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2010年12月31日 (金)

おおつごもり

 いよいよ、2010年の最終日ですね。

 「終わりよければ、すべてよし」というシェイクスピアの作品がありますが、すばらしい演奏をしていたピアニストが最後に派手に和音を弾きそこねるということも、滅多にありませんがあるのです。

 それはそれで、人間らしくていいではありませんか ・・・ なんていっては甘いかもしれませんけれど。

 大リーグの野球の試合で、誰もが完全試合成立と確信したときに、塁審はセーフを宣告し、完全試合はなりませんでした。その球場で、塁審以外の誰もがアウトだと思ったのですが、たった一人が審判だったのです。 (ちょっとくどいですね)

 試合後、ビデオを見ると、明らかにアウトだったので、「世紀の大誤審」といわれたとのこと。

 後悔して涙にくれるその審判の肩を叩いて、「人間のやることさ、どんなことだって起きるよ、気にするな、すんだことだ。あなたが優秀な審判だということは俺がよく知っている」と慰め、励ましたのは、なんと、完全試合を幻にされたピッチャーその人だったそうです。

 この出来事は、「天声人語」でもっとくわしく報じられていました。

 一所懸命にやっているけれど、終わりをかっこよく終われない場合も、人生にはいっぱいあると思います。

 でも、そうです。明日があります。氷上でくるくる回るフィギュアスケーターが目を回して倒れないのは、回るときに先を、先を見ているからだそうです。もちろん、軸足がしっかりしていることが前提でしょうけれど。

 2010年、このブログに立ち寄ってくださった方、ほんとうにありがとうございました。

 今日の大つごもりが、よい日となりますように。

 2011年もよろしくお願いいたします。

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2010年12月30日 (木)

世代交代

 まもなく訪れる「ゆく年 来る年」は、2010年から2011年へのバトンタッチですね。

 我が家では、ウインドウズXPからウインドウズ7パソコンへの世代交代が進行中です。

 2014年4月までは、ウイルスなどへの対応をXPについてもマイクロソフトはおこなうそうです。けれど、パソコンのハード面そのものが衰えてきて、電源の入りもちょっと心配な面が出てきたものですから、思い切って踏み出すことにいたしました。

 家内も、優しく賛成してくれました。平和を保ちつつ、新しいパソコンを我が家に迎えることができてうれしく思っています。

 ただし、たとえば、年賀状のための住所録などの引き継ぎもありますので、しばらくは、新旧のパソコンのコラボレーションの時期が続きます。

 感激したのが、聖書のことばを検索・引用できるソフトのことです。ウインドウズXP・Vistaの版があれば、それを生かしてウインドウズ7に無料でヴァージョンアップできるとコメントされていたので、それに取り組んでみました。

 そうしましたら、とてもスムーズにXP・Vista 版をウインドウズ7で動いているパソコンにインストールできたのです。

 さらに、すごいなと思ったのは、ウインドウズ7には、32ビット版と、それより高速で動作する64ビット版があるのですが、この聖書ソフトは64ビット版にも対応していることがインストールの過程のコメントでわかりました。

 世界のどのことばでも聖書が読めるようにと熱心な働きをしている方々がおられることは知っていました。その民族のことばを使う人はとても少ないのに、懸命に翻訳して贈呈している方々・・・ 現地に住み込んで何年もかけて翻訳を続けるのです。その働きをする方たちは自分たちの子どもをお互いに教師になって教える学校を形成し、いろいろな働きを分担してティームとしてその尊いわざを推し進めているのです。

   聖書のソフトを、ウインドウズのヴァージョンの違いを乗り越えて使えるようにする働きも同じ真剣さで取り組まれ、成果を上げているのだと気づいて、感激した次第です。

聖書  わたし(神)の目には、あなたは高価で貴い。わたしはあなたを愛している。

 まだ、新パソコンに馴染んでいませんけれど、動作が速いことは感じています。よき味方となって活躍してくれるように、こちらも学習したいと思います。

 ちなみに、今日のブログの記事が、初めてウインドウズ7パソコンで書いたものです。

 えっ、代わり映えしないとおっしゃいますか。 それはそうです。パソコンが記事を書くのではなく、人間がパソコンを使って書くのですから。人間のヴァージョンアップ、グレードアップというのは、容易なことではありません。 アップだけでなく、ウエイトダウンなどのダウンも。 ・・・ でも、ニューヴァージョンの文章が書けるように励みますね。

 今日も、よい日となりますように。

 

 

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2010年12月29日 (水)

初挑戦 コイン精米

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  玄米を値打ちに分けてくださる方がいて、お願いしました。

 とはいっても、精米器には初挑戦・・・実は、二男夫婦は何年か前にコイン精米器に挑戦して、見事に成功したことをブログに書いていましたから、親としても、頑張ってみようと思いました。

 写真の精米器は、よくいくお店の駐車場にセットされていました。

 3キロ以上7キロまでが百円 となっていたような記憶が ・・・ 左から玄米を入れるようになっています。入れてすぐに右から精米されたお米がざくざくと出てきたらどうしようと不安になりました。 でも、大丈夫です。

 考えてみたら、そんな早業を要求するマシンだったら、二人がかりでないと近寄れないことになりますよね。

  お米を入れて、どんな仕上がりにするのかを選んで・・・ 上白というのが最高で、その手前が標準、そしてあと何段階か控え目の精米レベルがセットできます。

 初回ですので、標準にしました。いよいよスイッチオン ・・・ なかなか頼もしい音 ・・・ま、まさか、粉々になって全部ぬかに・・・ いえ、そんなことはありませんでした。

 精米が終わったお米は右の方から出てきて、容器で受ける準備をして、黒いペダルを踏むと、ザザーッとお米が容器に入ります。

 お、もう終わりかなと思いましたら、ザザーッ ザザーッ ペダルを踏む家内とのタイミングが大切 ・・・ 何だ、結局、二人がかりではないかですって ・・・ そうなんです、でも、何といっても初挑戦ですから。

 帰宅したのは、夕方ですが、どんなご飯になるかが楽しみで、今夜はちょっと早めの晩ご飯でした。

 働かざる者、食うべからず といいますが、働いた(?!)後ですから、たいへん美味しかったです。

聖書のことば ロマ書 5章 2節から5節

5:2わたしたちは、さらに彼(イエス・キリスト)により、いま立っているこの恵みに信仰によって導き入れられ、そして、神の栄光にあずかる希望をもって喜んでいる。
5:3 それだけではなく、患難をも喜んでいる。なぜなら、患難は忍耐を生み出し、
5:4 忍耐は錬達を生み出し、錬達は希望を生み出すことを、知っているからである。
5:5 そして、希望は失望に終ることはない。

 えっ、コイン精米に挑戦するくらいのことで大げさすぎないか ・・・ ああ、患難にあったのを私たちと考えてくださったのですね。ありがとうございます。 患難にあってすてきに磨かれたのは「お米」 ・・・ のつもりだったのです。 でも、いきなりコイン精米と聖書の言葉を結びつけるのは、読んでくださる方に申し訳のない展開でしたね。

 申し訳ありません。この一年も時々こういう展開があったことでしょう。

  来年はもう少し磨き上げるように励みますね。 ・・・ そうそう、このブログを開設以来訪れてくださった方ののべ人数が8万人を超えました。 ありがとうございます。

 今年も、あと三日 ・・・ よきフィナーレとなりますように。

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2010年12月28日 (火)

