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2011年2月28日 (月)

仲道郁代さん ピアノリサイタル

0002 2月27日、仲道郁代さんさんのピアノリサイタルに行ってきました。

 ~「私のピアノ物語」~ と題して、ベートーヴェンの「悲愴」、シューマンの謝肉祭、そして後半はショパンです。

 NHKで初心者に優しくショパンを伝授する番組が(再)放送されていますが、仲道さんの優しい人柄がトークにも、聴衆への心遣いにもよく表れていました。

 写真は、27日、岐阜県北方町のきらりホールで演奏されたピアノです。

 このほかの写真を撮るのは遠慮しました。

 後半の部では、なんと、このピアノの解体ショーがありました。

  鍵盤を外し、聴衆から2人の少年・1人の少女がステージ上に招かれて、鍵盤を押すとハンマーが動作するところを間近で見たり、実際に自分でも鍵盤を押してみたり、「一番大きくピアノの音が聞こえると思うところに行ってみて」と言われて、思い思いの位置に立つなど、聴衆参加型でした。

 いろいろな数字も、調律師さんを交えて提示され、記憶に残りました。

 このピアノの重さは、およそ5百キロ、地震の時にはもぐらないほうが安全。ピアノの鍵盤の数は、ベートーヴェンが32曲のピアノソナタを作曲している年数の間に8回も変化したこと、現在、88鍵が一般的で、一つの音に低音では1本の弦、そして上の方では3本の弦が使われていて合計230本ほどの弦が使われていること、弦を張る力は、合計約20トン、ということなど・・・。

 素敵な時間を過ごさせていただきました。支援してくださる財団があって、チケットは、千円だったのもありがたいことでした。

 今日も、よい日となりますように。

 ※ そうそう、チャイコフスキーのピアノ協奏曲に登場するピアノの音は、のべ何個あると思いますか、というクイズもありました。関心のある方は、「続きを読む」をクリックしてください。

 

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2011年2月27日 (日)

干し柿

Photo  友人夫妻の家を訪問さえていただきました。

  思い切って家の中の整理を断行されたとのことで、家内が「まあ、一度、うかがわせていただきたい・・・」とお願いしたら、快く招いてくださったのです。

  整理されるときの苦心、お働きをうかがうことができ、実際にすっきりとしたすてきなお家を見せていただけて家内はとても喜びました。

  私は、内心、我が家の整理にますます拍車がかかるなあと心しながら、ご主人といろいろな話をしておりました。

 写真は、ティタイムにいただいたおもてなしの中の一つ、干し柿です。

 岐阜はおいしい柿の産地ですが、この干し柿は糸貫町の農協で11月末に渋柿を段ボール1箱購入され、お母さんがせっせと皮をむいてくださったのをおよそ3か月、軒先につるして完成した逸品です。とても美味でありました。

 帰宅して、干し柿とつるし柿、どちらがよく使われるのかと調べてみましたら干し柿(つるし柿)となっていました。織田信長がルイス・フロイスをもてなすときに出したということも書かれていました。フロイスは、初めてだったようで、干しイチジクだと思ったようです。

 説明に「ドライフルーツの一種で・・・」と書かれていて、なるほど、そういうふうにも説明できるのだと改めて認識いたしました。

 今日、教えていただいたことを大切にして、夫婦間の平和を保ちながら我が家も整理していきたいと思います。

 さて、今日は 日曜日、キリスト教会の礼拝にお出かけくださいますように。

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2011年2月26日 (土)

ハープ

0014  前回に引き続き、音楽療法の仲間が入手したハープについてです。

  旧約聖書に書かれているのですが、イスラエルのサウルという王様は体格がよく、かなり大柄な人でも彼の肩の辺りまでしか慎重が届かなかったそうです。

 そのサウル王は心が落ち着かない状態になることが時々あったそうで、そういうときにハープの演奏の上手な若者が呼ばれ、ハープを奏でるとサウル王の心は安らかになりました。

