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2009年3月31日 (火)

イワシの梅煮

  少し遅めの食料品売り場 ・・・ 品数は限られてきますが、20パーセント引き、30%引きというのが魅力ですね。

 目にとまったのが、イワシ ・・・ 家内に教えてもらいながら、梅煮を作ってみました。

 ・ 鍋に ほんの少しの水 大さじ5杯 料理用のお酒 大さじ5杯 みりん 大さじ3杯   醤油 大さじ 3杯 砂糖 大さじ1杯 酢 大さじ1杯 を入れて ショウガをいれて煮立たせます

・ イワシを水洗いしながら 首の付け根(?!)あたりから指で体を開き、はらわたを取り除く

・ 煮立った鍋に イワシを入れる  ・・・ 料理研究家の小林カツ代さんは、イワシさんたちが会議をするわけではないので、頭や尾の方向をそろえる必要はありませんと語っておられたそうです。 梅干しをイワシたちの上に置く

 あとは、落としぶたをし、火加減を調節

 いろどりをきれいにするには、仕上がり近くで新たに梅干しを入れる

Photo  というようなプロセスで、写真のようになりました。

  味は ・・・ 実は、まだ食べていません。調理せずに冷蔵庫で一晩過ごさせるのでなく、夜に調理し、その同じ一晩を味をしみこませる時間としたかったので、夕食後に調理に取りかかったのです。

 値引きされて売られていたイワシたちへの敬意 ・・・ というと大げさかもしれませんが、何だかそれに近い思いが私の中にあったようにも思えます。

 さて、ついに3月の31日 ・・・ この日に退職する教師たちの中には午前零時を迎えて、深々と校舎に一礼して去っていく人たちがおられるそうです。

 よき一日、そして、よき明日となりますように。

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2009年3月30日 (月)

あるお寿司屋さん

 「最近、海が荒れていて、この魚の大きいのが獲れないんですよ」 

 ・・・ 私によき知的刺激等を与えてくださる方がいきつけの寿司屋さんに誘ってくださいました。そのお寿司屋さんでご主人が語られたのが冒頭のことばです。

 「この魚」  というのは具体的な名前が入っていたのですが、あまりにもいろいろなお寿司を食べたので、そしてどれもおいしかったので、その名をわすれてしまいました。

 海のない岐阜市にいて、寿司ネタとなる魚が水揚げされる海の状態をさりげなく口にする ・・・  うーん、さすがぷろの寿司職人だと思いました。

 材料の吟味 ・・・ これにどんなに精力を注いでおられることでしょうね。

 ふと、尋ねてみたくなりました。「ご主人は、お店にある寿司ネタを全部、味わっておられるのですか?」と。

 でも、やめました。全部食べて吟味していたら、身が持たないのではないか と思ったり、「一目見りゃ分かるよ」 と言われるのではないかと考えたり、「商売物にてをつけてちゃ、やっていけないよ」と一笑に付されたりするのではないかとあれこれ自問自答したからです。

 宮城谷昌光という作家の本の中に、こんな言葉がありました。

「人に尋ねるから分からなくなる。自分に問え。」

 うーん、でも 「餅は餅屋」ともいいますよね。

 少なくとも、尋ねる機会は逸しました。  自分で答えを考えてみますね。

 とにかく、おいしいお寿司屋さんでした。 さて、今日もよい日となりますように。

 すみません、自分だけ、おいしかったと悦に入っていて。 

 

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2009年3月29日 (日)

ほころぶ

Ca390006  衣類がほころぶのは、繕い仕事の対象ですが、写真のように桜がほころぶのは、本格的な春の訪れを告げているのですから、喜びの対象ですね。

 満開の状態の大きな桜木もあるのですが、同じ木の中にもいち早く咲いた花と、ふくらんだ蕾の状態のものがある光景も、またよいものです。

 今朝の気温の低さに花冷ということばを思いだし、角川俳句歳時記でひいてみました。(この辞書は、一太郎のATOKと連携していて、なかなか便利です。)

花冷 ・・・ はなびえ  「春-時候」の季語

 桜の咲くころ、急に冷え込むことがある。

花冷という言葉のもつ美しい響きが好まれる。

  一灯にみな花冷えの影法師     大野林火
  生誕も死も花冷えの寝間ひとつ   福田甲子雄
  花冷の百人町といふところ      草間時彦
  花冷えや出刃で搔き出す魚の腸(わた) 河合凱夫
  花冷や吾に象牙の聴診器      水原春郎
  花冷や柱しづかな親の家       正木ゆう子

  ウグイスもよい声で鳴いています。

 一茶の俳句だったでしょうか、 めでたさも中くらいなり おらが春

 

 世の中には、いろいろなことがあります。 ・・・  でも、いつの時代にも、すべてこれで最高だということはないのでは  

 花 花を観賞し 鳥の鳴き声を聞き、 元気に歩んでまいりましょう。

 おとなしくしていると 花花が 咲くのねって 桃子が いう

                             八木重吉

 よき日となりますように

 

 

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2009年3月28日 (土)

チャンスには前髪しかない ?

 西洋のことわざに「チャンスには前髪しかない」というのがあります。

 「おっ、チャンス到来」と思ったら、すかさずそのチャンスをつかめ、躊躇しているとその間にチャンスは通過し、後ろからつかまえようとしても、つかむ術(すべ)がない ・・・たとえば、バッターボックスに立ったら、好球必打、打ちやすい球を見逃しておいて、「今のはヒットかホームランにできる球だったなあ」と思っても、アフター ザ カーニバル ・・・後の祭り ということなのでしょうね。

 そのように積極性を心がけるのは大事だと思います。

 ただし、高校野球だと、負ければ明日はありませんが、ペナントレースであれば、三振に打ち取られた相手にホームランで報いる機会がまわってこないでもないと思います。

 明日なき戦い、とか勝ち組、負け組、早い者勝ち ・・・ というのは、スポーツの世界ではともかく、人生のすべての場面でに競争原理を適用するとしたら、それはとても浅い考え方、生き方ではないでしょうか。

 桜が一年に数日、花の盛りを謳歌する ・・・ それはそれでいいのですけれど、水仙や木蓮、チューリップなどなど それぞれの可憐さ、美しさも味わうゆとりをもちたいと思います。

 知り合いの花屋さんがこんなことを言っておられました。「今日、水をやらんといかんのやけど、ごめん、明日まで辛抱してくれ、お願いだから・・・」 こんなふうに多忙で手が足りないときに花に声をかけておくと、普通だと枯れる心配のある花が次の日まで待っていてくれるのだそうです。

 うーん、この世の中、奥が深いですね。

 それでは、また。 よい日となりますように。

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2009年3月27日 (金)

