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2009年2月12日 (木)

『アルド・チッコリーニ わが人生』

『アルド・チッコリーニ わが人生』 ー ピアノ演奏の秘密ー という本を読みました。( 第一版 第一刷 2008年3月15日 発行 全音楽譜出版社)

 チッコリー二は、イタリア出身で後にフランスに移住したピアニストですが、この題名であれば、著者はチッコリー二だろうと思いますよね。  ところが、著者はパスカル・ル・コール、海老彰子 訳 となっています。 

 著者はチッコリーノの演奏に魅せられてパリ国立高等音楽院を受験し、念願かなってチッコリーノのクラスでピアノを学んだ弟子、師のチッコリーニと数か月対談して、チッコリーノの口調を生かして一人称で執筆し、この本が生まれたということです。

 前置きが長くなりましたが、内容としてはこんな一節がおもしろかったです。

 生活の糧を得るためにバーでピアノを弾いていたことを振り返ってのことばです。

     ◇   ○   □   ☆   ※   ☆   □    ○    ◇

  ピアノ・バーでの演奏は、ある意味でたいへん有意義な経験でした。そこでは、冷淡で、私のことなど全くお構いなく無視する人達の中で演奏する、ということを学んだのです。今日すべてのピアニストは「聴いてもらえない中で弾く」という不愉快な印象を乗り越えるために、ピアノ・バーの経験をする必要が少しあると思います。

     ◇   ○   □   ☆   ※   ☆   □    ○    ◇

  チッコリーノは偉大なピアニストですが、演奏家としてスタートしたころは、コンサート会場に6人しか客がいなく、しかもその内の二人は、その日、飛行機の中で言葉を交わしてコンサートのことを話したばかりの旅行客だったそうです。

 でも、彼はその日の聴衆をピアノのそばに招き、一緒に心深く音楽を楽しむ時間を創り出したそうです。その心にあった思いだろうと思われることばがこの本の終わり近くにあります。

     ◇   ○   □   ☆   ※   ☆   □    ○    ◇

 芸術家は仕事でたくさんの人と会うことがありますが、その実はとても孤独です。それは、教会が空であっても、反対に人々ではちきれそうに一杯であってもミサをやり遂げる新婦に似ています。自分が何か神聖なもの、絶対的なものと接触していると考えているからです。「今日は人が少ないから、なるべく早いうちに終わらせてやろう!」などと密かに心の内で思っているとは決して考えられません。

     ◇   ○   □   ☆   ※   ☆   □    ○    ◇

  明日は、ピアノのことに言及しているところを紹介させていただきますね。

 今日もよい日となりますように。

 

 

 

     

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