 うーむ、これはまさに音楽療法そのものではありませんか。

 このことは、旧約聖書のサムエル記Ⅰ 16章に書かれていますので、関心のある方はお読みください。

0016_2

 写真のハープは、この王の名前をとって「サウル・ハープ」と呼ばれているそうです。

 昨日の写真もそうですが、ハープは右側と左側で別の顔を持っていますので2枚並べさせていただきました。

  琴を奏でたダビデ少年の名ではなく、王様の名がつけられているのはおもしろいですね。

 また、中国の孔子(B.C.551~479)も琴の音楽をたいへん愛好して「琴の音というのは、人間の心を静かに安定させる、本当にすばらしいものだ」と語るとともに調子の外れた琴の音ほどいやなものはないとも書いているそうです。

(日野原重明 著 『音楽の癒やしの力』春秋社 刊)

 写真のハープは24弦です。27弦、29弦のもあるそうです。

 弦の多少に関わらず、それぞれのハープが持ち味を生かして活躍しているのだそうです。

  今日も、私たち、それぞれの音色で人生を奏でることができますように。

 明日は日曜日、どうぞキリスト教会の礼拝にお出かけくださいますように。

 

  

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2011年2月25日 (金)

楽器 「ライアー」

0011 音楽療法を学んでいる仲間が、「ライアー」という竪琴を入手し、見せてくれました。

 古代ギリシャの時代から伝わる、リラ (リュラ)という竪琴があるそうですが、ライアーはその流れを汲んで1920年代にドイツで作られ、シュタイナー教育などにも活用されているとのことです。

 そうそう、「千と千尋の神かくし」の主題歌・・・木村弓さんが演奏しながら歌っているのも、このライアーの仲間のようです。

  今回のライヤーは「キンダーライヤー」と呼ばれる種類だと思います。

 キンダーは英語のチャイルドにあたるドイツ語で、それは、ちょうど赤ちゃんを抱くようにかかえて演奏することにちなんでつけられた名前だそうです。

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 反響板がついていないので大きな音ではありませんが、とてもかわいらしい音色です。

  ハープの歴史は古く、旧約聖書にも登場するのですが、この仲間は、もう一つのハープも聴かせてくれました。

  次回は、そのハープに登場してもらう予定です。

  今日も、よき音色で人生を奏でることができる日となりますように。

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2011年2月24日 (木)

陶器師の芸術

0066 少しドライブして、おしゃれなお店に行ってきました。

 リヤドロというのでしょうか、見事な陶器の装飾品がありました。

 ちょっと写真が小さいかと思いますので、ある部分を大きくしてみますね。

 人形たちのおすまし顔がかわいらしPhoto_2

いですね。

 

 おそらく同じ土を使うのでしょうが、

コーヒーカップも、綺麗でした。

0064

  マイセンという会社の製品のようです。

 「リヤドロ」も「マイセン」も、もし違っていたら すいません。

  夏には、ベランダというか、外の席に陣取って渓流を見ながら涼しくすごせそうなお店です。

  うーん、人に教えていただいて行った店なのに、なんだか秘密にしておきたいような、でも言わないともったいないような、そんなお店です。 えっ、知りたいですか ・・・ やっぱりそうですか。

 ・・・ でも、教えてくれた人に「他の人に教えてあげてもいいですか」って尋ねてからにしますね。   ということで、今日は、おしまい。 ほな、また。

 今日も、人に意地悪を(あまり)しない、よい日になりますように。

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2011年2月23日 (水)

『吉右衛門のパレット』 新潮社

0002

 『吉右衛門のパレット』

 新潮社2000年12月20日 発行

 テレビの「鬼平犯科帳」の長谷川平蔵役などで活躍の歌舞伎俳優、中村吉右衛門と阿川佐和子の対談、そしてカメラマン稲越功一の長年にわたって撮影した中村吉右衛門の舞台写真が収められています。

 この稲越功一さんは、先年お亡くなりになったのですが、1941年、岐阜県高山市に生まれ、国内外で活躍された写真家です。

  稲越さんは高山の小学校で、児童自身が撮影して持ち寄った写真の展覧会を開くようにされ、今もそれを受け継いで開かれている児童の写真展を稲越さんの奥様が支えておられるそうです。

 さて、本文でおもしろく思ったのは、「まるで歌舞伎役者のよう」といわれるほど好男子揃いの役者さんなのに、中村吉右衛門さんのことばのあちらこちらに容貌コンプレックスが出てくることです。

 中村 : 役者は、一が姿、二は声、三が技で、僕には・・・。

 阿川 : 全部そろっていらっしゃいますね。

 中村  :  僕が傷つくと思って、皆さんそうおっしゃってくださる (笑)

 阿川 :欲張りなんですねぇ、じゃあ、神様がくださると言ったら何を?

