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2009年2月20日 (金)

『すらすら読める 風姿花伝』

 『すらすら読める 風姿花伝』 (林 望 著 講談社 2003年12月12月日 第1刷発行)

  この本は、ページの上段に古文 下段に林望さん・・・愛称リンボー先生でしょうか、その方が分かりやすく意訳、解説しておられますので、タイトルの通り、すらすらと世阿弥の伝えようとした真髄が読み取れそうです。

 少年時には、ジャニーズ系の美少年というか、何をやっても花がある。ある意味、実力的には未熟だがそれを隠してしまうほどの魅力が現れてくる。

 この時分の稽古は、年齢相応のやりやすいところを舞台で華やかに見せるようにして、その一方、一つ一つの基礎的な技を丁寧にすることが肝心。確実に動作し、謡いは発音を正しく明瞭にするように心がけ、舞いも一つ一つの所作をきちんと守って、大事に大事にけいこしなくてはいけない。  ・・・ というような解説で分かりやすいです。 もととなった原文を一部分、記します。

  このころの稽古、やすきところを花に当てて、技をば大事にすべし。はたらきをもたしやかに、音曲をも文字にさはさは(さわさわ)と当たり、舞をも手を定めて、大事にして稽古すべし。

 うーむ、古文の歯切れ良さ、引き締まったリズム ・・・ それに託して語られる世阿弥ならではの味わい深い内容、さすがですね。

 明日、この本からもう少し書かせていただきますね。

 よい日となりますように。

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コメント

 長らくご無沙汰しております。うだつは上がりませんが、何とかやっております。少し遠いですが、大正村にもお時間があったら、お出かけください。有名な桜の木がありますので、4月ごろがお勧めです。
 教会員の年配者の方が、文語訳の聖書でないと感動が弱い、と言っておられた方がおられました。日本語が何処へ行ってしまうのかは、私では分かりませんけど、言葉を失った国民は、国民性や文化も失ってしまうといいます。まあ、今の若者たちは、世界中同じのようにも見えますが、ネットの功罪は、世界を近くもしましたが、均質化、同質化もしたかもしれません。宮本常一著、「忘れられた日本人」は、名作です。民族学、という学問の奥の深さを楽しめます。

※ ムーミンパパより  コメントをありがとうございます。文語は味わいがありますね。日本の歴史の中で、文語を用いていた時代のほうがずっと長く、口語はまだ成長途上にある面もあると思います。ただし、言文一致体登場以来、文字通り、文章に用いられてきた文語と異なって、口語には定型が生まれにくく、収斂して完成に向かうというより、不定型へと拡散する傾向が宿命的に生じたように思います。
 でも、大切にいつくしみながら守り育てていきたいですね。

投稿: 小島 | 2009年2月20日 (金) 20時46分

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