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2010年7月27日 (火)

ムーミンパパの「手帖」

0006  ムーミンパパの「手帖」

東 宏治(あずま こうじ)著

青土社 2006年 12月30日 第一刷 発行

 「ムーミンパパのシルエット」というブログでこういう題名の本について書くと、ややこしいかと思いますが、ご了承ください。

 この本の著者は、トーベ・ヤンソンのムーミン・シリーズ 全8冊の新旧版、そしてその他のムーミンもの3冊、ヤンソンの自伝的作品2冊、ムーミン・シリーズ以後の著作8冊を、愛情を持って熟読してこの本を書いておられます。

 ムーミンパパの「手帖」には、「トーベ・ヤンソンとムーミンの世界」という副題がついていますが、とても勉強になりました。

 悪意など存在しないようなムーミンの世界と私など思っていたのですが、純情な少年に、自己充実しているミムラ姉さん(彼女は自分のことをこう言っています・・・「わたしミムラに生まれて本当によかったわ。あたまの天辺から足の爪先まで、とてもいい気持ちだもの」 )は、こんな話をして聞かせます。 少し長くなりますが、その部分を紹介させていただきます。

ミムラ: ムーミン谷には「怒りの森」というのがあって、ムーミンのうちの人たちは、憂うつなとき、腹の立つとき、ひとりになってせいせいしたいときには、裏へいったわ

 純情な少年、ホムサはそれに対して言い返します。「嘘っぱちだ、そんなこと。ムーミンたちは怒ったことなんてないんだ」

 ミムラ「言っときますけどね、ムーミンパパだってムーミンママだって,ムーミントロールだって,お互いの顔を見るのもいやになることがちょいちょいあるんですからね」

 ・・・ ホムサには、とりわけ彼がひそかに憧れているやさしいムーミンママが、腹を立てたり、人に憎しみを抱いたり、悲しみに浸ったりすることが信じられないのだ ・・・ しかし、何日か経って、たまたまホムサが裏山の「怒りの谷」に迷いこんだとき、彼はこの森の持つちからに触れるとともに、こうした森の必要性と、そうした空間を必要とする人間性とを理解するのである。

 そうだ、ムーミンママは,くたびれたり、腹が立ったり、がっかりしたり、ひとりになりたいときは、あてもなく、果てしもなくうす暗いこの森の中を歩きまわって、しょんぼりした気持ちをかみしめていたんだ・・・。ホムサには、まるっきりいままでと違ったママが見えました。すると、それがいかにもママらしく、自然に思えました。ホムサはふと、ママはなぜ悲しくなったのだろう、慰めてあげるにはどうしたらいいのだろう、と思いました。

 著者,東さんはムーミンシリーズの中から上記の引用をした後、続けてこう書いています。  最後の部分を読むと、ムーミンの物語は、少年少女たちの成長の物語でもあることがよくわかるだろう。

 うーん、体形にどこか通うところがあるというだけで、ムーミンパパの愛称をいただいているだけでは申し訳ない気がしてきました。

 この夏、ムーミンシリーズ8冊の何冊かは読むことにいたします。

 今日も、よい日となりますように。

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コメント

ムーミンパパ さま
「何冊かは」と、おっしゃるところが正直ですネ!
できるだけ沢山読破されて、いろいろ教えてくださいませ。

※ ムーミンパパより
  コメントをありがとうございます。
  そうですね、せっかくムーミンパパの愛称をいただいているのですから、ムーミン・シリーズは読み切るのがいいと思いますから努めます。ただ、材木屋と申しますか(木 ・・気が多いの洒落です、すみません)、今日はムーミン、昨日は歴史小説、明日は、音楽関係 などなどと渡り歩いているものですから、あまりあてになさらないでくださいまし・・・。
 暑い日が続いています。どうぞおすこやかでお歩みくださいますように。

投稿: スマイル ママ | 2010年7月28日 (水) 11時36分

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