 中村: やっぱりようしでしょうか。もっと歌舞伎役者らしい容姿にしていただけたらな、 と思います。 ・・・ 昔の錦絵に描かれているような容姿だったらどんなにいいだろう。

 ・・・ と言う具合です。また、横見得(よこみえ)といって客席と90度横向きになって見得をするとき、僕なんか鼻がなくなっちゃう  とも述べておられます。

 そもそも、人前に出るのがあまりすきではないし、背の高いことも「こんなにでっかい役者はいないし、向いていないや」とヤケをおこしていたら「確かに背の高いのはふりかもしれないけれども、もしあなたがうまくなったら、背の低い人より目立つんだから有利じゃないの。だからうまくなりなさい」と言ってくれる人がいて、励んでこられたのだそうです。

 うーむ、そういう話を聞いて、そうかあ・・・と自信を持つこともできませんが、ずーっと以前、ミニスカートの女王と言われたツイッギーが来日したとき、日本の歌手か女優さんにどうしたらそんなにスリムになれるのですか、と尋ねたそうですから、人は、それくらい自分に自信が持てないものなのかもしれません。 稔るほど謙虚に鳴門言うことかも知れませんけれど。

 そんなことを思いながら読んだ本でした。

 さて、今日も、自分をへりくだりすぎず、過大評価もせず等身大の自分として歩むことができますように。

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2011年2月22日 (火)

梅咲きぬ

Photo_2  岐阜市の梅林公園という梅の名所 ・・・ 梅の開花が近づくと、臨時の停留所にバスが停まるようになります。

 どんな具合かな、と行ってきました。

 おお、見事なものです。

 春が、感じられます。

 欲をいうと、おでんや団子の店が開いているとなおよいのですけれど。

 ↑ すみません。どこまでいっても食べることからはなれられない私でありました。

Photo_3 夕方でしたが、散歩がてら梅の花を愛でている方、本格的な三脚を据えて撮影しているカメラマンなど、春を楽しむ方々に仲間入りさせていただきました。

 ベンチもあり、心楽しむ時間を過ごせる公園です。

 梅一輪 一輪ほどの あたたかさ

 今日も、心温まるよき日となりますように。

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2011年2月21日 (月)

住む鳥、池を濁さず ?

0004 これは、1月下旬に撮ったキリスト教会の遠景です。

  やはり、一か月の移り変わりは大きいですね。

 手前に写っている池は、農業用のため池(だと思うのです)ですが、その池にはカモがやってきます。

 この冬は、オシドリも来ていました。

 鳥インフルエンザの心配は、多分ないと思うのですが、どうなのでしょう。

 立つ鳥 跡を 濁さず といわれますが、 住んでいるときにも 濁さず、クリーンであってほしいとおもいます。

Photo_2 鳥自身も、インフルエンザにかかりたくてかかっているわけではないのですし、病気になったらなったで、おかゆを炊いたり、水枕、氷枕などを用意していたわってもらったりしたいのではないでしょうか。

 いえ、これは感情移入が過ぎると思いますけれど。

 健康で毎日を歩めますように。

 地球自身の健康とつながっているのでしょうか。

 大きなことは、わかりませんけれど、どうぞ今日もおすこやかで。

        

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春の足音

Photo 寄せ植えのつぼみが開きました。

 まだ、寒い時間帯もありますけれど、植物は敏感に春の足音の軽やかな響きをとらえているのでしょう。

 さだまさしは、さくら前線の北上するスピードを 計算し、毎秒22センチと23センチのあいだでしたか、お母さんの一足一足という詩的な表現をしました。

 子どもたちには、イメージしやすくて春の訪れが身近に感じられる表現ですね。

 いえ、多少、これよりサイズが大きくても、あるいは小さくても、別に問題はないのですよ。

  えっ、サイズではなく、人間としての持ち味が、春というより厳しい冬のような人柄なのだとおっしゃいますか。

 いえいえ、ご心配なく。冬は春の隣り ・・・ お子さんたちには、厳しく見えてもお母さんの真に優しい愛情が伝わっていると思いますよ。

 「はぐくむこと、春のごとし」 ・・・ 世の中にも、ご家庭、親子関係にもよき春がおとずれますように。

 今日も、よい日となりますように。

  

