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2009年8月 5日 (水)

「目白の師匠」 落語家 五代目 柳家小さん

  『サライ』(小学館発行の月2回刊行の雑誌)の2008年11号(6月5日発行)は「続々 落語入門」と表紙にありましたので、岐阜市立の図書館から借りてきました。

 その中に書かれていた桂小金治が語っているエピソードに感動しましたので、紹介させていただきます。

 桂小文治の弟子だった桂小金治が、昭和23年に小さん(当時は小三治という若手)の落語を聞いて惚れ込み、稽古をつけてもらえるように自分の師匠に頼み込んだそうです。

 小文治師匠は、「惚れたんなら」と話をつけてくれたので、11時に来いと言われた小さんの家に9時半頃行って一生懸命掃除したそうです。すると、小さんは話の稽古は承知したが、前座の修業を引き受けたのではないので、掃除はやめてほしいと、掃除は断りました。

 ますます、惚れ込んでほとんど毎日通うと、三日に一度くらい、白米のご飯、イワシの丸干し、お新香、味噌汁を食べさせてくれたそうです。銀しゃりのご飯は貴重品だった時代のことです。

 小金治は(よその師匠のうちへ行くと、こういうものを食べさせてもらえるのか)と嬉しかったそうです。ところが、ある日、稽古の後で、そういう食事をいただいて、駅まで行って忘れ物に気がつき小さん師匠の家にもどってみると、小さん師匠と家族がお芋をかじっているところへ行き合わせてしまったのだそうです。

 よその師匠についている前座の小金治に白米を食べさせ、自分と家族は芋を食べてしのいでいる ・・・ そのことを知って、小金治は目白の駅から山手線で帰りながらずっと泣き通しだった  と、語っています。

 読んでいて、胸が熱くなりました。

 小さんは、落語以上に剣道がすきだったそうで、自宅に道場を作っていたとのこと ・・・北辰一刀流の7段の範士だったといいますから、半端ではない打ち込みぶりだったのですね。

 名人と言われ、一つの世界で高い峰といわれるほどの人は、どれだけ幅広い裾野をもっているか見当もつかない ・・・ そういうものであるように思います。

 今日も、よい日となりますように。

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