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2010年4月30日 (金)

『あなたを生かすことば』 2

 この本は八章からなっています。その最初が「おのが日を数えることを」という章です。

 この章に、日野原重明医師のことばが出てきます。その箇所は、このように書かれています。

 日野原先生は内科医として、すでに六千人の方の死に立ち会ってきたそうです。そしてつくづく思うことは、死はその人が考えているより必ず早く来るということだとお話しになったのです。人間の思いより早く来る人生の終わり、時はいつも人間にとって足りないものなのです。

 どきっとしますね。日野原先生のことばの後に。この書ではさらにこんなことも書かれていました。

 中世の修道僧たちは、朝起きると memento mori (汝の死を覚えよ)とあいさつしたそうです。それは死を恐れて、警戒して生きよということではなく、いつか必ず死が訪れる限界のある弱い存在であるにもかかわらず、今日この日を生かされていることを感謝して、今日一日を精一杯生きようと励まし合ったのです。

 これも、どきっとするあいさつのことばですが、絶望ではなく、生かされている喜び、感謝のあいさつなのですね。

 この本の著者がスコットランドの古い聖堂が再建されたところを訪れたときその入り口にこう書かれていたのを忘れることが出来ず、いつも励まされているそうです。

「今日という日は、あなたの残された人生の第一日である」

 今日は、あなたの残りの人生の初めの日 ・・・

 引用が多く、読んでいただきにくかったかも知れませんがお許しください。

 舌足らずながら、この本を早めにご紹介したく思ったのです。

  あなたの残りの人生のスタートである今日という日が、よい日となりますように。 (牧師である兄上、よい本をお貸しいただき、ありがとうございます。)

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2010年4月29日 (木)

『あなたを生かすことば』

0002  『あなたを生かすことば』

 ー 聖書に学ぶ ー

 船本弘毅 著

いのちのことば社

 2006年 9月8日 発行

 著者の船本さんは、1998年から数年間、東京女子大学の学長を務められました。

 東京女子大学を設立したのは、あの新渡戸稲造博士で、建学の志は「生徒の個性を重んじ、知識より見識、学問より人格を尊び、人材より人物を育成することを理念とする」だそうです。

 東京女子大を去られてからも同窓会からの依頼に応えて「聖書に学ぶ会」を春と秋に開かれ、その内容の8回分がこの書になったのだとのことです。

 新渡戸稲造(1862年~1933年)博士は、札幌農学校で学んだ方で、国際連盟の事務局次長を務め、今のユネスコの前身の委員会をアインシュタインやキュリー夫人も招いて発足させた方です。

 先に引用した東京女子大学の建学の志

 知識より 見識

 学問より 人格

 人材より 人物

 という構えにも、大きな魅力を感じます。

  今日はここまでにし、明日からはこの書の内容を紹介させていただきたいと思います。 お楽しみに。

 ゴールデンウイーク ・・・ 何か、計画をおもちでしょうか。

 今日も、よい日となりますように。

 

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2010年4月28日 (水)

わすれな草

Photo_2

 わすれな草を友人からいただきました。

 インターネット上の辞書(ウイキペディア)で調べてみますと次のような記述がありました。一部分を引用させていただきます。

中世ドイツの悲恋伝説に登場する主人公の言葉に因む。

昔、騎士ルドルフは、ドナウ川の岸辺に咲くこの花を、恋人ベルタのために摘もうと岸を降りたが、誤って川の流れに飲まれてしまう。ルドルフは最後の力を尽くして花を岸に投げ、「Vergiss-mein-nicht!((僕を)忘れないで)」という言葉を残して死んだ。残されたベルタはルドルフの墓にその花を供え、彼の最期のことばをこの花の名にした。

  この伝説から、この花の名前は当地ドイツで「フェアギスマインニヒト(Vergissmeinnicht)」と呼ばれ、英名もその直訳の「フォーゲットミーノット(Forget-me-not)」である。日本では、(1905年・明治38年)に植物学者の川上滝弥によって初めて「勿忘草」「忘れな草」と訳された。

  国を越え、時代を越えて、この小さな花と共にその名の由来が語り継がれていくのは、感じさせてくれるものがありますね。

 今日もよい日となりますように。

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2010年4月27日 (火)

郡上路の青空

0002  住んでいる岐阜市ではほぼ葉桜の季節になりました。

 ふるさとの高山に帰省しましたら、満開の桜が迎えてくれました。母校の小学校の桜を見るのは、また、嬉しいものでした。

 せせらぎ街道を走って、夏の郡上踊りで有名な郡上を通りかかると、鯉のぼりが ・・・

  郡上路や 初夏にむかいて 鯉泳ぐ

  このお家は、よく手入れされた花壇が見事で、桃の花にも目をひかれました。ちょうど、作業しておられたご主人に声をおかけし、桃の花も撮らせていただきました。

0005

  すぐ近くで新鮮野菜のお店が開店準備中でした。 ほうれん草が二束で百円と安かったのでそれも含めて少し買い物をしました。  

 明るいご夫婦が経営しておられ、ご主人の「新鮮で、まだ湯気が出ている野菜です」とのジョークには楽しく笑わせていただきました。

  朝夕は冷えることもありますが、日中は23度を越える日も出てきましたからそろそろストーブをしまえそうです。

 会話する 人あたたかし 桃源郷

  今日も よい日となりますように。

 