秘密兵器 ・・・

 ずっと以前、新聞の投稿欄にこんな記事が出ていました。

「高校時代の僕の友人は、野球部に入部以来、監督から、おまえはわが野球部の秘密兵器だ と言われ続け ・・・秘密のまま卒業してしまった」

 教育の道を志す学生さんへの講義の結びにこの記事を紹介すると、ワッとわきます。(静かに微笑む程度のことも)

 そこで申します。「教育とは、子どもの可能性を秘密兵器のままに終わらせない営みではないでしょうか」

「もっと言えば、教育とは、教師自身も自分の可能性を信じて子どもと歩み続けて花開かせる営みかもしれません。」

 さて、年末の大掃除 ・・・ 少しは片付けようと、部屋を見回すと・・・ うーむ、本棚には、まだページの開かれていない本がけっこう並んでいます。 本が叫んでいるような ・・・「ぼくたちの可能性は、いつ開花させてくれるの?」

 もう少し待ってね ・・・ 「あとどれだけ待てばいいのさ」

 「うーん、 ほんの 少し」  おあとがよろしいようで。

 今日も、よい日となりますように。

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2010年12月27日 (月)

ピンチを チャンスに

 26日、日曜日21時からの「N響アワー」に今年開かれたショパン・コンクールの優勝者が登場し、ショパンのピアノ協奏曲を弾きました。

  ユリアンナ・アヴデーエワという女性ピアニストです。ワルシャワでこの人がピアノを弾いているコンクールの最中に、会場の照明が、電圧が不安定になったためか、暗闇にはなりませんでしたが明るくなったり暗くなったりするアクシデントがあったそうです。

 ご本人は、落ち着いたもので、「ディスコで弾くような感じになるのは好きではないけれど、でも、動揺しないだけの実力を発揮するチャンスだと思った」と、インタビューに答えていました。

 優勝以来、いろいろな指揮者、オーケストラと出会うようになり、生活が変わったけれど、自分自身の内面は変えずに、人間として成長していきたい、という意味のことも語っていました。

 うーむ、たいしたものですね。 才能も豊かなのでしょうけれど、それを開花させ、維持し、成長させていく努力の根があればこそ、瞬間的にピンチをチャンスに変えることができるのだと思います。

 N響アワーでの演奏 かつてのショパンコンクールでの優勝者、マルタ・アルゲリッチも会場で聴き、コンクールの時もよかったけれど、さらによかったとコメントしたそうです。

 さて、今年もあと五日間 ・・・ 今日もよい日となりますように。

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2010年12月26日 (日)

2010年 あと6日

 ♪「もういくつ寝るとお正月・・・」 滝廉太郎の名曲の歌詞が実感を伴って感じられる時期となりました。

 指折り数えてみますと、(そうしなくても)本日を入れて6日間で2011年の年明けとなります。

 すーっと終わりそうですが、いえいえ、思い浮かべてみてください。コーヒーに少し砂糖を入れたのに、あまり甘みが感じられず、少し落胆(おおげさですみません)して、とにかく飲み干そうとすると ・・・ そうです。甘みは、飲み干す少し手前のところに寄り集まっていたのです。

 そういう経験はありませんか?

 えっ、コーヒーはお飲みにならない ・・・ そうですか、 いえ、紅茶でもいいのですけれど

 コーヒーも紅茶も飲まないし、たとえ飲むときがあっても砂糖は入れない、とおっしゃいますか。 失礼いたしました。

 では、インスタントの味噌汁を ・・・ いえいえ、この辺でやめにしておきます。インスタント食品など、もってのほかじゃ というお声が聞こえてきたような気がしましたから。

 ともかく、醍醐味というのは、終盤に凝縮していることが多いのではないでしょうか。

 テレビ放送でも、終盤になるとコマーシャルがやたら入るような ・・・はいはい、あなたはそういう番組はごらんにならないのですね、分かりました。

 何だか、今日は中断するパターンで書いて、私こそ、コマーシャルで分断される番組の発信者のようです。

 おゆるしください。 ザ・ラスト・スパート というほどでなくても、2010年という二度と帰り来ぬ年を、よきフィナーレで結びたいという殊勝な気持ちになったものですから。

 曾野綾子さんは、陸上で駆け足の早い息子さんのことを「ふだん、時間を浪費しているようにしか見えないのに、走るときだけ、れいてん何秒を縮めようと努力することにどんな意味があるのだろう」という意味のことを書いておられ、ユーモアを感じました。

 シェイクスピアの作品に「終わりよければすべてよし」というのがありましたね。

 ということで、2010年の終わりがよいように、わたしなりに励もうと思います。

 今日も、よい日となりますよう。 ・・・ キリスト教会では2010年最後の礼拝が開かれます。 どうぞ、ご出席くださいますように。

 

 

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2010年12月25日 (土)

メリー クリスマス

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 クリスマス、おめでとうございます。

 クリスマスの前夜、クリスマスイヴに、私たちの教会では、ろうそくの明かりで照らしながら聖書を読み、讃美歌を歌いました。こうした礼拝を燭火礼拝(しょくかれいはい)・・・キャンドルサービスと申します。

(上の写真は光でゲストを迎える教会の様子です。)

 光と闇について ・・・ヨハネによる福音者に次のように書かれています。有名なところですから、今までにお聞きになったことがあるかも知れません。

1:1 初めに、ことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった。
1:2 この方は、初めに神とともにおられた。
1:3 すべてのものは、この方によって造られた。造られたもので、この方によらずにできたものは一つもない。
1:4 この方にいのちがあった。このいのちは人の光であった。
1:5 光はやみの中に輝いている。やみはこれに打ち勝たなかった。

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 キャンドル・サービスの後は、ティータイム・・・ 一枚では映しきれないほどのごちそうでした。

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  教会のご婦人たちが、ケーキやサラダ、ピクルス、ハム、ソーセージなどを持ってきてくださったのです。

 おいしくいただきました。ありがとうございます。

 サラダの器をくるんであるトレイバッグス、そしてその手前のナフキンは、教会に向かう直前に我が家に届いたクリスマスプレゼントの一部です。アメリカ製で、家内が昨夜、岐阜の店でこういうのがないかなとさがしても手に入らなかったものです。

 聖書にこういうことばもあります。

 神様のなさることは、すべて時にかなって麗しい

 すてきなクリスマスイヴでした。

 今日のクリスマス、皆様もすてきな一日をお歩みくださいますように!

