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2009年7月31日 (金)

バイオリニスト 「ダイアナ 湯川」さん

 CD 「天使のカンパネラ ダイアナ湯川 デビュー!」 BMGファンハウス BMCC-31040

というのを聴きました。

 録音当時15歳(現在は24歳ほどでしょうか)とのことですが、情感溢れる美しい音色での演奏です。

 お父さんは、1985年8月の日航機墜落事故で亡くなり、湯川さんはその一か月後、英国人のお母さんから生まれたそうです。

 生前、この子が音楽家になってくれたら、と語っていたお父さんはピアノの上手な方だったそうです。

 その遺志を受けて、5歳からバイオリンの練習に励んでバイオリニストになったダイアナ湯川さんは事故機の墜落した御巣鷹山から、お父さんのピアノと合わせて演奏できたらよかったのにとの願いを込めてバイオリン演奏したことが、CDの文書には記されています。

 お父さんと同じ飛行機に乗り合わせていた坂本九さんの大ヒット曲、「上を向いて歩こう」そして、特別に作曲されたエレジー 「嗚呼 御巣鷹山」などがこのCDには収められています。

 もし、機会がありましたら、お聴きください。 音楽は、それを演奏する人の魂なくしてこの世に生まれ出ることはない ・・・ そんなことを改めて感じました。

 今日もよい日となりますように。

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2009年7月30日 (木)

母の教え

 高山市から、せせらぎ街道という道を通って岐阜市へ帰宅 ・・・ 郡上市の街の中を抜けて、快調に車を進めていると、突然、数人の男性が前の車を止めました。

 なにごと ・・・ と思っていると、私の車にも一人の男性がやってきました。

 「降水量が規定量を越えたので、この先、通行止めです」

 そういえば、途中、ワイパーが悲鳴を上げるほど降ったときもありましたが、こういう形で雨の影響が降りかかってくるとは思っていませんでした。

 東海北陸道は今のところ、通行できると教えていただき、お礼とねぎらいの言葉を述べて、少し引き返して、郡上インターから関インターまでを走りました。道路は乾いているところもありました。

 この道路は、制限速度の関係と効率を考えて距離も短くできているのでしょう、多分、半分ほどの時間で自宅から郡上市まで行けるので、郡上踊りの好きな家内と出かけるときには、この道を利用するのもいいかなと思いました。

 ところで、家について、忘れ物に気が付きました。ノートパソコンを高山の母の家に置き忘れてきたのです。

 高山を出がけに、母が「忘れ物はないかね」と聞いてくれました。

「今、そのことが分かれば忘れ物ではないね」とかなんとか生生意気にも答えて、自信満々帰ってきたのに ・・・

 帰る直前、兄が「何でも持って行っていいよ」と言ってくれた畑で、母に教えてもらいながらトマトやキャベツ、キュウリなどを採り入れながら「親の教えとナスビの花は、万に一つのはずれなし」とか会話していたのに、見事に忘れ物をしてしまいました。

 おまけに母がお茶を入れてくれた水筒も忘れて出発してしまいました。

 「負うた子に教えられる」という言葉がありますが、「米寿の母に教えられる」 体験をしっかりさせていただいた私です。

 聖書   あなたの父と母をうやまえ

 改めて、初心に返って堅実に歩みたいと思います。

 今日もよい日となりますように。

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2009年7月29日 (水)

ふるさとの山のありがたきかな

 母の米寿のお祝いがあるので、ふるさと高山に向かいます。

 岐阜市育ちの家内からは、飛騨の人には郷愁が強く、帰巣本能でもあるように見えるようです。

 でも、乗鞍をはじめ、すばらしい山々が遠望できる地に生まれ育ったことは、やはり幸せです。

 暑い夏も、気温は上がりこそすれ、日が沈むと気温はすーっとさがり、夕方、朝は心地よく過ごせます。

 そういうふるさとへ、行ってまいりまーす。

 ふるさとの山に向かいて 言うことなし

 ふるさとの山のありがたきかな

 

 聖書には、こんなことばがあります。

 私たちの国籍は天にあります。

 恋い慕い、帰るべき本当のふるさとは、天国 ・・・ あさのNHKドラマで「帰るべき所があるから、出て行けるんだよね」という台詞を聞きました。

 そのドラマの状況よりは深い意味で、そうだなあと思います。

 今日もよい日となりますように。

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2009年7月28日 (火)

少し晴れ間が見えてきて

 先ほどまで、まるで台風が接近しているのかと思うような風雨の激しさでした。といっても、私は窓から外を眺めていただけなのでしたけれど。

 手にとって読み始めた本に次の詩が載っていました。ご紹介します。

 りんごとなみだの落ちる音

  小学四年生 澤田龍太

 黒い雲の広がった空を見上げて

お母さんは、手をあわせておがんでいた。

目には、

いっぱいなみだがたまっていた

せなかをまるくして、

じっと手をあわせている。

こんなお母さんを見るのははじめてだ。

ぽたぽた ぽたぽた

畑でりんごの落ちる音がする

赤い大きな「世界一」が、

ふくろのかかったままの「むつ」が、

風にたたかれて

枝からはなれていく

ぽたぽた ぽたぽた。

りんごの落ちる音は、

お母さんのなみだが落ちる音だ。

お母さんの丸いせなかを見ていたら、

ぼくの目からもなみだが落ちた。

( 『リンゴの涙』 弘前大学編集委 刊の中の詩の一つ )

 1991年の9月28日、青森県の津軽地方は激しい台風(19号)におそわれ、りんごの樹も果実も壊滅状態になったそうです。百年に一度といわれる台風の猛威で、被害額は数百億円にのぼったといわれているそうです。

 この詩は『わが子の学力 親にできること』 坂本光男 著 労働旬報社 1993年5月30日発行に紹介されていました。

 著者の坂本光男さんは、この本を書かれた当時、中央大学の講師・日本生活指導研究所所員だと本に記されています。(現在のことはわかりません)

 この詩を読んで胸を打たれた坂本さんは「こうした深い感受性とみずみずしい表現力をもった子は、どのような生活や教育のなかで育つのだろうか」と思い、学校に電話したそうです。

 担任は「よく働く子ですよ。だから生活を感じられるのでしょうね」と答えたとのことです。澤田君の家は農家で、生活を支えるために両親・祖父母・きょうだいのみんなが力を合わせて働いているそうです。とくにめだつ子ではないけれど、ものごとをじっくり考える子だそうです。

 今、私は、日本の将来を担う子どもを育てるためには、学校はもちろんのこと、その子どもの保護者たち、そして日本全体の社会人たちが本気で子どもたちのことを考えないといけない時期に直面していると痛切に感じています。

 前々から感じてはいたのですが、今からでも間に合うこと、小さくても実行可能で有効なことを見いだしたいと思居ます。至らないことだらけの私ですが、ブログにコメントをくださるなど、お力添えいただけたら、嬉しく思います。