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2011年2月20日 (日)

近づく春

0002 日が長くなりましたね

・・・いえ、一日が24時間だということは、存じております。

 そのですね、夕方も、すぐに暗くならずに明るい時間が持続し、夕食前の散歩ができるようになってきたと書きたかったのです。

 写真は、その夕方の散歩で見かけた夕焼けです。

 なんと美しく感じられたことでしょう。

 やはり、散歩せずにいると、目方が増量しているのですね。 ムーミン谷の住人たちは、冬眠する前におなかをいっぱいにするのだと書かれていました。

 つい、私もその気になって、冬眠に備えて増量していたかもしれません。

 春も近づいてきましたので、散歩を位置づけるようにし、オリンピックに出るほどではありませんが、より健康な数値になるように心がけたいと思います。

 幸い、私は、去年までのところ、花粉症を経験せずにくることができましたので、花粉が飛び交う時期になっても散歩を続けられるのではないかと思います。

 「飛騨で、なつめを食べて育った人は花粉症にならない」という説を聴いたことがあり、その説にどんな根拠があるのか、ないのかは分かりませんが、少なくとも、私自身が花粉症になるまでは、私に関してはあたっている、と思うことにしております。

 皆様も、どうぞ、体によいことを何か、お続けください。

 今日は、日曜日、キリスト教会の礼拝にお出かけくださいますように。 これは、体にもですがそれ以上に、魂のためによいことです。

聖書 安息日を憶えて、これを聖なるものとしなさい

 

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2011年2月19日 (土)

『新・コンピュータと教育』

Photo

 『新・コンピュータと教育』 佐伯 著

 岩波新書 1997年5月20日 

 第一刷 発行

  著者は、東京大学大学院教育学研究科の教授 ・・・ 岐阜県の出身だそうです。

 今のようにパソコン、インターネットが広まる前に、この方は次のように述べておられました。

「コンピュータを学校に導入するとき、一番子どもたちに育てなければならないのは、コンピュータをどういうことに用いたらよいかを考える力です。」

  卓見だと思いました。

  それで、このかたの『コンピュータと教育』(岩波書店)、『「学ぶ」ということの意味』

などの本を何冊か読みました。今回のこの本は、直接的には前著の『コンピュータと教育』とつながりはないとのことです。

 後書きにこう書かれています。

   ◇   ○   ☆   □   ※   □    ☆   ○   ◇

 コンピュータという、きわめて変幻自在でで一見「万能」な道具を手に入れると、人びとはそれが道具であることを忘れ、人びとに幸せをもたらす道具だとみなしたり、それが自然に社会をユートピア(理想社会)に導いてくれる救いの神とみなしてしまう。コンピュータもまた、人間にとって道具なのだ。愚かな使い方は不幸をもたらすし、賢明な使い方は幸せをもたらす。

  ◇   ○   ☆   □   ※   □    ☆   ○   ◇

  私は、定年退職して、間もなく5年目を迎えようとしている者ですが、現役時代、コンピュータの先進校に勤務することになったとき、コンピュータを礼賛するような本があふれるほどある中で、慎重論、懸念する意見、反対する立場などが書かれている本もできるだけ読みました。

 そのころ、そういう本は、少なかったのですが、コンピュータを教育に導入することの光と陰の両面をよく知り、歴史の評価に耐える歩みをする責任を感じていたので、探しだして目を通しました。

  この本は、そのような私の出会った本の中でも、よい示唆を与えてくれた一冊です。

  さて、歴史に流されるのでなく、自ら新しい歴史を創り出す一日となりますように。

  明日は日曜日、キリスト教会の礼拝にお出かけくださいますように。

  

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2011年2月18日 (金)

『人生、惚れてこそ 知的競争力の秘密』 米長邦雄 羽生善治

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 『人生、惚れてこそ 知的競争力の秘密』

米長邦雄(よねなが くにお)

羽生善治(はぶ よしはる)

