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2010年5月15日 (土)

温故知新 ・・・ すぐれた為政者

 通勤時のラジオから「歴女」ということばが聞こえました。それまで、単に年号などに詳しい歴史についての物知りの女性を指すのだろうと思っていましたが、たしか、こんな説明がされました。

 「歴史上の武将の熱心なフアンとなっている女性」 ・・・ うーむ、そうなのか、単に歴史を客観的な知識の対象としているだけではないのか、と思いました。

  坂本龍馬は武将ではないのですが、幅を広げれば歴女の関心のまとになる要素を備えているといえそうですね。対象となる相手は現代にはいないのですから、アイドルの追っかけとは一線を画しているわけですけれど。

 今読んでいる本に、すばらしい政治の参謀となった人物が書かれています。四代将軍徳川家綱を後見し、自らの所領、会津藩を徳をもって治めた保科正之です。

 家綱は、三大美事(さんだいびじ)と特筆される改革をしたとのことです。

◇ 跡継ぎのないまま大名が亡くなるとその家を断絶していた のを、末期養子の規制を緩め、浪人が発生するのを抑えたこと

◇ 殉死を、非人道的なこととして禁止したこと

◇ 大名の妻子を江戸にとどめて人質の役割をさせていたのを廃止したこと

 この改革を家綱を後見しながら行ったのが保科正之で、何と彼は所領の会津藩では、90歳以上に達した者に、身分に関係なく養老扶持米を終生与える制度を設け、口減らしのための子どもの間引きを禁じ、病んだ旅人への救済制度も設けて実行したのだそうです。

 他にも、江戸が攻められやすくなるという理由で隅田川に橋を架けることが禁じられていたのを、明暦の大火のときに橋がないために多くの人命が失われたことを挙げて、両国橋を架けたこと、火事で焼けた江戸城の天守閣の復興は民が立ち直るまで見合わせるようにしたこと(結局、天守閣は復興されなかった)、幕府の所蔵していた16万両をすべて復興のためにあてたことなど、保科正之の徳のある政治、先進性には驚きました。

 彼は、二代将軍秀忠の四男にあたり、家光とは異母兄弟とのことですが、それを伏せて家臣として仕えていた身の処し方にも心を打たれます。優れた著作も多いそうです。「歴男」になるつもりはありませんが、保科正之の志の高さには驚き、魅せっられています。

 明日は、日曜日、キリスト教会の礼拝に出席してくださると、神様が喜んでくださいます。  今日もよい日となりますように。

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