小学卒業生の将来の夢

 住んでいる校区の小学校のPT.広報が回覧されたので、読みました。

 このシーズンらしく、卒業生一人一人の書いた「将来のぼく・わたし」が掲載されています。 何歳の自分はこうなっている という企画のようです。

 スポーツ関係

 ・・・ 世界一の卓球選手・甲子園 優勝・ドラゴンズの新人4番でホームラン王・甲子園で優勝し、ドラフト1位でプロに入団。活躍して25歳でメジャーリーグの四番打者になっている・水泳の水泳に出て、1位になって「なんも言えねえ」と言っている・バレーボール選手になってテレビに映っている・母校でバレー部のコーチ・ワールドベースボールクラシックで大活躍・プロのスノーボーダーになってオリンピックに出場・剣道の全国大会・ポルシェやフェラーリやランボルギー二をお父さんにプレゼントできるくらいのJリーガーとして活躍している

 ・・・ 親孝行な子がいてうれしいですね。 「43歳のぼくが開発したシューズをはいたオリンピック選手は金メダルをとっているでしょう」 という子もいます。

 文化・学術関係

 宇宙飛行士・つくった服が大ヒットしているファッションデザイナー・20歳のぼくは、化学者になってノーベル賞をもらっている・発明家になって、地球に優しく、安全な乗り物を作っている・研究員になって良い商品を開発している

 分類はともかく、職業名などをご紹介

 パイロット、イルカの調教師・動物に関わる仕事・パティシエ・和菓子屋につとめて栗きんとんなどを作っている・教師・医師・看護師・薬剤師・ピティナピアノコンクールに出て大活躍・美容師になってみんなをきれいにしている・建築家・漫画家・イラストレーター・趣味の小説を書き続けている・アナウンサー

 こんな人になっていたいということも含まれている書き方もたくさんありました。

 すてきな歌を歌って、たくさんの人を元気づけている、子どもに好かれる保育士、人の気持ちが分かる精神科医、ペットショップの店員になってお客さんに明るく話しかけられる店員になっている・・・

 そして、こういう記述もありました。※りきまずにこういう考えを自然に表明できていることにこの学校の教育のよさを垣間見せていただいた思いがしました。

 20歳の私は同級生と成人式で輝いている・20歳以後のぼくは、平均的な生活をしている・20歳の私は、社会人になって毎日一生懸命働きます・25歳の私は人の役に立つような仕事をしている・30歳のぼくは商業系の会社に入って元気にやっている・30歳のぼくは自分だけの家を建てている・30歳のぼくはいっしょうけんめいペンキで壁を塗っている・31歳では立派な中小企業の係長になっている

 

 35歳の私は、結婚して幸せになっているかな ・・・ 「幸せになっているかな」というのは12歳の子なりに、自分だけでなく相手が居ることなので、言い切っていないのでしょうね。

 どの子も、幸せになっていてほしいですし、毎日毎日幸せな時間をすごすことができていてほしいと思います。

 すべての大人はこどもに最善のものを贈る義務を負う ・・・ 児童の見地条約の根幹の精神です。

 今日も、よい日となりますように。

  

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2009年3月26日 (木)

若人に幸あれ 

Ca390011  3月25日は、勤めている大学の卒業式でした。

 卒業式を終えた若人の一人が、花をプレゼントしてくれました。

 遠く中国地方から受験し、故郷の学校の教壇に立つことを願って、教員採用試験を受け、かなりの倍率だったのですが、本当にひたむきに文章を書き、キーボードを弾きながら歌う練習をし・・・と、精一杯励み、その甲斐あって、見事に合格したのでした。

 お祝いの花を贈るのは、こちらかもしれませんが、写真のような花を部屋に飾ってくれたのです。

 ありがとう、三倍ほどの年齢の私たちにすてきな贈り物を ・・・

 故郷のご両親は、4年間の学びを終えて帰郷し、志していた教師の道に進むこの若人をどんなに喜んで迎えておられることでしょう。

  思い出しました。40年ほど前、卒業する私に、「君たちは卒業して、ぼくはここで年を取るんだね」とおっしゃった大学の先生に、「いえ、確かに先生はここで年を取られます。でも、私たちも外の世界で年を取るんです」などと生意気を申し上げたことを。

 その師は、「あっはっは、そうか、そうか」と一緒に笑ってくださったのですけれど、懐かしい思い出です。 

  若人たちに、そのご家族に ・・・ そして若き教師と出会う子どもたちに幸あれかし と祈ります。

  さて、今日もよき日となりますように。

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2009年3月25日 (水)

現実はドラマ以上

 WBC、連覇 ・・・ うーん、現実は、ドラマ以上にドラマチックなことがあるのですね。

 9回裏に3対2から同点に並ばれたとき、これはどうなることやら、と思いましたが、そのことによって、いろいろ叩かれ、本人も心が折れそうになっていたと語っていたイチローが粘った挙げ句に2点決勝タイムリーを放って最高の笑顔が生まれることになったのですね。

 韓国をライバルと讃える原監督のことばも、そして、控え目にしていた王前監督が背中を押され、みんなに迎えられて記念写真に加わるシーンもよかったです。

 活躍できた選手も、出番に備えてベストを尽くして待機していて出番の回ってこなかった選手も、けがで先に帰国した選手も、みんなかけがえのない存在 ・・・ 人並み優れた資質にさらに磨きをかけて一つの道に打ち込み続けている人たちのみがもつことのできる美しさが感じられましたね。

 元気と感動をいただきました。

 そして、心静かな日がもどってきたことにもほっとしています。

  世の中に 絶えて 桜のなかりせば 春の心はのどけからまし

 という逆説的な歌がありましたね。 その春がいよいよ勢いを増しつつあります。

 よき日、そしてよき春となりますように。 

 そして、ミサイルなど飛ばそうという心など消えてしまいますように。

 

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2009年3月24日 (火)

本当の強さとは

 かつて、『巨人の星』という野球漫画がありました。主人公は、星飛雄馬、ライバルは花形満、左門豊作、オズマなどです。 飛雄馬の姉は明子、父は星一徹、親友は伴宇太です。姉の明子は花形満と結婚するのですね。 ・・・ あまり関心のない方、すみません。