クレスト社 平成8年3月28日 

初版第一刷発行

 米長さんは、昭和18年生まれ、平成5年に最年長名人のなり、平成6年に史上4人目の1000勝達成。

 羽生さんは、中学3年でプロになり、平成元年に竜王位を獲得して史上初の十代でのタイトル保持者になりました。平成8年に前人未到の七冠を制覇しました。

 本書はお二人の対談で成り立っていますが、ところどころに写真と、語録が掲載されています。

米長語録の一つ

 「憶えることと考えることは、まったく違うことで、脳は憶えるという作業では汗をかかない。考えて、考えて考え抜いてはじめて汗をかく。」

羽生語録の一つ

 「将棋というのは大海原のような世界ですね。指していると、人間の小ささを感じる。将棋盤は狭いけれど、将棋の世界はどんどん拡がっていくんです。」

 ほかの棋士のことばも印象的でした。

 羽生さんに王将戦で負けた直後の谷川棋士のことばです。

「今度の勝負はシリーズを通して出来が悪く、フアンの皆さまに申し訳ないし、羽生さんにも申し訳なかった・・・」

 せっかくの七冠達成、できることなら羽生名人に全力をふるわせるような舞台を用意するのが礼儀であるのに、それができず、申し訳ない というのが敗戦直後の弁だったのだそうです。82ページ、83ページにそう書かれているのですが、91ページにこんなことが書いてありました。

 産経新聞の石井英夫論説委員さんが、羽生さん七冠達成の翌々日の平成8年2月16日の産経抄にこう書いておられるのだそうです。

「世間は七冠をとった将棋の天才・羽生善治さん(25)で持ち切りだが、羽生さんのおとうさん・政治氏(61)が発表したコメントというのがいい。人情の機微をつかんで滋味あることばだった。▼長いが、ほぼ全文を引用させていただく。「今回『王将位および七冠を預かる』にあたり・・・私ども家族は現在複雑な心境です。と申しますのは、阪神大震災の中心地、神戸出身である谷川浩司王将が力を十分に出し切れないままに終わってしまったことです」▼「大震災による物理的、精神的な痛手、さらに善治の七冠へのマスコミ報道が谷川王将に重荷になったと思います。七冠奪取、独占など大それた気持ちを持つことなく一時期『七冠を預かる』心構えの棋士であると同時に、社会人として精進するよう望んでおります。」▼その子にしてこの父ありというのもへんだが、こんな立派なお父さんだからあんな清新の青年が生まれたのだろう。

 うーむ、勝負師の非情な世界と思っていたのですが、いえいえ、深みのある将棋の世界なのだなと目を開かれました。

 さて、今日も、さわやかな磨き合いのできるよい日となりますように。

 

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2011年2月17日 (木)

『捕手ほど素敵な商売はない 野村克也VS森祇晶』

Photo_2『捕手ほど素敵な商売はない

 森 祇晶 VS 野村克也 』

 松下茂徳 著

 朝日新聞社 2009年 7月30日

 第一刷 発行

 野球界の有名な捕手、そして監督としても高い評価を得た二人の人物を、どちらもよく知るノンフィクションライターがいろいろな場面を振り返りながら描いた労作です。

 連続日本一を九年連続達成した川上ジャイアンツ時代には、長島・王、そして森捕手がいました。

 森捕手は、後に西武ライオンズの監督となり、そのチームに入った清原が、日本シリーズで巨人を倒す瞬間が近づいてきたとき、グランドで守備をしながら涙をこらえ切れずに泣いていたのをベンチから同じ思いで見守っていました。

  森監督は、大阪府豊中市の生まれですが、 1945年の空襲によって家が焼け、父の出身地である岐阜市に疎開したそうです。父は、岐阜市の教育委員、母は民生委員をつとめられたとのことです。 岐阜市長森に住み、長森の小学校、長森中、岐阜高校で学んだことを私はこの書で知りました。

 西部の後、少し年数をおいて横浜の監督になり、その後ハワイのホノルルに移住して暮らしておられるそうです。

 紙面の都合で、楽天での活躍も記憶に新しい野村監督のことはくわしくは書きませんが、本書では、いろいろな具体例を元に「先読みと逆算」の森監督、「データと確率」の野村監督 と対比されています。

 共通点もあり、ふたりをよく知る川上哲治監督のことばが紹介されています。

 「森も、野村も、親孝行という点では同じですね。プロ野球で大成した選手は、例外なく親孝行です。生活がかかっているから、いい加減なプレーはできない。手抜きせず、必死にプレーし、技量を磨いたからこそ、ふたりは名捕手になったんです」

