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2009年9月18日 (金)

人が楽器に出会うとき

 さだまさしさんがバイオリンに堪能なことは、「精霊流し」などを歌うときにバイオリンソロが入るところがあり、よく知られています。

 彼がバイオリンを始めたのは、ピアノを弾けるようにさせようと考えたお父さんが楽器店で何十万もするピアノを見て、子どもに与える楽器にしては高すぎる値段だと考え、その横に置いてあった数千円のバイオリンを買って帰ったからだ、と彼のトークにあります。

 谷村新司さんは、コンサートで、「ピアノでは女性に近づいていけないので、近寄れる楽器の中でかっこいいのは?」と考えてギターを選んだ、と語ったとか。

 いずれも、ご本人たちが語られるのですから、ある程度信憑性があるのでしょう。

 えっ、私ですか ・・・ 小学校に上がる前のある日、食事中に父から何かを尋ねられ、何を聞かれたのか分からなかったのですが(何しろ、食事に専念していたものですから)、とにかく返事をしたほうがよいと思って「はい」と答えたのです。

 そうしましたら、「そんなら、習いに行きなさい」ということになりました。父は牧師でしたので、礼拝で讃美歌などの伴奏が出来るようになるといいなと考えたようです。

 当時、ピアノ教室を開いた方が教会に来ておられたことも、父が私に問いかけたきっかけの一つでしょうか。

  その先生のところで、初めてピアノにさわったとき、「ドレミファソ」と弾いたのですが、一音一音、弾くたびに手全体を高く上げながら弾いたので、先生がほほえんでおられたことを覚えています。手の形、指の長さなど、(練習さえすれば)将来有望と、付き添いの母に先生が話してくださっていたようです。

  練習よりは、帰り道で、みだらし団子 ・・・ 高山市のみだらし団子はしょうゆ味(味噌たまり味で有名です・・・ を買ってもらえるほうが楽しみでした。当時は10円で3本でした。

 やがて、団子は10円で2本、現在は1本60円か70円と時代は変わってきました。

 (練習さえすれば)将来有望の私は、音楽科を出てピアノ教師をしている妹のようにはなれませんでしたが、礼拝の奏楽を務めることは出来ています。

 練習さえすれば、というjことで、今は毎日、ほぼ1時間のピアノ練習をしています。

 そして、音楽療法というか、音楽タイムのときに活用できればと、コードネームを見てギターを弾けるようになろうと取り組み始めました。谷村新司さんのように、ギターを弾きながら女性に近づこうという純粋(?)な動機ではないかもしれませんけれど。

  またいつの日か、私のギターの進捗状況(不進捗状況)、兄のサックス、妹のフルートのことなど書かせていただくかも知れません。

 楽器は楽器として、今日も、よい人生の音色を奏でてくださいますように。

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