 その『巨人の星』の中で、大リーガーで「ザ・マン」 ・・・あえて訳すならば「彼こそ、真の男だ」と呼ばれた選手が紹介されたことがありました。

 その選手はこう語ったのです。

 「私の誇りは、倒れなかったことではない。スランプに陥るたびにそこから立ち上がったことだ」

 今回のWBCで、ここぞというところでなかなか活躍できないイチローは「心が折れかけていた」などと口にしました。

 その彼が、仲間に支えられるとはすてきなことだとも語りました。

 やがて始まるペナントレース ・・・ WBCでの経験はイチローのプレーにどう実るでしょうか

 24日は、この大会が始まって、なんと五たびの韓国戦、しかも決勝戦です。どちらのチームにも、「本当の強さ」を見せて欲しい ・・・ そして、できれば、連覇を達成して欲しいというのが正直な思いです。

 ・・・ でも、どんなに熾烈な闘いであっても、そして勝っても負けても、これは戦争ではなく、スポーツのルールに基づいての闘いです。

 気持ちよく、応援し合おうではありませんか。

 よき日となりますように。

 

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2009年3月23日 (月)

チーム力

 WBC ・・・ 世界野球大会で連覇という偉業を成し遂げられるのは、第一回大会で優勝している日本だけ なのだそうです。

 活躍していた四番打者、村田選手が故障し、新たな選手が急遽招かれました。

 優れた選手が集まって編成されているチーム ・・・傑出した選手のリーダーシップはもちろん大切ですが、投打が噛み合って相手よりも1点余分に取るのが勝つということなのですね。

 さて、優勝の行方はどうなるでしょうか。

 これを書いているのは、日曜の夜 ・・・ 月曜には準決勝の結果が出ます ・・・ 

 監督の指揮のもと、一人一人の選手の持ち味がどのように発揮され、相乗作用も生まれて試合が進められるかどうか ・・・ 楽しみなところですね。

 映画でも、主演の俳優だけでなく、いろいろな賞が設けられているのは、やはりチーム力によって傑作は生まれるものだということが共通理解されているからこそなのでしょう。

 私の母はイチローが活躍して日本が勝つのが好きです。さて、どうなるでしょう。

 私自身とスポーツは、今の体型ではあまり信じてもらえないのですけれど ・・・ そして私自身もあまり思い出せなくなっているのですが、中学、高校と卓球部でした。大学でも極めて短期間、入りましたが、オーケストラとの二つでは、ちょっと忙しくなりすぎて、すぐ引退(?!)しました。サウスポーでシェークハンドというのは、それだけで有利な面もあったのですけれどね。

 話が長くなりました。 WBCで、どの選手も、培ってきた実力を充分に発揮でき、勝敗は別として今日もよき日となりますように。 

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2009年3月22日 (日)

タンポポ

Ca390005 Ca390014            春分の日、近くの公園に孫娘と出かけました。

広い公園を駆ける孫娘は何と小さく見えたことでしょう。

 ブランコや滑り台などで遊び、紋黄チョウを追いかけ、帰りがけに見つけたタンポポを摘み ・・・ そのタンポポは松ぼっくりやドングリ、石と一緒にコップの中でちょっとした生け花のようになって一つの世界を現出しています。

  自動車の窓ガラスの黄砂を孫娘と一緒に拭き取り、そのバケツの水を側溝に流し、その水が流れていくのを追いかけたことが、しばし母親を離れて公園にいくきっかけになったことも、幼児の心のおもしろさです。 ・・・ 呼び水、水を向ける などのことばが頭に浮かびました。

 という具合で、孫たちは、その生活の場所へと帰っていったのですが、しばらくはその余韻を楽しんで思い返すことになりそうです。

 今日もよい日となりますように。  

 

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2009年3月21日 (土)

目の前のことを ひたすらに

  二男夫婦と孫娘たちが帰って行きました。

  静かです。

  思い返しますと、二人の孫娘たちは、何と目の前のことに全身全霊を打ち込んでその時その時を生きていたことでしょう。

 泣くときも、笑うときも、そのときそのときに全力を込めていました。

 食べ物がおいしいときには、これ以上の幸せがあろうかという表情をしましたし、泣くときには、こちらの耳が痛くなるほどの音量で、思いっきり泣きました。

 もちろん、わがままはたしなめたり、言い聞かせたりしなければなりませんし、そうしたつもりですが、とにかく彼女たちは、いつも目の前のことに真剣でした。

 一度しかない今というときを ともに生きる数日がもてたことは幸せでした。

 ・・・ ぶらんこをこぐときも、雨上がりの水たまりに突進するときも、落ち葉を集めて「虫さんの家を作る」ときも3歳8か月の孫娘はそのことに全力を注ぎました。

 タンバリンやコタツ板を叩いてリズムを刻むと、つかまり立ちの足を屈伸させて元気に踊る10か月の孫娘も、おざなりの動きではなく、ひたむきでした。

 今度会うときまでに彼女たちはどんな成長をしているでしょうか。

 そのときには、私も「このことは以前よりも進んでいるぞ」と自負できるものを提示したいと思います。  

 もちろん、努力して獲得したことをもっていたいということです。 ・・・ 老化は、別に努力しなくても進むものですが、それでは孫たちを喜ばせることはできませぬから 。

 よき日となりますように。

 

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2009年3月20日 (金)

きれいな空気を

 うららかな日ざし ・・・桜前線も北上中のようですね ・・・ さだまさしが、その北上のスピードを毎秒23センチくらいと計算して、春はお母さんの足取りのようにやってくると子どもに教えたら、詩的なイメージと知識とが結びついてすてきなのではないか、と書いていたのを思い出しました。

 暖かい春は喜ばしいのですが、黄砂も花粉も空中に漂って、地方によっては屋外に洗濯物を干すのが難しいところもあるそうですね。

 火山灰が降るところもありますから、そういうところでは空気が澄んで美しい状態が渇望されることでしょう。

 角川の俳句歳時記で、黄砂を引いたら、次のように説明され、俳句も紹介されていました。 

霾(つちふる)  【季語の分類一覧】

霾(ばい) 霾ぐもり(よなぐもり) 霾風(ばいふう) 霾天(ばいてん) 

黄砂(こうさ《くわうさ》) 黄沙(こうさ《くわうさ》)

・・・ 春、モンゴルや中国北部で強風のために吹き上げられた多量の砂塵が、偏西風に乗って日本に飛来する現象。気象用語では黄砂。三月から五月に見られ、おもに関西や九州地方で空がどんよりと黄色っぽくなり、太陽も霞む。

・ つちふるや日輪高く黄に変じ   長谷川素逝
・ つちふるや大和の寺の太柱   大峯あきら
・ 霾るや星斗赤爛せしめつつ   小川軽舟
・ ひねもすを本に嵌りて霾や   五島高資
・ 黄砂ふる日を曼荼羅にぬかづきぬ   吉田汀史
・ 鳥の道きらりきらりと黄沙来る   石寒太

