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2010年10月 6日 (水)

八木重吉の詩たち

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 秋 ・・・ とりわけこの季節には八木重吉の詩を味わいたくなります。 いえ、どうしてということも ないのですけれど。

 八木重吉の詩を四編、引用させていただきます。

  ◇  ○  ☆  □  ※  □  ☆  ○  ◇

 こころよ

 では いっておいで

 しかし

また もどっておいでね

やっぱり

ここがいいのだに

こころよ

                                                            では 行っておいで

◇  ○  ☆  □  ※  □  ☆  ○  ◇

 森はひとつのしずけさをもつ

 いちどそのしずけさにうたれたものは

 よく森のちかくをさまようている

◇  ○  ☆  □  ※  □  ☆  ○  ◇

ひとつのものにこころおどる日は

すべてのものはかがやいてみえる

ひとつのものにぜつぼうする日は

すべてのひかりはきえて灰をみるようだ

◇  ○  ☆  □  ※  □  ☆  ○  ◇

わたしもわるいから

ひとをゆるすのではなかった

なにのゆえでもない

ただゆるせばいい

  許しうるものを許す

  それだけならどこに神の力が要るか

  人間に許しがたきを許す

  そこから先きは神のためだと知らぬか

◇  ○  ☆  □  ※  □  ☆  ○  ◇

  コメントは 私などが何かを書かないでも、詩自身が語っていますから省かせていただきます。

  八木重吉の詩集は彌生書房からほとんどの作品を収録したものが出版されていますが、今回は、友人からいただいた美しい絵の添えられた『こころよ いっておいで』 いのちのことば社 フォレストブックスを参照させていただきました。

  東京の町田市の生家に、八木重吉記念館があり、甥の八木藤雄氏が管理しておられるそうです。私たち夫婦の大切な友人は、その八木藤雄さんのサインをいただいたこの本を贈ってくださったのでした。ありがとうございました。 ・・・ おそらく、そのようにして素敵な本を贈ってくださったことをご自分の記憶にとどめないで歩んでおられる友人なのです。今、手術後の痛みをこらえながら、神様の前に誠実に歩んでおられます。どうぞ、お大事になさってください。

 今日も、よい日となりますように。

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コメント

無駄な興味かなと思いつつ、ガンジーを暗殺した人はどうなったのかしらと、調べていますがゆきあたりません。
もしご存知ならお教えください。
(何かをインストールしたら、平仮名打ちができなくなり、やむなくローマ字打ちで書いているkeiより

※ ムーミンパパより
  ガンジーの暗殺者の名前や、暗殺された場所が博物館になっていることまでは分かりましたが、暗殺者のその後については書かれたものに行き当たっていません。

  ガンジーは国葬されたそうですから、国葬に値する人物を射殺した人に対する裁判の判決は、と考えると推測は成り立ちそうです。知ろうとしておられるのは、ガンジーが自らを撃った人をゆるすというサインを示して亡くなったことを、当の犯人がどう受け止めてその後を生きたのかということでしょうね。
 イエス・キリストの裁判の時に、入れ替わるように釈放されたバラバという人物のその後について書かれたKeiさんを思い出します。

  キーボードの平仮名入力ととローマ字入力 ・・・ 来年度から全面実施される小学校の新学習指導要領では、4年生で学習していたローマ字の指導を3年生で行うようになっています。その背景には、情報機器になじませる年齢を早くするという配慮・意図があるようです。いろいろな考え方はありましょうけれど。

 今日も、よい日となりますように。

投稿: kei | 2010年10月 9日 (土) 02時05分

今夜 この{許しがたきを ゆるす}の詩に出会えて
驚いています。
ガンジーが暗殺される瞬間に 額に手をあてたのは、「あなたを許します」との意志をあらわしたものだと読んだ直後だったからです。uuuum,私だったら恐怖と怒りのまっただ中で、この世を旅立たねばなるまい・・・
咄嗟の時にも 許しがたき人を「ゆるせる」人とは、どんなに研鑽を積んで来た方なのでしょうか!
どの人も そんな域に達するまで 人生の道のりを与えられるものでしょうか?
神のためと捧げられる域に達する前に暗殺者がきてしまいそうです。

※ ムーミンパパより
 コメント、ありがとうございます。
 災害、事故、突然の病、暗殺者、 ・・・ 思わぬ時に私たちのこの世の人生は終わりを迎えるかもしれません。
待ったなし ・・・ ううむ、厳しいですね。

 イエス・キリストは、十字架にかけられた想像を絶する苦しみといたみの中から「父(神)よ この人たちをおゆるしください。自分のしていることが分からないのですから」ととりなしの祈りを捧げられました。
 研鑽という面もあるかもしれませんが、「愛」がいっぱいの容器はいかなるときに損なわれても、愛がにじみ出てくるということではないではないでしょうか。

 聖書 人にはできないことが、神には出来るのです。
 ・・・ 全面的に神様を信ずる信仰を神様が養ってくださるように祈りつつ歩んでまいりたいと思います。いつ、この世での生を終えてもよいように。 といいながら、せめて味覚の秋をもう少し楽しませていただいてから とお願いしたい私です・・・ 
 

投稿: kei | 2010年10月 8日 (金) 02時02分

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