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2010年4月26日 (月)

『からすのパンやさん』ーその2-

0001   さて、家内が到着してリハーサルをしている内に、いよいよFMわっちの「おっひるだよ~」の時間が近づいてまいりました。

  リハーサルの時には、マイクとの距離は、にぎりこぶし一つ分がいいですよ」と具体的なアドバイスをいただき、そして、緊張で乾きがちになるのどをうるおすために飲み物を用意してくださるなど、細やかな心遣いをしていただきました。(それでも、家内はどきどきしていたそうです。)

  いよいよ本番 ・・・ ゆったりと読ませていただいて、家で練習したときより余裕があるくらいのペースで、どこかのページを読み飛ばすこともなく無事に終了。

  「絵本と子どもと音楽の大好きな」あっこさんとスタッフの方が拍手してくださいました。

 家内は、小さいときから、いつかラジオで朗読したいと願っていたそうで、その念願が思いがけずこのような形で実現し、たいへん喜んでいます。

 余談ですが、家内は幼いときに父親がラジオを修理しているとき大きな真空管がラジオの中にあるのを見かけ、(ラジオの中には何人ものキューピーさんがいて、そのキューピーさんたちがいろいろな声を受け持って話しているのだ)と思い込んでいたそうです。

 めでたくキューピーさんになれてよかった !!

 いろいろお力添えくださったあっこさん、そして多くの方々、本当にありがとうございました。

 今日も、よい日となりますように。

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2010年4月25日 (日)

『からすのパンやさん』

 岐阜市の柳ケ瀬の一角の「あい愛ステーション」 ・・・そこから、月曜日、火曜日、水曜日の正午から60分、FMわっちというラジオ局の「おっひるだよ~」という番組が生放送されています。

http://www.fm-watch.jp/index2.html

  このたび、縁あって、かこさとしさんの絵本『からすのパンやさん』を家内がこの生放送のなかで朗読させていただきました。

 「ラジオで絵本を読むことになったよ」と聞いたとき、はてなはてな はてな と思いました。絵本は、絵があっての絵本で、それを絵の見えないラジオで読むとは、いったいどうなるのだと懸念したのです。 

  それでもと、岐阜市内の絵本屋さんに行って相談にのっていただき、そして、岐阜県立図書館の児童書のコーナーの方にもアドバイスをいただきに行きました。

  そのラジオ番組を担当している「絵本と子どもと音楽の好きなあっこさん」に、研究・練習の成果を聴いていただいて、いよいよ決まったのが『からすのパンやさん』でした。

0002

 『からすのパンやさん』

かこ さとし 1973年9月 1刷 

1978年4月 21刷 偕成社

 我が家の息子たちが幼いときに何度となく読み聞かせていたこの本には、もう思い出がいっぱい詰まっています。それが朗読するときの後押しをしてくれるに違いない ・・・ 取り組んでみると、まさにその通りでした。

  この絵本に登場する風車も折り紙と箸で作って、練習すること、いくたびか ・・・ 放送当日は張り切り、そして絵本と一抹の不安も抱えて家内は出かけていきました。

 さて、朗読はどうなったことでしょう。続きは明日のこのブログに掲載させていただきます。

 今日は、日曜日 ・・・キリスト教会の礼拝にお出かけくだされば、私も嬉しいですが、何よりも神様が喜んでくださいます。 

聖書のことば

  わたし(神)の目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している

   よい日となりますように。

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2010年4月24日 (土)

あたたかい教師たち

  教育の道を志す学生さんたちの志が実現するようにお手伝いするのが今の私の仕事です。私の学生時代は、大学4年生になって、小学校と中学校で、それぞれ4週間ずつ教育実習させていただきました。

 現在は、大学1年生の時から、期間と趣旨にバリエーションはありますが、学校で実習させていただいています。3年生までは必修ですが、4年生は希望者が自分のテーマを持って学校で学ばせていただく「教職インターン」という実習があります。

 受け入れて下さる教育委員会と学校にごあいさつに実習生とうかがいましたら、あたたかく迎えて、こんなことばをかけてくださった方がありました。

 「戸惑うこともあるでしょうが、どの先生も喜んで応援してくださいますよ。採用試験に合格したら、来年度は同僚になって机を並べてくださるかもしれない有望な後輩なのですから」

 緊張していた若者たちの表情がその一言で笑顔になり、はっきりと足取りが力強くなりました。

 本当にありがたい、何よりのエールでした。

 心から感謝申し上げます。教育の道を志す若い人たち、ベストを尽くして励みましょうね。こういう先輩の方々が手をさしのべて待っていてくださるのですから。そして、子どもたちも・・・!!

