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2011年1月14日 (金)

おお、そうだったのか ・・・ 本から学ぶ

 最近の教育の動向を自分なりに把握しようと、教育誌を読んでおりました。今更、とおっしゃるかと思いますが、いろいろ教えられました。その中から、二つ、書かせていただきます。

◇ 表情という言葉は「情を表に表す」という意味。自分が話すときに相手の表情を観察することによって、相手の集中度や関心の高低、理解の程度を把握することが大切。

◇ 虎落笛 ・・・ もがりぶえ  中国に、「虎落(こらく)」という虎を防ぐ垣根があった。「落」とは、竹を組み込んだ垣根のこと。このような竹垣は日本でも造られ、「もがり」と呼ばれた。

 虎落笛(もがりぶえ)とは、虎を防ぐほどの頑丈な竹垣に冬の激しい風があたって立てる音のこと。 冬の季語。

 日輪の 月より白し 虎落笛  川端茅捨  

 白い太陽に向かって、虎が吼えているような風情が浮かんでくる。

 うーむ、私は、「虎落笛」という笛があるのだと、何となく思っていました。

 分かったつもりになっていて、実際には分かっていないことの何と多いことでしょう。

 「読書は、これからも生涯学習の最も手近で確かな手段」と考えている人は多く、私もそう思います。 デジタル画面で読める本も増えつつありますが、とにかく、いつも書に親しんで歩んでいこうと思います。 特に、本の中の本といわれる聖書は毎日読み続けたいと思います。

 今日も、素敵な日となりますように。

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コメント

  学校は家庭や社会を映す鏡と言われますが、自分が学校教育を受けた時代とは、随分変わったところが出てきており、深刻なものもあります。
 インターネット環境が発達し、携帯電話を通して、事件に巻き込まれる子供も増えています。
 子供の虐待や、経済的困窮の事例も深刻のようです。このような新しい分野に対し、専門家の数も少なく、責任の所在もあいまいである場合があります。インターネットは上手に使えば、便利なしろものですが、悪用すればルールの無い、無法地帯となります。不易と流行と言いますが、変えてはいけない教育的価値観と、いち早く情報を集めて、若者たちを社会の悪から守る方策が求められます。今こそ役所的な慣習を改め、子供たちのために素早く柔軟な対応の出来る行政のリーダーシップが求められます。

※ ムーミンパパより

  コメントをありがとうございます。『インターネットは空っぽの洞窟』という本に、インターネットには膨大な情報が溢れていて、便利な面はあるが、その全体を監修することなど不可能で、インターネットにおける情報の取捨選択、活用は自己判断、自己責任によることとなる事が強調されていました。
 同じ本で印象に残っている表現に、インターネットの情報は、セメント袋のようなもの、それをうずたかく積み上げても、人は誰もそれを高層建築とは呼ばないというのがあります。
 岐阜県出身の佐伯胖(ゆたか)という学者のことばも心に残っています。およそ、次のような内容です。「教育にパソコンを導入するとき、子どもたちに育てたい力は、パソコンをどういうことには用い、どういうことには用いないかを判断する力だ」

 行政のリーダーにはあまり多くを期待せず、上記のような主体的な判断力、思考力を子どもたちに育むことのできる主体的に生きる大人・・・ それが今、求められているのではないでしょうか。 今日もよい日となりますように。
 

投稿: 小島 | 2011年1月14日 (金) 02時15分

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