 よき日、よき明日となりますように。

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2009年7月27日 (月)

米寿を迎える母

 大正10年生まれの母が間もなく米寿を迎えます。

  母は広島生まれで、遠泳、そしてバレーボール、短距離走など、なかなかの運動神経の持ち主 ・・・ 現在もWBC、サッカー、テニスなど深夜にわたっての中継放送を元気に応援しながら観戦しています。エネルギーが豊かなのですね。

 昨年までは、畑を借りて、トマトやナス、ねぎ ・・・ などを、収穫しては送ってくれていました。飛騨古川のキリスト教会に牧師夫人として赴任したときに、教会の方に野菜の作り方などを教えていただき、戦中、戦後の食糧難時代に必要に迫られたという事情もあってその技術を磨き、私たちを養ってくれた体験をその後も生かしてきたといえましょう。

 戦争の時代を経験しているからでしょうか、物事に動じない腹のすわった生き方は私の模範でもあります。キリスト教信仰に根ざした生き方を貫いてきた母には頭が下がります。特に、いつも、私たち兄弟のために、そして多くの方々のために祈り続けてくれていることは、どんなに大きな力を与えてくれているか、はかりしれないものがあります。

 新聞のクロスワードパズルも、短時間で正解に至るなど、語彙や知識も豊かです。読書にも熱心で、このところ、司馬遼太郎でしたか、かなり読み進んでいるようです。

 こうした母にはぐくまれて、今日まで歩んでくることができたことを感謝しています。

 さて、今日もよき日となりますように。

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2009年7月26日 (日)

新しい風

Ca390148  写真は、20数年間使ってきた換気扇を新品と交換するために外したところです。

 果たして、この空間が無事にふさがるのでしょうか。

Ca390151  おお、小さい写真で見えにくいかと思いますが、上部の2カ所のネジが、ぴったりと今までの位置と同じでしたので、新しい換気扇の土台が見事にキッチンと収まりました。 感激!!

Ca390153  スイッチのひもを引っ張ってみますと、向こう側がこのように見えます。

一枚目の写真の状態とは大違いですね。

Ca390157  油で汚れるのを緩和するフィルターも取り付けて、無事に作業の終了です。

  これで、我が家にも新しい風がさわやかに吹いてくれるようになりました。 うーむ、心の風通しはいかがですかとお尋ねですか ・・・ あなたは、とても大切な着眼点を示してくださいましたね。 心にもよき風を ・・・ 心がけてまいります。ご指摘、感謝いたします。

  先日から進めてきた古い電化製品による火災事故対策は、ひとまず終わりです。

  そうそう、テレビ ・・・ ブラウン管式で、ラベルを確かめると2001年製となっています。

 DVDレコーダーのチューナーを通して地デジを見られるようになっており、アンテナも整備してもらっていますが、さて、買い換えるかもうしばらく使い続けるか、ハムレットほどではありませんが、それが問題です。

 地デジに切り替えると、アナログ放送の場合より、35%コンパクトにすることができ、非常時の緊急放送や携帯電話のための領域を確保できるなどのメリットがあるそうですね。

 それはそれとして、クリスチャンである私は、聖書をはじめとする神様からのメッセージを受ける大切な受信機をスイッチオフの状態にしない生き方を、と願っています。

 受けるべきメッセージとして、これに勝る大切なものはないと考えるからです。

 今日は日曜日、キリスト教会の礼拝にお出かけくださいますように。

 よき日となりますように。

 

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2009年7月25日 (土)

チェリスト シュタルケルのことば

 昨日ご紹介した『新・ハネケンの 音楽は愉快だ』の中に、桐朋学園のチェロ専攻の学生たちに公開レッスンをしたハンガリーのチェロの巨匠ヤーノシュ・シュタルケルの一言が強く印象に残ったと書かれています。

 「どうして君たちはそんなに眉間にシワを寄せて、怖い顔をして弾くんだ? 音楽を演奏することを、英語ではなんと? プレイ! プレイ・ミュージックだろう。プレイとは別の言い方をすれば”遊ぶ”じゃないか。つまり、音楽と遊ぶ、聴衆とともに員楽と遊ぶんだ。だから眉間にシワを寄せて怖い顔をして弾くのは、家で練習しているときだけにしなさい。少なくとも、公開レッスンであれ、コンサートであれ、人前で弾くときには楽しい顔をして弾きなさい。そうしないと、聞いている人はけっして楽しくないものだ」

 ハネケンさんは、このシュタルケル氏のことばは、結果として私のポリシーとベースになった、と書いておられます。

 練習はとことん厳しく、そして辛いものだ。けれども人前では楽しく弾く。すると聴いている人も楽しく聴ける

 ・・・ これは、音楽の演奏だけでなく、周囲の人と人生の道行きを歩むときにも通ずることかもしれませんね。

 ともあれ、そのハネケンさんの編曲した曲を楽しんで弾けるようになろうと、サンサーンスの「白鳥」、映画音楽「ひまわり」、「道」、ビートルズの「イエスタデイ」「ミッシェル」などに取り組んでいるこのごろです。

 今日も、よきひとなりますように。 明日は、日曜日、キリスト教会の礼拝にお出かけくださいますように。

 

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2009年7月24日 (金)

『新・ハネケンの 音楽は愉快だ』

 『新・ハネケンの 音楽は愉快だ』 羽田健太郎著・プレジデント社 2003年3月30日発行

  この本の頭に、「新」と付いているのは、以前に旧版があったからだそうです。そちらは読んでいませんが、旧版では、ピアノの師に破門されたことになっていたそうです。

 桐朋学園大学音楽部ピアノ科を卒業した後、ポップスの世界に活動のウエイトを置いたため、その時点で、中学2年生の時から師事し、桐朋学園高校のピアノ科にびりから2番目で入学した健太郎さんを卒業演奏会に出演できるところまで育てて、大学時代には日本音楽コンクールで上位入賞まで導いてくださったピアノの師、有賀和子先生には破門されたとハネケンさんは思い込んでいたそうです。

 ところが、桐朋学園を卒業してクラシックとは縁が切れた状態にあったハネケンさんにNHK交響楽団との協演の話が来て、おそるおそる有賀先生にレッスンをお願いすると、有賀先生は破門した覚えはないとのことで、快くレッスンしてくださったのだそうです。

 ハネケンさんが1歳の時にお父さんを亡くし、お母さんが苦労しながら育ててこられたこと、小学校の低学年でアップライトのピアノ、高校2年のときにグランドピアノを買ってくれた母親のことを思うと、さらに時間と留学費用がかかるクラシックの世界に進むことをちゅうちょしたハネケンさんの思いを有賀先生は分かってくださっていたように思われます。

