやりとりした手紙が22年ぶりに出てきたのだそうです。

 その往復書簡を野地潤家さん・橋本暢夫さんが編集して『22年目の返信』(小学館 2004年11月10日初版第一刷発行)という本が世に出たとのことです。

 その『22年目の返信』のなかで大村はまさんの実践「本にて本を読む」という単元が話題になり、そこに大村はまさんがこんなことを書かれていたのです。

  ◇   □    ○    ☆    ※   ☆    ○    □    ◇

 「本にて本を読む」という私の単元の起源はわりあい古く、幼年期を過ごしたクリスチャン・ホームの家庭になったかもしれません。

 クリスチャンであった父が『聖書にて聖書を』という本を著したのです。 ・・・ 父の独創ではなくバイブルの世界そのものに、そういう伝統があるのです。引照付き聖書と申しまして聖書の言葉で聖書の理解を手引きしている、そこを重ねて読んでみると、なるほどと分かる。そのほうが本当の註釈だと思います。

  ◇   □    ○    ☆    ※   ☆    ○    □    ◇

  この『聖書にて聖書を』は小さな本で、すでに大村はまさんの手元にはないそうですけれど、私は、クリスチャンホームに大村はまさんが育ち、幼児洗礼も受けておられたことをこの本で初めて知り、そしてとても嬉しく思いました。

 大村はまさんは、「子どもが親や教師に厳しくされて、涙を流すことがあってもよい。いよいよ一人で生きて行かなくてならなくなったとき、どうすればよいのかも分からなくて途方に暮れて泣くことのないように」という意味のことを語り、それを実践にも貫いた方です。

 その厳しく、あたたかい教育愛の世界を改めて学びたく思っております。

 今日も、よい日となりますように。

 

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2009年2月26日 (木)

ヤア ヤア ヤア  

 ヤア ヤア ヤア ・・・ 以前、それもかなり以前 「ビートルズ」に「ヤア ヤア ヤア」という歌があったように思います。

 ビートルズは、にぎやかな歌いぶりやファッションなどでも話題になりましたが、英国の勲章を彼らが受けたとき、それ以前に勲章を受けた人の中には、「彼らと同じに見ないで欲しい」とか「せっかくの勲章を大事にしていたけれど、彼らがもらうことで私の喜びは砕かれてしまった」などの意見を表明し、勲章を返納した人、あるいは返納しようとした人もいたようです。

  当のビートルズは平然としていて、ビートルズの受賞に抗議した元軍人については「彼らは人を殺して勲章をもらったが、ぼくたちは愛と平和を歌って勲章をもらった」と胸を張って語りました。

 ビートルズの歌は、音楽的にもいいろいろなチャレンジがされているそうですけれど、歌詞も美しいのだそうですね。

 そうそう、なぜ、「ヤア ヤア ヤア」 をタイトルにしたのか ・・・ 知りたいと思ってくださった方は「続きを読む」をクリックしてください。  そうでない方、ここまで読んでいただいて、ありがとうございました。  

 

続きを読む "ヤア ヤア ヤア  "

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2009年2月25日 (水)

漢字は同じでも

 『漢字を楽しむ』 阿辻哲次 著 講談社現代新書 2,008年2月20日第一冊発行

 この方は、実家が活版印刷屋だったので、小さいときから活字の購入のため、店に走ったり、急ぎの活字がないときには、父親といろいろな活字を組み合わせて活字を作ったり,という体験をされたそうです。

 この本の中に、同じ漢字、あるいは見慣れた漢字の熟語でも、中国と日本では意味が異なる例がいくつか挙げられていましたので、ご存じの方もおありかと思いますが、紹介させていただきます。

 湯   ・・・ 中国ではスープ。

 汽車 ・・・ 中国では、自動車をさす。

 愛人 ・・・ 中国では,お嫁さんのこと。

        ちなみに日本の「愛人」は,中国では「第三者」というとのことです。

 うーん、このあたり、さすが、漢字の本場ですね。中国での使われ方のほうがまっとうに思えますがいかがでしょうか。

 男性が我的愛人と言えば うちの家内 、女性が我的愛人と言えば、うちの夫 となるのだそうです。

 老婆 ・・・ 中国では、お嫁さん、妻という意味で、これは年をとったという意味ではなく、結婚したばかりの新妻、十代、二十代の奥さんも愛情を込めて「老婆」と呼ばれるのだそうです。

 国際化社会と言われ、英語に意識が行きがちですが、漢字を使っている身近な国の言葉にも意を用いる必要性を思いました。

 なまじっか、同じ漢字で書かれているために,思わぬ誤解が生じることがありそうです。

 今日も、よい日となりますように。

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2009年2月24日 (火)

受け継ぐこと 発展させること

 先人の業績、到達したところを理解して受け継ぐことは、そのことだけでもなかなか年数と努力を要することです。

  けれど、それでとどまっていたら、世の中の発展、進歩は生まれず、ひらたく言うと受け継いだものを食いつぶすだけで終わってしまいます。

 これは、人類全体についても個人個人についても言えることです。

 先人、特に尊敬する人の言動、生き方をそのまま真似するというのも、なかなか大変なことです。そういうのもすごい主体性だとある方はおっしゃいました。

 けれど、せっかく一人一人がこの世に生をうけ、歩んでいるのですから、たとえ、小さなことでも自分の工夫、自分らしさをどこかに出せたらと思います。

 長年続いている老舗のご主人が、「伝統を守るとは、先代のしていたことをそのまま続けるということではありません。毎日、必死に新しいことに挑戦し、実を結び続けることです」という意味のことを語っておられました。

 先人のしたことではなく、先人の求めたところを自らも求め続ける ということでしょうか。

 新たな今日を新たな気持ちで歩む ・・・ 今日もよい日となりますように。

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2009年2月23日 (月)