 「つちふる」 ・・・ うーむ、なかなか味わいのある表現ですね。 

 でも、やはり澄んだ空気よ、来たれ という思いがしてきます。

 ともかく、今日もよい日となりますように。

 

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2009年3月19日 (木)

テレビ番組 最終回のオンパレード

 年度のフィナーレが近づいているからでしょうか、新聞のテレビドラマの欄は最終回のオンパレードです。

 ふと思います。それまで走っていた電車が、廃線の方針が決まったと知れ渡ると、存続させて欲しいとの声が寄せられ、けれど、やはり採算が合わないのでと、いよいよ明日から廃線という日が来ます。

 飾られた電車には、多くの人が始発から終電まで乗ります。普段、この半分でも、いや何分の一かでも乗客があれば、廃線にはならなかっただろうと思われるくらいに・・・

 でも、それは、有終の美を飾る優しさの為せるわざ なのでしょうね。

 最後はぴしっと決めたい ・・・ それは日々の歩みと実はしっかりとつながっているのだと思います。

 推理小説に限らず、そして推理ドラマに限らず、終わりから見てはルール違反 ・・・ ゴールにいたる過程、そしてさりげなく見えるけれど実は極めて意図を持ってそこここに置かれている布石を丁寧にたどってこそ、よきクライマックスを迎えられるのだと思います。

 連続ドラマも、その一回、一回がそのドラマの世界を構築していくのですね。きっと。

 ドラマの最終回は、寂しいかもしれません。けれど、それは新番組のスタートへとつながります。2008年度の終わりは、2009年の出発へとつながっています。

 さて、今日もよき一日となりますように。

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2009年3月18日 (水)

孫娘 ああ孫娘 孫娘

 3歳8か月の孫娘は、どうも家内をかっこうの遊び相手と考えるようになったふしがあります。

  岐阜に来た初日は、

「おばあちゃん、洗濯物一緒に干そうね」

といって、いそいそと手伝っていました。

  ところが、二、三日経つと、こんな具合になってきたそうです。

 二階で洗濯物を干している家内に、

わざわざ下から

「おばあちゃん、おばあちゃん」

と呼びかけ、

「なあに」

と返事する家内に

「きょうは私、洗濯物を干すの、手伝わなーい」

と宣言するのだそうです。

 これって、どうお思いになりますか ・・・ 

 そういう私も、孫娘が「お薬飲むの、手伝ってあげる」と錠剤を口に運んでくれるのが嬉しくて、朝は2錠、夜は1錠なので、夜も何錠かあるといいな、などと思っているのですから毅然と孫娘と対決することは至難と言わざるを得ません。

 10か月の妹孫娘は、まだ言葉はあまり多くありませんが、足をぴょんぴょこぴょんぴょんぴょこと動かして笑顔を向けるだけで私たちを魅了します。

 こんなふうですので、何か孫娘たちの詩か俳句でも  と思っても、タイトルのようになってしまいます。

 けれど、今回のこの孫娘たちとの日々も、思い出の中へと歩を進めていきます。

 まあいいか、一緒にいられるときを喜び、大切にいたします。

 身内ねたにおつきあいいただき、ありがとうございます。

 そうした優しいお心の持ち主であられるあなたに、今日もよき日となりますように。

 

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2009年3月17日 (火)

停電のときの指揮者

 これは、本当にあったことか、どこかから生まれたエピソードなのか、確認できていないのですが、面白く、考えさせられる話でしたので、書かせていただきます。

 いつか、どこかのコンサート会場で、オーケストラの演奏が始まってしばらくしたら、どうしたものか会場が停電して、真っ暗闇になったのだそうです。

 けれど、さすがに練習を積んだプロの集団だったのでしょう、暗闇の中でも音楽は途切れることなく続いたそうです。

 停電の原因が取り除かれて、ぱっと会場が明るくなったとき、聴衆が目にしたのは、懸命に闇の中で演奏を続けたオーケストラと、憮然としてその前で立ち尽くしていた指揮者の姿だった  というのが、この話のすべてです。

 「さすが、名指揮者だ。この日までに自分の指揮で表現したい音楽を楽団員のものにし尽くしていたのだ」

 「電気を使わない時代からある楽器は停電にも影響を受けないことを再認識した夜だった」

 「指揮者の影響下から解放されたオーケストラの演奏は、いつも以上によかったように思う。 本当に指揮者は必要なのだろうか」

 「演奏者が演奏し続けたのだから、指揮者も暗闇の中で指揮を振り続けてもよかったのではないか」

 「いや、目立ちたがり屋で自己顕示欲の強い指揮者には、暗闇の中で誰の目にも見えないのに指揮棒を振ることには耐えられなかったに違いない」

 などなど いろいろなコメントが付されるのですが、あなたはどんなご意見をもたれますか。

 私も、これぞ結論というのは出せないのです・・・

 でも、長い音楽の世界には、たとえば、かつて懸命に歌えば歌うほど音程がはずれてしまう歌手がいた。けれどその音程のはずれ方がとても芸術的で、その歌手がリサイタルをするときには他の歌手よりも人気が高く、すぐにチケットが売り切れてしまったほどだったという、うそのような実話があるのです。

 音楽って、やはり人間的なのですね。

 そんなことを改めて思っています。

 今日も、よき日となりますように。

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2009年3月16日 (月)

ピアニスト グレン・グールド

Ca390027  『グレン・グールド発言集』( ジョン・P.L.ロバーツ著 宮澤淳一訳 みすず書房2005年 9月25日 発行) を読んでいます。

 グレン・グールドは1932年9月25日にトロントに生まれ、十代のときからカナダでピアニストとして認められました。

 1956年に発売した「ゴルトベルク変奏曲」のアルバムで従来のバッハについての解釈を一新し、話題を呼びました。以後、独自の選曲と解釈で名声を高めますが、1964年のリサイタルを最後に、舞台から退き、以後はレコードの録音と放送活動のみで活動しました。 終生トロントで暮らしたそうです。

 この本の最初に、グレン・グールドと親しくしていた著者が著作集をだすことを提案したら、グレン・グールドは、自分は百十歳まで生きるつもりだから、時期尚早だと断ったそうです。そういう本は人生の終わる間際であって、若い内から書くのは不吉だという考え方をしていたそうです。