 ただし、口では「弟子が下手な演奏をしては、師としては迷惑だからね」とおっしゃっただけのようです。

 私が小学校に勤めていたとき、校区の方のお一人が、「テレビの題名のない音楽会のフアンだけれど、羽田健太郎さんが先生とよく似ているように思える」とおっしゃってくださって、以来、私もキリスト教会の礼拝の時間帯に放送されるその番組を録画して見るようになりました。

 亡くなった羽田健太郎さんは1949年生まれ ・・・ 私より3歳若くして亡くなるとは・・・との思いもありますが、彼の好きだったミシェル・ルグランと「シェルブールの雨傘」を協演しているときの幸せそうな表情を録画で楽しんだり、彼の編曲した曲を練習したり、今回のこの本を読んだりして、偲んでおります。

 明日は、この本に書かれているハンガリーのチェリストのことばを紹介させていただきますね。

 よい日となりますように。

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2009年7月23日 (木)

デパートの開店時

 私の住んでいる岐阜市から割合短時間で行ける名古屋市 ・・・ JR名古屋駅の所に大きなデパートがあり、なかなか活気があります。

 先日、たまたま、そのデパートの開店時に居合わせた人が、こんな話をしてくださいました。

 デパートの開店時は、大勢の店員さんが笑顔で丁寧に挨拶しながら迎えてくれるので、何だかとても爽やかな気持ちになります。

 今日は、迎えてくださる店員さんの中に手話でその日のイベントや案内をし、ようこそおいでくださいましたととびっきりの笑顔で迎えている人がいたので、今まで以上に、気分が晴れやかになりました。

 そのお話を聞いて、私もとても嬉しい思いになりました。

 手話で迎えていた店員さんは二人いたそうで、きっと、そのデパートの各部署に手話でのコミュニケーションが必要になったときに対応をしておられるのだと思いました。

 他の店員さんに手話講習をするというような働きもしているかもしれませんね。

 心が洗われるようなその光景 ・・・ 一度、私も出かけてみたいと思っています。

 よき日となりますように。 

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2009年7月22日 (水)

よき明日は 今日をよい日と 為してこそ

  そろそろ梅雨明けだろうと思いながら、ふっとうかんだこと ・・・それは、梅雨明けを期待しているけれど、梅雨が明けたら本格的な夏が来て、猛暑、酷暑の日が続く ・・・ 何かいいことあるのかな ということです。

 いえ、別に厭世観をいだいたということではなくて、鼻の先にニンジンをぶら下げられてそれを食べたくて前へ前へと進もうとしている馬のようにはならずにいたい、と思ったのです。

 花火大会もありますし、暑い日が終わっての夕涼みは、また格別です。

 梅雨どきには梅雨どきのよさを味わい、暑い夏には暑い夏の情緒を味わう ・・・ そういう構えで歩もうと思います。

 家内が、扇風機を買い換えよう、というので、「なしてぇ」と普段にはない言葉遣いで尋ねますと、新聞に、昨日まで何ともなかった扇風機が突然燃えだしたという記事が載ったからだそうです。

 なんでも、モーター部分の、素人では掃除のできないところに長年の間にほこりがたまり、あるとき、突然、燃え出す恐れがあるのだとか ・・・ 10年以上使っている電気製品には要注意とのことでした。

 我が家の三つの扇風機 ・・・ 改めて年数を考えてみますと、古いものでは、40年ほど、新しいものでは17年ほど経っておりました。

 それでは ・・・ と扇風機を買いに行き、気に入ったのを選んでみると、2千円台の半ばほどでした。少しポイントがたまっていたので、支払金額は2千円をきりました。

 ただし、本当に長年忠実に働いてくれた扇風機は、今回の処置に目を白黒していることでしょう。「私は無実だーっ」と叫びたいところかも知れません。

 せめて、写真におさめて、長年の功に感謝の意を表したいと思います。

Ca390121

 うーん、新しい電化製品は安くて安全、しかも省エネになってきているということなので、今度は、台所の換気扇の買い換えを考えています。

 別に電気屋さんに宣伝を頼まれたわけではありませんが、皆さんのお家ではいかがでしょうか。 燃え出しやすいベスト5は、ブラウン管式のテレビ、扇風機、クーラー、換気扇、洗濯機と新聞にありました。

 今日もよい日となりますように。 

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2009年7月21日 (火)

『銀の雨 堪忍旦那 為後勘八郎』

『銀の雨 堪忍旦那 為後勘八郎』 宇江佐真理 著 玄冬舎 1998年4月15日 第1刷発行

 ※ この記事、21日火曜日の日付なのですが、操作を間違えて、少し早くから公開され てしまいました。お許しください。

 江戸の北町奉行所の同心、為後勘八郎(ためご かんぱちろう)は、犯罪の下手人に対して寛容な姿勢を示すことが多々あり、今回もそうした姿勢を示すので、それを若い役人からなじられている ・・・ 物語の幕開けは、そういう場面なのです。

 全体が5章からなるこの物語、なかなかの名作だと私は思いました。

 こんなくだりがあります。

 大阪の大きな廻船問屋の三男が志を立て、父親に頼んで江戸に支店を出してもらった。いよいよ江戸へ出立の時、父は、関白秀吉自筆の掛け軸を渡し、お金に困ってどうにもならぬ時はそれを売って急場を切り抜けろと言い聞かせた。

 三男は、これは、もう駄目か、掛け軸を売ろうと思う窮地に陥ったこともあったが、妻女にいさめられて歯を食いしばってがんばり、何とか、江戸の店を大きくした。

 父の死後に、お金に困るときが来て、目利きに掛け軸を見てもらうと、何とその掛け軸は、真っ赤な偽物だと判明し、三男は、自分は父に軽んじられていたのだと大いに落胆する。

 話を聞いた堪忍旦那、為後勘八郎は、その三男に言い聞かせる。

 もし、その掛け軸が本物だったら、それを売っても大阪の父親の耳には届かない。けれど、売ろうとして、偽物だったことが分かったら、あんたは父親に「親父、あれは偽物だったじゃないか」と文句を言わずにいられないだろう。

 そうすると、親父さんには、掛け軸をうろうとするほど江戸の店が困窮していることが即座に分かり、助けの手を伸ばす ・・・ 親父さんの親心をわしはその贋作から感ずる。

  してみると、その掛け軸は贋作には違いないが、わしにはお金には変えることの出来ない家宝に思えるが どうだ さすがに親父さんは大阪商人、やり方が奮っておる」  」

 こう言い聞かされて、三男は、いとおしそうにその掛け軸を撫でる ・・・

  いかがでしょうか、はしょりすぎていて原作のよさがお伝えできないかも知れませんが、よろしければ、宇江佐真理の時代小説をお読みになってみてください。

 人にはそれぞれ好みがありますから、もちろんご自由になさってくださいまし。

 今日もよい日となりますように。

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2009年7月20日 (月)