 どの例かを端的にご紹介しようと思ったのですが、なかなか難しく、ここまでとさせていただきます。

 今日も、自分の大地を踏みしめ、大局を見ながら果敢な歩みをすることができますように。

 

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2011年2月16日 (水)

冷たい雪 温かい心

 そのことが起きたのは、ある交差点で信号停止したときのことでした。

 バレンタインデーの夕方の牡丹雪、幸い岐阜市では道路にはほとんど積もらず、15日の朝、フロントガラスの雪を取り除いて車を出しました。

 一つ、懸念していたのは、車の屋根に数センチの厚みで雪が凍り付いていたことです。

 通勤途上のどこかで、走行中に雪がはがれて後方へずり落ちるか、ブレーキをかけたときに前へ滑り落ちてくるか、あるいはちょっとずつ空中へ飛んでいくか、などと考えていたのですが ・・・ 信号が変わりかけるのを見て停車したとたん、ドドドドッと雪崩状態でフロントガラスが塞がれました。

 おお、そうきたか、とドアを開けて出ると、サッと「これ、使ってください」とタオルが差し出されたのです。その通りに面している商家のおかみさんが、状況を素早くみてとっての機敏な動きでした。

 「ありがとうございます」と、フロントガラス全体を覆う雪を払い落とし、「助かりました」とお返しし、車に戻って、信号が変わるのを余裕を持って待つことができました。

 「お気をつけてー」とおかみさんが声をかけてくださいました。

 冷たい雪、でもそれは温かい心を招いてくれました。素早く助けてくださったかた、本当にありがとうございました。

 さて、今日も、温かい心で向き合うすてきな日となりますように。

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2011年2月15日 (火)

牡丹雪

 岐阜市ではバレンタインデーの午前中、結構、日光がさして晴れていたのです。

 それが、だんだんと曇ってきて、午後三時前から小雨、そしてそれが雪になり、何と牡丹雪にかわり、道路に積もり始めました。

  天候の急変には驚きました。もう、チョコレートどころではありませんでした。(アハッ、うまい口実!)

 家内が、テレビで観たというメニューを夕食に作ってくれました。何と、ハンバーグにチョコレートソース ・・・ しょうゆ、料理酒、みりんを煮立たせておいてバルサミコとチョコレートを溶かすのだそうです。

 いっぷう変わった形でチョコレートの登場となりました。

 あなたのご家庭では、いかがでしたか。

 ま、それはともかく、2月は28日までですので、今日から後半に入ったのですね。

 土筆や蕗の薹が姿を現し始めたようですが、油断せず、あたたかくしておすごしくださいますように。

 今日も、よき日となりますように。

 

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2011年2月14日 (月)

『湖底の城』 宮城谷昌光 著

Photo_2『湖底の城』 宮城谷 昌光 著

講談社 2010年7月26日 第一刷 発行

  愛知県蒲郡市出身のこの作家は、三河地方の武士たちの攻防・興亡などの物語も書いていますが、中国の人物についての作品をたくさん書いているかたです。

 そのきっかけは、身分の高い人を警護する衛士の「衛」という漢字の元々の字形を見ると、刀を下げた衛士が建物を守って回る方向も分かるようになっていたことだそうです。

 さて、右、左、どちら回りにすると、害意を抱いておそってくる者にたいしてすばやく抜刀し、貴人の眠る建物を守れるでしょうか。 もちろん、差があるにしてもほんの一瞬のことでしょうが、真の武人はそこまで考えて警護の方向を決めていたもののようです。

  私も興味を抱いて、剣道七段のかたに、右回り・左回りのことを尋ねたことがあります。

 えっ、それで、どちらまわりなのかとおたずねですか?  うーむ、宮城谷昌光さんの別の書にこういう言葉があります。 「人に問うからわからなくなる。 自分に問え」

 興味を覚えた方は、「衛」の文字の成り立ちを調べるか、あるいは剣の達人にねばり強くつきまとってみてください。

 ちなみに、先に述べた剣道七段のかたとは職場が一緒でしたので、いつの日か、丸めた新聞紙で、いきなりお面一本を「隙あり」と打ち込んでみたいと思っていましたが、わたしのそんなふらちな思いを実行させない人格の気高さ、風格を備えておられました。

