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2010年10月23日 (土)

日野原重明医師の考える音楽療法士

  3年がかりで学んできた岐阜県音楽療法士への学びが、九つのレポートを書き上げる段階に入りました。

  私は、音楽時間パートナーというようなイメージを「音楽療法士」という言葉の中身として描いています。それはそれとして、日野原医師はどのように考えておられるかを調べてみました。

 『音楽の癒しのちから』(日野原重明 著 春秋社 1996年12月15日 初版第一刷 発行)から、何箇所かを挙げさせていただきます。 

◇ 音楽療法士 音楽の手立てを持って、癒しの技に参与したいと決心し た人。音楽をメディアにして、人間がよりよく生きられるように使う人。

□  愛を持って患者に触れるときに、それを通して愛の心が相手に浸透して、音楽の中に丸められていく、そういう音楽に携わる人をfunctional musician と呼ぶ。

☆「演奏したり鑑賞したりして音楽の純粋な世界で仕事をする人がレベル高く教育する音楽教育がある一方で、もうひとつ、それを使って人間のために生かすことが上手である人、器楽演奏のテクニックはそれほど高くなくても、患者との間に自分の全人格をもって触れる、愛を持って触れることができる人を育成する音楽教育があるべきだと私は思います。」

 うーむ、学識が広く、理念も深いですね。

 「愛を持って触れる」というところから、「愛の章」と呼ばれている聖書の箇所を思い浮かべました。少し長くなりますが、意訳も含めて親しみやすく書かれているリビングバイブルから引用させていただきます。第一コリント 13章です。

13:1 たとい私に、異言(今まで知らなかったことば)で話す才能があり、また、天と地のあらゆることばを話すことができても、人を愛していなければ、ただの騒音にすぎません。
13:2 同様に、預言をする才能があり、将来の出来事を予知し、あらゆることに通じていても、人を愛さないなら、何の役に立つでしょう。 また、山を動かすほどの強い信仰を持っていても、愛がないなら、私には何の値打もないのです。
13:3 そして、自分の財産を全部、貧しい人たちに分け与えても、また、良い知らせを宣べ伝えるために火あぶりの刑に甘んじても、愛がなければ、何の値打もありません。
13:4 愛はきわめて忍耐強く、親切です。 愛は決してねたみません。 また、決して自慢せず、高慢になりません。
13:5 決して思い上がらず、自分の利益を求めず、無礼なふるまいをしません。 愛は自分のやり方を押し通そうとはしません。 また、いらいらせず、腹を立てません。 人に恨みをいだかず、人から悪いことをされても、気にしません。

13:6 決して不正を喜ばず、真理が勝つ時は、いつも喜びます。
13:7 だれかを愛する人は、どんな犠牲をはらっても、誠実であろうとするでしょう。 また、いつもその人を信じ、その人に最善を期待し、いのちがけで、その人を守り抜くでしょう。
13:8 神様からいただいた特別の賜物や力は、いつかは尽きるものです。 しかし、愛は永遠に続きます。 預言すること、人の知らないことばで語ること、特別な知識などの賜物は、やがて消え去ります。
13:9 たとい、特別な才能が与えられていても、いま私たちの知っていることは、ほんの一部にすぎません。 また、最高の才能に恵まれた人の説教でも、貧弱なものです。

13:10 しかし、私たちが完全無欠な存在とされる時、これら不完全な賜物は不要になり、消え去ってしまうのです。
13:11 それは、こんなことから説明できるでしょう。 子供の時の私は、子供のように話し、子供のように考え、子供のように判断していました。 しかし、大人になると、考え方も成長して、子供時代とは違い、今では子供っぽいこととは縁を切りました。
13:12 同様に、今の私たちの神様に対する知識や理解は、そまつな鏡にぼんやり映る姿のようなものです。 しかし、やがていつかは、面と向かって、神様の完全な姿を見るのです。 いま私が知っていることはみな、おぼろげで、ぼんやりしています。 しかしその時には、いま神様が私の心を見通しておられるのと同様、すべてが、はっきりわかるでしょう。
13:13 いつまでも残るものが三つあります。 信仰と希望と愛です。 その中で一番すぐれたものは愛です。 

 ・・・ここに書かれている「愛」を自分の名に置き換えて声に出して読んでご覧なさい、きっと自分が愛からいかに遠い存在であることが感じられて読むに耐えられなくなります。私もそうです。けれど、たった一人、「愛」と置き換えて読んでピッタリの方がおられます。「イエス・キリスト」がそのかたです。・・・ そのようにメッセージで語られた牧師がおられました。

  音楽療法だけでなく、すべてのことを愛を込めて為しつつ生きることができたらどんなに幸いなことでしょうか。

 今日も、少しでもそうした命の一日とすることができますように。

 明日は、日曜日。 キリスト教会の礼拝に出席されますように。

聖書のことば  

 わたし(神様)の目には、あなたは高価で貴い。わたしは、 あなたを愛している。

 神様のあなたへの愛にこたえることができたら、神様は、どんなに喜んでくださることでしょう。

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