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2009年10月29日 (木)

文芸の秋

 味覚の秋ばかりを追究しているみたいなので、今日は、文芸の秋を ・・・

Ca390029  『なぞ解き歳時記』 NHKなぞ解き歳時記制作グループ編 講談社文庫1998年 6月15日 第一刷 発行

 かつて、NHKテレビで同名の番組が放映されていて、この文庫本には、1997年4月1日~1998年3月24日までに放送された45編が再取材、加筆修正の上、収められています。

 ヒグラシは、万葉集では秋の七草と一緒に歌われているとか、平安時代には、松虫と鈴虫は現代とは逆だったとか、サンマは、市場を活気づける存在なので、昔は「魚」へんに「祭」と書かれていたとか、サンマのこげたところには発がん性物質の「トリプP1」が入っているが、大根おろしには、それを消す酵素が入っている ・・・ など、なかなかの内容が楽しく読めます。

  マツタケについては、次のような記事があります。

1941年には全国で1万2千トン収穫されていたマツタケが、1996年には350トンと激減 ・・・ これは、木炭や木ぎれ、落ち葉が主な燃料となっていた時代には人が山に入っていたのが、石油やガス、電機製品などが普及するにしたがい、木ぎれや落ち葉がそのまま山にあるようになったので、 風通しのよいやせた土地を好むマツタケが育ちにくくなったのだと考察されています。

 また、奈良時代には、「黄葉」と書いて、もみじと読んでいたそうで、これは、中国の最初の皇帝が「黄帝」だったとされていて、黄色は聖なる色だったことと関係があるそうです。

 平城京跡からは、黄色く色づくコナラ、クヌギ、カシワなどが多数出土したと記録があり、中国から少し距離をおくようになった平安時代に華やかな女性文化の隆盛とあいまって、赤く染まる木々が好まれるようになったとのこと。

 なかなか、面白い考察ですね。

 火より火を奪い烈しく秋刀魚燃ゆ  草秋子

 とりあえず松茸飯を炊くとせむ    高浜虚子

 あれ、また味覚の秋に戻ってしまったような ・・・ でも、この本に紹介されていた句を抜き出してみたのですよ。  虚子の時代は、たくさん松茸が出ていたのでしょうね。

 新米のその一粒の光かな  高浜虚子

 新米にまだ草の実の匂い哉(かな) 与謝蕪村

  実りの秋 味覚の秋 文芸の秋  ・・・ 今日もよい日となりますように。

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