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2009年3月 6日 (金)

師の存在

 国語教育界の大きな存在、大村はまさんが世に認められるきっかけは、彼女が育てた生徒でした。

 同じ高校から入学した女子学生があまりにも優れた国語力と探求心を備えていたので、この生徒たちを捨て身で育て上げた教師がいるにちがいないと、ある方が考えられたのだそうです。そして、それはあたっていました。彼女たちの高校時代の師こそ、大村はまさんだったのです。

  大村はまさん自身、主体的に学ぶかたですが、「師なくして育たず」とご自分が影響を受けた師、芦田惠之助先生の存在の大きさを語っておられます。

  あまりに偉大な師をもつことは、重荷になることも多いかもしれません。けれど、本当の師は、その弟子の麗しい資質を見い出し、それが花開くように適切に導く役割を的確に果たすのだと思います。

  いきなり、落語の師弟に話が飛びますが、柳家小さんと柳家小さん治という師弟の話を ・・・   長年の間に小さん治に小さんは二つのことばを語ったそうです。

 一回目は、小さん治のけいこする落語を聴いて「おもしろくねえなぁ」とのことば

 二回目は、「お前の落語に出てくるご隠居さんとはっつあんは仲がよくねえなぁ」

  落語の中の会話は、落語家がお客さんに向かって語るのでなく、ご隠居さんははっつあんに語り、はっつあんはご隠居さんに語る ・・・ それが自然な会話として成り立っているときお客さんは引き込まれて身を乗り出して聴く ・・・ これが真の芸なのだそうです。

 長年の間に、この二言 ・・・ これで育つ弟子も育てた師もすごいですね。

 この師にしてこの弟子あり ・・・ 

 人生における師 ・・・ 私がこれまでに巡り会えた師、これから出会うだろうかたも含めて思いを深めてみたくなりました。 不肖の弟子でしかないまま歩んできたのですけれど、それゆえ、余計に考えてみなければと思っています。

 今日も、よき日となりますように。

 

 

 

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