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2010年9月24日 (金)

秋の散歩道

0047   すごしやすい日になって、山道を散歩いたしました。

  敷き詰められたような感じの落ち葉 ・・・ なかなかいいものです。

  夕空を眺め、帰宅して夕食後に月を愛で・・・本を読んでも、よく頭に入るような・・・それが錯覚ということも正直、あるのですけれどいい季節になりましたね。

  あなたも、どうぞ暑い日々に蓄積された疲れから解放され、すこやかにおすごしくださいますように。

  この散歩道を、聖書に出てくるエマオの途(みち)と、名付けて楽しんでおります。

  今日も、よき道を歩むすてきな日となりますように。

※ 「エマオ途上」という名画も描かれている聖書の箇所を添えさせていただきます。よろしければ、お読みください。最初のイースターの日の出来事です。

聖書のことば  ルカによる福音書24章から

24:13 この同じ日曜日のことです。 二人の弟子が、エルサレムから十一キロほど離れたエマオという村へ急いでいました。
24:14 二人が道々話し合っていたことは、イエスの死のことでした。
24:15 そこへ突然、当のイエスが近づき、彼らと連れ立って歩き始めました。
24:16 しかし二人には、イエスだとはわかりません。 神がそうなさったのです。
24:17 イエスがお尋ねになりました。 「何やら熱心にお話しのようですね。 いったい何が、そんなに問題なのですか。」すると二人は、急に顔をくもらせ、思わず足を止めました。
24:18 クレオパというほうの弟子が、あきれたように、「エルサレムにいながら、先週起こった、あんな恐ろしい出来事を知らないなんて……、そんな人は、あなたぐらいのものでしょう」と言いました。
24:19 「そうですか。 で、どんなことでしょうか?」 / 「ナザレ出身のイエス様のことをご存じないのですか。 この方は、信じられないような奇蹟を幾つもなさった預言者で、すばらしい教師でもあられたんですよ。 そんなわけで、神様からも人からも、重んじられていたんですが、
24:20 祭司長や他の宗教的指導者たちは、理不尽にもこの方をつかまえて、ローマ政府に引き渡し、なんと、十字架につけてしまったんですよ。
24:21 -23私たちは、この方こそ栄光に輝くメシヤで、イスラエルを救うために来られたに違いない、とまあ、こんなふうに考えていたんですがね……。 ところが、話はそれで終わらないんですよ。 弟子仲間の婦人たちが、なんとも奇妙なことを言いだしたんです。 その処刑があった日から、今日で三日目になるんですがね、今朝がた早く、その婦人たちが墓へ行ったところ、イエス様のお体は影も形もないと言うじゃありませんか。 しかもその場に御使いが現われて、イエス様は生きておられると語ったとか何とか……。
24:24 その話を聞いて、仲間のある者たちが墓へ駆けつけて確認したのですがね、彼らも口をそろえて、墓は空っぽだったと証言してるんですよ。」
24:25 「ああ、どうしてそんなに、ものわかりが悪いのですか。 預言者たちが聖書(旧約)に書いていることを信じられないのですか。
24:26 キリストは、栄光の時を迎える前に、必ずこのような苦しみを受けるはずだと、預言者たちは、はっきり予告したではありませんか。」
24:27 それからイエスは、創世記から始めて、聖書(旧約)全体にわたって次から次へと預言者のことばを引用しては、救い主についての教えを説き明かしました。
24:28 そうこうするうち、そろそろエマオに近づきましたが、イエスは、まだ旅を続ける様子です。
24:29 二人は、じきに暗くなるから、今晩はここで、いっしょに泊まってくださいと熱心に頼みました。 それで、イエスもいっしょに家に入りました。
24:30 一同が食卓に着くと、イエスはパンを取り、神に祝福を祈り求め、ちぎって、二人に渡しました。
24:31 その瞬間、二人の目が開かれ、その人がイエスだとわかりました。と同時に、イエスの姿はかき消すように見えなくなりました。
24:32 二人はあっけにとられながらも、「そう言えば、あの方が歩きながら語りかけてくださった時も、聖書のことばを説明してくださった時も、不思議なほど心が燃えたなあ」と言い合いました。
24:33 -34そして、すぐエルサレムへ取って返しました。 戻ってみると、十一人の弟子たちやほかの弟子たちが迎え、「主は、ほんとうに復活されたんだよ。 ペテロがお会いしたんだからまちがいない」と話すではありませんか。
24:35 そこで二人も、エマオへ行く途中イエスと出会ったことや、パンをちぎられた時に、はっきりイエスだとわかったことなどを事細かに話しました。

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