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2010年12月24日 (金)

白衣・赤衣の天使たち

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  ナイチンゲール以来「白衣の天使」と呼ばれることの多い看護師さん ・・・ でも、23日の岐阜市民病院のロビーで開いてくださったクリスマスコンサートでは、ご覧のとおり、赤衣の天使もいたのですよ。

 看護学校の生徒さんが、病気の方、看護の家族の方のために、すてきな歌声とハンドベルの演奏を聞かせてくださったのです。

 ♪「きよしこの夜」・「アメージンググレース」「赤鼻のトナカイ」・「なごり雪」などなど。

 広いロビーは、感激して聞く人でいっぱいになりました。 配られた歌詞は、大きめの文字でプリントし、汽車などのイラストは、ていねいに色鉛筆できれいに塗ってありました。

 コンサートの終わりには、松ぼっくりに、一つずつ色を塗って作ったかわいいクリスマスツリーを患者さんや付き添いの方にプレゼント ・・・ 本当に心があたたまりました。

 ありがとうございました。 看護師になるには、国家試験に合格することがひつようなのですよね。  どうか、努力が実って合格し、このコンサートで示していただいたような優しくて温かい心で、たくさんの方のために活躍してくださいますように。

 アンコールにも応えてくださり、すてきでした。「赤鼻のトナカイ」を歌いながらのダンスも、とってもよかったですよ。

 苦しいこともあるでしょうけれど、幸あれと心からお祈りいたします。

 さて、今夜はクリスマスイヴ ・・・ どの方にもすてきな日となりますように。

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2010年12月23日 (木)

いよいよ、クリスマス そして年末へ

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  スタンドマイクが画面でスタンドプレーをしていますが、私の通うキリスト教会で子ども向けのクリスマスをしたときの朗読劇の画面の一つです。

 聖誕劇は、クリスマスによく似合う ・・・何故かはお分かりですね。

 そうです。なんといっても、イエスキリストの降誕をお祝いする記念の日がクリスマスなのですから。

 主役不在のクリスマスをお祝いしている、ということにならないようにしてくださいね。あっ、ごめんなさい。いやみを言うつもりでは、なかったのです。

 キリスト教会には行かない、あるいは行けないという方の方が多いのですから、自責の念を覚えなくてもよろしいのです。でも、数が多ければ正しい、というものでも、少ないから正しくない というのでもないのです。

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  さて、もし、あなたの身のまわりやお知り合いに、さびしくクリスマス、年末、年始をすごしそうなかたがおられたら、心の温まる何かをして上げてくださると嬉しいです。

  聖書に、「この世の最も小さい者にしたのは、すなわちわたし(イエス・キリスト)にしたのです」ということばがあります。

  大作を書いた文豪、トルストイの小品「靴屋のマルティン」別名「愛あるところ神在り」はすてきな作品ですね。

  セールなどで賑わっている町の中にいるときも、どこかに「静」の時間をもつこと ・・・大切にしたいと思います。

  2枚目の写真は、ミニドーナッツを積み重ねたツリー ・・・ 子どもクリスマスの後のおやつです。根気よく、ミニドーナッツを、それこそ山ほど焼いてくださった方、ありがとうございます。紅いツリー型のゼリーも人気がありましたね。 ごちそうさまでした。

 冬至が過ぎ、本格的な冬が近づいていきます。でも、どうぞ健康で、今日もよい日となりますように。

追伸

 音楽療法のレポートの提出のこと、お気に掛けていただいて、ありがとうございました。昨日、ゆとりをもって(締め切りの1時間半も前に!)無事に受理していただきました。審査結果はらいねんの立春を過ぎないと分からないと思いますが、とにかく九つの必修レポートに自主学習のレポートを五つ添えて出すことが出来ました。  ← 下手な鉄砲も数打ちゃあたる ? いえ、品位をますます下げるだけかも ・・・

 ともかく、ありがとうございました。 

 

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2010年12月22日 (水)

締め切りの役割

 こんな話を思い出しました。

 「世の中に、締め切りなんてなければいいのにね」

 いつも締め切りに追われている作家が、同意を求めて、同業者にいいました。

 ところが、相手は

「確かに、締め切りを守るのは、苦しい。苦しくてたまらない。だけど ・・・」

 案に反して同意してもらえなかった最初の作家が、いぶかしそうに尋ねました。

「だけど、なんだい?」

「この世に締め切りがなかったら、 世にある名作のほとんどは、存在しないのでは

ないかと、ついこの間、ふと思ったんだよ」

「うーむ ・・・」

 締め切りが傑作を生む ・・・ それは、一つの真理かも知れませんね。

 さて、多くの学校では、先生方が通知表をつけ終わって、しばしの安らぎを覚えておられるころでしょうか。

 私ですか ・・・ 書き上げたレポートをプリントアウトすれば、提出できるところまできました。 いえ、傑作や名作を書き上げたなどという気持ちは、毛頭ありません。ひと息つく前に、昨日書いたレポートにちょっと泣きが入った部分があったので、修整して堂々と胸を張って出せるものにします。 結果はともかく ・・・それは、審査してくださる方々が決めることです。

 提出して、ひと息 ・・・ そして おお、この世の中には 年賀状というものが あったのですね。 えーい、しばし、それは忘れることにいたします。

 さて、今日も、よい日となりますように。

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2010年12月21日 (火)

為せば成る  かも

 岐阜県音楽療法士 認定のためのレポート ・・・ 必修課題は九つです  先ほど、八つめが完成しました。

 為せば成る かも  ・・・ でも、昔聞いたラジオの野球中継の解説を思い出しました。

 「あぁ、打球が上がりましたね。 うーむ、あの外野手の動き出し、いつもながら遅いですね。 おお、何とか辛うじて追いつき グラブにボールがおさまりました。 何でもないフライをファインプレーで捕っております。」

 何だか、たっぷりあったレポートの作成期間をゆったりとかけ声だけかけながら過ごし、間際になって、見事なラストスパートでしのぎ ・・・ そういう私のことを、上記の解説者は述べているように思います。

 とはいいながら、あと一つ、レポートが待っています。 締め切りは、22日 ・・・おお、大丈夫かも。

 そんなわけで、ブログを訪れてくださる方にまで、心配をおかけして済みません。

 為せば 成る かも   ・・・ 

 今日も、よい日となりますように。  お騒がせいたしました。すみません。

 

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2010年12月20日 (月)

アドヴェントリースに 4本のキャンドルが ・・・

 1本ずつ、リースにともされるろうそくが増えて、ついに、クリスマスの礼拝を迎えました。

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 昨日、書かせていただいたように、12月19日のクリスマス礼拝の中で洗礼を受けてクリスチャンとしての生涯を歩み始めた青年がいます。

 本当に感激いたしました。

 礼拝の後は、愛餐会と名付けられている持ち寄りの食事会とクリスマスのお祝いの会(アルコールは出ません)が開かれました。

 愛餐会というのは、食事を愛するのではなく・・・それもありますが、神様を愛し愛される教会の家族が食事を共にする会というほどの意味です。この愛餐会のメニューの素敵だったこと・・・一つの一つのお料理を紹介すると、30日以上かかりそうですので、一つだけ画像で紹介させていただくことにいたします。

0008  「栗おこわ」 ・・・高齢のご家族の介護のために、ご自分はこの愛餐会に来ることができない方が、心を込めて作ってくださった中の一つです。

 「美味しかったですか」とお尋ねですか? はい、それは、もう 最高でした。

 ありがとうございました。 フィナーレはクリスマスケーキ。

 そして、この一年間の一人一人の一番嬉しかったことを紹介し合い、神様に感謝のお祈りを捧げて閉会となりました。

 一人一人の、神様からいただいた祝福の喜びをお互いが心から喜び合える ・・・ これが、至高で究極のメニューでした。

 さて、師走も下旬に入りました。ご多用の日々とお察しいたしますが、あなたの今日の一日も、すてきな歩みとなりますように。あたたかくしておすごしください。

  私ですか ・・・ これから3日間ほどは何も食べなくてよいほどの美味しい食事をたくさんいただいて、締め切りの迫ってきた岐阜県音楽療法士認定のためのレポートに取り組んでおります。 うーむ、内容はともかく(いえいえ、内容が肝心なのですけれど)、打席に立つことなく、「バッターアウト」と宣告されるのだけは何としても防ぎたいと励んでおります。

 それでは、また 

 

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2010年12月19日 (日)

