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2009年9月 3日 (木)

永久に不変のもの

  猿は木から落ちても猿だが、国会議員は選挙で落ちれば議員でなくなる ・・・ 若いときに聞いたことばを、8月30日の衆議院選挙の結果を見て思い出しました。

  今、その人がどんなことをしているかを、競争原理に立って見るのでなく、一人一人の存在そのものを喜び、大切にしあう ・・・ どんな政党が政権を担当することになっても、このことを大切にしなければならないと思います。

 さて、選挙でも変わらない不変のものって一体何だろうと考えていて、聖書の愛の章と呼ばれている箇所に思い当たりました。

 愛の章の、特に4節以降の「愛」のところに自分の名を当てはめて音読することは、まず気がとがめてきてできないと思います。たったひとり、「イエス・キリスト」の名は、しっかりとおさまる ・・・それは、イエス・キリストが真に愛の人だったからである、そういうメッセージを聴いて感動したものです。

 では、愛の章(コリントⅠ 13章) をご覧ください。 今日もよい日となりますように。

1  たとい、私が人の異言や、御使いの異言で話しても、愛がないなら、やかましいどらや、うるさいシンバルと同じです。

2  また、たとい私が預言の賜物を持っており、またあらゆる奥義とあらゆる知識とに通じ、また、山を動かすほどの完全な信仰を持っていても、愛がないなら、何の値うちもありません。

3  また、たとい私が持っている物の全部を貧しい人たちに分け与え、また私のからだを焼かれるために渡しても、愛がなければ、何の役にも立ちません。

4  愛は寛容であり、愛は親切です。また人をねたみません。愛は自慢せず、高慢になりません。

5 礼儀に反することをせず、自分の利益を求めず、怒らず、人のした悪を思わず、

:6 不正を喜ばずに真理を喜びます。

7 すべてをがまんし、すべてを信じ、すべてを期待し、すべてを耐え忍びます。

8 愛は決して絶えることがありません。預言の賜物ならばすたれます。異言ならばやみます。知識ならばすたれます。

9 というのは、私たちの知っているところは一部分であり、預言することも一部分だからです。

10 完全なものが現れたら、不完全なものはすたれます。

11 私が子どもであったときには、子どもとして話し、子どもとして考え、子どもとして論じましたが、おとなになったときには、子どものことをやめました。

12 今、私たちは鏡にぼんやり映るものを見ていますが、その時には顔と顔とを合わせて見ることになります。今、私は一部分しか知りませんが、その時には、私が完全に知られているのと同じように、私も完全に知ることになります。

13 こういうわけで、いつまでも残るものは信仰と希望と愛です。その中で一番すぐれているのは愛です。

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