 今日現在、現職の校長先生で、段も七段から上がっておられるかも知れません。

 さて、かんじんの『湖底の城』ですが、楚の国の伍子胥(ごししょ)という人物を主人公として書かれています。「小説現代」という月刊誌に連載中で、ある程度書き進むと単行本化されるようで、これが第一巻です。

 同じようなパターンで刊行が進展中の『三国志』も九巻まで読みましたが、私の好みから申しますと、『三国志』のように規模がとても大きい作品より、『晏子』(あんし)や『子産』、『太公望』など二巻とか、三巻の、個人の歩み、成長などを描いた作品に魅せられています。

 この『湖底の城』が何巻まで続くのかは分かりませんが、読み進むのが、楽しみです。

 ちなみに、主人公の伍子胥(ごししょ)は、身長が2.25メートル、同時代の孔子は2.16メートルあったと記されています。

 さて、今日もお一人お一人の歴史において、すてきな日となりますように。いえ、バレンタインデーのチョコレートの数や受け渡しがどうのこうのということではありませぬ。

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2011年2月13日 (日)

浅き春

0003 雪が何十年ぶりかで積もる地方があるなど、 二月中旬は冬なのか、春なのかという素朴な疑問がわくこのごろですね。

  けれど、梅の花も咲いていますし、キャンパスの光景も、冬木立というよりは春のきざしが感じられるように思います。

 入学、進級のシーズン、そして多くの若者たちが社会人としてのスタートをする春がすぐそこまでやってきています。

  高校や大学の入学試験、そして就職試験に合格した人にとってはまさに希望の春の訪れです。

 ただ、試験には合格と不合格という結果があります。

Photo 大学の図書館を撮ったのですが、陽射しを受けて明るい面と、光の当たらない面とが見事なまでにコーナーを境として別れています。

  喜びにあふれる新入生がいる一方で、進学を断念せざるを得なかった人、浪人生活に入る人、願っていたのと別の職業について歩み始める人もいることでしょう。

 でも、ご覧ください。直接、日光の当たっていない壁面も、闇ではありません。

 窓も、むしろ、日の当たっていない面にこそ、たくさん設けられています。

 人生を深く味わう機会、貴重な期間のスタートかもしれません。

 光と陰、どちらの面でこの春をスタートされるかたも、自分自身が自分の人生の主人公であることを大切にして、よきこれからを切り拓いてくださいますように。

聖書 あなたがたは、地の塩、世の光です

  今日は日曜日、キリスト教会の礼拝におでかけくださいますように。

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2011年2月12日 (土)

医師 鎌田 實さん その3

 鎌田 實 医師の文章から、3回目です。

 今回は、すい臓がんが転移していて重い症状にあった男性のことです。

 病気のことは受け入れていたが、人生をあきらめていなかった彼は、痛みを口にせず、一人で耐えていたのだそうです。

  ◇  ○  ☆  ※  ☆  ○  ◇

 いよいよ耐えきれない痛みを覚えるようになって主治医に痛みを訴えると

 「痛くない、痛くない、我慢、我慢」と押しつけるように言われ、彼は、心を閉ざした。おざなりのように出された痛み止めの薬は効かなかった。

  家族とのコミュニケーションも少なくなってしまった。

 そういう状態を憂えた家族に伴われて、彼は鎌田医師の勤めている諏訪中央病院の緩和ケア病棟にやってきた。

 この人の痛みを鎌田医師は緩和したいと願った。鎌田医師が考える痛みは次の4つ。

・ 体の痛み

・ 心の痛み

  まだ小さな子どもや家族を残していく心配

・ 社会的な痛み   

  やり残している仕事を何とか完成させたいけれど完成できそうにないという悲しみ

・ スピリチュアル(霊的)な痛み  

  この世から自分がいなくなるという不安  

 これらの痛みは相関していると考える鎌田医師は、痛みを緩和するためにモルヒネを用い、ケアをした。  この男の人は、体の痛みをやわらげてもらいつつ、気になっていた仕事を完成し、家族と小旅行に行くなどいい時間を過ごし、自分らしく最後まで生き、家族や仲間に「ありがとう、さようなら」と言葉を残して逝った。