 今日も、よい日となりますように。

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2010年4月23日 (金)

「山ウド」 その2

0001   左は、ゆず酢をあしらった山ウドです。右はウドの皮のきんぴら・・・バルサミコという私にはなかなか覚えることが出来ない調味料が使ってあるそうです。

 どちらもおいしくいただき、たいへん幸せな思いになりました。 ありがとうございます。

 昨日に引き続いて山ウドの話題でした。

 くださった方のお話によりますと、もう少し収穫を伸ばすと、ぐんと成長し、かさが増えるのだそうですが、そこを欲張らないで、惜しいけれど今、収穫しようという決断が大切なのだそうです。

 その時期を逸すると・・・そうです。よく言われる「ウドの大木」になってしまうのですね。せっかくのおいしい素材が無用の長物に化してしまうのです。

聖書のことば

 すべてのことには 時がある

 今日も、よい日となりますように。  

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2010年4月22日 (木)

山ウドの天ぷら

0002  気象の関係で葉物の野菜が高騰しています。気温や日照時間が野菜の育ちに大きく影響するのですね。

 岐阜市も昨日は23度を越える気温だったのに、今日は朝から雨が降り続き、少し肌寒い日になっています。

 そんなおりにクリスチャンのすてきな先輩ご家族から、緑の山菜、野菜を頂戴しました。

 その中の一つ、「山ウド」の葉を写真のように天ぷらにして、桜塩でいただきました。

  山ウドは、葉も皮も身もおいしくいただけるすてきな存在です。たくさんの労力と時間をかけて採り入れてくださったのでしょう。

 そのお心とともにおいしく味わわせていただきました。 聖書には「受けるよりも与えるほうが幸せである」ということばがあります。それは真理だと思います。そうは思いながらも、いただくのもやはり幸せです。ほんとうにありがとうございました。

 我が家の家庭菜園の主任、今年こそは励まねばと思います。ただ、苗屋さんも、例年より気温が上がってくるのが遅いので、霜に合わないようにもうしばらく時期を見合わせるようにとお客さんにアドバイスしておられるようです。とりあえず、土起こしをして、石灰と肥料を混ぜておきました。暖かい日が続くようになるといいですね。

 今日も、よい日となりますように。

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2010年4月21日 (水)

よいものを贈る

 このブログで、以前にも紹介させていただいた児童の権利条約の根幹の精神となっていることばについて、改めて書かせていただきます。

 「すべての大人は子どもに最善のものを贈る義務を負う」

・・・ すてきなことば、構えですね。

 このことばを、保護者、地域の方々、教師が連携して子どもを守り、育てる共通の足場としてPTAや地域の会合でよく紹介させていただきました。

 20日に、岐阜県音楽療法士をめざす受講生仲間と、練習をしました。5月7日に、あるデイサービスで、お年寄りの方たちに音楽を楽しんでいただこうと計画しているのですが、仲間たちは、とても熱心です。

 子育てや仕事の時間をやりくりして集まる方たち、かなりの時間をかけて通ってくる方もおられます。

 季節感あふれる歌を情緒豊かに歌い上げる仲間たちの声の響きや伴奏力はすばらしいのです。でも、満足しないで検討し合ってさらに磨きをかけて当日を迎えようとしています。

 その練習の輪の中にいて、冒頭にあげたことばを、大人同士にも適用できるのではないかと思いました。

「すべての人は、お互いに最善のものを贈り合う義務を負う」

 私も毎日、練習していますが、もたもたしています。でも、少しでもよい音楽をお届けしようと励み続けようと改めて思いました。

【聖書のことば】

 自分のして欲しいようにあなたの隣人にもしなさい。

 今日も、よい日となりますように。

 

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2010年4月20日 (火)

ピアノとだんご

 ピアノのお話が続きますが、今日は私とピアノのなれそめ(!?)を・・・

 それは、私が小学校に上がる前の年だったと思います。牧師である父親が私に何か話しかけました。

 何かを食べていたので、正直に申しますと、何を言われたのか分かりませんでしたが、とにかくもと「はい」と返事をしました。すると、父は「そんなら、習いに行きなさい」と言ったのです。

 これが、私がピアノに習いに行くきっかけでした。人生というのは、何がきっかけになるか分からないものですね。

 父は、いつか、礼拝で讃美歌の伴奏ができるようになればと考えたのでしょう。キリスト教会の礼拝に来ていた方がピアノ教室を開設されることも遠因だったかもしれません。

 ともかくも、習いに行くことになり、最初のレッスンの時、私はドレミを引くとき一音弾くたびに手全体を高く上げたのを覚えています。先生は、中国でドイツの教師に習われた方でした。スタートの時に、私の手の形(構えではなく、作り)をほめてくださったように思います。

 きっかけは先に書いたようなことでしたが、その割に続いたのは、レッスンの帰りに、いつもではありませんが、団子を買ってもらえたからです。ふるさと高山のみたらし団子は、醤油味 ・・・ 今も名物ですが私の幼い頃は、3本10円でした。

 あまり練習熱心でなかった幼年時代 ・・・ 父が言うように熱心に取り組んでいたら、もっとよかったなあと思うこともありますが、習わせてもらえてよかったと感謝しています。母は、少し離れたピアノ教室まで送ってくれたり、例えば、子守歌を私が練習していると、曲に誘われてうつらうつらとしているように見せてくれたように覚えています。(本当にうつらうつらしていたとしても、それは、保育士として、母として、牧師夫人としての疲れを越えて練習につきあってくれている疲れからであったことでしょう。私の練習の芸術性からか・・・いえいえ)

 両親に、そして根気よく教えてくださったピアノの先生に感謝しています。

 さて、岐阜県音楽療法士の認定前講座の3年目が今日から始まります。二つの施設で実習させていただき、実際にセッションをしてレポートを書き、検討会に臨む年です。励みますね。

 今日も、よい日となりますように。

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2010年4月19日 (月)