ワンランク上の救援投手

  野球の試合の終盤に出てきて、相手に得点をゆるさず、味方の勝利に貢献する救援投手 ・・・ アメリカでは試合を終わらせる投手というニュアンスで、「クローザー」と呼ばれるようですね。

 安定感抜群の救援投手は「守護神」と新聞の見出しなどに書かれます ・・・ クリスチャンの私は、「たとえどんなにすごい投手でも人は人、神とは絶対的に一線を画すべきだ」と考えますので、「守護神」という書き方はペケだと思います。

 それはそうと、ある投手がリリーフピッチャーとしていい成績を上げ始めたころ、新聞の見出しに「○○投手、また相手打線を抑える!!」という見出しが出て喜んでいたときに先輩にこういわれたそうです。

 「まだまだ、そんなことで喜んでいては先が知れている。」

 「では、どう書かれるようになったら、本物なんですか?」

 「自分で考えろ、と言いたいが、お前は見込みがあるから、特別に教えてやろう。○○が打たれた」ことが大きなニュースになったら、そのとき、お前は本物になったんだ。」

 ・・・ うーむ、と思いました。 抑えるのが当たり前だと思われる実力者になると、打たれたときにみんなが驚き、ニュースバリューがある ということなのですね。

 抑えたことがニュースになるうちは、まだまだ ・・・ プロの世界の奥深さをこの話は端的に示しているようで、おもしろく思いました。

 今日も、よい日となりますように。

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2009年7月19日 (日)

頭休めにクイズはいかがでしょう

 教員採用試験を受けた方々、お疲れ様でした。労をおねぎらい申し上げます。

 一次試験が終わってほっとしたその日から、二次試験に備えて勉強をする ・・・そういう構えが大事なのですね。

 でも、今日は、頭休めのクイズを提供させていただきます。インドのタゴールという詩人に「張り詰めすぎた弦は麗しき音色を奏でること、あたわず」という一節があるのです。

 もちろん、ゆるすぎる弦は、もっと考え物かも知れません。

 さて、前置きはそこまでにして、とんちで応えてください。取り組むかどうかはもちろん亜あなた次第です。

 受験生ではない方 ・・・ もしよろしければ、どうぞ。

まず、 国名・地名です

1 無欲な人たちの国

2 イカに冷たい仕打ちをする国

3 力持ちの人たちがいるインドの都市

4 赤ちゃんばかりの国

5 別に誘拐が多いというわけではありません。 親日派の国です

6 未来を大事にする国

7 つるぎと橋を並べて ・・・ 大學もあるイギリスの都市

8  せんべいのカーニバル  これは、地名ではなく7月14日に関係がある外国のお祝いの日です

 答えを確かめたい方は、「続きを読む」 へどうぞ。

 おつきあいくださり、ありがとうございます。

続きを読む "頭休めにクイズはいかがでしょう"

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2009年7月18日 (土)

ザ・デイ

 17日、土曜日 ・・・ 教員採用試験の当日なのです。

 培ってきた力を、精一杯、発揮できますように。

 受験する皆さん ・・・ あなたたちは、既に上げた実績ではなく、これからの可能性を期待されているのです。大いに、自分のよさ、若々しさを発揮されますように。

 16日は、雨、ところによっては雷がとどろく時間帯がありました。 皆さんの人生にもそんな時期があるかと思います。

 けれど、午後には晴れて、陽光が差してきたように、止まない雨はありません。

 人事を尽くして天命を待つ  ・・・ すてきなことばがありますね。

 若い皆さんを応援するだけでなく、私も私なりに歩みます。 『人生の四季』という本を書いた方が外国にも日本にもおられます。それぞれの時期に、それぞれのかけがえのないよさと収穫があるのです。

 元気で出かけ、元気に戻られますように。

  採用試験に向かう若者に宛てて書かせいただきましたが、どの方にも、意味のあるよき日となりますように。

 明日は、日曜日、キリスト教会にお出かけになってくだされば、うれしいです。

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2009年7月17日 (金)

すてきなたたずまい

 16日、雨上がりの夕方となり、久しぶりに散歩しました。

 暑いときにあまり無理すると、熱中症の心配がありますよね。

 先日は、喫茶店の写真でしたが、民家で、とてもすてきにお住まいになっていることがうかがわれるお家がありました。

Ca390004_2  Ca390005            コンパクトなアプローチに、すてきなセンスが凝縮されているようにお見受けいたしました。

 水鉢には、金魚が気持ちよさそうに泳いでいました。

 見た目に涼やかですし、金魚を飼っておられるのは、きっとボウフラの繁殖を防ぐ意味もあるのだと思います。 こんなふうに書いてしまうと不粋ですけれど。

 住まいを心地よい空間にする不断の努力 ・・・ それが実を結び、成果が道を通る人にも自ずから伝わってくるのはすばらしいことだと思いました。

 たまに歩くと、このところ暑さにかまけて散歩を怠っている報いがてきめんに表れます。うーむ、継続は力なり ・・・。

 たまに歩くから、いけないんだ。いっそ全然歩かないことにしてしまえば ・・・ いえいえ、こんな方向に考えを持って行ってしまうのはよくありませんね。

 何とか、涼しい時間帯に歩くなど、工夫をしたいと思います。

 今日の成果を土台として、明日という日がよき日となりますように。

 

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2009年7月16日 (木)

ダムは水を蓄えてこそ発電に寄与できる

  今週の土曜日に、岐阜県、そして近隣の多くのところで教員採用試験が行われます。私の勤務する大学のj学生も、面接力(近頃はいろいろなことばに「力」がつきますね)や、小論文の力を高めることに余念がありません。

 面接の練習は、ある程度の回数を重ねると、やはり成果が目に見えてきます。

 けれど、あまりにも回数を多くすることに懸命な学生には、「ダムにあまり水がたまっていないのに水路への口を頻繁に開けるようなことになっても疲れてしまうから、貯水に時間をかけることに専念したほうがよいと思うよ」というようなアドバイスをします。

 別の言い方では、「お見合いや合コンに飛び歩くよりは、向こうからおつきあいをお願いしますと頭を下げて頼んでくるように人間的魅力を磨きなさい。」というような表現もいたします。

 それは、ともかく、それぞれの学生が努力の成果を発揮して、願っている進路に進むことができるようにと、暑い夏にひるまず、応援の思いを熱くしております。

 フレーフレー 若人たち。 

 いえいえ、応援するだけでなく、私も現役の人生を歩んでいるのですから、励むことにいたします。  おお、そういえば、私が手を付けるのを待ってくれている仕事が ・・・ ほどほどの量であることに感謝しつつ、取り組みます。

 今日もよい日となりますように。

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2009年7月15日 (水)

ほっとする空間

 以前にも書かせていただいたかもしれませんが、「斧を見る日間(ひま)」ということばを読んだことがあります。

 木を伐るとき、しゃにむに斧をふるうだけでなく、時にはその手を休めて、斧がはこぼれしていないか、柄から抜けそうになっていないかを確かめる時間を持とうという意味です。