 でも、グレン・グールドは、彼が予定していた年齢の半分もいかずに50歳で急逝しました。

 けれど、彼のレコードは1982年に彼が亡くなった後も根強い人気を博しているそうです。

  寿命は、天命ともいわれるように自分で決めることはできませんが、「人生は短く、芸術は長し」という言葉を象徴しているような人生ですね。

 彼は、変わった人だと言われることが多かったそうで、どんなだったのかとこの本から少し拾ってみました。

①ピアノの演奏中に、片手があくと、その手で指揮をしたがった

  ・・・協奏曲の時などは、オーケストラの指揮者が「指揮は私がするから、あなたはピア ニスととしてピアノに専念しなさい」と、穏やかならぬ思いになったようです。

② どんな曲の演奏中にでも静かに鼻歌を歌う癖があった

 レコードでも、彼の鼻歌がはっきり録音されているものがありますね。

③ 頭の中で練習する習慣があった

 指の訓練はあまりせず、両手を湯につけて温浴することで筋肉をほぐした

④ 手を大切にし、握手を避け、毛糸の手袋をはめ続けた

⑤ ④ともつながるのでしょうか、紅茶を用意するとき以外、キッチンには断固として足を 踏み入れなかった

⑥ 夏でも寒がっていて、一年中コートを着て、マフラーを首に巻き、毛糸の帽子をかぶっていた  ・・・ 血行がよくなく、健康には不安を抱いていたそうです

 けれど、著者の知るグレン・グールドは思いやりがあり、控え目で、才気あふれる温厚な人物で、たいへんユーモラスでいつも魅力的、後進の支援にも熱意を注ぎ、剃刀のように切れ味のよい精神をもち・・・ という人物だったそうです。

 握手についても、フアンのことを考え、わざわざこんな掲示を出したそうです。

 お 願 い

 ピアニストの手は予期せぬ怪我に見舞われることがあります。申し上げるまでもなく、たいへんな事態となります。 そこで、握手をご遠慮願えれば幸甚に存じます。このことであらゆる困難が取り除かれます。無礼をいたすつもりはございません。あくまで怪我をするあらゆる可能性をなくすのが目的です。 ご協力に感謝します。 グレン・グールド

 スタインウエイというピアノ会社の主任技術者に「背中に乱暴な平手打ちを受けた」ことが体に危害をもたらしたとしてスタインウエイ社を相手取って30万ドルの損害賠償事件を起こしたこともあるそうです。

 これも、そして人前でのリサイタルをしなくなったのも、体が弱く、健康に自信がなかったからではないかと察せられます。

 ベートーヴェンが人間嫌いだったように言われることがありますけれど、本来は人との交流が大好きだったけれど、耳が聞こえないことを悟られまいとして、ベートーヴェンが悲しくも自分に課した生活の在り方が世間にはそう受け取られたという面も多分にありましょう。

 芸術家に対しては、いろいろな風評ではなく、その芸術を通して自分が直接、その芸術家に出会うことが大切なのではないでしょうか。

 そして、芸術家ではない、他の人に対しても、風聞ではなく、直接に出会うことを大事にしたいと思います。

 さて、この本を読み進めながら、グレン・グールドの演奏を楽しむことにいたします。

 今日も、よい日となりますように。

 

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2009年3月15日 (日)

毎日が最高の日

  たしか、野球選手だったと思いますが、「調子の善し悪しはある。けれど、今日は気分が乗らなかった、明日はしっかりやろうなどということはプロである限り、あってはならない。」という言葉を記していました。

 気分の乗る日と乗らない日があったら、乗らない日も同じ入場料を払って応援に来てくださっているお客さんに対して、いったい何と申し開きをするのだ、という構えが基底にあるのです。

 これは、スポーツの世界だけでなく、リサイタルを開く芸術家の場合も、成長期にある児童生徒、学生たちを指導する教育者であっても、毎日がベストを尽くし、最上の成果をあげるべき日なのだと思います。

 と書くと、堅苦しくなってしまうのですが、願い、構えに現実を合わせたいですね。

 現実へ理想、願いを妥協させてしまうには、人生はあまりにもかけがえなく、値打ちのあるものですから。

 よき日となりますように。   

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2009年3月14日 (土)

アンズの花

 13日の岐阜市は、曇り空でのスタートでしたが、やがて雨が降り始め、それからというもの、根気よく降り続けました。

 この時期の雨は、一雨ごとに春が近づくと聞いたことがあります。今年は、そうでなくとも早めに春が来ている感がありますけれど・・・。

 例年より早く私の通っているキリスト教会の庭のアンズが咲き始めておりました。

0005  ある年、このアンズの実を摘んでジャムにしてくださった方がありました。雨が降って、アンズの花が咲き、そして実を結び、それをジャムにしてくださる方があって、なにもしない私が賞味させていただく ・・・ 何と幸せなことでしょう。

  空の鳥、野の花を養ってくださる神様は、それ以上の存在である私たち一人一人によくしてくださらないはずがあろうか  と、聖書にあります。

 花々を眺め、鳥の声を聞くにつけて、その聖書の言葉を思い浮かべま          す。  今日も、よき日となりますように。

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2009年3月13日 (金)

朝の霜

 12日の朝、近くの山道を歩きました。

 早朝から晴れ渡っていて、・・・夜も、覆う雲がなかったのでしょうね、そのため放射冷却というのでしょうか、少し、寒めの気温でした。霜が降りていたので、写真を撮ってみました。

Ca390001 Ca390002             そうそう、ウグイスの声をこの山道で聞きました。

  まだ、あまり鳴き慣れていない感じのところがあって、かわいらしかったです。じっと注視していれば姿が見えそうなほど近くで鳴いてくれましたよ。

   寒かったり、暖かかったりしますが、フキノトウの味噌なども味わうことができるようになり、春が身近にやってきているように思います。

  皆様お一人お一人によき春が訪れますように。 ・・・ 私も、狂い咲きなどといわれないほどの花を咲かせたいと思います。

 たとえば、稲の花 ・・・ 長年、お米作りに励んでおられる方の中にも目にしたことのない方がいるそうですね ・・・ 床の間に飾られなくても、稲の花のような花には、それなりの奥ゆかしさがあるのかもしれません。

 根を養えばおのづから花が咲き、実が実る ・・・   そんなよき日となりますように。

 

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2009年3月12日 (木)

なつめ

 なつめ ・・・ 角川の俳句歳時記には次のように書かれています

 棗(なつめ)はクロウメモドキ科の落葉樹で、実は二~三センチの楕円形。秋に紅熟したものを砂糖漬けや生で食べ、乾かして薬用にする。中国北部原産。茶道具の棗はこの実の形からついた名。

