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2009年11月27日 (金)

『チョッちゃんは、もうじき100歳』

 『チョッちゃんは、もうじき100歳』 黒柳 朝 聞き手 黒柳徹子 主婦と生活社 2006年9月11日 第一刷発行

Ca390008  親と子は別の人格 という考えが黒柳家には強いようで、黒柳 朝さんとその娘、黒柳徹子さんが仕事として一緒に何かをするということはなかったそうです。

 この本は、黒柳 朝さんが95歳を迎え、初めて親子での本として出版されたものです。100歳まで生きるといっておられた朝さんが発行の寸前に亡くなったとのことで、感慨深い一冊です。

 黒柳朝さんのご主人である守綱さんは、東京交響楽団やNHK交響楽団でコンサートマスター(このとき21歳だったそうです)として活躍されたヴァイオリニスト、朝さんのお父さんは東北帝大(現在の東北大学)の医学部で勉強し、無医村で働こうと考え、北海道の滝川市で医院を開いた方だそうです。黒柳徹子さんのおじいさんにあたるこの方は、大学時代、そこで学んでいた魯迅と同級生だったそうです。

 朝さんは、声楽家で、疎開先の青森では結婚式で「金襴緞子」の歌を歌ってその引き出物を生活の足しにしたこともあったとのこと。このへんのことは、NHKの朝のドラマにもなった『チョッちゃんが行くわよ』でご存じの方もおありかと思います。

 音楽学校の先輩に、淡谷のり子さんがおられ、淡谷のり子さんの推薦で雑誌に朝さんとご主人の守綱さんが「美しい夫婦」として雑誌で紹介されたこともあるそうです。

 徹子さんの妹さんが通っていたバレエ学校では栗原小巻さんが同期だったという話も出てきます。この妹さんは足を痛めてバレリーナへの夢は断念されたそうですが、才能を見てとった朝さんの勧めで美容師になって活躍しておられるそうです。

 徹子さんがユニセフ親善大使として活躍していることはよく知られていますが、おかあさんである朝さんが人が喜んでくれることを考え出して進んで、それもさりげなく実行する方だったこととつながっているのかもしれません。

 朝さんは、病気療養中の岸洋子さんに慰めになるものをと考えて、パジャマやガウンや紅葉などを小包でプレゼントしたり、チェコの残留孤児の医療費を工面して送り、命の恩人として感謝されたり ・・・ そういうことが自然体で出来るかただったようです。

 もうすぐ、日本ではベートーベンの「第九」のシーズンですが、こうなった仕掛け人は、オーケストラノ運営費を工面するのにアイデアを練った朝さんのご主人、守綱さんだそうです。その第九に参加した女学生の朝さんを見初めた守綱さんがさくらんぼで誘って、そして朝さんと結婚、という展開があったことも、さりげなく書かれています。

 若手ヴァイオリニストを育てるための「黒柳守綱賞」というコンクールがあるそうです。資金は、チョッちゃんのへそくり全額だとか。

 読んでいるときも読後も、なんだかさわやかになれる本です。

 今日もよい日となりますように。

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