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2010年6月11日 (金)

過不足なく表現し、伝える力

 以前は、「沈黙は金、雄弁は銀」といわれましたが、今は、表現力・伝える力の育成が強調されています。

 黙っていて、この相手なら分かってくれるはずというのは、すばらしい信頼感、究極のよき関係と思えますが、思わぬ行き違い、誤解のもとにもなる現代社会です。

 ただし、考えている以上のことがことばにできてしまうのも、あぶなっかしい面があると思います。

 そのあぶなっかしさは、たとえば分子のほうが分母よりも大きな分数 ・・・ 仮分数のような構造を連想させます。 いえ、数学の得意な方はそうではないのでしょうが、算数はともかく、数学はあまり得意とはいえない私は、仮分数をみると生理的に危うさを感じてしまうのです。

 ルソーは、その著『エーミール』のなかで、フランスの農民の精神がおおむね健全なのは、思っている以上のことをことばにすることがあまりないからであるという意味のことを語っています。

 私が、「仮分数よりも、分母が分子より大きい真分数のほうに安定感を感ずることはルソーの語っていることと通ずるのではないか」というと、ルソーは、勝手に引き合いに出さないでくれというかもしれません.あなたは、どうお思いになりますか。

 過不足なく、表現し、伝える力 ・・・ 仮分数にならず、真分数の表現力・・・ 思っていることを、大風呂敷を広げず、さりとて卑屈にもならず、伝わるように表現する力 ・・・ そういう力を自分にも、そしてこどもたちにも育てていきたいと思います。

 ダムに豊かに貯水すれば、水門を開いたときに水が勢いよく走り出すように、人も、内なる力を養えば、必要な時には迫力・説得力を備えた表現がほとばしり出るのではないでしょうか。そうばかりとは言えないかも知れませんが ・・・。

 言葉のかずは少なくとも、ちょうど動きは少なく的確に剣を振るう剣豪のような言葉の遣い手になれたら ・・・そんなことを書いてみたくなった今日です。

 むむっ、過不足なくどころか、ちっとも伝わってこないと思いますか。 おお、あなたの感想は剣豪のように的確な一撃です。恐れ入りました。

 でも、明日はまた、性懲りもなくブログを書かせていただくであろう私なのでありましょう。 おゆるしくださいますように。

 さて、今日も、寛容でよき日となりますように。

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