 そして、その際時期には、なつめの詠まれている俳句も紹介されています。

 ◇ よもすがら鼠のかつぐ棗かな  暁台

 ◇ 棗盛る古き藍絵のよき小鉢    杉田久女

 ◇ ふるさとや昨日は棗ふところに  長谷川双魚

 ◇ 朝風の棗はひかるばかりなり   川島彷徨子

  ◇ なつめの実青空のまま忘れらる 友岡子郷

 えっ、なぜ秋の季語のなつめがjきょうのブログに登場するのか、とお尋ねですか。

 おお、そうでした。実は、今、たくさんの方がお困りの花粉症と関わりがあるのです。

 本当かどうか、どれほどの医学的データがあるのかわかりませんけれど、「成長期になつめの実を食べて育ったものは、花粉症にならない」という話を聞いたことがあります。

 そして、何と、わたしのふるさと、高山には棗の実がたくさんなり、そしてそして、わたしは正に成長期に棗を食べて育ったのです。

 そして、ジャーン ・・・ 家内と二人の息子は、花粉症組合というものがもしあるならば表彰されるくらい、しっかりと花粉症なのです。

 けれど、わたしは花粉症知らずで、現在まできています。

 本当に棗の効用があるのかもしれません。ただし、花粉症は、それまでなんともなかった人がある時期から突然症状が現れるもののようですから、わたしは、花粉症で悩んでいる人に、特に家族に同情こそすれ、軽んずるようなことはいたしません。

 明日は我が身かもしれないからです。

 皆様は、いかがでしょうか。花粉症の方、どうぞお大事になさってください。

 今日もよい日となりますように。

 

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2009年3月11日 (水)

音楽療法の講座 第2年次に向けて

 岐阜県音楽療法士の認定前研修講座の2年次の申し込みをしました。

 1年次は、基礎講座、2年目は講義に加えて音楽療法の実践「大集団」、「小集団」、「個人」など、実践の時間が各4コマずつあります。

 1年次と2年次を全部受講しますと、3年次は「現場実習」プラス「実践検討会」ということになります。

 以前は、働きながら学ぶ方、そして近県からも受講される方のことを配慮してのことだと思いますが、入学してから最大6年間の間に受講して、「岐阜県音楽療法士認定申請書の提出」するようにとゆとりの年数が設けられており、そして夜の時間帯の講座も設定されていました。

 今年度で新たな受講生の募集は終了し、その受講生が巣立つ23年度で認定前研修講座は終了することになったそうです。

  現在までに690名の岐阜県音楽療法士が誕生し、活躍しているとのことで、この事業の初期の目的は達成されたということかもしれません。

 おそらく、皆様も推察されることでしょうが、県職員の給料が管理職で6%、一般職員で4%近くカットされるという緊縮財政がこうした事業縮小のおおもとになっていることは、想像に難くありません。

 福祉や文化や教育、芸術など、心豊かな暮らしの根を養うことは、本来は経済の動向がどうあろうとも経費を削減せず、骨太に貫いてこそ、人間の尊厳を大切にすることになると思うのですが、今、国家百年の大計としてこれらのことを真剣に考えている政治家が我が国に居るでしょうか。居て欲しいと心から願うものです。

 それは、ともかく、様々な苦労の上に開設されているこの講座を、健康を保って前向きに学び、事業の趣旨を生かすことができるように励みたいと思います。

  今日も、よい日となりますように。

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2009年3月10日 (火)

孫娘のパワー

 孫娘たちが到来し、しばらく滞在いたします。

 3歳8か月の孫娘は、すっかり一人前の会話ができます。 孫娘をスケッチしていた家内が「うーん、もっと可愛いのに、なかなか描けないな」と言いましたら、すました顔で「失敗してもいいんだよ」

 私が孫娘を描いたのを見せたら「かわいいねぇ」と言いました。自分が可愛いのか、私の稚拙な絵がかわいいのかは、微妙なところです。

 妹である10か月の孫娘のほうは、食欲旺盛 ・・・ 体格も大きめです。でも、動作は機敏です。あぶないところへ這っていくときほどスピードが増すので、油断ができません。幼いながら、姉娘のことばや動作への集中度は、すばらしく高いものがあります。 つかまり立ちをするのですが、今日の夜、2回ほど何もつかまらずに立つシーンがありました。

 二人の孫娘の成長ぶり、パワーには圧倒されます。それとともに、普段は二人で育児に当たっている息子夫婦の息の合った連携ぶり、そしてたくましさにも感心いたしました。

 次世代、そしてさらにその次の世代が元気に成長していることを励みとし、及ばずながら私も、元気に歩みたいと思います。

 幼な子の笑顔、一挙手一投足がとても大きなものに思える一日でした。彼女たちは大きなパワーをくれました。

 そして、この孫娘たちの相手を私がつとめている間に、家内と息子夫婦がせっせと作ってくれたギョウザ・・・写真はその一部です・・・そのおいしさも、量も、大きなパワーをくれました。(仰山のギョウザ、などという洒落は申しませぬ)

Photo  さて、今日も、よき日となりますように。

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2009年3月 9日 (月)

江間章子さん

 花の詩人と呼ばれる江間章子さん ・・・ よく知られている作品は夏の思い出(作曲:中田喜直) ・おかあさん(作曲:中田喜直)・花の街(作曲:團伊玖磨) ・花のまわりで(作曲:大津三郎)

 一昨日ご紹介したダークダックスの喜早 哲さん(ゲタさん)著の『日本の美しい歌』を読んでいましたら、江間章子さんが91歳で亡くなったのが平成17年3月12日とありました。

 それで、もうすぐ12日だなと思い、江間章子さんのことを書かせていただくことにいたしました。

 岐阜市が團伊玖磨さんに作曲を依頼した「長良川」という交響詩があります。その曲に歌も含まれており、作詞が江間章子さんなのです。

 初演の指揮は作曲した團伊玖磨さんご自身 ・・・ 演奏したのは、岐阜県交響楽団、練習の合間にステージの横で聴いておられた江間章子さんが「すてきなオーケストラですね」と声をかけてくださり、お礼を言いながら握手していただいたのが、この私でした。

 当時、トランペッターだった私は指揮者に叱られないように(音楽を壊さないように)出来るだけ小さな音で吹いていたのでした。・・・涙ぐましい努力!