 日間(ひま)というのは、日光が差し込む空間の意味で、畑に作物をぎっしりと植えるのでなく日光が差し込むゆとりをつくらないとよく育たないということからこう書いていたのだそうです。後に、これが「暇」と一字で書き表されるようになった という説があるそうです。

 と、書かせていただきましたが、久しぶりにお休みがとれて、喫茶店のモーニングサービスに出かけたということを合理化しようという魂胆で再度書いているというのが正直なところです。

Ca390032 Ca390030 Ca390029                        水をまいて涼しさを演出し、天井の高い静かな室内で挽き立てのコーヒーを味わう ・・・ たっぷりの野菜とゆで卵、小倉あんのトースト 400円

という、新装なった喫茶店でした。

  岐阜市芥見の「夢屋工房」というところです。

 ときどき、「斧を見る日間」を作ってリフレッシュできるのはいいものですね。

 えっ、蓮根の穴以上にいつも暇を感じさせるのがムーミンパパではないか、ですって。

 実はそうなのです。 あなたは慧眼ですね。 いえ、みえみえでしょうか。

 今日もよい日となりますように。

 

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2009年7月14日 (火)

早口ことば

 時間割の加減で、13日には、90分授業を3回いたしました。内容は同じなのですが、3回続けていると、このジョークはさっき言ったのか、今言うと2回目になるのかなどという思いがふっと脳裏をよぎります。

 それならば、ジョークは割愛すればよさそうなものですが、それでは自分がつまらない ・・・ という性分 

 授業の中身をぎゅーぎゅー詰めるのも、風呂釜にまきを一杯詰めると燃えにくくなるのと似て、内容の理解がしにくくなりますので、途中にリフレッシュの時間を設けました。

 それが、早口ことばです。 少し、おつきあいください。 それぞれ、3回繰り返すのです。

1. ひまごがめ

2. 黄パジャマ 茶パジャマ 赤パジャマ

3. 新春シャンソンショー

4. バス ガス爆発

5.お綾や おあやまちを 母親に おあやまりなさい

6.ひきぬきにくいくぎ

7. カエル ぴょこぴょこ みぴょこぴょこ 合わせて ぴょこぴょこ むぴょこぴょこ

8. 武具馬具 武具馬具 三武具馬具 合わせて 武具馬具 六武具馬具

 舌の訓練や脳の活性化、眠気覚ましにもよいようです。

 そういう私は、あまり早く言えませんが、プロほど準備運動をきちんとしてふだんの練習を欠かさないそうです。

 取り組まれる方、ありがとうございます。 あまり時間をかけないで、気軽にやってみてください。友人と取り組んでみるのも楽しいかもしれません。

 よき日となりますように。

 

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2009年7月13日 (月)

おさなごからの贈り物

 日曜日の朝、キリスト教会に行きましたら、元気な声で「おはようございます。これ、きらきらペンダント。あげる~」と、待ち受けていて牧師さんの娘さんがプレゼントしてくれました。

 「もてるんですね、小さい子には」 とお思いでしょうか。

 ハッハッハ ・・・ この娘さんのプレゼントのもらいぬしは、実は、私ではなく、家内でありました。

Ca390026 Ca390027           アルミホイールを球体にしてくださったのが牧師さん、それに懸命に色づけをしたのが、娘さん、そして糸を通してペンダントに仕上げてくださったのが牧師夫人です。

  家内は、とても喜んで、朝から一日中、大切に飾っておりましたよ。

  

 私には、1歳8か月の息子さんが、お気に入りの象のぬいぐるみを差し出して手渡してくれました。 

  もっとも、しばらくすると返すことになるのですけれど・・・でも、たとえ短い時間ではあっても、大事な宝物をこの手に預けてもらえるのはとても嬉しいことです。

 それに、私が象のぬいぐるみをプレゼントされても、にこにこといつも持ち歩くわけにはいきませんしね。 おさなごにはぬいぐるみがよく似合う・・・。

 聖書のことば

 イエスは、幼子たちを呼び寄せて、こう言われた。「子どもたちをわたしのところに来させなさい。止めてはいけません。神の国は、このような者たちのものです。」

 ルカ 18章 16節

 おさなごのように素直な心で歩めたらと思います。

 今日もよい日となりますように。

 

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2009年7月12日 (日)

深い井戸の水を汲むためには

 本から、メモが出てきました。

 「深いところまで届く錨(いかり)を備えている船ほど、安心して遠い航海に旅立つことができる。」

 ・・・ なるほどなあ、と思いました。何かのおりに学んで、良いことばだと思ったからメモ書きしたのだと思います。

 あわせて、こんなことばも思い出しました。

 「深い井戸の水を汲むには、つるべの縄は長くなくてはならない」

 もとのことばは、作家、宮城谷昌光さんの本の中に、「短綱(たんこう)は深き井戸の水を汲むこと、あたわず」 ・・・ 短いロープしかついていないつるべは、深い井戸の水を汲むことができない ・・・ というような表現で記されていたと思います。

 家族、周囲の人、仕事で対面する人 ・・・ 子どもであっても大人であっても、自分と等身大の人格を認めて正面から向き合うことの大切さを思います。

 正面から向き合っても、相手は自分より大きな、遠大なことを語っているのに、その深さがわからず、却って相手を軽んじてしまうあやまちを積み重ねているかもしれないのです。

 マザー・テレサは語っています。 「愛」の反対は、「憎しみ」ではなく、「無関心」です。

 イエス・キリストは、「自分のして欲しいようにあなたの隣人にしなさい」「これらの最も小さい者にしたのは、すなわち、わたしにしたのです。」「最も小さな人にしなかったのは、すなわち、わたしに対してしなかったのです」と語っています。

  私たちの周囲、それも身近なところに、私たちのつるべの綱が短いために、その心を汲むことができないままになっている存在はないでしょうか。

 十数年前のメモをもとに、そのようなことを思い、省みております。

 今日もよい日となりますように。

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2009年7月11日 (土)

♪チューリップ  その2 

 チューリップはオランダの国花で、オランダ製の花瓶には、数輪のチューリップを一輪ずつ活ける形の花瓶があるそうです。

 さて、私の妹が保育園に勤めていたとき、花壇のほうから、♪「チューリップ」を歌うことが聞こえてきたそうです。

 一人の園児が、迎えに来たお母さんと花壇にいて、その子が一輪のチューリップごとにその歌を歌って聴かせていたのだとか ・・・ お母さんは、「いつになったら歌い終わって帰れるようになることやら」と言いながらも、にこにこして子どもの延々と続く歌につきあっていたそうです。