その2 『ピアノを弾くということ』

 昨日に続いて、『ピアノを弾くということ』 花岡千春 著 フィルムアート社 2007年6月15日 初版発行の書の「レッスンについて考える」の章から引用・紹介させていただきます。

レッスンを受ける側の問題

 レッスンというものをどう考えて受けるか、ということは大問題です。優れた学生や学習者に限って、その内容は能動的になります。ただ弾いてきて、それを何とかしてくれ、というのでは、レッスンがよくなるはずもありません。

 怒られているうちが花、という言い方があります。手応えのある準備をしてきたら、たとえそれが完全でなくても、教師が夢中になったり、精力を傾けるのは自然な話。ですから、勉強していかないうちに次第に何も言われなくなるのは、ごく当たり前の話です。そしてレッスンを受ける側と先生の関わりはかなり危険な状態になっている、ということなのです。ただし、昨今の学生は、こういう場合自分の不勉強を忘れて、先生に対する不満にすり替えるから始末が悪いともいえるのですが。

 勉強するにあたって、CDを聴くことを禁止する先生もいるようです。それに「他力に頼らず独力で音楽を作り上げるため」という大義名分がついていても、僕は必ずしも賛成できない。単純な音のミスを検証するためにも、スタンダードな解釈を知るためにも、やはり人の演奏を聴いておくという作業は、現代に生きる私たちには必要です。それはなにより、現代人の特権ではないかと思うのです。

 模倣によって独自性が培われないというなら、それほどの模倣が出来るのかと、僕は逆に問いかけたい。演奏の第一歩は模倣です。その模倣の中からこそ、自分の方法を見つけられるとも言えます。「模倣は創造の母」と誰かが言っていました。

 ただ音を並べてきただけの生徒の演奏を前にして、途方に暮れながら考え込む日も、私には時々あります。

  主体的に学び続ける構えをもった学習者は「こんなふうに取り組んできたのですが、いかがでしょうか」・「今、自分で考えていますから、もう少し時間をください」というような構えになると思うのですが、「先生だったら、もっとどんどん教えてくださらなければ困ります」というような、一見熱心そうで実は依頼心のかたまりで、考えることは人まかせというところで安住している場合があるように思います。

 2回にわたってレッスンをする側、受ける側の部分を引用させていただきました。

 著者の花岡千春さんはピアノの独奏会、室内楽、伴奏、放送など、幅広い活動をしておられ、現在は国立音楽大教授だそうです。

 常識、定説と思われていること、あまり深く考えないでそのまま通り過ぎてしまいがちなところに静かに異を唱えて、本当に大切にすべきことを信念を持って丁寧に書き綴っておられるところに心をひかれました。 

 真摯に息の長い取り組みを積み重ねてきた人、優れた資質を誠実に前向きに磨き続けて来た人が、温かく熱心に著述された本だと思います。

 今日も,よい日となりますように。

  

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2010年4月18日 (日)

『ピアノを弾くということ。』 

0002

 『ピアノを弾くということ』 

  花岡千春 著 フィルムアート社  2007年6月15日 初版発行

  副題が ~ ピアニストは八百屋さん ? となっています。見過ごされがちな大切なことが力まずに記されているよい本だと。ピアノだけでなく、広いことに通ずる内容に思えますので、「レッスンについて考える」という章を引用させていただきます。

レッスンについて考える

◇ レッスンで何を伝えるか

 教育というのはある位置にある生徒や学生を、より上に引き上げることではありますが、それぞれの子供たちの気質や素質を考慮したものでなければなりません。それは手心を加えるということでは決してありませんが。

 長いスパンで生徒たちに教え伝える内容とは、テクニックであり、表現の方法であり、自分を磨く方法なのですが、と同時にその生徒が演奏家・音楽家・教育家としてどういう志で生きていかねばならないか、といったことにも意識が向いていなければならないはずです。それとなくピアノに関わることのメッセージを発しながら、彼らの意識の方向をあるべき方向に向けてやることは、僕らのつとめです。これは教える側の話でした。

 教える側は、一つ一つの技術や知識、方法などを伝えるのですが、それとともにどんな人間に育ってほしいかという大局的なところにも目を向けていたいと思います。これは、子育てにも通ずることかもしれません。

 明日は、レッスンを受ける側について書かれたところを紹介させていただきます。

  今日は,日曜日、キリスト教会にお出かけくだされば嬉しいです。

 よい日となりますように。

聖書の言葉

  安息日を覚えて、これを聖とせよ

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2010年4月17日 (土)

名残りの花びら

Photo_2  花冷えが続いたためか、今年の観桜期間は長かったように思います。

  けれど、岐阜市では、名残りを惜しみながら桜の花びらも主役の座を譲りつつあります。

  これから開花を迎えるところは、春の兆しがただよい始めたところでしょうか。

  でも、お菓子の世界では、岐阜市でもまだまだ春が楽しめるのですよ。そう、こんなふうに ・・・ 

Photo_4

  いただき物のようかん ・・・

心も ほんのり 春の色

  ありがとうございました。

 今日も,よい日となりますように。

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2010年4月16日 (金)

こいのぼり

Photo  5月5日には間がありますが、それを待ちきれないように鯉のぼりが泳いでおりました。

  後ろに見える山も初夏の装いにとりかかっているように見えます。

 風は冷たいのですが、あたたかさを感じさせる光景にシャッターを切りました。

 こいのぼりの立ててある家からは元気な子どもの声が響いていました。

 おお、これぞ日本の風景。

 今日もよい日となりますように。

 聖書のことば

  幼な子のようになりなさい

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2010年4月15日 (木)