オーケストラの若者たち

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  かなり以前に作られた、「オーケストラの少女」という映画があります。今日のタイトルはそれをアレンジしたものです。

 12月18日の夜、岐阜県のサラマンカホールで、岐阜大学管弦楽団の定期演奏会が開かれました。

 曲目は、プッチーニの交響的前奏曲

 ハチャトゥリアンの組曲「ガイーヌ」

ラフマニノフの交響曲 第2番

 客演指揮者 角田鋼亮(つのだ こうすけ)さん の音楽力あふれるタクトと一つになった圧巻のフィナーレがまだ耳に残っています。

 アンコールは、今の季節にふさわしく、ルロイ・アンダーソンの「そりすべり」

 若さのこもったすばらしい演奏でした。すてきな時間をありがとう。

 この定期演奏会は第44回 ・・・ 私は大学3年生のときに第1回演奏会で「新世界より」を演奏しました。学生時代に、第1回、第2回、そして38年間、小中学校に勤務し、退職して4年目です。 2 + 38 + 4 = 44  うーむ、毎年きちんと定期演奏会を積み重ねてきたのですね。

 その歴史には、どんなに多くの汗と涙が染み込んでいることでしょう。

 とは言っても、演奏する若者たちは、緊張感というより、練習を積み重ねてきていよいよその力を発揮する日だ、よし、やろう という心で臨んでいるようにみえました。

 苦しい練習を何か月も積み重ねてきたには違いありませんが、音楽を苦しむのでなく、音楽を楽しむコンサートを創りあげていました。

 たいしたものだと思います。

  謙遜ではなく、私自身はじょうずではない(はっきり言ってへただった)トランペッターでしたが、この後輩たちはすばらしい演奏をプレゼントしてくれました。私の先輩、後輩にはプロになった人たちもいますから、オーケストラ全体としては第一回から胸を張れる水準をクリアしていたと思います。

  第44回的演奏会をりっぱに成し遂げた皆さんに心からの拍手を送ります。 

  4年生は、今回の演奏を持って卒団だとプログラムに書かれていました。 熱演を終えて、目を潤ませている卒団生も見受けられました。やりきったがゆえの涙 ・・・ いいものですね。定期演奏会が80数回に達する頃、聴衆となって後輩の演奏に拍手する日を迎えたとき、卒団生の皆さんにも、今日の私の感慨が分かってもらえるかもしれません。

 いえ、別にそんなことは考えなくてもいいのです。大学時代に築いた歩みを礎に、どうか元気で卒業し、自分の道を拓いてください。 心からのエールをお贈りします。

 さて、今日は日曜日 ・・・キリスト教会ではアドヴェントリースに4本のキャンドルがともされます。 クリスマス礼拝にお出かけください。

  私が通っている教会では、一人の男性の洗礼式が行われます。洗礼式とは、イエス・キリストを魂に受け入れ、クリスチャンとして人生を歩むことを神様と人々の前ではっきりと表明する式です。

 盛岡みなみ教会においても、一人の男性が洗礼を受ける決心をしておられます。

 一人の人が決心してクリスチャンとして歩む洗礼を受けるとき、地上においても、天においても大きな大きな喜びがわき上がります。

 おめでとうございます。洗礼を受ける方とその方のご家族の上に、豊かな祝福をお祈りいたします。

 このブログを訪れてくださる皆様にも、今日という日がよい日となりますように。

   

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2010年12月18日 (土)

夜のキャンパス

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  今週、都合があって、普段より遅くまで大学にいました。

  帰りがけ、イルミネーションを見かけました。今は、民家で、スケールの大きな電飾をして道行く人の目を楽しませてくださるところがありますので、それからみると少し地味かも知れません。

 でも、遅くまで研究していて帰宅の途につく人たちもいますので、そうした人たちを和ませる意味もあるのでしょう。なかなかいいものだと思いました。

 聖書のことば  ヨハネの福音書 第1章から

1:1 初めに、ことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった。
1:2 この方は、初めに神とともにおられた。
1:3 すべてのものは、この方によって造られた。造られたもので、この方によらずにできたものは一つもない。
1:4 この方にいのちがあった。このいのちは人の光であった。
1:5 光はやみの中に輝いている。やみはこれに打ち勝たなかった。

 今日も、よい日となりますように。

 明日は、アドヴェント・リースに4本のキャンドルがともされ、キリスト教会ではクリスマスの礼拝が開かれます。 ぜひ、お出かけください。

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2010年12月17日 (金)

シュトーレン

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  ドイツ出身のクリスマスのお菓子、「シュトーレン」 ・・・ ご覧のようにクルミ、レーズン、フルーツなどがぎっしり

  高山市のトランブル-というお店特製です。

www.trainbleu.com

トランブル-というのは、ブルートレインの意味のようです。

 

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 白い粉砂糖がたっぷりとまぶされ、その外観から、産着にくるまれたイエス・キリストをイメージする人もいます。

 薄く切って、クリスマスシーズンのティータイムを楽しみます。

 心優しい身内の一人が今年も贈ってくれた シュトーレン ・・・ できるだけ長持ちさせたいと思います。ありがとう。

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 あ、もしかして、おいしそうだけれど、見るだけでは つまらない と お思いかもしれませんね。

  そう、そうなんです。お菓子も食事も眺めているだけでは、真価が発揮されません。

  あなたは、どこかでキリスト教会を見かけたことがおありだと思います。

  このクリスマス、建物を眺めるだけでなく、思い切って、キリスト教会の中に足を踏み入れてはみませんか。

  ・・・  虎穴に入らずんば虎児を得ず お菓子も食べざれば味わうことを得ず

   キリスト教会の中に入らざれば 真のクリスマスに出会うを得ず By ムーミンパパ

聖書  

  神は、実に、そのひとり子(イエス・キリスト)をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。

  テレビやラジオで クリスマスのメッセージを聞けるところもあります。

 日ごとに本格的な冬へと熟して(?)いきますが、今日も、すてきな日となりますように。

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2010年12月16日 (木)

迷える小犬

 寒波到来のここ二日間ほど ・・・ 地域の方が「尋ね犬」のちらしを手渡しで配っておられました。

 かわいい犬の写真と名前、連絡先が、そのチラシには掲載されていました。

 この寒空のもと、迷える小犬は、どこでどのようにすごしていることでしょう。親切な方に見出されて飼い主のもとに戻ることができますように。

 夏目漱石の『三四郎』の結び近く、迷える小羊(ストレイシープ)ということばが出てきます。

 聖書に、イエス・キリストはよい羊飼い ・・・ 盗人や狼などから羊を守り、迷ったときには探し出して、あたたかい憩えるところへ連れ帰ってくださる方として描かれています。

 いのちであり、道であり、真理であるイエス・キリスト ・・・ 神様がいるなんて、信じられない、非科学的な考え方であるとおっしゃるまえに、聖書を読んでから、キリスト教会の牧師先生のメッセージを聞いてから、どうなのかをご判断ください。

 クリスマスは、そうしてくださるのにとてもよいチャンスです。

 迷える小犬、 そして迷える小羊  いずれも 見い出されて、本来いるべきところにもどることができますように。

聖書のことば   ロマ書8章 38節 39節 

  私(ロマ書を書いたパウロという伝道者)はこう確信しています。死も、いのちも、御使いも、権威ある者も、今あるものも、後に来るものも、力ある者も、
高さも、深さも、そのほかのどんな被造物も、私たちの主キリスト・イエスにある神の愛から、私たちを引き離すことはできません。