 ダンディな團伊玖磨さん、こがらでしたが偉大な詩人の江間章子さん ・・・ こうした方と同じ場で呼吸することができたのは、音楽あればこそと、嬉しい想い出の一つとなっています。

 労演で岐阜市に来られたダークダックスの皆さんとも、サインをいただきながら短くことばを交わせたことがあります。ゾウさんが色紙にせっせとゾウの絵を描いてくださった優しさも懐かしく思い出します。

 音楽は、一瞬に時を越えてよき人との出会いを再現してくれる不思議な力をもっていますね。

 今日もよき日となりますように。

  

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2009年3月 8日 (日)

期待に応える実力

 WBC ・・・ 世界野球大会というのでしょうか、日本と韓国の試合が始まるまでは心配されていました。国際試合では韓国相手に分が悪く、そしてイチローが先日の中国戦では5打数ノーヒットだったからです。しかも、相手には日本キラーと言われるほどのいきのいいピッチャーがいるのです。

 ところが、いざ、試合が始まってみると、2球目だったでしょうか、先頭打者のイチローがヒット、これに勢いを得て、2番打者、3番打者もヒットを放ち、試合開始数分にして点が入りました。

 期待されることは、それに応え得たときにはその選手の生涯のハイライトシーンの一つにもなることでしょう。

 けれど、期待に応えることが出来なかったときには、その日だけでなく、それ以後の人生に影を落とすというようなことも出てくるのが怖いところです。

 イチローは、第二打席にセーフティバントを決め、三打席目でもヒットを放ちました。

 恵まれた資質に加えて、いったいどんな鍛錬を積み重ねると、一流選手たちのなかでもひときわ輝く光を放ち続けることができるのでしょうか。

 努力に勝る天才なし ・・・

 他の選手も持ち味を発揮して、7回、コールド勝ちを日本はおさめました。

 さだまさしの主人公という歌があります。

 その歌詞に「自分の人生の中では誰もがみな主人公」 「わたしの人生の中ではわたしが主人公」とあります。

 イチロー、そして日本選手たちのプレーを、感心、感動して見ることを、どんな形ででも自分自身の生活に真剣に向かい、実力を磨くエネルギーとして生かすことが大事なのでしょうね。

 今日もよい日となりますように。

 

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2009年3月 7日 (土)

ダークダックスの半世紀

 『日本の美しい歌 ダークダックスの半世紀』 新潮社 2,007年6月30日発行 ・・・ 著者は喜早 哲 (きそう てつ) ・・・ダークダックスのバリトン 愛称 ゲタさんです。

  この本には、ほかではなかなか読めない内輪話も出てきます。ダークダックス誕生に大きく関わった小島正雄さんとダークダックスが入院していた山田耕筰さんのお見舞いに大きな犬のぬいぐるみを持って行ったら、付き添いの方が山田耕作さんは犬が死ぬほど嫌いなのでと耳打ち。後でそのことを聞いた一番弟子の團伊玖磨さんは、「山田耕筰の死期を早めたのはダークダックスだ!」とおっしゃったとか随筆か何かに書かれたとか。

 また、ダークダックスがステージ上でトークするときの話題の一つとして、次のことも書かれています。

 作曲家の中田喜直さんは 「夏の思い出」「小さい秋みつけた」「雪の降る町を」を作曲しているが、春をテーマにしたヒット曲がない ・・・ そのことを中田喜直さんに申し上げたら、「春をテーマにした曲をヒットさせると親不孝になってしまうのです。何しろ『早春賦』が、父、中田章の作品ですから」との返事 ・・・

 こんな形で、四季の名曲を作曲した中田親子のことを紹介しているのですね。

 マンガさんが病気のため、三人で出演して歌うことがあります。そういうときにはゲタさんがメロディを歌うことが多いのだそうですが、つい、以前の自分のパートを歌ってしまってメロディが途絶えることもあるそうです。するとパクさん、ゾウさんがとっさにメロディをカバーして、時には三人がメロディを斉唱してしまうときがあるというようなチームワークのよさ(?!)も書かれていました。

 ロシアの可愛い女の子をメンバーに入れて活動、というような野心もあったようですが、慶応ボーイといわれたダークダックスもお孫さんが慶応ボーイというような年代になり、この企画は実現しなかったようです。なんでも、熱烈なフアンのおばさまたちの猛反対があったとかなかったとか。 

  まだ読みかけですが、小学時代から親しんできたすてきなコーラスグループであるだけに、なつかしく思いながら読み進んでいます。

 今日もよい日となりますように。 

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2009年3月 6日 (金)

師の存在

 国語教育界の大きな存在、大村はまさんが世に認められるきっかけは、彼女が育てた生徒でした。

 同じ高校から入学した女子学生があまりにも優れた国語力と探求心を備えていたので、この生徒たちを捨て身で育て上げた教師がいるにちがいないと、ある方が考えられたのだそうです。そして、それはあたっていました。彼女たちの高校時代の師こそ、大村はまさんだったのです。

  大村はまさん自身、主体的に学ぶかたですが、「師なくして育たず」とご自分が影響を受けた師、芦田惠之助先生の存在の大きさを語っておられます。

  あまりに偉大な師をもつことは、重荷になることも多いかもしれません。けれど、本当の師は、その弟子の麗しい資質を見い出し、それが花開くように適切に導く役割を的確に果たすのだと思います。

  いきなり、落語の師弟に話が飛びますが、柳家小さんと柳家小さん治という師弟の話を ・・・   長年の間に小さん治に小さんは二つのことばを語ったそうです。

 一回目は、小さん治のけいこする落語を聴いて「おもしろくねえなぁ」とのことば

 二回目は、「お前の落語に出てくるご隠居さんとはっつあんは仲がよくねえなぁ」

  落語の中の会話は、落語家がお客さんに向かって語るのでなく、ご隠居さんははっつあんに語り、はっつあんはご隠居さんに語る ・・・ それが自然な会話として成り立っているときお客さんは引き込まれて身を乗り出して聴く ・・・ これが真の芸なのだそうです。

 長年の間に、この二言 ・・・ これで育つ弟子も育てた師もすごいですね。

 この師にしてこの弟子あり ・・・ 

 人生における師 ・・・ 私がこれまでに巡り会えた師、これから出会うだろうかたも含めて思いを深めてみたくなりました。 不肖の弟子でしかないまま歩んできたのですけれど、それゆえ、余計に考えてみなければと思っています。

 今日も、よき日となりますように。

 

 

 

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2009年3月 5日 (木)

『エミール』

 『エミール』(ルソー著 平岡 昇 訳 河出書房 昭和41年4月1日 発行)

  『エミール』は副題が「または教育について」となっています。大切な本だとは思いながら、私は断片的にしか目を通すことがないまま今日に至ってしまいました。

 まだ読み始めたばかりですが、最初のほうにこんなことが書かれています。

 父親が子供をもうけて養っている場合、それだけでは、その父親は自分の任務の1/3をはたしているにすぎない。彼は人類からは人間をあずかっており、社会からは社会人をあずかっており、国家からは市民をあずかっているのである。

  この三重の債務を支払う能力があるのに、それを実行しない人間は、みな罪があり、それを中途半端にしか実行しない場合は、おそらくさらに罪が重いだろう。父親の義務を果たすことができない者は、父親となる権利はない。貧困も、仕事も、世間への思惑も、自分の子供たちを、自分の手で養い育てる義務から免れる理由にはならない。