高山の夜祭り

 私のふるさと、高山の祭りは、日本三大祭りの一つに数えらています。

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 天領だった時代に、飛騨の匠の技をふんだんに生かして作られた屋台は23台 ・・・ 4月14日と15日の春祭りには、このうち12台が美しく装って登場します。

 昼間の屋台も、からくりを披露し、すてきなのですが、夜も、この写真で見ていただくように、情緒豊かな光景となります。

 小雪もちらついたそうですが、まずは、一日目を無事終えたと、写真が送られてきたのでご紹介させていただきます。

 秋は、10月9日、10日に秋祭りが開催されます。

 小京都と呼ばれる高山の祭は みやびの祭り

 もうすぐ行われる飛騨古川の起こし太鼓が登場する勇壮な祭りは、あらびの祭りといわれています。

 機会がありましたら、飛騨路を訪れてくだされば嬉しいです。

聖書のことば

 あなたの父と母を敬え

 母なるふるさと ということばはありますが、父なるふるさと とはあまり耳にしないのが男性としてはさびしい思いがないでもありません。

 ご両親を天に召された方も多いと思いますけれど、生い育ったふるさととご両親の思い出は強く結びついているのではないでしょうか。

 「われらの国籍は天にあり」ということばも聖書に記されています。

 今日も、よい日となりますように。

 

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2010年4月14日 (水)

殻を破る勇気

 小学校、あるいは中学校に勤めていた頃 ・・・・ 給食のパンを独特の食べ方をする子がいました。

  食パンだと、四方の耳の部分を残して、それより中の部分を見事にくりぬいて食べ、コッペパンだと外側を残して、ちょうど山にトンネルを掘ったように中をきれいに食べるのです。

 高い技術力は認めながら、「栄養分は、残したところのほうが豊かだそうだよ」とか、「あなたはこれからの人生をそのように、ちょっと歯ごたえのあるところを避けながら生きていくつもりなのかな」などと声を掛けました。

 たいていは、遊び心でそうしている子たちなので、耳の部分だけになったパンが残滓になることはなかったように思います。

 今も、時々、くりぬかれて外側だけになっているパンをイメージすることがあります。自分は、ひょっとしたらちょっと骨の折れることを避けて、安易な生き方に流れていないだろうか。せっかく、自分が殻を破って一回り大きく成長する機会をみすみす失ってはいないだろうかと自問するときに、パンの姿がイメージとして浮かんでくるのです。

 自分を育てるのは、楽に噛める食材だけでなく、少しばかり、歯ごたえのある食材であるかも ・・・・   給食の献立にも、スルメや炒り豆などが登場しています。

 体も、心も、少し手応えのあることにぶつかる勇気によって育っていくのかも知れません。

 人、それをチャレンジ精神と呼ぶ  ・・・ 今日も、よい日となりますように。

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2010年4月13日 (火)

パストラミ風ハム ・・・ 岐阜友の会の料理講習から

0004   ある日の夕食 ・・・ 豚肉の肩ロースのハムが登場しました。

 実は、このハム、友の会 ・・・羽仁もと子さんが創刊した『婦人之友』の愛読者が集っている会 ・・・の料理講習会で教えていただいた家内の作品です。

 パストラミとは、「牛の赤身肉を塩漬けにして、粒胡椒をまぶし、燻煙したもの」だそうです。豚肉を材料にして作るので、「パストラミ風」と名付けられたのでしょう。

  所要時間は、肉に塩と胡椒をすり込んで冷蔵庫に寝かせる一晩と、翌日、沸騰した鍋で煮る10分ほどと、その後、鍋帽子をかぶせて置いておく1時間ほどだそうです。

0003  友の会には、こうした料理講習やすてきな手作りの作品のバザーなどなどを通して、いろいろなことを家内が学ばせていただいています。この場を借りて感謝申し上げます。

 講習会で丁寧に教えていただき、おかげさまで、たいへんおいしくいただきました。

 以前教えていただいた「巣ごもりたまご」 ・・・ 野菜と一緒に出来上がる目玉焼き ・・・ も、わが家の定番メニューの一つとなっています。  

聖書のことば

 自分のして欲しいようにあなたの隣人にしてあげなさい。

 友の会の方は、聖書のことばを実践しておられるように思います。

 教えていただいておいしく料理をいただけること、改めて、お礼申し上げます。

 今日も、よい日となりますように。

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2010年4月12日 (月)