子どもが輝く「金のことば」 多湖 輝

『子どもが輝く 「金のことば」』 多湖 輝 著 新潮社 2005年4月8日 第一刷発行

 著者の多湖輝(たご あきら)さんは心理学者で1926年(大正15年・昭和元年)生まれだそうです。

 この本の巻末にこんなことばがあります。

 親が子どもにプレゼントできる最大のもの、それがことばです。

母親の「だいじょうぶだよ」 父親が「頑張ったな」と言ってくれたこと

たとえ具体的な情景は忘れても、親にかけてもらった短い一言は忘れない。

 このような考え方で、たとえば、第一章では次の14の言葉がそれぞれ1ページ、あるいは2ページという短い区切りを設けて書かれています。

 第1章 「正しいこと」を教えるワサビの効いた14のことば

 「正しいこと」が判断でき、それをためらわず実行している子どもは輝いています。

1.「自分の目でたしかめてみよう」

2.「同じことされたら、どう思うかな」

3.いろんな考え方があるんだよ」

4.「ズルして勝つより負けたほうがいい」

5.「みんなで決めたことなら守ろうよ」

6.「顔や体つきの悪口は絶対に言っちゃダメだよ」

7.「悪いことをしたらすぐに謝ろう」

8.「ウソついても楽しくないぞ」

9.「お母さん(お父さん)ならどうするかなあ」

10.「人の話はちゃんと聞こうよ」 

  自分の話をちゃんと聞いてもらえないと誰でも悲しいでしょ

11.「一所懸命の人を笑ってはいけません」

12.「自分さえよければいいでは、誰も助けてくれないよ」

13.「では,キミは正しかったのかな」 

  自分の非は非として認める 言い訳をしても問題は解決しない

14.「ことばは人を傷つけるためのものじゃないよ」

 他には、「勇気を育てる」 「気持ちが明るくなる」 「自信を持たせる」 「目標を持たせる」 「安心を与える」 「元気にする」 「感謝と感動を与える」 ことばが紹介されています。

 そういえば、私にも、親にかけてもらって心に残っていることばがあります。

 幼いとき、ピアノで練習していた曲の題が「子守歌」だったとき、つきあって聞いてくれていた母親が「ああ、眠たくなった」と言ってくれたこと

 高校に入って間もない頃、急性虫垂炎で手術、その後、しばらく入院していたときに顔を見せに来てくれた父親が、食事に牛乳が出ているのを見て「ゆっくり噛むようにして飲むんやぞ」と言ってくれたこと

 などなど。   皆様はいかがでしょうか。

 今日も家族、周囲の方を輝かすことのできるようなことばを送り出しつつ歩むことができるよい日になりますように。

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2009年2月22日 (日)

いかめし

Ca390001  例年は6月頃にたくさんとれる「するめいか」が、思いがけなくこの時期に豊漁が続いているとラジオが報じておりました。いつもなら冬を通して200キロから300キログラムくらいだそうですが、このところ、毎日のように1トン程ずつ水揚げされているとのことです。

  それで、というわけではありませんが、我が家のメニューに「いかめし」が登場しました。いかに餅米、具ににんじん、そしてしいたけ、ぎんなんなどを詰めます。

 それを出汁、醤油、お酒、砂糖などで煮ながら炊きあげます。 ・・・ 左の言い方、適切でないかもしれませんがお許しくださいね。 なにしろ、食べることだけに参加したものですから、味はともかく、作り方はよく分かりませんでした。

 そもそも、するめいかはするめ用で、いかめしにするのは、別のいか  ということのようですね。  でも、まあ いいか    失礼いたしました。

 今日も、よい日となりますように。

 

 

 

 

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2009年2月21日 (土)

「秘すれば 花」

 昨日の本から、「秘すれば花」の一節を。

  一(ひとつ)、秘する花を知ること。「秘すれば花なり。秘せずは花なるべからず」となり。この分け目を知ること、肝要の花なり。

 一、「秘めておくこと」が大切だということを知ること。「秘めておくからこそ、それが花になる。あからさまに公開してしまったら、もはや花ではない」という文言がある。

 この秘めておくか、あからさまに公開するか、というここのところが最も大切なところである。

 これに続く一節には、秘事を公開しないのはもちろんのこととして、なお、「そうした秘事をあの人は知っている」ということすら,人に知られてはいけない という意味のことが書かれています。

 読み返して、つくづく名言だと思いました。

 プロ野球の監督が,在るシーズン優勝し、そのシーズンオフに「私はどのように選手を掌握し優勝したか」というような本を出版することがあります。

 そういう本を出した監督が、二連覇、三連覇した例はないように思います。

 敵のチームの監督がその本を読む、それ以上に、優勝チームの選手たちが自軍の監督の選手操縦の手の内を公開されて、それでも心酔してついて行く気になるかどうかは、想像に難くありません。

 古来、剣道の奥義は、その師匠がこれと見込んだ弟子にのみ、直伝したものです。

 いくら、情報化社会とはいえ、あまりに詳細に事前に宣伝、喧伝されると興ざめしてしまうのが人情というものです。

 紅白歌合戦 ・・・ 昔は、どんな歌手が何番目に出るか、そして持ち歌の中から何を歌うかは、秘密ではなかったでしょうが、事前に報道されることはなかったように思います。

 リリーフ投手、ピンチヒッターは、「いつ,起用されるか」と相手チームの憶測を呼び続けることに、既に存在価値があるのです。ベンチにいるだけで登場しない試合があっても、十分に役割を果たさせるのが、監督の腕の見せどころというものでしょう。

 トランプのポーカーのように、本当は何もないけれどあるように見せかけるというのは、何回も通用することではないでしょうし、興ざめですけれど。

 研鑽し、修練してここぞという場面で発揮する「花」 ・・・ 一人一人がそれをもち、咲かせ続けることができますように。

 今日も,よい日となりますように。

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2009年2月20日 (金)

『すらすら読める 風姿花伝』

 『すらすら読める 風姿花伝』 (林 望 著 講談社 2003年12月12月日 第1刷発行)