 ♪「チューリップ」の続篇では、そんなことをお伝えしたかったのです。

 私のつたないブログを訪れて読んでくださっている方は、このお母さんのように、優しく私を見守ってくださっているような気がしてまいりました。  ありがとうございます。

 ・・・ いえいえ、私の母は今月米寿を迎えます。皆さんをその年齢だと申し上げているのではございませんから、ご安心ください。

 今日も、よい日となりますように。 明日は日曜日、キリスト教会の礼拝に出席して、牧師さんの聖書に基づくメッセージを聴いて心を養っていただければ、幸いです。

 

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2009年7月10日 (金)

♪ チューリップ

 ♪「チューリップ」の歌をご存じの方は多いと思います。

 9月に小学校・中学校で実習させていただく大学2年生に、心構えなどを話した後、

この歌を私のピアノ伴奏で歌ってもらいました。

 日本の教育の変遷を端的に歌であらわすと、現在は、このチューリップの歌がいいのではないか、と教育の先輩から教わったことがあります。

 ◇ 戦前の教育  ♪「雀の学校」 教師主導型 

 ただし、雀の先生が振っているムチは、黒板を指すために用いられていたことが多く、子どもを罰して叩くためというものではなかったようです。

 ムチということばで思い出しました。

 クリスチャンの新島襄が同志社大学を創設し、校長を務めたとき、不心得な言動をした学生の前で、「諸君がそんなことをしたのは、校長の私がいたらないせいです。」と、自らの手で自らのもう一方の手を血が流れるほど力一杯ムチ打ったというエピソードを聞いたことがあります。http://www.doshisha.ac.jp/information/outline/kyoiku_rinenn.php

◇ 戦後 しばらくの教育 ♪「メダカの学校」

 だれが生徒か先生か  だれが生徒か先生か みんなで お遊戯しているよ

 教師主導の教育の反省として、子ども主体の教育 ・・・ というと聞こえはいいのですが、教科書を墨で塗りつぶさせるところからスタートした戦後の教室 ・・・ 後に作家になった三浦綾子さんは戦中に熱心な教師であったことに耐えられなくなって教師を辞め、虚無的な生活を送るようになったのでした ・・・ 十分な教材もなく、川柳に「六三制 野球ばかりがうまくなり」というのがあったりします。

 もちろん、教材のない中、いろいろなちらし、新聞などをかき集めるようにして生徒一人一人に学習が成立するように奮闘した教師 ・・・ たとえば、大村はまさん ・・・ のような方もたくさんおられました。

◇ 現在の教育  ♪「チューリップ」

 さいた さいた チューリップの 花が

 ならんだ ならんだ  赤 白 黄色

 どの花見ても きれいだな

 どの子の個性もそれぞれ成長、発揮されるように願う教育 ・・・ スマップの

「世界に一つだけの花」もこの歌の心と通じるものがありますね。

  ただ、「世界に一つだけの花」を弾きながら歌うという実技試験が、音楽療法士認定の事前講座のプレテストとしてあり、リズムになかなか入れない私には字余りの行進曲のようにしか歌えなくて、苦労いたしました。(もう一曲の森山直太朗の「さくら」は何とか練習できましたが、当日、私に指定されたのは苦手なほうで、汗をかきました。)

 定年退職前の私が務めさせていただいた学校の校歌の作曲者が、何と、この名曲♪「チューリップの作曲者だったので、その発見に驚いたことがあります。

 しかも、校区には、東京でその井上武士先生に音楽を数年間習い、後に音楽家になった芥川也寸志が同級生でいつも伴奏していたという方がおられ、奇遇に、またまた驚いたものでした。

 予想外に長くなりましたので、次回、続きを書かせていただきます。

 今日もよい日となりますように。

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2009年7月 9日 (木)

トマト

 上から読んでもトマト、下から読んでもトマト ・・・

 確か、トマト銀行と名前を付けたら、よく流行っているというような話を聞きましたね。

  いきなりトマトの連呼ですみませんでした。

  いえね、我が家の菜園のトマトが色づいて、今年初めての収穫をしたのです。

Ca390001  左が、ミニトマト、右が普通の大きさのトマトで、名は「桃太郎」です。

・・・ 写真を撮ろうと気がついたら、最後の一切れになっておりました、

  私は存在感のない、責任を果たしていない畑主任ですから、家内がいつも世話をしていてくれるおかげですね。 感謝です。

 トマトが日本に入ってきた頃は、西洋赤ナスと呼ばれ、あまり食べる人がいなかったそうです。塩を振りかけて食べると美味であるということに気がついて食べる人が増えてきたのだと、その当時を知る牧師さんにうかがったことがあります。

 中学時代の友人の家では、一度、塩と間違えて砂糖をかけてしまったけれど、食べてみるとなかなかいいものだということになって、彼の家では、それ以来、トマトに砂糖をかけるようになったそうです。

 先日、ある料亭では和風のすまし汁のだしをトマトでとるという内容のテレビ番組が放映されていました。

 「トマトが赤くなると医者が青くなる」 ということばが生まれたほど、健康によい食材でもあるそうです。

 今年の初収穫ができたトマトのことを書かせていただきました。

 今日も、トマドうことなく、よい日となりますように ・・・ ああ、こんなだじゃれ、決して書くまいと思っていましたのに ・・・。 すみませぬ。

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2009年7月 8日 (水)

パン、そしてキティちゃんのケーキ

Ca390052 Ca390054             クマさんの顔をしたパンを見かけ、購入しました。

  その隣の写真は、音楽療法の学びで訪れる建物で開催されていた絵手紙展で見かけたアンパンマンです。

  クマさんのパンは♪「森のクマさん」の歌詞を紹介する画面に、こういう顔のクマさんの写真をレイアウトするのももいいかなと思って、手を伸ばした次第です。

 撮影後は、私のランチとなりました。アンパンマンは、おなかがすいた人を見かけると自分の顔を食べさせて飢えから救うのだそうですね。作者やなせたかしさんの「自己犠牲を伴わない人助けは本物ではない」という信念に基づいているのだそうです。

 何にしても、丸っこいパンには魅力がありますね。

 パンではありませんが、七夕生まれの孫娘がキティちゃんのケーキを、と所望したとのことで、その母親が腕をふるったバースデーケーキが次の写真です。

77  うーむ、母は強し  というか 子を愛する母は万能かもしれませんね。

 喜んだ孫娘と共に家族が既に食べてしまいましたし、、量産して売るというような計画はありませんので、意匠登録違反とか、そういうことに問わないでください。

 雨の七夕も、まーるい物を見ている内に暮れていきました。

 さて、今日もよい日となりますように。

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2009年7月 7日 (火)

贈られし心嬉しく眺め居て七夕迎える母の日ギフト 

Ca390004  今日のタイトルは短歌仕立てにしてみました。

  写真の竹の菜箸は家内が母の日のプレゼントとしていただいたものです。

  「ちょうど欲しかったものなの、どうしてこういうのが欲しかったことが分かったんだろ」と家内は喜んでおりました。

  その喜びようから、すぐにも使い始めるかと思ったのですが、ご覧のように真ん中に帯が掛かったままです。 嬉しくて、使い始めるのがもったいなくて眺めて七夕にいたっているということだそうです。