○○よう大工

0003  右の写真、ちょっとわかりにくいかと思います。実は、背の高い棚をノコギリで切っているところなのです。

 透明人間になったわけではなく、まっすぐに切れていないので、だんだんとノコギリが動かしにくくなり、手を離してもぴたっと制止しているという名人技の記念です。

 この棚は立てて使っていたのですが、最下段の裏板が衰弱してきたのと、あまり背が高いと圧迫感があるということで、リサイクルセンターへ・・・と考えていたのです。

 そこへ家内が、アイデアを出してくれました。

「横にして、押し入れの整理棚に使えないかしら」

 押し入れにはそのままでは入らない高さ(長さ)だとわかりました。すると次の案が出されました。

「合板で切りにくいかも知れないけれど、一番下の段を切り落とせないかしら」

 それで、ずいぶん久しぶりにノコギリの登場となりました。

 切り口は、やや波打っていますが、押し入れの中ですから、まあ、許容範囲としてもらいました。

0004   横にして、ゆとりをもって押し入れの下段におさまりました。

 before は 省略して after の様子のみ掲載させていただきます。

  さて、タイトルの

 ○○よう大工 ・・・

 「にちよう」大工ならぬ「ぶきよう大工」 です。

  聖書のことば

 初めに、神が天と地を創造した。

 聖書の最初のことばです。

  私ができるのは、創造とはほど遠く、せいぜい応用、転用というところです。 創造者である神様はすばらしいですね。

 今日も、よい日となりますように。

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2010年4月11日 (日)

春のランチ

Photo

  ある日のランチにこんなふうに桜の花びらが乗っかっていました。

 梅酢に蕪を漬けて型抜きしたのだそうです。

  記念に写真を撮りました。

Photo_2  こちらは、抹茶羹(まっちゃかん)

キューイフルーツか、バナナをちりばめることもあります。

 私にはこんなふうに作ることはできそうにありませんが、食べることを喜ぶことはできます。

  でも、幾つかの料理を教えてもらって覚えようと思います。ただし、次の言葉も忘れないようにいたします。

聖書の言葉

 人は、パンのみにて生くるにあらず

 明日は、日曜日。キリスト教会へどうぞ。

 よき日となりますように。

 

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2010年4月10日 (土)

クリスマス・ローズ

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  咲くのがクリスマスではなく、バラの花ではないのにその名を「クリスマス・ローズ」 

 そして、うつむいて咲いているので、控え目な印象を与えます。

 二色のクリスマス・ローズが大学のある棟の入り口に、ひっそりとたたずんで迎えてくれます。

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 しばらく前から探していた八木重吉の詩がみつかりました。

 昭和43年に目にとめて、この詩を引用して短い物語を書いたことがあります。その文章が思いがけないところから見つかったという次第です。

 ご紹介させていただきますね。

 八木重吉の詩 (大正13年作)

神は

われにちさきものをあたえたまえるか

さらば むさぼるをやめよ

かくて そのちさきものを

うるわしく まったく生き

真珠のごとく

葉のごとくなして 神をかざらん 

  私は、この詩や、クリスマス・ローズの花からは遠い存在のような気がします。でも、目指しつつ生きたいと思います。

 よき日となりますように。

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2010年4月 9日 (金)

春爛漫

0006  勤務する大学も、いよいよ新学期スタートです。

 キャンパスの桜は満開 ・・・芝生には若人たちが暖かい日ざしのもと、集っていました。

  風もなく、ランチを楽しむ姿も見かけました。

0004

 私と一緒に勤務している同期生が

春休み、お孫さんの居る九州に行って来たと、お土産を ・・・ 葛仕立ての餡がしっとりとしていて美味でした。

  奥さんと交代で運転して九州までを往復 ・・・ お互いに相手が運転するときはしっかりと信頼して休息するからこそ、岐阜からの長距離をドライブできるのでしょう。これは、すばらしいことだと思います。

 う・・・ 二つの写真をつなぐと 花より団子のイメージでしょうか。

 こんなふうにつなぐこともないでしょうか。 とにかく春爛漫、新入生を迎えたキャンパスの活気を楽しみたいと思います。

 今日も、よい日となりますように。

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2010年4月 8日 (木)

ニーバーの祈り

ニーバーの祈り

神よ、

変えることのできるものについて、
それを変えるだけの勇気をわれらに与えたまえ。
変えることのできないものについては、
それを受けいれるだけの冷静さを与えたまえ。
そして、
変えることのできるものと、変えることのできないものとを、
識別する知恵を与えたまえ。

ラインホールド・ニーバー(大木英夫 訳)

   国際宇宙ステーションで、野口さん、山崎さんが顔を合わせました。二人の日本人が同乗するのは初めてのことだと報じられています。

 向井千秋さんに続く日本人女性宇宙飛行士の山崎直子さんは、中学3年生のときにスペースシャトル・チャレンジャー号の爆発事故で亡くなった女性教師の夢を自分が受け継ごうと決心し、教師の資格もとり、厳しい訓練と学びを積み重ねて、志して24年後にその夢を実現した方です。

 自分自身が事故に遭う覚悟はできているが、幼い子どもにも理解してもらうことが大事な課題だと語っておられたこともあります。

 今日の記事の冒頭に引用したニーバーの祈りは、山崎さんを支えたことが山崎さんの書に書かれていると4月7日付けの朝日新聞の天声人語で紹介されていました。結びの「変えることのできるものと、変えることのできないものとを、識別する知恵を与えたまえ。」が紙面の都合でか省略されていましたので、全文を掲げさせていただきました。1943年にキリスト教会の礼拝でニーバーが祈った祈りだそうです。

  山崎直子さんは、すごく意志の強い方だと、ずっと以前に初めて紹介記事を読んだときから思いました。スペースシャトルの爆発事故によって乗組員7名全員が亡くなったので、それまで宇宙飛行士を目指していたけれど断念するという人が居たとしても、無理からぬことだと思います。