  この本は、ページの上段に古文 下段に林望さん・・・愛称リンボー先生でしょうか、その方が分かりやすく意訳、解説しておられますので、タイトルの通り、すらすらと世阿弥の伝えようとした真髄が読み取れそうです。

 少年時には、ジャニーズ系の美少年というか、何をやっても花がある。ある意味、実力的には未熟だがそれを隠してしまうほどの魅力が現れてくる。

 この時分の稽古は、年齢相応のやりやすいところを舞台で華やかに見せるようにして、その一方、一つ一つの基礎的な技を丁寧にすることが肝心。確実に動作し、謡いは発音を正しく明瞭にするように心がけ、舞いも一つ一つの所作をきちんと守って、大事に大事にけいこしなくてはいけない。  ・・・ というような解説で分かりやすいです。 もととなった原文を一部分、記します。

  このころの稽古、やすきところを花に当てて、技をば大事にすべし。はたらきをもたしやかに、音曲をも文字にさはさは(さわさわ)と当たり、舞をも手を定めて、大事にして稽古すべし。

 うーむ、古文の歯切れ良さ、引き締まったリズム ・・・ それに託して語られる世阿弥ならではの味わい深い内容、さすがですね。

 明日、この本からもう少し書かせていただきますね。

 よい日となりますように。

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2009年2月19日 (木)

ひな人形

           昨日の続きです。 Pa0_0043美濃市のうだつの町家のひな人形を写真でご紹介Pa0_0052      いたします。  明治39年2月生まれの方の初節句のお祝いのひな人形が左側の写真です。 1906年にあたりますから103年ほど前からひな祭りにはずっと飾られてきたのでしょうね。

 初めて飾られたとき、どんなに多くの家族、親族の方々が笑顔でその幼な子とひな人形を眺めたことでしょう。

  町家の方と語りながら、あたたかい家族の生活に思いを寄せることができました。

 今の一日、一日 ・・・ それがそのままかけがえのない歴史になるのですね。

Pa0_0035   ちなみに、この写真の柱時計は125年前から、この家で時を刻んできたのだそうです。 

 ♪「おじいさんの古時計」という歌を思い浮かべました。

  私たちも今日という日、それぞれの歴史を刻みましょう。

  よい日となりますように。           

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2009年2月18日 (水)

うだつの町のパン屋さん

0001 0002 0003                       うだつの町なみと美濃和紙で世に

知られている美濃市では、「うだつの町家のおひな様」という催しが行われています。

 江戸時代、明治、大正、昭和 ・・・ と町家の歴史と共に引き継がれてきたひな人形が、うだつの上がる町並みのそこここに展示されています。

  そのひな人形たちに会いに出かけたのですが、ひな人形の写真は後日にゆずり、その町並みの一角にあるパン屋さんをご紹介いたします。

 食べることの好きな私らしい順番で、すみません。

  このパン屋さんは、もともとはお米屋さんとのこと。コーヒーなどのドリンクに150円プラスすると写真のようなサンドイッチとデザート(ジャム付きヨーグルト)がセットになります。

  サンドイッチ用の食パンがちょうどなくなって、フアンの多い五穀食パンでのサンドイッチを味わうことができました。ちょうど、その五穀食パンが焼き上がったところへ行き合わせたので、タイミングとしては最高だったようです。

 幸せな思いで、とてもおいしく味わわせていただきました。

 無料の駐車場が、町並みに何カ所もあるので、お時間と交通手段に都合が付く方にはお薦めです。

 会期は、2月14日から4月3日までです。午前10時から午後4時が、展覧時間です。桃が咲くのが遅い地方では、3月3日ではなく、月遅れの4月3日がひな祭りの日なのですね。

 引き続いて、4月4日から5月6日まで五月節句にちなんだ展示がされるそうです。

 今日も、よき日となりますように。

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2009年2月17日 (火)

三宮麻由子さん

  毎週、日曜日、岐阜テレビの「ハーベストタイム」という番組を見ます。朝7時半から30分の番組です。2月15日は「目を閉じて心を開いて」 というタイトルで、三宮 麻由子さんという方のお話をうかがいました。

 三宮麻由子さんは、エッセイストとして、第49回日本エッセイストクラブ賞を始め数々の賞を受賞しておられる方で、視覚障害というハンディを負いながらも、明るく積極的に生きておられます。その生き方が、多くの人たちに励ましと希望を与えているクリスチャンだとのことです。

 とても明るく話される方で、いくつかのことが記憶に残りました。

 絶対音感があり、150数種の鳥の鳴き声を聞き分けることができるようです。そして、口笛で、それぞれの小鳥の鳴き声を再現なさるのです。

 たくさんの小鳥の鳴き声をマスターしておられるのですが、実際の小鳥に教えてもらうにはコツがあるのだそうです。 

 それは、少し、不器用そうで下手そうにその鳥の鳴き声をしてみせることで、そうすると、それを聞いた小鳥が、「下手だなあ、こういうふうに鳴くんだよ」という感じで根気よく鳴いて聞かせてくれるのだとか。

 優越感をくすぐられるという要素もあるのかもしれませんが、未熟さを隠さない謙虚な相手には、熱心に自分の到達しているところを伝授しよう、という善意がわいてくるのだと思います。

 幼い三宮さんに目が見えないことをマイナスととらないで、目以外の諸器官やいろいろなことを目の見える人以上に活用することのできる才能を与えられたと考えなさいと導いてくれた方がいたそうです。

 そのように考え方、生き方を導いた方も、その助言を受けとめ、まっすぐに明るく歩んでこられた三宮さんも、どちらもすばらしいと感じ入りました。

 ハーベストタイムのホームページは、下のURLからどうぞ。

  http://www.harvesttime.tv/tvprogram.htm

 メールマガジンなどの申し込みもできますので、関心を覚えた方は、どうぞ。

 今日も,よき日となりますように。 

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2009年2月16日 (月)