 今日も、すてきな日となりますように。

 

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2010年12月15日 (水)

オー・ヘンリー 『賢者の贈り物』

  クリスマスにちなんだ名作といえば、イギリスの多くの家庭では、デイッケンズの『クリスマス・キャロル』が読み聞かせられるそうです。

 デンマークではアンデルセンの『マッチ売りの少女』 

 ロシアでは、チャイコフスキーの音楽「胡桃割人形」がクリスマス・イヴの物語ですから、この季節、特に好んで演奏されているかもしれませんね。

 さて、アメリカでは、オーヘンリーの『賢者の贈り物』がクリスマスにはよく読まれることでしょう。 ・・・ 短編の名手と呼ばれ、たとえば、私の中学時代の教科書には、『最後の一葉』が掲載されていました。                

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 ご存じの方が多いと思いますが、インターネット上の辞書、ウイキペディアでは次のようにあらすじが紹介されています。 

 貧しい夫妻が相手にクリスマスプレゼントを買うお金を工面しようとする。

 妻のデラは、夫のジムが祖父と父から受け継いで大切にしている金の懐中時計を吊るす鎖を買うために、自慢の髪を美容室でバッサリ切り落とし、売ってしまう。

一方、夫のジムはデラが欲しがっていた鼈甲を買うために、自慢の懐中時計を質に入れていた。

物語の結末で、この一見愚かな行き違いは、しかし、最も賢明な行為であったと結ばれている。

 

  写真の本は、オー・ヘンリー 文  リスベート・ツヴェルガー 画

       矢川澄子 訳   冨山房 (1983年12月3日第1刷 発行)です。

 オー・ヘンリーの生涯から作品の執筆に打ち込んだ時間を引くとほとんどほかのことにあてる時間はなかったのではないかといわれているそうです。うーむ、すごい人生ですね。

 このクリスマス、あなたのご家庭や周囲にも、すてきな実話が展開しますように。

 聖書のことば  受けるより与えるほうが幸いです。

 今日も、よい日となりますように。

 

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2010年12月14日 (火)

クリスマス・ツリー

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 クリスマス・ツリー ・・・ いろいろなクリスマスオーナメントがある中で、別格は、やはり、クリスマス・ツリーですよね。

 ある条件を満たすこの木の下では、キスしてもよいとか、しなければならないとか('The kissing under the mistletoe'といって、クリスマスの日にヤドリギの下にいる 女性には、男性はキスをしなければならないとか。そんな風習から、クリスマスのオーナメントには ヤドリギを模したキッシングボール( Kissing Ball )というものがあるそうです。 ちなみに、恋人どうしがヤドリギの下で口づけを交わしたのなら、それは婚約の成立を意味するそうで、その二人は末永く幸せになれるとのこと。そもそもは、ヤドリギの生えている樫の樹の下で出会ったのなら、例え、敵どうしであっても、争いを止め、互いにキスをして仲直りしなければならないという言い伝えであったそうです・・・)参考 トヨタ白川郷自然學校のブログから http://www.toyota.eco-inst.jp/blog/b24.htm

 季節限定ではありますが、世界にそんな場所は、そうそうありません。

 暖炉のそばの靴下に入りきるプレゼントばかりではありませんから、大きなパッケージのプレゼントは、この木の下に置かれるのですよね。

 写真は、私の通う教会のクリスマス・ツリーです。今年は、アメリカで数年間暮らしておられた方がこのツリーのためにすてきなオーナメントをお持ちくださいました。

 水曜日の聖書研究会に集まった方が、心を込めて磨き上げてくださった床を背景に、「もうすぐクリスマスですよ。神様は、ひとりごであるイエス様をこの世に遣わしてくださったのですよ」と、このクリスマス。ツリーは全身で呼びかけてくれているようです。

  今日も、よき日となりますように。 クリスマス礼拝まであと五日 ・・・ すてきな歩みを!

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2010年12月13日 (月)

クリスマスオーナメント

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  これは私の通うキリスト教会のアドヴェントリースです。

 来週は四本のキャンドルがともされて、クリスマスの礼拝をいたします。

 少し厳密に申しますと、クリスマスは、

Christ キリスト と mas  ・・・ ミサ 礼拝

が一緒になった言葉で、「救い主礼拝」という意味ですからクリスマスの礼拝というと礼拝がダブっていることになりますが、そういうことはありますよね。

  聖書には、12月25日という日付は記されていませんが、この日にお祝いしようということになったようです。

  他の教会のアドヴェントリースも含めて、クリスマスを彩るオーナメント(飾り)の写真を掲載させていただきます。

  来週の日曜日、ぜひ、お近くのクリスマス教会にお出かけになって、ご自分でご覧になり、クリスマスのメッセージをお聞きになってください。

 

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  ここまで、ごらんいただいて、ありがとうございます。

  右は、聖家族の人形です。プロテスタントのキリスト教会では、こうした人形や、十字架そのものを拝むことはありません。

 それは、十戒の中で、偶像を拝むことをしてはならないと書かれているからです。

 さて、今週も、素敵な日々となりますように。 だんだん寒くなるこの頃です。あたたかくしておすごしください。

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2010年12月12日 (日)

手作りパン

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 小麦粉やイーストなどを入れてセットしておくと、指定の時間にパンが焼き上がるというパン焼き器が何年か前から我が家では活躍してくれています。

 でも・・・ とずいぶん久しぶりに家内が粉をこね、コタツなどで発酵させ、オーブン(電気)で、大丈夫かしらとドキドキしながら焼き上げたのが写真のパンです。

 おからが入っていて、自然の甘みがありました。

  

  作るのにかかる手間と時間に比べると、食べてしまうのにかかる時間の何と短い我が家(と申しますか、私)でしょう。

  でも、しっかりと食べて、冬眠に備えなければいけません ・・・ 気分はすっかりムーミン谷の住民です。ムーミンたちが食べるのは、たしか松葉だったようです。冬眠していてクリスマスを知らなかったムーミンたちが、ある冬、ついにクリスマスを知ることになる特別編があることを知り、今年、読みました。 どうも、キリスト教会とは縁のないクリスマスをよくわからないまま、それも最初の内はこわいもののように思い込んでしぶしぶ迎えさせられようとしていたように覚えています。 ・・・ 皆さんは、本当のクリスマスのことをご存じですよね。今日は日曜日、キリスト教会の礼拝にお出かけください。アドヴェントリースには三本のろうそくがともされます。

 今日も、よい日となりますように。

聖書の言葉   わたし (イエス・キリスト)は いのちのパンです。

     

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2010年12月11日 (土)

もう一冊の絵本

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  昨日の絵本に続き、写真のように、ちょっと楽しい形の絵本の作り方も、家内は習いました。

 こちらは、まだ文字の読めない孫娘用で、写真やカードなどを切り抜いてちりばめて作ってあります。

 ご覧の表紙のタイトルは、布を切り貼りしてあります。

 中身ですか ・・・ そうですね、たとえば下の写真のような感じです。

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  たくさん作ることは難しいですけれど、もし、お子さんやお孫さんなどにクリスマスプレゼントとして、作ることができたら、きっと喜ばれると思います。

聖書のことば

 受けるよりも与えるほうが幸いです

 明日は、日曜日 ・・・ アドヴェントリースにともされるキャンドルは3本となります。

 どうぞ、キリスト教会の礼拝、行事にお出かけください。

 

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2010年12月10日 (金)

