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2009年7月28日 (火)

少し晴れ間が見えてきて

 先ほどまで、まるで台風が接近しているのかと思うような風雨の激しさでした。といっても、私は窓から外を眺めていただけなのでしたけれど。

 手にとって読み始めた本に次の詩が載っていました。ご紹介します。

 りんごとなみだの落ちる音

  小学四年生 澤田龍太

 黒い雲の広がった空を見上げて

お母さんは、手をあわせておがんでいた。

目には、

いっぱいなみだがたまっていた

せなかをまるくして、

じっと手をあわせている。

こんなお母さんを見るのははじめてだ。

ぽたぽた ぽたぽた

畑でりんごの落ちる音がする

赤い大きな「世界一」が、

ふくろのかかったままの「むつ」が、

風にたたかれて

枝からはなれていく

ぽたぽた ぽたぽた。

りんごの落ちる音は、

お母さんのなみだが落ちる音だ。

お母さんの丸いせなかを見ていたら、

ぼくの目からもなみだが落ちた。

( 『リンゴの涙』 弘前大学編集委 刊の中の詩の一つ )

 1991年の9月28日、青森県の津軽地方は激しい台風(19号)におそわれ、りんごの樹も果実も壊滅状態になったそうです。百年に一度といわれる台風の猛威で、被害額は数百億円にのぼったといわれているそうです。

 この詩は『わが子の学力 親にできること』 坂本光男 著 労働旬報社 1993年5月30日発行に紹介されていました。

 著者の坂本光男さんは、この本を書かれた当時、中央大学の講師・日本生活指導研究所所員だと本に記されています。(現在のことはわかりません)

 この詩を読んで胸を打たれた坂本さんは「こうした深い感受性とみずみずしい表現力をもった子は、どのような生活や教育のなかで育つのだろうか」と思い、学校に電話したそうです。

 担任は「よく働く子ですよ。だから生活を感じられるのでしょうね」と答えたとのことです。澤田君の家は農家で、生活を支えるために両親・祖父母・きょうだいのみんなが力を合わせて働いているそうです。とくにめだつ子ではないけれど、ものごとをじっくり考える子だそうです。

 今、私は、日本の将来を担う子どもを育てるためには、学校はもちろんのこと、その子どもの保護者たち、そして日本全体の社会人たちが本気で子どもたちのことを考えないといけない時期に直面していると痛切に感じています。

 前々から感じてはいたのですが、今からでも間に合うこと、小さくても実行可能で有効なことを見いだしたいと思居ます。至らないことだらけの私ですが、ブログにコメントをくださるなど、お力添えいただけたら、嬉しく思います。

 よき日、よき明日となりますように。

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コメント

本気で子供たちのことを考えなくてはならない、
ということを、私も常日頃から思っています。
考えていることは、たくさんありますが、
そのひとつに、ぜいたくをさせないことだと思います。
子供の時から高価な物を食べさせたり、学生なのに化粧を許したりしていると、
大人になってからの楽しみがなくなるのではないでしょうか。

※ ムーミンパパより
 コメントありがとうございます。
 カシオという会社の社長、樫尾さんは「親が子に残す最良の財産は貧しさである」という意味のことを語っておられます。価格革命を起こした樫尾の計算機などの発明、商品開発は、樫尾さんの若いときの苦労、苦難を糧にし、バネにして生まれてきたようです。

 内面からにじみ出てくるもの ・・・ それがその人の本質だと思います。お化粧のことは、さっぱり分かりませんが、本当の意味のファンデーションは、生き方の土台にあるのではないでしょうか。 聖書 目に見えるものは一時的であり、目に見えないものは永遠です。 すてきな娘さんに育たれますように。

投稿: レモングラス | 2009年7月29日 (水) 14時48分

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