課外授業 岡村喬生

 2月15日の午後、NHKテレビで、「課外授業」という番組を見ました。

 オペラ歌手、岡村喬生さんが中学生にシューベルトの♪「菩提樹」を歌って聴かせ、次の日までに歌えるようにしてくるようにと宿題を課します。

 次の日、「歌えるようになった人?」と問われて、静まる教室 ・・・ 一人の女子中学生が手を挙げ、懸命に歌いました。

 細い声ではありましたが、その生徒が歌い終わると真剣な表情で聴いていた岡村さんが、大きな拍手をしました。厳しいプロの妥協しない迫りに精一杯応えたこの中学生に感動しての心からの拍手でした。

 この宿題が出されたとき、私は中学生たちに出来るのだろうかと心配しました。岡村さんが生で歌って聴かせ、生徒たちは一人一人ICレコーダーを録音し、歌詞を渡されました。

 けれど ・・・ 岡村さんの歌ったのも生徒に渡した歌詞のプリントも ・・・ ドイツ語だったのです。

 それに挑戦し、他の生徒が手を挙げられないでいるときに先頭を切って手を挙げ、持てる力を出し切って歌った生徒の姿にはプロを感動させる力がありました。

 そして、級友たちも、続いて何名も歌いました。それを引き出したのは一番先に手を挙げた彼女でした。 そういう舞台を設定し、中学生たちに内在する力を信じて厳しく厳しく迫った岡村喬生さんにも私は感動しました。

 この番組は、私自身にとっても学びをもたらしてくれたすてきな課外授業となりました。

  今日もよき日となりますように。

 

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2009年2月15日 (日)

春の花

Photo Photo_2  寒さを感じる日や、少し気温の低い時間帯もありますが、ウオーキングの途中で、白梅やタンポポを見かけるようになりました。

 もっと以前から咲いていたようなのですが、ここしばらくウオーキングをせずにいたものですから、この写真を載せるのは、ちょっと季節より遅れているかと思います。

  節分の頃に可憐な花を咲かせる節分草というのもあるのですね。

  とにかく、春ということばがふさわしく思える植物が、そこここに姿を現すようになりました。  春告げ鳥ということばもありますが、私たちは日々の歩みを通して、どんなメッセージを告げているでしょうか。 よき発信者でありたいと思います。

 よき日となりますように。      

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2009年2月14日 (土)

チッコリーニ その3

 チッコリーノは、ピアノの初級の生徒にアタック(打鍵)の「正確さ」の代わりにアタックの「質」を考えさせることによって、音楽のより広義な意義に考えを至らしめ、壮大な探求の世界の扉を開けてあげることになる、と述べています。

 もちろん、演奏には「正確さ」も大切ですが、チッコリーニは「正確さ」への指導が往々にしてミスタッチを避け、ただ間違わない音を叩くことだけを熟練させることになりがちなことを懸念しているのです。

  これは、絵の場合などにも言えることでしょうか。 

 幼な子がクレヨンで奔放になぐりがきをしているときに、「おお、そのクレヨンの持ち方はよくない」とか、「まず、遠近法を学んでから描きましょうね」などと言い聞かせるよりも、思ったように描かせながら絵心を育てることが優先されるのではないかと思います。

 でも、そうと分かっていても、「角を矯めて牛を殺す」ようなことをしてしまうことが往々にしてあるので、そうならぬよう、大人として心すべきでしょうね。

 さて、チッコリー二のことは今回でひとまず区切りとしようと思いますが、もう一つだけ書かせていただきます。

Ca390008

 この本の中に「勉強と想像力」という一節があります。そこにこんな文があります。

 この世に在る(人間の造った)すべてのものは,ある時、人が想像したからこそ,今この世に存在していることを忘れてはなりません。たとえば私の手首の腕時計も、誰かがこんな腕時計を作ろう」と想像したからこそ、こうして今実在している,のであり,我々を取り巻くすべてのものがそうです。

 進歩しない人達の本質的な問題は、より難しいもの、あるいはより深いものを創り出そうと想像しないことにあります。ところが`` 上達する "ということは、想像する力によって、それまでやり慣れてきたこととは異なった要素を集めて一つにできるということです。・・・

 勉強ということについてこの後、もう少し文が続くのですが、引用はここまでにしておいて、上記の腕時計の例のところで私はこんなことを考えました。

 腕時計 ・・・ これがたくさんの部品が自然に組み合わさってできたという人はいないでしょう。  まして、腕時計以上に精巧な生命体の仕組みや,地球を含めた宇宙の整然とした法則性  これを自然発生的にできた と考えることは、むしろ非科学的なことではないか とクリスチャンである私は考えます。

 けれど、チッコリーニは、自分を無神論者だとはっきり述べています。

 人工物については,想像、創造による産物だと述べているのに,これは何故かと思いました。

 答えは、この本の別のところに書かれていました。

  チッコリーニは、13歳の時にナポリ音楽院でピアノの賞をとり、15歳で作曲賞を獲得しました。そして24歳でロン・ティボーコンクールのピアノ部門で優勝しました。

 この賞と賞との間に、戦争がありました。国際赤十字に入り18歳から21歳まで、英伊通訳として奉仕している間にチッコリーニは」「これ以上はどうしても受け入れ難い苦しみ」に直面し続け、「耐え難い限界を越え、あまりにも僅かな尊厳しか残っていない」状態に置かれたようです。

 具体的な状況については言及されていませんが上記の言葉に続いてチッコリーノは次のように述べています。

 この戦争は完全に私を覆し,1,939年に亡くなった父の死後、残っていた私の宗教的信心の欠片(かけら)すら粉々に砕いてしまいました。それからというもの、私は無神論者となりました。

 よほどの耐え難いことがあったのでしょう。戦争は、一人の芸術家を無神論者にしてしまいました。ただ、彼は、別のところで、このように述べています。

 私はいわゆるキリスト教信者ではありません。むしろ仏教のような東洋の精神性に共感を覚えます。仏教は宗教ではなくひとつの哲学で、仏陀は霊感を悟ったことでしょうが、自分自身を常に人間と見ていました。神ではありません。そこがキリスト教と仏教の大きな違いです。 