手作り絵本

 家内が「絵本は素敵なパートナー」という講座の受講を申し込みました。幸い限定20名の中に入ることができ、毎週1回、4週連続の講座に通いました。

  講師は、絵本作家の樋口通子さんと、以前は名古屋テレビのアナウンサーで、現在はフリーのアナウンサーの仕事と、子育てや障害児教育、音読や読書指導など大学やサークルなどの講師として多方面で活躍しておられる浅井彰子さんのお二人です。

 1回目 ・・・ 「のびのびと声を出して読み聞かせ」

 2回目 ・・・ 「絵本にこめられた思いによりそって」

 3回目 ・・・ 「手作り絵本の楽しみ」 ー 大好きな人に絵本を贈りましょう

 4回目 ・・・ 「交流会」 ー 大好きな絵本をおともに、交わり語り合い

◇ 「読み聞かせ」 ・・・まず、講師のかたが、たくさんの絵本を紹介し、熱い心を込めて音読してくださったあと、読む本に合わせて受講生がペアやグループになり、全体の前で読み聞かせの実習。おりおりにプロの適切なアドバイスをいただき、ぐんぐんと深い世界に入り込んでいく感動あふれる時間となったとのこと。

◇  「手作り絵本」 ・・・ 今回は、「名前絵本」という、名前を入れて作る絵本を教わりました。比較的若いお母さん方は、お子さんの名前の一文字一文字で見開きのページに子どもさんの好きな内容と絵でストーリーを構成。 家内は孫の名前を織り込むことにしました。

  講師の先生のお話の中で、「お作りいただく絵本は、まったく個人的なものだけれど、もっとも豊かなもの、あふれる想いの中から生まれた片鱗」、そして「肉筆のものは、その人のありようをとどめる」ということばが家内には特に印象に残ったそうです。 

 練ってきた絵本の構想を交流し合うと、(あっ、そういう発想もあるのか)とお互いにイメージが広がって、とても参考になったそうです。

  託児の配慮もあり、行き届いた講座です。 若いお母さんは「家に帰ると、子どもが小さいので絵本を作っていられないから」と、とても集中しておられたそうです。

 帰宅した家内は、せっせ、せっせと、夢中で取り組んでいました。(私を飢えさせることなく、ちゃんと食事も作りながら。)

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 こうして完成した手作り絵本の交流 ・・・ 受講生の皆さん、それぞれにとてもすてきな、世界に一冊しかない愛情あふれる絵本を創りあげておられたそうです。

  多忙な生活の中から、時間を作って講座に申し込み、熱心に通われたお母さん方、素敵だと思います。

 そして、講師のお二人は専門的な力量、人柄などなど、どの面からも、最高の方たちだったそうです。クリスチャンであるお二人が社会で大きな働きをしておられることを心強く、そしてとても嬉しく思いました。

〔家内からのお礼のことば〕 ↓

 講師の先生方、本当にありがとうございました。

 そして、講座を通してお目にかかることができた方々、またお会いしたいです。感謝しています。

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2010年12月 9日 (木)

近づくクリスマス

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  兄が牧師をさせていただいている高山市の教会のクリスマス飾りです。

  以前は、道からよく見えるところに生えている本物のもみの木をクリスマスツリーにして飾り、新聞で報道されたこともありました。

 生きているもみの木は生長し、飾り付ける人たちも成長し ・・・ もみの木の生長と、飾り付ける人たちの成長具合に、植物と人間のずれが出てきましたので、残念ですが、そのもみの木とお別れする決心を何年か前にしたそうです。

  平たく申しますと、年々こずえ高く伸びるもみの木に、年齢が加わると高いところに登るのを控えたほうがよくなる人間が脅威を覚えるようになってきたという事情・・・

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 でも、この写真のような飾りも、なかなか味がありますね。

 本当のクリスマスは、一人一人の魂に、イエス・キリストを救い主として迎えることです。

 聖書の大切なメッセージを要約しているという意味で「小聖書」と呼ばれることのある箇所をご紹介いたします。

  神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。 ヨハネによる福音書 3章16節

 この季節、キリスト教会では、クリスマスにつながるつどいを計画、主催しています。

 どうぞ、おでかけくださいますように。

 今日も、よい日となりますように。

 

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2010年12月 8日 (水)

プロの技術

 勤務している大学の部屋のプリンタが、先日から武者ぶるいというか、何と申しますか、カタカタカタカタという音を立てるようになりました。

 ふたを開けるなどして空気の通りをよくしてやると、ウソのように静かになり、喜んでいるとまた、カタカタとなり始めます。

 何だか、「私の方を向いて」と飼い犬が催促しているみたいで「よしよし」となだめていましたら、調子に乗ってか「ガタガタガタガタ」と音がレベルアップしてきました。

 管理係という部署の、メカに強い人を頼みましたら、しばらく様子を見て診断し、ねじ回しの大きいのや小さいのを持ってきて、見事に音を鎮めてくれました。

 餅は餅屋と申しますが、とっても靜かになり、仕事がはかどるようになりました。

 ほこりやほかの部品との関係でプリンタ内部の換気扇の周囲の空気の通りが具合を悪くしていたそうです。

 やはり、プロの技術はたいしたものです。 彼が来てくれるまでは、「どこかを上手に叩いたら靜かになるんやないか」などと、昔、ラジオの調子がよくないときの修理の奥の手(?!)を出し合ったりしていたのですよ。

 電機製品を治す方法はいくつかあって、その製品に聞こえるように電気屋さんに電話をかけるというような、なかなか効き目のある方法もあるんですね。

 最近は、電機製品も高度に精妙な部品から構成されるので、時代遅れの修理法は通じなくなっていると言えるかもしれません。

 そろそろ、大掃除の季節でしょうか。こちらのほうは昔からのやり方が大いに活躍するかも知れませんね。

 〔聖書のことば〕  たたきなさい。そうすれば開かれます。 求めなさい、そうすれば与えられます。 さがしなさい。そうすれば見つかります。 

  見失っていたものが、タンスの陰から出てくる、というようなこともありましょうし、人生の目的が、この師走の日々に見い出せるということもあるかと思います。

 私の場合、聖書を熟読する2011年とできるよう、今から予行演習をしたいです。

 今日も、何かのプロとして存在を示す、よい日となりますように。

 

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2010年12月 7日 (火)

だんだんと冬に

  少しずつ、気温の低い時間帯が増えつつあるように思います。日光がぽかぽかと暖めてくれる日中 ・・・「小春日和」という表現は、12月初旬までは使ってよい表現なのだと教わりました。

 さて、それ以後で、暖かい日は、どう表現いたしましょうか。

 暖冬  さらに暖冬異変  そして ・・・ 異常気象 ということになりましょうか。

 いきなり、そういう表現に持って行かないで、もう少し歳時記などにあたりたいと思います。 何事も、いきなり、ではないほうが体にもいいですよね。

  冬用のタイヤを依頼していましたら、準備ができたとの連絡を受けました。・・・今度の土曜日に装着してもらうことにいたしました。私の個人的な都合ですけれど、どうか、タイヤを履き替えるまでは積雪がありませんように。

  いえ、その先も、別にどんどん雪が降ってほしいというわけではありません。けれども、夏が暑かった分、冬がどうなるのか、気がかりです。でも、備えはしておくことで、少しは安心できますよね。

