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2010年3月31日 (水)

『春秋の色』 宮城谷昌光

0010   『春秋の色』 宮城谷昌光著

  講談社 1994年1月28日 第一刷発行

 中国の歴史に現れた人物を、その時代背景と共にいきいきと描く長編が多いこの作者には珍しく、短い文章が集められている本です。

 こんな一節があります。

「古代の中国と日本」

「あなたの小説を読むと元気が出る」  小説を書いている本人は、毎日疲れの色を濃くしているのにもかかわらず、そういわれるということは、とりもなおさず、中国の古代の人々の元気のよさが、読む人につたわってゆくのであろう。古代の人々には筋肉質的な力がみなぎっているのである。たしかにそれだけはつらつとした言動を明示する国民はすくないのかもしれない。

 あるいは、こんな文章もあります。

「不日不月」

 なぜ、と問いつづけてゆくことほど、おもしろいことはない。 ・・・私の小説とは、それらの問いの答えがみつかったから書きはじめたわけではなく、わからないから書きはじめたといってよい。書いてゆくうちに、やがて解答がみつかる。その楽しみを読者と共有したい。たしかに私は作者であるが、読者でもありたいのである。

 この章の後半にこんな文章もあります。

 ・・・ 私は夏姫をとびきりの美女にしてやろうとおもった。この小説を読まなければ、ほかにいないという美女が、読者の胸に存在したとしたら、私の試みは成功したことになる。 

 ところで、ふしぎで恐るべきことだが、美女を小説に書くと、後日かならず作中の美女とそっくりな美女が出現するのである。

 うーん、なんということでしょう。美男子を描く女流作家もこういう不思議を味わっているのでしょうか。

 このほか、この本には長良川の鵜飼いと初恋の人のことが美しく描かれている川端康成の『篝火』、ふるさと蒲郡とそこを訪れた作家たちのこと、師、立原正秋のことなどが書かれており、この作家の作品を好きな私としては、楽しく読み進みました。  よろしければ、どうぞ。

 今日も、小説で読んだようなすてきな方に出会うような、よき日となりますように。 おお、明日から新しい年度に入りますね。

 

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