  神学者でも牧師でもない私の手に余るところまできました。

  でも、ここまでは自分が考えるためにも書いておきたかったのです。

 お読みいただき、ありがとうございました。

 よい日となりますように。

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2009年2月13日 (金)

チッコリーニ その2

今回も、『アルド・チッコリーニ 我が人生』 ー ピアノ演奏の秘密 ー から。

    ◇   ○   □   ☆   ※   ☆   □    ○    ◇

 私はいつも暗譜で弾きます。 ・・・想像もしてみてください。「在るべきか、在らざるべきか?」(「生きるべきか、死ぬべきか」という訳が有名ですね)と台本を読んでいる一人のショッキングなハムレットを! ・・・ソロの公開演奏で楽譜を見ながらの演奏を許可できないのと同様、演劇の舞台上で、台本を読みながら劇の役を演じることを許すわけにはいきません。     

   ◇   ○   □   ☆   ※   ☆   □    ○    ◇

 うーむ、記憶力の下降している私には(代わりに、忘却力の上昇にはめざましいものがありますけれど)厳しいですね。

 チッコリーノは一つの曲に2年はかけるそうです。しばらく弾かなかった曲も、コンサートのプログラムに入れるときは、やはり2年かけるのだとのこと。このことについては、上に引用した所に近いところで、

  「音楽傑作は永遠に新しい読み方ができるので、いつも再検討しなくてはなりません。」と語られています。これは、同じ教科書で数年教える教師の構えとしても生かせるように思います。

 もう一カ所、ピアノの分野にとどまらない教育者全体の心構えとして読んだところがあります。  

   ◇   ○   □   ☆   ※   ☆   □    ○    ◇

 本当に正直な先生であれば、自分よりずっと才能ある生徒にいつか出会うことだってあることを知っている筈です。ですから教育者として謙虚でいることを学ぶべきです。教育で私を夢中にさせるのは、時間と共に生徒と本当の会話で結ばれ得ることです。こうして先生も生徒も互いに多くをもたらすのです。謙虚さが相互性を可能にします。

   ◇   ○   □   ☆   ※   ☆   □    ○    ◇

 この本を読んで、印象に残ったところを2回にわたって書かせていただきました。CDでこの人の演奏を味わってみたいと思っています。

 今日もよい日となりますように。

  

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2009年2月12日 (木)

『アルド・チッコリーニ わが人生』

『アルド・チッコリーニ わが人生』 ー ピアノ演奏の秘密ー という本を読みました。( 第一版 第一刷 2008年3月15日 発行 全音楽譜出版社)

 チッコリー二は、イタリア出身で後にフランスに移住したピアニストですが、この題名であれば、著者はチッコリー二だろうと思いますよね。  ところが、著者はパスカル・ル・コール、海老彰子 訳 となっています。 

 著者はチッコリーノの演奏に魅せられてパリ国立高等音楽院を受験し、念願かなってチッコリーノのクラスでピアノを学んだ弟子、師のチッコリーニと数か月対談して、チッコリーノの口調を生かして一人称で執筆し、この本が生まれたということです。

 前置きが長くなりましたが、内容としてはこんな一節がおもしろかったです。

 生活の糧を得るためにバーでピアノを弾いていたことを振り返ってのことばです。

     ◇   ○   □   ☆   ※   ☆   □    ○    ◇

  ピアノ・バーでの演奏は、ある意味でたいへん有意義な経験でした。そこでは、冷淡で、私のことなど全くお構いなく無視する人達の中で演奏する、ということを学んだのです。今日すべてのピアニストは「聴いてもらえない中で弾く」という不愉快な印象を乗り越えるために、ピアノ・バーの経験をする必要が少しあると思います。

     ◇   ○   □   ☆   ※   ☆   □    ○    ◇

  チッコリーノは偉大なピアニストですが、演奏家としてスタートしたころは、コンサート会場に6人しか客がいなく、しかもその内の二人は、その日、飛行機の中で言葉を交わしてコンサートのことを話したばかりの旅行客だったそうです。

 でも、彼はその日の聴衆をピアノのそばに招き、一緒に心深く音楽を楽しむ時間を創り出したそうです。その心にあった思いだろうと思われることばがこの本の終わり近くにあります。

     ◇   ○   □   ☆   ※   ☆   □    ○    ◇

 芸術家は仕事でたくさんの人と会うことがありますが、その実はとても孤独です。それは、教会が空であっても、反対に人々ではちきれそうに一杯であってもミサをやり遂げる新婦に似ています。自分が何か神聖なもの、絶対的なものと接触していると考えているからです。「今日は人が少ないから、なるべく早いうちに終わらせてやろう!」などと密かに心の内で思っているとは決して考えられません。

     ◇   ○   □   ☆   ※   ☆   □    ○    ◇

  明日は、ピアノのことに言及しているところを紹介させていただきますね。

 今日もよい日となりますように。

 

 

 

     

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2009年2月11日 (水)

美しく年を重ねて来られた方たち

 尊敬する友人からいただいたメールに感銘し、ブログで紹介させていただくことにいたしました。

      ◇   □   ○   ☆   ※   ☆   ○   □   ◇

 先日のブログにお手玉のことが書かれていましたね。 

 私たちがお世話させていただいている『高齢者のための童謡・唱歌を歌う会』に参加されている方で針仕事が趣味だという方が作りためたお手玉を100個も寄付してくださいました。

 古い着物から作られたお手玉は一個一個情緒ある柄で、小豆を入れたお手玉はし
っくりと手になじみます。昨日の会で、早速使わせていただきました。30人近くの出席者に2個ずつ配ってもまだまだ余ります。

 皆さん早速、昔とった杵づかで、あざやかにお手玉を操られます。

 昨日は「まりと殿様」を歌いながらお手玉をしました。5番まで歌って最後まで一度も落とさなかった人がたくさんいらっしゃったのに、驚きました。私はしょっちゅう落としていました。1番失敗したかもしれません。(~_~;)