 小学校に勤めていたときのことを思い出しました。 一輪車に上手に乗る子たちを受け持ったので、私も何とかして乗れるようにならないかと挑戦を続けました。そのころ、私は三十代でしたが、なかなか乗れるようにはなりませんでした。

 ついにあきらめて、児童達には「私が乗ると、タイヤに空気を一杯詰めているのに、タイヤがひしゃげてかわいそうだから、やめる」と言うと、子どもたちはこんなことを言いました。

 「でもねえ、一輪車は乗るためにあるんやで、乗ってやらんともっとかわいそうやよ」。

 なかなかの子どもたちでしょう。

  その内、私が家内に言う日がくるかもしれません。「大事にして眺めているのもいいけれど、そろそろ使い始めたらどうやね。使うために送ってくれたんだから。」

 贈られた物も嬉しいですが、贈り主の心はなお、かけがえのないものですね。

 今日もよい日となりますように。

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2009年7月 6日 (月)

デイト

 明日は七夕 ・・・ 彦星と織り姫が年に一度の逢う瀬を楽しむ日とか ・・・ 地上に雨が降っても、却って、地上からの視線を雨雲が遮ってくれるので、こころおきなくデイトが楽しめるのでは、と思ったりするのですが

 そこは、素人の浅はかさでしょうか。 そうは問屋が卸さないとばかりに、天の川の水も増えて、渡れなくなるようです。かささぎが橋を渡してくれるとかいうことも聞いたように思いますが、いかがなものでしょう。

 人の恋路の邪魔するやつは、馬に蹴られて死んじまえ ということばもありますから、天馬 ・・・ ペガサスも活躍するのかもしれませんね。

 宇宙でのデイトほどではないかもしれませんが、健全で周囲からも祝福されるカップルがたくさん誕生しますように。

 七夕は孫娘の誕生日でもあるのです。うーん、ペガサスか、アラジンの魔法のじゅうたんにでも乗って、誕生祝いにいきたいものです。

  でも、まあいいか、これからも元気に育ってくれますように。

  下呂の小学校に勤めていたとき、運動会の練習を見に来ておられたおばあさんたちが、こんな会話をしておられました。

 「孫はかわいいなあ」  「そうやそうや」

 それを聞いていたあるおばあさん。

 「そうや、孫はかわいいなあ。でも、ひ孫はもっとかわいいぞ」

  恐れ入りました。なかなか長寿の村だったのです。 そのおばあさんの心境を味わえるところまで生きていられるかどうか ・・・  神様におゆだねして、できるだけ誠実に毎日を歩みたいと思います。

 七夕の笹飾りに、幼い子どもたちは願い事を書いた短冊をつるします。

 ピノキオの主題歌、♪「星に願いを」が思い浮かびます。

 その気持ちは分かりますが、クリスチャンとしては、その星をもつくられた創造主に祈ることこそ、大切だと思います。

 いえ、短冊をちぎって歩くような野暮なことはいたしませんけれど。

 よき日となりますように。

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2009年7月 5日 (日)

本当によいものは国境を越える

 NHKテレビの「クローズアップ現代」で、ピアニスト辻井伸行氏との対談、そして演奏が放送されていました。なんと自然でのびのびと美しい音色を響かせていることでしょう。 ドイツでのコンサート ・・・ 「期待していない」「つまらなかったらすぐ帰る」と語っていた聴衆が、見る見る彼の演奏に引き込まれ、笑顔で聴き、スタンディングオベーションで讃えていました。

 彼が優勝した国際ピアノコンクールで彼を讃え、祝福していたヴァン・クライバーンというピアニストは、第1回のチャイコフスキー ピアノコンクールの優勝者です。

 当時、冷戦状態にありましたから、政治の圧力があれば、記念すべき第1回の優勝者にアメリカから乗り込んできた彼が栄冠を手にすることはなかったかもしれません。

 

 そういう中でのクライバーンの優勝は、まさに快挙でした。それは、アメリカにとってだけでなく、国境を越えて彼のすばらしさを認めた人類の良心の為せる快挙と讃えられてよい出来事だったと思います。

 芸術に限らず、スポーツの世界も、何もかも、よいものは国境を越えてよいと認め合い、人類全部がそのすばらしさを喜び、共有することができる、そんな世の中でありたいですね。

 辻井さんは、今、二十歳でしょうか。彼の行く手に、そしてその演奏を聴くすべての人にすてきな花が咲き続けますように。

 今日は日曜日、キリスト教会の礼拝に出かけ、牧師さんが聖書に基づいて語る神様からのメッセージをお聞きください。

 よき日となりますように。

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2009年7月 4日 (土)

橋 

  長良川の鵜飼いは、長良橋と鵜飼大橋の間で行われています。その上流に千鳥橋があり、写真の藍川橋はさらにその上流にかかっています。

Ca390005

 梅雨時ということもあって、たくさんの雨が降ると、水かさが増し、川幅も広くなります。川の水、そして塗り替えられた橋、そして雨に洗われた緑の山、木々の葉 ・・・ 美しい眺めです。

 橋の上から下流を撮るともっとよい眺めなのですが、車から撮るのは、信号のタイミング、車の流れもあって、なかなか難しいものです。

 方丈記でしたか、

「行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず。

 よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとどまることなし。

 世の中にある人とすみかと、またかくの如し。

 (中略)

 あしたに死し、ゆふべに生きるならい、ただ水の泡にぞ似たりける。

 知らず、生まれ死ぬる人、いずかたより来りて、いずかたへか去る。

 又知らず、かりのやどり、誰が為に心を悩まし、何によりてか目をよろこばしむる。」

 いつもこの文章を思い浮かべながら川を見ているわけではないのですが、やはり名文ですね。

 

 今日もよい日となりますように。

 景色にせよ、本にせよ、よいものにふれ、浸る時間を大切にしたいと思います。

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2009年7月 3日 (金)

お弁当

Ca390003  写真は、2日に持参した弁当です。

 これにちなんで我が家の弁当物語を少し ・・・ 

 ずっと以前、私は学校を離れて、教育委員会に勤めたことがあります。そのとき、家内が毎日せっせと弁当を作ってくれたので、感謝しておりました。

 その後、学校に勤める期間があり、その間は給食でしたが、何年か過ぎて、再び教育委員会に勤めたときのことです。

 そのときは、前回のようには家内が弁当を作ってくれなかったのです。しばらく考えてやっと理由が分かりました。

 前回のときは、息子が高校生だったのです。 ・・・ つまり、こういうことです。せっせと家内が弁当を作ってくれたのは、息子に持たせるためで、そのついでに私にも弁当を作ってくれていたのです。

 私は、幸せな思い込みと申しますか、私の弁当を作るついでに息子の弁当も作っているのだろうと思っていたのですね、多分。

 さて、定年退職後の再就職 ・・・ また、家内は、せっせと弁当を作ってくれています。その理由は ・・・  外食するよりは費用がかからないから ?

