贈られし心嬉しく眺め居て七夕迎える母の日ギフト
写真の竹の菜箸は家内が母の日のプレゼントとしていただいたものです。
「ちょうど欲しかったものなの、どうしてこういうのが欲しかったことが分かったんだろ」と家内は喜んでおりました。
その喜びようから、すぐにも使い始めるかと思ったのですが、ご覧のように真ん中に帯が掛かったままです。 嬉しくて、使い始めるのがもったいなくて眺めて七夕にいたっているということだそうです。
小学校に勤めていたときのことを思い出しました。 一輪車に上手に乗る子たちを受け持ったので、私も何とかして乗れるようにならないかと挑戦を続けました。そのころ、私は三十代でしたが、なかなか乗れるようにはなりませんでした。
ついにあきらめて、児童達には「私が乗ると、タイヤに空気を一杯詰めているのに、タイヤがひしゃげてかわいそうだから、やめる」と言うと、子どもたちはこんなことを言いました。
「でもねえ、一輪車は乗るためにあるんやで、乗ってやらんともっとかわいそうやよ」。
なかなかの子どもたちでしょう。
その内、私が家内に言う日がくるかもしれません。「大事にして眺めているのもいいけれど、そろそろ使い始めたらどうやね。使うために送ってくれたんだから。」
贈られた物も嬉しいですが、贈り主の心はなお、かけがえのないものですね。
今日もよい日となりますように。
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