 その会に、独り暮らしの82歳の方が欠かさず出席されています。その方が1週間前に突然眼底出血で右目が失明したと話されたので驚きました。

 
 私も片目が失明寸前までゆきましたから、その衝撃はよくわかります。

 でも、その方は気丈な人で「この歳になれば脳梗塞などで歩けなかったり、寝たきりになったりする人も多いのに、私はこうして元気でいられるだけでも幸せだと思っている」

 それから「影絵がとても美しかった。片目でも見られるんだと思ったら涙が出た」と話され、思わず私も胸が熱くなりました。

 話は変わりますが、友人の娘さんが老人ホームで介護福祉士をされています。

その娘さんのお話です。

 入所されているあるお年寄りが「ノーベル賞をもらう人たちもがんばったと思うけれど、自分も誰も賞をくれないけれど、よくがんばったと自分だけは知ってるさー」と話されたそうです。

 そうだなあと思いました。賞はもらえないけれど、その方なりにノーベル賞に値するくらい頑張った人生があるのでしょう。

  そう思える人は満ち足りた心で人生の終わりを迎えることができるだろうと思います。

      ◇   □   ○   ☆   ※   ☆   ○   □   ◇

  前向きに年齢を重ねられた方は、美しく、そしてたくましい ・・・ メールを読んで、しばらくそんな感慨にふけっておりました。

Photo Photo_2   写真は、この友人制作の影絵です。実際には工夫して動きのある影絵を音楽と組み合わせて展開し多くの方に喜ばれています。 

  よき日となりますように。

 

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2009年2月10日 (火)

逆チョコ

 もうすぐバレンタインデー ・・・ 私の若いときにはチョコレートを女性から贈るという風習がなかったので、のどかで平穏な気持ちで2月14日をすごすことができていました。

 それを思うと、今の若い子たちは、ちょっとかわいそうです。男性もそれなりにやきもきしそうですが、贈るほうの女性もいろいろ気遣いをしなければならず、義理チョコははっきりと義理チョコと分かるように、しかし相手の気を悪くさせないようにというむずかしい品選びをしなければなりません。

 母親も、あまりチョコをもらうことを期待できなそうな息子のために、チョコを準備し、しかもプライドを傷つけない配慮もしなければなりません。

 それに、何と申しましょうか、今年はチョコレート会社の商魂たくましさから出たのでしょうが、男性からも贈っていいのですよ、と「逆チョコ」なるものがコマーシャルにも登場し、男性も女性も悩む材料が増えてしまったように思います。

 と、ここまで書いて、何だか調所に負け惜しみが顔を出しているような気がしてきました。

 今日のブログはこれで終わらせていただきます。

 今日もよい日となりますように。  もうすぐ来るバレンタインデーもどうか心安らかにおすごしくださいね。

 

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2009年2月 9日 (月)

アップとダウン

 アップとダウンは、一対(いっつい)のことばだと今は思っています。

 けれど、以前の私は「ウオーミングアップ」だけを知っていた時期がありました。それで、「クーリングダウン」ということばがあることを知ったときには、新鮮な感じがしました。

 「準備体操」はしっかりとしても、「整理体操」は、なかなか時間内におさまりにくかったことと関係があるのかもしれません。

 それは、ともかく、かなり以前、東ドイツの水泳選手が引退したとき、コーチ達が、オリンピックにはもう出ないのだからと、普通の家庭生活に向いた体作りを進めることができるように、きちんと指導したと耳にして、感動したことを覚えていています。

 金メダルを獲得させるまでは指導し、引退したら、さようならということでは、本当のスポーツ指導者とはいえない ・・・ いったん関わった選手を一人の人間として大切にその後の人生も幸せに送れるようにと真剣に考え、指導しきるという構えがすばらしいと思ったのです。  こういう構えがどこの国においても確立していて欲しいと考えています。

 話は変わります。

  現在、ウインドウズを使っているコンピュータのOS(オペレーティング システム ・・・ 基本ソフト)は、Vistaが最新なのですが、これまで、ウインドウズを何回かアップグレードしてこれにたどりついたことはご存じの方が多いと思います。

 ところが、このVistaのできばえが今いちのようで、このところ、VistaをインストールしたコンピュータをウインドウズXPに戻して販売するということが一部で行われています。

 その作業を「ダウングレード」と呼ぶことを最近になって知りました。

 それはそれでいいのですが、何百人もの専門の技術者が膨大な時間と費用をかけて「アップグレード」したはずのものが「ダウングレード」して販売されるというところに、人間の文明が必ずしも間違いなく進展していくとはいえない証左を見る思いがしています。

 もちろん、Vistaの全否定ということではなく、次に来たるウインドウズ7とかの足場をきたえるのにも役立っていることはいるのだと思いますけれど。

 私個人としては、ウインドウズXPとその関連のアプリケーションソフト(基本ソフトに対して応用ソフトといわれるワープロ、表計算ソフトなど)、そしてXPに対応したプリンタなどの機器を使い続けて行けるところまで行こうと考えています。

 アップとダウンに関して少し長くなってしまいました。申し訳ありません。

 今日も、よい日となりますように。 

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2009年2月 8日 (日)

「小さなクラフト展」

 市(いち)の立つ日と申しましょうか。

 岐阜市の柳ケ瀬、金(こがね)公園の少し南側にある八幡神社の境内では、偶数月の第一土曜日に「小さなクラフト展」が開かれます。

 様々なクラフト、そして趣向を凝らしたコーヒー、手作りパン、カレー、角煮丼などのお店も出ます。

 開かれるたびに、というわけでもありませんが、行けるときには訪れるのがちょっとした楽しみになっています。

Ca390001  今回、買い求めた物の一部です。クリックしていただくと写真が大きくなりますので、関心のある方は、ご覧ください。

 あえて品物の説明を付しませんので、想像力で補いながらご覧ください・・・ すみません、もったいぶってしまいました。

 売り手と買い手が会話を楽しみながらすごせるのがこうした催しのよいところですよね。

2月7日は天候もよく、多くの人でにぎわっていました。

 今日は日曜日  よい日となりますように。

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2009年2月 7日 (土)