  そうそう、ある方が「交通事故は、自分が100パーセント気をつけていても、相手があることなので、どんなに自分を整えても、50パーセントにしかならない」とおっしゃいました。雪道の運転に限ることではない名言ではないでしょうか。

  備えができると安心なのは、タイヤだけではないかも知れませんね。いろいろなことに真剣に気を配ることにいたしましょう。でも、深刻にはならないように、と思います。

  今日も、見通しをもってスタートし、よい日となりますように。

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2010年12月 6日 (月)

若きピアニストたち

 12月4日、岐阜大学の音楽科の学生たちのピアノコンサートがありました。

 演奏会後、指導教官は「自分で演奏するときより百倍疲れました」とおっしゃっいましたが、どうしてどうして、情熱、懸命に取り組んだ積み重ねのすばらしさが伝わって来る、そして、何といっても若々しさのあふれたコンサートでした。

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  ある学生が演奏しているとき、ふと聴衆の中にその学生のご両親に違いないと思われる姿を見出しました。演奏の姿をカメラに収める男性と、まるで自らが弾いているように緊張し、リズムを体で取りながら弾き手を見つめる女性 ・・・ その学生の幸せを思いました。

  いえ、その学生だけでなく、どの若きピアニストも家族や指導教官に大切にされ、幸せな時間を歩んでいるといえましょう。

 ♪「青春時代の真ん中は、胸に棘刺すことばかり」というような実感が彼ら自身にはあるかもしれませんけれど。

 連弾が三組 ・・・J.S.バッハ・フォーレ、ラヴェル ソロが6曲 ラフマニノフ・プロコフィエフ・ラヴェル・シューマン・シューベルト・リスト。

 卒業演奏会までに、練習を積んでさらに磨きをかけるそうです。それはそれで楽しみです。でも、この日の演奏はこの日の演奏で、とてもすてきだったと思います。

 このコンサートの会場はドリーム・シアターといいます。 いい響きがいたしますね。そうそう、12月5日の私のピアノ練習・・・取り組む曲も技量ももちろん、若きピアニストたちのそれには遠く及びませんが、熱を帯びたものになりました。いえ、風邪をひいたわけではありません。若きピアニストたちの情熱を込めた演奏を聴かせてもらった照り返しというか、余熱というか ・・・ ありがとうございました。 どうぞ、さらに前進してください。

 さて、今日も、すてきな日となりますように。

0002  写真は、プログラムの裏表紙の花です。

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2010年12月 5日 (日)

心の備え

 フロイトという学者は夢の分析において学問の新しい分野を開いたことで有名です。・・・というふうに私はあまりよく知らないながら思っています。

 「あなたの見た夢を分析すると、深層心理としてあなたがこんなストレスをおもちなのではないかと思われます」 ・・・ こんなふうに自分の見た夢の意味を話されるとすると、こわいような、しかし、詳しく話してほしいような気になりませんか。

 ちょっとヒッチコックのサスペンス映画風でもあります。

 いえ、今日は深入りはいたしません。

 友人である臨床心理士の方が、フロイトに造詣の深い方に、自分の見た夢を持参して教えを請うという歩みをしておられます。そうなると、前提として、夢を見ることが必要になります。

 その友人が、こんなことを言いました。

「夢を書きとめるために筆記用具を枕元に用意しておいて寝ると夢を見る確率が高くなるんですよね。」

 ・・・ うーむ、靴下をつるして寝る子にはサンタクロースがやってくる、というような場面を思い浮かべました。 夢の精が、枕元の筆記具を見て、「おお、よい心がけだ。訪れてあげましょう」と思うのでしょうか。ちょっとロマンティックな表現をするとそうかもしれません。

 心理学的にいうと、筆記具を準備することで夢を見るための心の備えがなされ、それがそれこそ深層心理とつながって夢を上映する用意が整いやすくなるということのように思われます。

 さて、クリスマス ・・・ イエス・キリストを魂に迎えるためには、どんな備えをするとよいのでしょうね。

  3人のクリスマスの精が欲張りなスクールジーじいさんを訪れるディッケンズ作の名作『クリスマス・キャロル』なども思い浮かびます。

 今日も、よき心備えの進むよき日となりますように。

 キリスト教会では、アドヴェントリースに二本のろうそくがともされ、聖書に基づくメッセージが語られ、讃美歌が歌われます。どうぞ、お出かけくださいますように。

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2010年12月 4日 (土)

映画 「私の頭の中の消しゴム」

 映画「私の頭の中の消しゴム」(韓国版)をDVDで観ました。

 この映画をご覧になった方が、「ゆるすとは、心の中の部屋を一つ空けること」という言葉が出てくるのだけど、どういうことだろう、と尋ねてくださったのが私がこの映画を観ることになった動機です。

  映画を観られた方が、観ていない私に尋ねてくださるというのは、光栄なようで、無理な注文のようで ・・・ 戸惑いましたが、まあ、映画を観る機会を与えてくださったのだからと。

 この映画を観られた方もおられるかと思いますが、20代の女性が結婚してそれほど経たないのにアルツハイマーになり、夫の建築家のことも定かには分からなくなっていくのですね。

  この女性がまだ独身だったときに職場の上司と不倫の関係に陥ったときに、彼女の父親が彼女をゆるしてくれるときに語ったのが「ゆるすとは、心の中の部屋を一つ空けること」ということばです。

 そして、夫となった建築家が、自分を生んだ母親をどうしてもゆるせないという場面で彼女がこの言葉を夫に語るのです。

 結局、夫は築いた資産を手放し、さらに大きな借金をして、収監されていた自分の母親をゆるし、助けます。

 アルツハイマーは、無情にも確実に進行していきます。 ・・・ 気になる方はこの映画をごらんくださいますように。  (無責任で、すみません。)

 さて、「ゆるすとは、心の中の部屋を一つ空けること」 ・・・ 質問してくださった方にどのようにお話ししたらいいのでしょうね。

 相手への怒り、憎しみでいっぱいになった心には、相手をゆるす気持ちが入る余地がありません。試験勉強でかっかとしているとき、風にあたったり、ティータイムを組み入れたりすると、難問がすっと解けたりします(いえ、あまり解けた経験がないのですけれど)

 そのようなことを言っているのでしょうか。

 あるいは、相手への憎しみでいっぱいになっている自分自身を、ちょっと距離を置いたところをもうけて客観視せよといっているのでしょうか。

 まるっきり的(まと)はずれではないと思うのですが、「ピンポーン 大正解です」という手応えも感じられません。

 10月6日のこのブログで紹介させていただいた八木重吉の詩を、質問してくださった方にお贈りすることにしようかと思っています。 

わたしもわるいから

ひとをゆるすのではなかった

なにのゆえでもない

ただゆるせばいい

  許しうるものを許す

  それだけならどこに神の力が要るか

  人間に許しがたきを許す

  そこから先きは神のためだと知らぬか

 どうでしょうか ・・・ どこか、今回の答えとしては違うかもしれませんけれど、心に残る詩ではあります。。

 不確かな答えを大事にするよりも、鮮明な問いを持ち続けるほうが大事なこともあります。 

 おお、私が好きな作家、蒲郡出身の宮城谷昌光さんの作品中の人物がこんな言葉を語っていたのを思い出しました。こういう言葉です。

 「人に聞くから分からなくなる。自分に問え」

 今日も、すてきな日となりますように。

 明日は日曜日、キリスト教会の礼拝にお出かけください。私が通っている教会では、子どもクリスマスを計画しています。熱心に練習しおられるお母さん方のすてきなゴスペル、そして心を込めて準備された手作りお菓子のプレゼントもあるのですよ。

 お近くのキリスト教会でも、きっとそんな機会が設けられていることと思います。

 日曜日はキリスト教会へ  そしてクリスマスには、特に教会へ どうぞ!!

