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2010年9月16日 (木)

幸せの年輪

0002  バウムクーヘン ・・・ 幸せの年輪 ・・・ 結婚式のレセプションでいただきました。

 おいしいお菓子をいただいたから、言うわけではありませんが、新しく誕生したクリスチャンホームが幸せの年輪を積み重ねていくことができますように。

 上弦の月を見ようと思っていたのですが、雨の音がしきりにしています。 涼しくすごしやすい夜になりました。

 ただ、明日、体育大会を予定している学校が多いのです。・・・でも、それはそれできっと道が開けることと思います。

 暑い日が続く中での開催よりは、よい面もあることでしょう。

 年輪 ・・・ 晴れの日、照る日、曇る日、雨の日もあって刻まれていくのですね。

 大きな時の積み重ねに目を向けて歩んでまいりましょう。

星野富弘さんの詩

冬があり、夏があり
昼があり 夜があり
晴れた日と雨の日があって
ひとつの花が咲くように
悲しみも苦しみもあって
私が私になってゆく

「デンドロビューム/不自由」

動けないことなんか
たいしたことではない。

ただ 嬉しくて嬉しくて
どうしようもない時にも
じっとしているのが
何としても 不自由だ

「ポピー」

花と咲く日は 今日一日限り
今日は 雨が降るかも知れなかった
大風かも知れなかった

「サンガイグサ/別れ」

あなたが最期にみた季節が また巡って来ました
あれから私は幽霊というものが
いてもいいと思うようになりました。

できることなら あなたに幽霊になってもらってでも
もう一度 逢いたいのです

父ちゃん
気づくのが少し遅かったけれど 分かりました
詫びることも お礼を言うことも出来なくなる
別れがあるということを

「春蘭/愛されている」

どんな時にも 神様に愛されている
そう 思っている
手を伸ばせば届くところ
呼べば聞こえるところ
眠れない夜は 枕の中に
あなたがいる

「アルストロメリア/美しい今」

暗く長い 土の中の時代があった
命がけで芽生えた時もあった
しかし 草はそういった昔を
ひとことも語らず
もっとも美しい今だけを 見せている

「つるバラ/当てはずれ」

あなたは 私が考えていたような方ではなかった
あなたは 私が想っていたほうからは来なかった
私が 願ったようにはしてくれなかった

しかし あなたは
私が望んだ 何倍ものことをしてくださっていた

「矢車草」

矢車草を描いたら 母がとても喜んだ
そういえば 昔父が 照れくさそうに
言ったことがあったっけ
「かあちゃんは 矢車草が好きなんだぃなぁ」

「大文字草」

怒鳴れば唾が顔に降り
涙は 髪を濡らしたが
笑うと お日様が喉に転がり込んだ
大の字になって臥て 二十数年
いつからか地球を背負っているような
大空と立ち話しているような
心の中にも 大の字が生まれて

「のばら」

この道は 茨の道
しかし 茨にも ほのかに香る花が咲く

あの花が好きだから
この道を ゆこう

「みぞそば/指」

造られたもので
目的のないものはないという
価値のないものもないという
動かない指を見ながら
今日は そのことを思っていた

「びわ/冬の枝」

雨を信じ 風を信じ
暑さを信じ 寒さを信じ
楽しみを信じ 苦しみを信じ
明日を信じる

信じれば雨は恵み
風は歌
信じれば冬の枝にも花ひらく

今日も、よき日となりますように。

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