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2010年10月11日 (月)

師をもつこと

  秋になり、散歩を続けられるようになりました。そして、ピアノの練習も毎日60分ほどですが、続けています。ただ、先生についていないと、なかなか新しい曲の練習が進まないのが私の抱えている問題点です。

 吉田兼好が『徒然草』に書いているように、何事にも先達はあらまほし ・・・ です。

  さて、「師事する」という表現は、師の側からなのか、それとも弟子の立場からのことばなのかをはっきりさせたくて辞書をひきました。

 師としてつかえ、教えを受けること。 広辞苑

 と簡単に記してあります。 

 なるほど、弟子の側からのことばなのですね。でも、「師としてつかえ」という説明に、ちょっとつっかえました。

  ことばを補って「ある人を師として、その人につかえ、教えを受けること」とすると、私には理解しやすくなりますが、いかがでしょうか。

  1911年(明治44年)生まれの現役の医師、日野原重明さんは、カナダ出身のオスラーという医師との出会いを大切にしておられることが著作から伝わってきます。

 オスラー医師の著作、医学界での働き、いろいろな場面で語ったことなどをとても分厚い本になさっているほどですから、日野原医師はオスラーを師としておられると言ってよいと思います。

 私が心打たれるのは、日野原重明医師はそこまで傾倒されるオスラーに、直接会ったことがない、ということです。

 日野原医師がオスラー医師のことを知ったときには、オスラーはこの世にいなかったのです。にもかかわらず、傾倒、私淑されていること、たいへんなものがあります。

 念のため、「私淑」 を辞書でひいてみました。

 し‐しゅく【私淑】
[孟子(離婁下)](私(ひそか)に淑(よ)しとする意)直接に教えを受けてはいないが、その人を慕い、その言動を模範として学ぶこと。直接教えを受けている人に対しては「親炙(しんしや)」という。「ゲーテに―する」 広辞苑 第五版 (C)1998,2004  岩波書店

 あなたには、師事する方、私淑する方がおられるでしょうか。

  もし、心からつかえ、教えを請いたい相手に出会えたら、それは人生の中でも最高位に位置づけられる幸せだと思います。

 チャイコフスキーは、自分の師にピアノ協奏曲第一番を献呈したのですが、師は「こんな難しい、そしてつまらない曲には出会ったことがない」とか何とか、とにかくけなして、喜んでくれなかったそうです。 ・・・ 後に、この曲が有名になって、前言を謝したそうですが、なかなかよき師には出会えないのが人生かも知れません。

 『キリストに倣いて』(トマス・アケンピス)という書があります。師事して悔いのない存在としてイエス・キリストを選んでいる人をクリスチャンというと定義してよいと思うのです。

 師としてイエス・キリストは申し分のない存在です。問題は、キリストのほうから私を見ると弟子としては申し分がありすぎることです。けれど、それでもなお、友と呼び、愛してくださるのが、イエス・キリストなのです。

聖書の言葉

  あなたがたがわたし(イエス・キリスト)を選んだのではありません。 わたしが、あなたがたを選んだのです。 そして任命しました。 だから、あなたがたは行って、いつまでも残る、すばらしい実を結びます。 また、わたしの名前を使って父に求めるものは、何でもいただけるのです。 

  ヨハネの手紙 15章 16節

 今日も、よき師に出会えるよい日となりますように。

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コメント

 現在個人事業主として生活している私には、組織とか上司、部下というものは無いです。よって師匠もいない状態です。
 病気が長引き、経済的にも困窮した結果、図書館で借りた本をひたすら読む、ということが日課になりました。そしてそのアイデアや知識、知恵の内容において、これは素晴らしい、という実践をしておられる方々を勝手に師匠と考え、真似できるところを模倣するよう心がけております。
 本の中で出会ったものの、一度も話すらしたことの無い師匠の言葉を書きとめ、実践あるのみです。よく、自分独自のものを創れ、と言いますが、まずはその分野できちんと結果を残された方の基本を学ぶことが有効と考えます。オリジナルは、その後に突然やってくるように思えてなりません。

※ ムーミンパパより

 コメントありがとうございます。

  学ぶの語源は、まねぶ ・・・ まねをすること ・・・ だといわれます。手本にしたい対象を見出すということ自体が大きな要素だと思われます。図書館はそうした出会いの場ですね。特に、読書の秋 ・・・ 必ず雌伏の時に続いて雄飛の時が来ると信じています。よい日となりますように。

投稿: 小島 | 2010年10月12日 (火) 17時25分

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