 

 

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2010年12月 3日 (金)

「今日という一瞬の中を」 星野富弘さん

0002   ある本で見た星野富弘さんの詩画の写真です。

 昨日の私の記事が、いろいろ混ざった中身で長くなってしまいましたので、今日は、この詩画に語っていただこうと思いました。

 過去も、未来も大事な人生ですが、目の前にあるのは現在 ・・・ その一瞬一瞬に心を込めて歩んでいきたく思います。

  本日も、すてきな日となりますように。

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2010年12月 2日 (木)

「越路吹雪物語」

 録画しておいた「越路吹雪物語」(11月27日放送)を見ました。主演は池畑真之介(ピーター)です。

 圧巻は、フィナーレで歌う数曲 ・・・ 結びは、やはり♪「愛の讃歌」。

 歌唱力、演技力、そして本物の越路吹雪よりも本物らしい、といったら妙ですが、きっと何回も何回も数えきれないほど越路吹雪さんのビデオなどを見て研究し、その研究の跡をとどめない域にまで磨いてステージに立ったのだと思います。

  私が教員生活をスタートした中学校に、当時♪「夜の朝の間に」を歌って登場したピーターの大フアンがいました。

 ピーターに馴染めなかった私が冷たいことばを言って、憤慨させてしまったことを覚えています。これほど息の長い、実力抜群の存在となることを予測することもできなかったのです。そして、たとえ、これほど長く活躍できなくても、憧れの人を思う純真な子ども心を傷つけてはいけないのだということを思い、長年反省しています。ごめんなさい。

 もう一つ、ふとこんなことを思いました。

 舞台が終わり、万雷の拍手に応えて一度降りた幕が上がり、喝采の中で俳優が挨拶するカーテンコール ・・・ それがあることによって、観客も「よかったねえ」と余韻を噛みしめながら家路に着くことができるのではないかと。

  決して不謹慎な思いで言うのではないのですが、人生における告別式も、このカーテンコールのような役割を果たしているのではないかと、この「越路吹雪物語」の録画をカーテンコールも含めて見終わって思ったのです。越路吹雪さんが故人であることもそう連想する要因となったかも知れません。

  規模にかかわらず、一度降りた人生の幕を故人との人生を懐かしむ方が集って、その方のこの世での人生の歩み、ハイライトシーンを再現し、共に懐かしんでほのぼのとした思いを胸に帰途をたどる ・・・それが告別式の意味ではないかと思った次第です。

 さだまさしの歌「主人公」の歌詞にあるように、「自分の人生の中では誰もが主人公」・・・そうであるならば、カーテンコールの拍手をいただけるようなシーンを一つは自分の人生の舞台で描くことができたら、と思います。

  華やかな舞台の録画を見て、しんみりする思いを二つ書いてしまいました。おゆるしください。 でも、決して暗い気持ちからではないのですよ。

  「徹子の部屋」に中村メイコさんが出演して、おしまいじたくの話をしておられましたが、とても明るく話しておられました。

 初めあれば、終わりあり  終わりよければすべてよし  ・・・ そういうことばもありますし。

 この世での人生を終えても、ショパンのように生誕200年が祝われ、作品が多くの人を魅了し続けたり、『赤毛のアン』のように百年以上、読み親しまれ、新しい読者を引き寄せている ・・・ そういう輝きを失わないという場合もあるのですね。

  まとまりませんが、人生っていいもの ・・・ それはほかっておいてもいいものになるということではなく、一日一日を大切に歩むことで、いい物に育っていく面があるように思います。

 あの新美南吉の「手袋を買いに」の結びで、子ぎつねが無事に手袋を買って戻ってきたとき、お母さんぎつねが「ほんとうに人間はいいものかしら。ほんとうに人間はいいものかしら」とつぶやく場面がありましたね。

 そのような感じで、つぶやいてみましょうか。さあどうぞ

 「ほんとうに人生っていいものかしら。ほんとうに人生っていいものかしら」

 失礼いたしました。強引な呼びかけでありました。この作品、私も久し振りに読み返してみたく思っております。

 今日も、ほんとうにいい人生の一日となりますように。さあ、クリスマスも、すぐそこです。

聖書  あなたは、わたし(神様のことです)の目に価(あたい)高い。わたしはあなたを愛している。

 

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2010年12月 1日 (水)

今日から師走 

 おお、2010年も師走に入ったのですね。

  この「師」というのはもともと、教師ではなく、お坊さんのことだそうで、謹厳で落ち着いているお坊さんまでもが走るほど気ぜわしい月というような意味のようです。 ・・・ 学校の先生は年がら年中、いそがしい昨今ですから、敢えてもともとの由来を記してみました。どうぞ、健康でこの時期を歩み抜かれ、冬休み、新年をお迎えくださいますように。

 人ごとのように書いてきましたが、私自身も岐阜県音楽療法士の認定審査のためにレポートを仕上げて提出するという課題をかかえています。音楽療法関係などいろいろな本を読むことは続けてきていますが、まだ書き上げるにいたっておりません。

 必修の課題は次のとおりです。関心がおありの方のために内訳を記させていただきます。

1.「入門書を読む」 ・・・ これは本が指定されています。『音楽療法 ある軌跡』岐阜県 音楽療法研究所監修 中央出版発行  岐阜県音楽療法研究所が0002_2誕生した経緯、

そして、音楽療法士を目指して歩むことになった何人かの足跡など、創造期の熱と苦悩が伝わって来る本です。

2.「書籍による対象者の理解」・・・音楽療法とは直接にはつながっていない本で、対象者の理解につながる本 分野の異なる対象者の本2冊分

3.「音楽を使わない対象者との交流」・・・ 施設の行事手伝い、介護の手伝いをするなど対象者と接してのレポート 原則として分野の異なる対象者の施設2施設分

4.「実践の記録」・・・ 先輩の岐阜県音楽療法士の指導のもとで行った音楽療法の実践のレポート 分野の異なる対象者の施設 2施設分

5.「自分史と音楽の関わり」 これまでを振り返り、自己の人生とその時々に出会った音楽について記す  具体的な曲名も挙げる

6.「音楽療法士として」・・・ 今までに受講した研修講座と現場実習を振り返り、次のどちらかのテーマで書く

・ 音楽療法士の専門性について

・  音楽療法士に求められているもの

 以上、6種類、9レポートです。

  書き上げたのがゼロとは申しませんが、まだまだ峠を越えていません。

  私を知る人は、「あなたなら簡単のかの字でしょう」と励ましてくださいます。それは、過分なる評価としてありがたいことですが、このブログのような文章は楽しんで書けても、論文となると、どうも私の性格、性質とそれほど相性がよくないのです。

  かなりシビアな観点で評価されるとのことですので、審査に合格するためには、シビアに文章を構築する構えをまず作らなくてはなりません。その構え作りに苦しんでいるといってよいかもしれません。

 でも、励みますね。ここで苦しまないと、たとえ合格しても本当に喜んでいただけて意味のあるセッションをする基礎が築けないと思いますから。

 ご多用な師走、このブログに立ち寄って読んでくださった方、ありがとうございます。

  今日も、目標に向かって小さくても進展のあるすてきな日となりますように。  

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