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2009年6月 9日 (火)

本『記憶が消えていく』

 『記憶が消えていく』 一関開治 二見書房 2005年 10月15日 初版発行

  本書は、53歳という若さでアルツハイマー病になった当時、北海道北竜町の現職の町長だった方自身の声を中心とし、それに、家族や周囲の方のことばなどを取り入れて構成されている本です。

 はじめに に次の文が書かれています。 

 生きるということは、ある意味「記憶の積み重ね」である。それは自分自身の歴史でもあるし、自分が自分であることの証(あかし)でもある。

 それらが、手のひらからこぼれ落ちる砂のように消えていくことは、自分が自分でなくなっていくことにつながる。

 「私は誰になっていくの?」という残酷な自問自答。それは家族も同様だ。夫が、妻が、父が母が、記憶をなくし、遠いところへとさていくような寂しさは、言葉に尽くせるものではない。

 アルツハイマー病への正しい認識はまだまだ不充分だ。「物事が何もかもwからなくなる」と思っている人がいるが、そうではない。自分が病気であり、記憶が薄らいでいることも、できないことが増えていくことも、しっかりと自分で認識している。

 その残酷な認識は、つきつめれば「自分とは何か?」「幸福とは何か?」ということにもつながっている。  ー後略ー

 Ca390001002 Ca390002003                    この本を読んでいて、先日ご紹介した本、『八重子のハミング』に書かれていた内容を思い出しました。

 ご家族など周囲の方の回想などに対して、アルツハイマー病になった方ご自身がコメントしておられるところがこの本の大きな特色ではないかと思います。

  この本を読んでいてもう一つ、思い浮かべましたのは、これも以前、ご紹介したヨーロッパのある修道女のことばです。 

 その修道女が語ったのは、次のような内容です。

 どんどん、いろいろなことを忘れていく私は、イエス・キリストの愛も忘れてしまう日がくることをどんなに恐れていたことでしょう。でも、ある日、次のことを確信してからは恐れは消えました。 それは、私がイエス・キリストを忘れてしまう日が来ても、イエス様が私のことを覚えていてくださるということ。 私の罪の身代わりとなって、私の、そしてすべての方のために十字架にかかってくださったイエス・キリストが私のことをお忘れになることは決してないということです。

 さて、こう書いている私も、忘却力が遠慮なく増しているように思います。

 けれど、毎日、毎日を大切ないのちの一日として元気に前を向いて歩ませていただきますす。

 今日も、よい日となりますように。

   

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コメント

はじめてブログを見させていただきました。
私は今、老人ホームで働いています。(介護職ではありませんが)
日々記憶を無くしていかれる入所者の方々を見ながら、
私もいつかは神様を忘れていくのだろうかと思っていました。
でもそうですね。イエス様は私の事をお忘れにならないということを
教えていただきました。

※ ムーミンパパより レモングラスさま
 コメントをありがとうございます。 レモングラスさんのブログ、
http://cocorogatukaretara.cocolog-nifty.com/ を訪れさせていただきました。すてきなブログですね。これからも立ち寄らせていただきたいと思いますので、よろしくお願いいたします。
 私の家内も以前特別養護老人ホームに務めて、いろいろな体験をさせていただきました。どうぞお体を大切になさって、多くの方たちの心の光であり続けてくださいますように。 私たちが神様の手にすがっている面もありますが、それ以上に決して見捨てず放さない力で神様が私たちひとりひとりを握ってくださっているのですね。 

投稿: レモングラス | 2009年6月 9日 (火) 15時34分

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