アンドレ・ジッドと音楽

 『ショパンについての覚え書き』  (アンドレ・ジッド 著 中野真帆子 編訳  ショパン社 2006年8月18日初版発行)

 岐阜県立図書館で,この本を見かけ、おっと思って手に取り、借りてきて読み始めたところです。   私の頭の中ではアンドレ・ジイドなのですが、この本ではアンドレ・ジッドとなっていますので、それに従わせていただきます。

 アンドレ・ジッドは、『狭き門』『田園交響楽』『贋金づくり』などを書いたフランスの作家で,ノーベル賞を受賞しているそうです。

 アンドレ・ジッドは7歳でピアノを初め、少年期にはショパンの直弟子、ヨーゼフ・シフマッハーにピアノを学び、かなりの腕前だったようです。

 この本の中の「ショパンについての覚え書き」で、アンドレ・ジッドは多くのピアニストがあまりにも速いスピードでショパンの曲を弾き、その技術をひけらかすことにおぞましさを覚えると述べています。

 特に私の印象に残ったのは、次の二箇所です。

 演奏家が適切なテンポで ー すなわち耳慣れたテンポよりずっと遅く ー ショパンを弾く決心がついたなら(なぜならそこにいたるには相当の勇気を必要とするからである)、その演奏は初めて聴衆にショパンを心から理解させ、胸いっぱいの感動をあたえることになるだろう。これこそショパンに値する。

 思うに間違いの始まりは,彼ら(演奏の達人たち)がとりわけショパンのロマン派的心情を強調しすぎるところからきているのだ。ところが私にとって一番素晴らしく思えるのは、ロマン主義がもたらした貢献は否定しないが、ショパンがそれを古典主義へと還元させたことなのだ。

 他にも、ショパンは音楽自体に語らせ,音楽をことばで説明しようとしていないと述べているところがあり、ショパンとはそういう人なのかと思いました。

 上記の言葉を、速いスピードでショパンを弾くことのできそうもない私が,その技術のなさを逆手にとって居直るための論拠にしようというつもりは、ありません。もともとショパンをほとんど弾けないからです。・・・今、前奏曲「雨だれ」をつっかえつっかえ練習していますけれど、しょっちゅう、梅雨の中休み状態になってしまいます。

 後世に残る文学を書いたアンドレ・ジッドがピアノを弾くことに親しみ、そして堂々と自分の意見を表明していることに心を惹かれました。

 また、アンドレ・ジッドがこの書で呈している「楽譜のこの指示はショパン自身が書いたものだろうか」という疑問などに、実際にショパンの自筆の楽譜を所有し、研究していた人が、「間違いなく、その指示はショパン自身の筆で書かれている」などと解答した手紙も収められていて、興味深く読めました。

 アンドレ・ジッドは 1869年に生まれ、1951年に亡くなったそうです。これを明治2年から昭和26年というふうに置き換えてみて、イメージがわきやすくなった私です。

 明日は日曜日、よろしければ、お近くのキリスト教会の礼拝にお出かけください。

 今日もよい日となりますように。 

 

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2009年2月 6日 (金)

♪ 数え歌

 昨日、お手玉のことを書きましたら、お手玉するときの数え歌を、「こうではないでしょうか」とお教えくださった方があります。

 とても嬉しくて、皆様にお裾分けさせていただくことにいたしました。

 一ばん はじめは 一宮
 二は 日光  東照宮
 三は 佐倉の 惣五郎
 四は また 信濃の 善光寺
 五つ 出雲の 大社
 六つ 村々 鎮守様
 七つ 成田の 不動様
 八つ 大和の 八幡宮
 九つ 高野の 弘法様
 十は 東京二重橋    

 家内の母が覚えていた歌は、まさにこの歌でした。地方や時代によって、ヴァリエーションがあるかもしれませんね。

 上の歌を教えてくださった方は、久しぶりにお手玉を取り出して、練習を始められたそうです。きっとみるみる勘と技術が戻ってくるのではないでしょうか。

 すばやく数え歌をお教えいただいて、本当にありがとうございました。

  さて、先日、挑戦した鯖の味噌煮 ・・・ 家内は風邪をすっかり克服したのですが、私も一度作ったきりでは忘れてしまいますので、復習がてら、もう一度作って見ました。

 結果は オッケー  ・・・ 家庭料理は作りたてですぐ食べるので、その分、ポイントがよくなりやすいということはあると思います。

 何事にも、反復練習は大切ですから、今後もレパートリーを増やしながら習熟したいと考えています。 餃子の包み方なども忘れてしまいましたし・・・・・

 今日もよい日となりますように。

 

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2009年2月 5日 (木)

お手玉

0002  ある日、帰宅すると写真のように五つのお手玉が迎えてくれました。

 家内の母は裁縫の得意な人で、「教えてあげるで作ってみやぁ」ということになって、手ほどきしていただきながら家内が作ったのだそうです。

 家内は、娘時代にもどったように楽しかったそうで、お手玉が完成した後、母はお手玉歌というのでしょうか、数え歌などを歌いながらあざやかにお手玉をして見せてくれたそうです。

 ちょっと歌詞のメモを見失っていますが、いつかその歌詞を紹介させていただきますね。

 親から子、子から孫 ・・・ テレビなどを抜きにして、家庭内、家族間でよい時間を紡ぐ、そんなことを大事にしたいな、とお手玉を見ながら思いました。

 ところで、皆様のお手玉の腕前はいかがですか。 テレビに出演するジャグラーもびっくりというほどの達人もおられるでしょうね。 

 私は二つのお手玉を宙に上げることはある程度できるのですが、反対方向で回すことはできませんし、三つのお手玉を手玉に取る ・・・ そういうこともできません。挑戦するときは、あっちこっちへ飛んでいくお手玉が直撃しないように人払いをしなければなりません。 「殿、お人払いを・・・」 ・・・何だか、時代劇の世界のようです。

