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2010年10月13日 (水)

『痴呆を生きるということ』

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 『痴呆を生きるということ』

 小澤 勲(いさお)著

岩波書店 2003年7月18日

第一刷 発行

  著者は、老人保健施設 桃源の郷の施設長などを経て、京都府立洛南病院副院長として働かれたお医者さんです。

 医療に長く携っての実践・体験をもとに、わかりやすく痴呆になった方の心に寄り添って理解を深めながら介護者の在り方を説いておられます。

 この本の結びに、このように書いておられ、感銘を受けたので引用させていただきます。

  私は今、肺癌を病んでいる。まったく無症状だったのだが、昨年春の健診で発見され、精査の結果、すでに全身に転移していることがわかった。告知を受け、命の限りが近いことを知らされた。しかし、最初から大きな動揺もなく、まったく平静に自体を受けとめた。自分でも不思議だった。ときどきなぜだろうと考えることがある。よくわからない。しかし、痴呆を病む人たちとともに生きてきたことと、どこかで深くつながっているように思う。

 彼らと生きていると、人の生は個を超えていると感じるそのせいだろうか。私自身も「わたし」へのこだわりが若い頃に比較して格段に少なくなっている。むしろ、つながりの結び目としての自分という感覚の方が強くなっている、といったらよいだろうか。そのつながりは、病を得てからとても強くなっていて、私の残された生を支え、充実したものにしてくれている。そのつながりがこの本を書かせてくれた。

  著者は、この本の途中には自らの命の期間が限られていることに一言も言及していません。結びになって、淡々と上記のように記しておられるのです。すごいことだなと思いました。

 この書の内容については、明日、紹介させていただきますね。

  今日も、よい日となりますように。

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