 しかし、山崎さんは逆だったのですね。正に願っていた宇宙から子どもたちに授業をしようという夢が実現する直前に事故で亡くなった女性宇宙飛行士の夢を自分が引き継ごうと決心したのですから。

  強い決意を胸に、死をも恐れずに修練を積み重ねて夢を実現する人間のすばらしさを、改めて噛みしめております。

  山崎さん、そして仲間の宇宙飛行士たちが無事に夢を実現し、そして無事に帰還されることを心から願っています。

  今日も、よい日となりますように。

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2010年4月 7日 (水)

山桜

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  散歩コースの一つに、山桜が咲いていました。

 若山牧水の詠んだ有名な短歌

 「うすべにに葉はいちはやく

 萌え出でて

 咲かむとすなり山桜花」

 は、この写真のように花が咲くよりもしばらく前の状態だと思います。

 花冷えの日が続いた後、暑いほどに気温が上がったので、一気に満開となった感じです。

  この歌は、大正11年の3月頃、伊豆半島の湯ケ島温泉に出かけた牧水が山桜に感激して23首詠んだ中の一つだそうです。

  美しく咲いている時期は限られています。その時期に精一杯命を輝かせる花の、何とけなげなことでしょう。

 ところで、最近出会ったできごとから、八木重吉の詩を記憶にある一節から探りたくなってネット検索していましたら、次の文に行き当たりました。

  ◇    ○    □    ☆    □    ○    ◇

 八木重吉の詩は、神様がすぐ身近にいるような、生活感あふれるような描写が感じられます。とても視線がやさしいと思います。詩はまだ十分に読んでおりませんが、八木重吉の「聖書」というエッセイが大変面白かったです。聖書を読んだ時の率直な感想、そのとらえ方の変遷が余すところなく書かれているのですが、最後の方のこんな一節が印象に残っています。

「・・私はこのごろ、聖書の中の一番難しい事を仕ようとは思はなくなってゆきます。かへって一番低い程度の、いちばん小さい事が出来たら、私としては満足だと考へます。前にはさう考へられませんでした。どうせ信じるなら、他の人の出来ない様な、アッと人を云はせるやうな、信仰のしかたをしようとおもってゐました。食卓にかざられた美味をたべなくともいい、台から落ちたぱんくづでも、それを食べて生きられさへしたらいい、私に出来ること-それは小さくても、卑しくても私にとっては絶対のことです。本当に、一人でも多くこのよい本を読んでくださいと願はれます。聖書を読んでくださいと云ふこと以外に私の深い心も感想もありません。」

台から落ちたぱんくづでも、それを食べて生きられさへしたらいい、私はこの言葉が好きです。

http://cand.jp/?m=pcpublic&a=page_fh_diary&target_c_diary_id=21165

     ◇    ○    □    ☆    □    ○    ◇

  ちょっと勝手な展開で申し訳ありませんが、上のブログを紹介させていただいて、今日の記事とさせていただきます。 よい日となりますように。

 

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2010年4月 6日 (火)

情が移る

  ここ数年間愛用してきたノートパソコンの電源スイッチがめり込むと申しますか、本来の位置からずれると申しますか、とにかく使い始めるときにちょっとしたスリルを味わわせてくれるようになりました。

 デスクトップという、机の上に据え置くタイプは健在なので、すぐには困らないのですが、やはり、まだ寒い日もあるので、ノートパソコンをコタツの上に持ってきて使うのが、暖かくて快適です。ある人は、そうした用い方を「コタツトップ」などと呼んでおりました。

 ちなみに、デスクトップは、シャープの薄型テレビにつないで、テレビとパソコン画面とを切り替えて使うことができるようにしてあります。20インチですが、なかなか綺麗な画面で、エコポイントを差し引くと4万円台の買い物でした。これが、画面に仕事とテレビ番組と共存できるパソコンだと、多分、仕事が進まなくなって、野球などを見てしまう弱さが私にはしっかりとあります。いえ、自慢しているわけではありませぬ。

 内心、電源スイッチがいよいよ言うことを聞かなくなったら、ウインドウズ7の入った最新型に ・・・ と虫のよいことを考えないでもないのですが、長年使ってくると、情が湧いて、けなげな奴よのう、という感もあります。

 それと、先日、ある大型家具店に行きましたら、システムキッチン19万円台、工事費同じくらいというお買い得(らしい)商品が展示されていて、ちょっと小柄で手狭なわが家のキッチンシンクなどの改修をすることが大事かなとという思いも湧いてきまして、それがパソコンの買い換えの歯止めになる機運もあります。

 事業仕分け ・・・ いえ、そんな大それたものではありませんが、必要なこと、それほど必要でないことなどをしっかりと優先順位をつけて、考慮したいと思います。

 どういうことになっても、愛機であるノートパソコンには、ほほえんで起動し続けてほしいと願っています。

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今日も、よい日となりますように。

 写真は、イースター礼拝を彩ってくれた花たちです。

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2010年4月 5日 (月)

復活祭(イースター)の教会

0003  キリスト教会のお祝いする日として、イエス・キリストの誕生を祝うクリスマスと、十字架につけられて葬られたイエス・キリストの復活を喜ぶ復活祭(イースター)があります。