 暦の上では、春 ・・・ 今日もよい日となりますように。

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2009年2月 4日 (水)

うた心

 『ピアノ 幸福いっぱいの日々』 (中村菊子著 全音楽譜出版社 2006年3月20日第一刷発行) を読んでいます。

Ca390004  写真のようになかなか華やかな表紙です。

著者によると、次のような状態になっているのだそうです。

◇ 日本  ピアノを習う人口が世界で一番多いが戦前からの古い指導法も依然として行われている

◇ アメリカ  ピアノを習う子が非常に少ないが、メソード ・・・ 教授法 ・・・ は世界の先端を行っている

 アメリカでの子どものピアノコンクール

 その子の演奏が人まねでなく,想像性と、創造性に冨み、聴く人にいかに大きく語りかけてくるか、が採点のポイント。そのような点で優れていれば当日、二つや三つ音をはずそうと、そんなことは問題にならない。

 最も悪いとされる演奏は、指先だけで「f」では強く、「p」では弱く、テンポ通り、はずさないでひけた、という表面的な演奏 ・・・ こういう演奏は「あなたの演奏はテクニックだけで,冷たくて、うた心がありません」ぐらいの評をもらって終わりになる。

  この本の他の箇所にあるのですが、指づくりを初期に大切にし、そのあとでうた心を育てようとすると、うた心がしぼんでしまって,その子らしさが伸びてこなくなりがちなのだそうです。

 ピアノだけでなく、教育全般にわたって、角を矯めて牛を殺すことのないように、しかし、鍛える必要があることについては遠慮会釈なく、見通しを持って適切にみっちりと鍛えることが大切なのだと改めて思いました。

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2009年2月 3日 (火)

旅番組

 旅は、本当は自分が出かけてこそ旅と言えるのでしょう。

 それは、分かっていながらなかなか行けない人が多いので、旅に行った気分を味わわせてくれる旅番組に人気が集まるのでしょうか。

 家内が見ていたヴェトナムを若い女性が旅をしてレポーする番組で、こんな場面があったそうです。

 その女性が訪れた家で、精一杯のごちそうをしてくれたのだそうです。といっても、グルメに慣れた目で見ると素朴な食事に見えるのだそうですが、その場面が放送されるのを既に帰国したそのレポーターも一緒に見て説明しながら、涙ぐんでいたとのことです。

 そして、その番組のスタッフたちも・・・・・・。

  精一杯のごちそうをゲストに出し、もてなす側の人たちは、それを見守っている ・・・ 自分たちが食べる分は、ないのだそうです。でも、にこにこしているのだそうです。心から嬉しそうに。

  旅先の人たちの暮らし、生き方が見られるのと、それを通して自分の暮らし、生き方を見つめ直すことにもなる  ・・・ そういうところがいいのでしょうね。

 外国だけでなく、国内の旅番組を見ていてもそういうことはあるように思います。

 さて、今日もよい日となりますように。 人生は旅である とも言われます。よき旅路を!

  

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2009年2月 2日 (月)

漢字が力を合わせると

 小学校の6年間で学ぶ漢字は1006字あります。もちろん、教科書ではそうですが、子どもたちが本やテレビや町の看板などで目にする漢字はもっと多くあります。

 一字ずつの漢字は読めても、漢字と漢字がくっつくと、類推してもなかなか読めない場合が出てきます。 熟字訓というのがそれですね。

 【例】  七夕 (たなばた)  竹刀(しない)  など

 このブログでも、以前、ご紹介したものがありますが、先日小学6年生に取り組んでもらったら、かなり正解が出たので、なかなかたいしたものだと感心しました。

 もし、よろしかったら下の熟字訓をお楽しみください。

 おいそがしいかたは、ここまででどうぞ。  今日もよい日となりますように。

 熟字訓

 ① 秋 桜  ② 土 筆 ③ 二十歳 ④ 心 太  ⑤ 印 度  ⑥ 仏蘭西

 ⑦ 土耳古  ⑧ 雪洞  ⑨ 海月 ⑩ 海星 ⑪ 海豚 ⑫ 海豹 ⑬ 海栗

 ⑭ 海馬   ⑮ 海象

解答は、「続きを読む」をクリックしてください。

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2009年2月 1日 (日)

すてきな新年会

 岐阜市の金華山 ・・・ それがよく見えるところに、障がいのある方たちの作業所があります。

 1月の終わり、その作業所の社員の方たち、ご家族たち、ボランティアの方たちなどの集う新年会がありました。

 すてきだったのが、社員の方たちのカラオケタイムでした。

 「高校三年生」、「ブルーライト横浜」、「ひょっこりひょうたん島」、「千の風になって」 「水戸黄門」  などなど

 すてきな表情と声で、楽しそうに、拍手や声援に応えながら歌われるのです。

 ダンスしながら歌う予定で練習していた人が、それを知る人たちから「踊って~」と再三声がかかると、そのたびに嬉しそうにしながら、でも「今日は踊りはなし」と歌に専念し通したり、スマップの難しいリズム、歌詞の歌を堂々と歌い通したり ・・・

 心の通い合う、あたたかな時間でした。

 会の結びであいさつされた方が、こういう作業所、そして今日のような集まりは、経済学や理論で説明したり、構成したりできない そういう世界に属しているのだとNHKの放送で言われていたけれど、まぎれもなく大切で、そして確かにある、かけがえのない存在なのだという意味のことをおっしゃいました。

 経済効率などで計れない、計ってはいけない世界がたしかにあるのです。

 そうした世界を大切にできる国へと変容していく大きな転換期に、今の我が国はさしかかっているのかもしれません。

 今日がよい日となりますように。 そして、今日から始まる2月がすてきな月となりますように。

 

   

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