 いえいえ、よく考えてみますと、以前は、家内が弁当を作れない時期だったのです。息子が高校を卒業して遠くに行き、子育てを終えた家内は、特別養護老人ホームに勤めるようになり、毎日の仕事と介護の学びのために必死だったのです。夜勤もあり、弁当を作る気持ちはあっても、その時間も余裕も持てなかったのです。 ・・・ これが多分正解で、そしてこう考えると、息子へのひがみも解消しますし、亭主としての面目も保たれ、めでたしめでたしとなります。

 聖書の有名な山上の垂訓のところにこういうことばがあります。

 平和をつくり出そうとしている人は幸福です。 そういう人は神の子供と呼ばれるからです。            マタイによる福音書 5章 9節

 今も、いっこうに食欲の減る気配を見せない私の健康のために、家内は栄養が偏らないようにと考えながら、せっせと弁当を作ってくれている ・・・ そのように考えて感謝しています。

 そういえば、長男は高校を3年間、無遅刻・無欠席で卒業した日に家内にこう言ったそうです。   「3年間、弁当ありがとう。うまかったぜ」

 なんだか、唐突に我が家の弁当物語を書いてしまいました。読んでくださった方、ありがとうございます。

 今日もよい日となりますように。

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2009年7月 2日 (木)

学生寄席

Ca390001 Ca390002           さすがに梅雨のシーズン ・・・ 7月の初日、岐阜市では特に夕方から夜、よく降っております。

  さて、そうした天候にもめげず、キャンパスでは学生寄席が開かれました。

  新人のデビューということもあって、聞きに行きました。実は、先週、一週間間違えて会場まで行ったそこつ者の私です。

 演目は、「つる」 ・・・ 題はこれでよかったのかな、首長鳥の雄が「つー」と飛んできて松に止まり、続いて雌が「るー」と飛んできて、それから「つる」と呼ぶようになったというお話

 そして、「寿限無」「桃太郎」、漫才は修学旅行で奈良公園の鹿が登場する話、あいまにマジックも入りました。

 とりは、「三流亭 今壱」の熱演で「死に神」 ・・・ イマイチ と謙遜していますが、この人、寄席の開始にあいさつ、新人には「待ってました」と声をかけてほしい、それが緊張をほぐすことになるか、余計にプレッシャーを与えるかは分からないけれども ・・・ などと楽しい雰囲気を作り、中間ではマジックを見せ、とりを務めるという大活躍を見せてくれました。何でも、主任だそうです。

 顔も、落語家向きのように思いました ・・・ うーむ、意味不明 ?!

 岐阜市は、落語の元祖 の策伝というお坊さんが居たところで、それにちなんで近年、学生の落語日本一を決める大会が開かれております。

 デビューした新人たちは初々しく、上級生たちは、就職活動や学問の仕上げと両立させる努力をしながら後輩を育てているようで、好感が持てました。

 新人の一人は、「デビューだから見に行く」と張り切る母親を必死に阻止して今日を迎えたと切り出し、そういう子を思う親の愛を、この長寿を願い、名前をつけるのに苦労する「寿限無」につなぐなど、どの出演者にもなかなかの力を感じました。

 国語科を専門とする私は、落語、漫才は大切な芸術、言語文化だと思っていますし、若者たちが、切磋琢磨しながらその話芸を磨いている姿を嬉しく思った次第です。

 ちょっと急いでアンケートを書かずに来てしまったので、お礼の意味で、このブログを書いた次第です。 ありがとう。 これからも技を磨き、ご活躍ください。

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2009年7月 1日 (水)

教師を志す若者たち

 晴れれば暑く、降ればどっさり ・・・ 今年の梅雨にはそんな印象をいだいております。

さて、今日から7月、どうぞお体を大切になさってください。

 教員採用試験をひかえている月とあって、受験する学生たちはその準備に懸命です。その願いが実現するように支援するのが今の私の職務ですので、面接の練習で問う問題を練るのにも力を注いでいます。

 あまり簡単でもいけませんし、そうかといって自信をなくさせてもいけませんし ・・・ 

 中心となる質問は、教師を志望している動機、なぜ、教育の道を志すかということです。

 緊張をほぐすウオーミングアップの質問、そしてクーリングダウンの質問も考えました。実際の試験にこういう質問は出ないかもしれませんが、臨機応変に答える中に自分らしさを込めて欲しいと願っての質問です。

 企業秘密・・・というほどではありませんので、一例を記させていただきます。

◇ 念願がかなって、学校勤めがはじまったとします。仕事の一つとしてあなたは学校の花壇の係となりました。あなたは、どんな花を植えますか。その花を選ぶ理由も聞かせてください。

 挙げられた花はひまわり、朝顔、チューリップ、たんぽぽ などなど。同じ花を選んでも、添えられるコメントはその学生らしさが伝わって来ました。

 ひたむきななかにも、心に花をたやさない人生を切り拓いてほしい と改めて願いました。

 思い起こしてみますと、私は、初めて小学一年生を担任することになったとき、入学式を終え、教室で新入生と保護者に向けて第一声を語り、親子を送り出してほっとしました。そして、そのときになって初めて、目の前の机の上に花が置かれていることに気がついたのでした。

  同僚のどなたかの心配り ・・・ 朝からその花 ・・・ 黄色のフリージアは芳香を漂わせながら教室に新入生歓迎のいろどりを添えてくれていたのですが、私が気がついたのは、夕方、教室で一人になってからだったのです。

 それだけ初日は緊張していたとも言えますが、もし、そのどなたかの心配りがなかったら、入学式の後、新1年生を迎える教室に一輪の花もなかったことになります。

 後年、あるところの教育委員会に赴任し、その管轄の学校に着任する教職員の宣誓式の会場を整えていたとき、教育長さんが様子を見に来られ、何とご自身で花を活けてくださったのには驚き、教えられました。男性の教育長さんに生け花の技術があること、それ以上に、花もて人を迎える心を身をもって示してくださったことに、上記の入学式の日の私との格段の器の違いを感じたのでした。

 学生の人生に豊かな花が咲きますように。そして、私自身のこれからの人生にも小さくても花が咲き、確かな実を結ぶことができますように。

 聖書のことば  

 まことに、まことに、あなたがたに告げます。一粒の麦がもし地に落ちて死ななければ、それは一つのままです。しかし、もし死ねば、豊かな実を結びます。

                    ヨハネの福音書 12章 24節

 (先日の日曜日、8月に台湾へ宣教師として向かわれる牧師さんが来訪され、上記の聖書のことばから感動的なメッセージを語られました。)

 

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