  クリスマスは、12月25日と決まっていますが、復活祭は、こういう決められ方をしています。

  立春後の最初の満月の後の最初の日曜日 ・・・ それで毎年、日付が異なります。 今年は、4月4日でした。

 私のお世話になっている教会では、近くの桜がご覧のように満開で、すてきな景観となりました。

  ある牧師さんのイースター礼拝のメッセージを、引用させていただきましたので、よろしければ、「続きを読む」をクリックなさってください。

 今日も、よい日となりますように。

続きを読む "復活祭(イースター)の教会"

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2010年4月 4日 (日)

桜ばな いのち一ぱいに咲くからに 

生命

いのち

をかけてわが眺めたり 

                        岡本かの子

 岡本太郎のお母さんの短歌です。 この気魄、気概、すごいですね。

 友人からこの歌を教えていただいたのですが、団子のついでに花を見ているような私も背筋が伸びる思いでした。

  今日は、キリスト教会では復活祭(イースター)の礼拝が行われます。 聖書を真剣に読みたいと思います。桜ばなに真剣に向かうかの子さんを見倣って。

 よき日となりますように。

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2010年4月 3日 (土)

宇宙に行って来た桜の種

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  皆さんの住んでおられるところも桜が開花しているでしょうか。

 岐阜市の大洞に、「中将姫誓願桜」という山桜の変種があり、たくさんの人が訪れています。

 花弁が20から30ほどあり、珍しいということで、国の天然記念物に指定されています。

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 種がなかなか発芽しないようで、宇宙ステーションで4千回ほど地球を回ってきた種の発芽が期待されています。

  この桜のすぐそばに「せいがん」というお店があり、団子、そしておそばが評判です。

 もし、機会がありましたら、花も団子も愛でてくださればと思います。

「せいがん」のホームページは下のとおりです。

http://plaza.rakuten.co.jp/628194194/diary/201004010000/

 明日は日曜日、よい日となりますように。

 キリスト教会では、復活祭の礼拝が開かれます。

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2010年4月 2日 (金)

新しいスタートの時期

 学校では新年度が始まり、始業式、入学式の準備が始まっていることでしょう。

 この4月から教壇に立つフレッシュマンたちの何人かが、3月末に配属先の学校が決まったと挨拶に来てくれました。

 彼らには、新しい生活への不安もあるようですが、何といっても意欲と向上心に満ち、そして生徒・児童たちと年齢が近いのが大きな魅力です。

 入学する子どもたちは特に新しい生活への期待が大きいと思いますが、進級する子どもたちも、新しい学年での初めての一日一日を刻んでいくことになるわけです。

 赤毛のアンは申しました。

 明日という日、まだ一つの失敗もない日が来るというのはなんとすてきなことでしょう。

 そして、失敗から生まれた大発見、大発明もたくさんあります。

 新たなカレンダーにすてきな足跡が刻まれますように。

 よい日、よい年度となることを願いつつ。

聖書 イザヤ 49章16節

見よ。わたし(神)は 手のひらに あなたを刻んだ。 

詩 「足跡」  マーガレット・F・バワーズ

ある夜、彼は夢を見た。それは主とともに海岸を歩いている
夢だった。その時彼の人生が走馬灯のように空を横切った。
その場面場面で彼は砂浜に二組の足跡があることに気がついた。ひとつは主のもの、そしてもうひとつは自分のものであった。

そして最後のシーンが現れた時、彼は砂浜の足跡を振り返って見た。すると彼が歩んできた今までの道の多くの時に、たったひとつの足跡しかないことに気がついた。そしてそれはまた彼の人生で最も困難で悲しみに打ちひしがれているときのものであることに気づかされた。

彼はこのことでひどく悩み、主に尋ねた。「主よ、かつて私があなたに従うと決心した時、あなたはどんな時も私とともに歩んでくださると約束されたではありませんか。でも私の人生で最も苦しかった時、ひとつの足跡しかありません。私が最もあなたを必要としていた時、どうしてあなたは私を置き去りにされたのですか?私には理解できません。」

主は答えられた。「私の高価で尊い子よ、私はあなたを愛している。決して見捨てたりはしない。あなたが試練や苦しみの中にあった時、たった一組しか足跡がなかったのは私があなたを携え歩いていたからです。」

 

 

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2010年4月 1日 (木)

「ほめることの大事」 宮城谷昌光

 昨日ふれた『春秋の色』(宮城谷昌光)に「ほめることの大事」という2ページの文章があります。

 宮城谷さんは、長いあいだ小さな塾をひらいていたことがあり、子どもの教育について、ずいぶん悩んだことがあったのだそうです。

 心に残った章ですので、後半を紹介させていただきます。

 人は、尊敬したり好きであったりする人から、良いことをいわれると、それにむくいようとする気がはたらく。もっといえば、その人を喜ばせようとする。逆に、そういう人から批判されたりすると、ショックが大きい。したがって、親が子どもを批判することは、子どもの性格を最大に破壊する行為であるともいわれる。批判についての弊害は、家庭内の問題だけにおわらず、組織の内部においてもあてはまり、つまり、批判社会では人材は育たないというところにいきつく。

 人をけなすより、人をほめることが、いかにむずかしく力が要ることか。それをわかる人はすくないが、実行する人はなおさらすくない。

 新しい年度の最初の日 ・・・ 今年度も母校である大学の教育学部で教育の道を志す若人たちと歩むことができる幸せと責任を日々感じつつ、歩んでまいりたいと思います。

 皆様にも、よき日、そしてよき年度となりますように。

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