 ・・・ 子供を養い育てるだけでは1/3であり、社会人として、そして市民として育て上げる任務が父親にはあるのだと、確信を持ってルソーは書いています。

 そして、この任務はお金を出して家庭教師を雇うというようなことで他人に肩代わりしてもらえるような性質のものではないとも書いています。

 現在の社会では、ルソーのいう1/3である子供を養い育てるということにおいても心配な状況が報道されています。

 古典を現在の状況と照らし合わせながら読むことで、足元を見つめ直す ・・・そんな思いになっています。

 少なくとも、人類社会がずんずんと理想の高みに向かって進み続けてきているとは、とても言えないことを改めて思いました。

 読んで学んだことを前進へのエネルギーへと生かしたいです。

 今日も、よい日となりますように。 

 

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2009年3月 4日 (水)

冬は冬らしく 春は春らしく

 三月に入って、寒さがぶり返していますが、大勢はあたたかい春に向かっているのですね。

 一年中、春のような陽気でも、一年中厳冬期でもなく、四季があるからこそ日本は世界の中でも美しい国なのだと読んだことがあります。

 春らしい春 夏らしい夏 秋らしい秋 冬らしい冬

 エアコンを効かせて年中快適な温度の中で暮らそうとすると、四季はそれぞれの季節の特長を失って境界がぼやけていくのでしょうか。

 年中、同じ野菜が食べられるようになり、それはそれでありがたいのですが、全体に味が淡泊になり 旬の物はどれかがわかりにくくなっているような 

 何だか、そんなことを考えています。

 俳句 ・・・ そう俳句は季題を大切にしています。 有季定型の文学 

 ・・・  四季も 俳句も きっと続いていくことでしょう。 

 今までと同じで変わらないところ と 新しい在り方 と

 芭蕉も 別のことばで 端的に そのことを述べていましたね ・・・ うーん、 そうそう、 「不易と流行」 でしたね。思い出すのにちょっと時間がかかってしまいました。

 今日も、よい日となりますように。     

 

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2009年3月 3日 (火)

白線流し

  飛騨の高山市には3月初めの卒業式のあと、学校前を流れる江名子川に、卒業生が記念に男子は帽子の白線を外してつなぎ、女子はセーラー服のスカーフをつないで流す「白線流し」をしている高校があります。この高校・・・斐太(ひだ)高校が私の母校です。

  流した白線は、下流でちゃんと回収して片付ける係が配置されていますが、時には、冷たい雪解け水の流れに飛び込むパフォーマンスを演ずることもあります。テレビカメラが撮影していると、その気になるということがあるように思うのですが、どうでしょうか。

  あのクラーク博士のことば「Boys Be ambitious 」(少年よ 大志を抱け」を札幌農学校で学んだ新渡戸稲造が書いた額がこの高校の卒業生の一人、「天声人語」の執筆を担当したこともある荒垣秀雄さん(朝日新聞論説委員)の骨折りで、この高校に所蔵されています。

 先日届いた斐太高校の会報に、昭和18年7月に当時の校長の書いた巻頭言の一部がその校長のご子息によって紹介されていました。その第14代の佐藤信夫校長は、クリスチャンであり、戦時に書いた巻頭言にもその信ずるところを堂々と勇気と信念をもって綴り、生徒たちもその校長のもとで学んだことを誇りとしたことが書かれていました。初めてそうしたことを知って、深い感銘を覚えました。

 3月は、卒業式があり、学校の年度のフィナーレを飾る月ですので、別れや過去の思い出に心が向きやすい月かもしれません。けれど、新しい生活に出発する月でもあるわけです。改めて、大志を抱こうではありませんか。

 生きている 一日一日 が 晴れ舞台

 今日も、よい日となりますように。

 

 

 

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2009年3月 2日 (月)

春の膳

Ca390005 Ca390007 Ca390009  Ca390010 Ca390011                                     

 いきなり写真を並べてすみません。

 春の膳の、味まではお届けできませんが、雰囲気と色彩をお伝えしたいと思ったものですから・・・。

 左から1.菱餅の形のかまぼこなど、2.豆乳に葛の入った豆腐、花びらはゆり根、3.天ぷらはフキノトウ、ノビル、日本タンポポの茎など、4.ご飯の上にあるのは明太子とフキノトウの入った味噌、5.デザートは、ゼリーに囲まれたイチゴ

 このほかにオードブル(水菜など)、おすまし、それから、海苔の佃煮とわさびの乗ったおつくり がありました。

 京風のお店での上記のランチ、代金は1575円でした。ご飯のおかわりは・・・と尋ねてくださいましたが、おかわりしなくても充分でした。

 お昼の一食に、これだけのお金をかけることはめったにありませんので、大目に見てくださいね。日本のお料理の季節感、美しさを改めて感じましたので、ご紹介したかったのです。

 今日もよい日となりますように。                                                                                                                                                                     

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2009年3月 1日 (日)

舘野泉さんのリサイタル

 2月28日(土)、舘野泉さんのピアノリサイタルが岐阜市で開催されましたので、聴きに行って来ました。

 テレビなどでも紹介されてご存じの方も多くいらっしゃると思いますが、1960年に東京芸大を主席で卒業なさった舘野さんは2002年に脳溢血で倒れ、右半身が不随となられました。

 もうステージには立てないだろうと思われたのですが、息子さんが左手だけで弾くピアノ曲の楽譜をプレゼントし、それに励まされて、リハビリ、練習を重ねてステージに復帰を果たされました。以来、「左手が織り成す命の音楽」を奏で続けておられます。

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 美智子妃殿下とピアノを連弾されたこともあり、今回はその時、吉松隆さんが特別に作曲された連弾曲をアンコールで披露してくださいました。 

 美智子妃殿下と演奏したときは、「今度は舘野さんが難しくて私の弾く音符が少ない曲がいいですね」とユーモアを交えておっしゃったとのエピソードも聞かせてくださいました。

 今回は、舘野さんの唯一の弟子である平原あゆみさんが、そのアンコールやプログラムの中の三手の連弾で活躍しておられました。

 障がいにうちのめされてしまわず、たゆまぬ努力で活路を開いて来られた舘野さん、演奏曲を紹介される声もあたたかさに満ちておりました。

 ますますのご活躍をと念じております。

 リサイタルを聴きに行く前に立ち寄った岐阜市の梅林公園 ・・・ ちょうど花もみごろで、「輪違い」という、紅梅と白梅が同じ枝にさく木も開花しておりました。写真ではわかりにくいかもしれませんけれど ・・・

Ca390018

 さて、今日から三月  どうぞ、よき春をお迎えくださいますように。

 

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