   ◇   ○   ☆   ※   ☆   ○   ◇

 3回にわたって、鎌田 實 医師の「言葉で治療する」という文を紹介させていただきました。

0005

 今回の最初に出てくる主治医さんも悪気はなく、励ましだったかもしれません。多くの方の治療に当たって成果を上げているからこそ、その仕事を続けておられるのでしょう。

 ただ、どんなに多くの患者さんと接してこられても、一人一人の患者さんにかける言葉は、その日、その時限りのかけがえのないものとなります。

 私自身、たとえば、進路相談の時に、本当に生徒、保護者の思いを汲んだうえで、プロとしてのあたたかい言葉をかけることができていたかを省みると、とても申し訳ない心になります。志望校に合格、不合格ということを越えてできたこと、しなければいけなかったことがあったのではないかと思います。

   詩  ねがい  八木重吉

  どこを  断ち切っても  うつくしくあればいいなあ

 

 生きている今現在の心のどの断面、生きてきた一瞬一瞬のどこを取りだしても美しかったら、どんなにすばらしいことでしょう。 そして、それは、ほとんどの場合、かなわないことです。

 でも、醜さを自覚すればするほど、ねがいは強まるのですね。

 今日も、よきねがいをもって、歩む日となりますように。

 明日は、日曜日。 キリスト教会の礼拝にお出かけくださいますように。

 

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2011年2月11日 (金)

若者たちの輝き

Photo  岐阜大学教育学部の音楽科の卒業・修了演奏会 を聴きに行きました。

 開場は、岐阜県庁近くのサラマンカホールです。

 トロンボーンの独奏・ピアノ曲・ヴィオラ・ソプラノ・フルート。最後は合唱で「朧月夜」「夕焼け小焼け」「メサイア」。

 どの演奏も、いい意味の若々しさに満ち、練習、研鑽を積んでこの日に臨んだことが伝わってきました。感動のできばえ・・・まさにひたむきで純真な音楽にひたる至福のときでした。

 ありがとう・・・感謝の言葉を贈ります。

 そして、お一人お一人のこれからに幸あれと祈ります。

  客席から応援し、見守り、拍手しておられたご家族のお喜び、いかばかりだったでしょう。

 皆様によき春が訪れますように。

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ご報告 岐阜県音楽療法士 レポート審査結果

  このレポートを書くのが難航し、一度は、今年度の申請をあきらめて、レポートをせっせと書きためようかとも思ったのですが、年齢が一つ上がってしまうことも気になり、ともかくヒットか三振かは気にせず、バッターボックスに立って、バットを振ろう、という思いでレポートを提出したのが2010年12月22日の締め切り日でした。

 そこまで12月に書いてしまったので、気恥ずかしいのですけれど、今回岐阜県音楽療法研究所から届いた通知の内容をお知らせしないといけませんよね。

 「合格」でした。

  案じてくださった方、ありがとうございます。今月末に、岐阜県音楽療法士(通称GMT)認定証交付式が開催されるとのことです。

 まずは安堵しました。ただし、今後三年間、「児童」、「成人」、「高齢者」の三つの分野について毎年どの分野かの研修会に数回ずつ参加し、それぞれの分野で一度は実践をもとに発表し、認定更新審査を受けることが義務づけられています。

 うーむ、その三年間が過ぎたとき、私は何歳になっているのでしょう ・・・ などということは考えずに、一歩ずつ歩んでいくことにいたします。 いえ、気取っているのではなく、生きるということは、結局そういうことではないでしょうか。私の生涯学習の一つです。

  まずは、感謝を込めてご報告まで。気をもんでいてくださった方々、本当にありがとうございます。

  今日も、新たな気持ちで歩むよい日となりますように。

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鎌田 實 さん  その2

 鎌田 實 医師の文章から、今回は、白血病と闘った女性について

 白血病になった若い女性が、主治医に「99%助からない」と言われたそうです。

 あきらめかけたがあきらめきれない女性に、彼女のお姉さんが

「何もしなければ助かる確率は0パーセント、チャレンジすれば1パーセント助かる。1パーセントもあるやん」と声をかけました。

 骨髄移植が成功し、白血病が完治した彼女は、そのころアメリカで始まったばかりの骨髄バンクを日本にもつくろうと活躍しています。このときも、お姉さんはこう言って後押ししたそうです。

「あなたのために骨髄バンクは間に合わないかもしれないけれど、他の人が助かるかもしれない。あなたが死んだら、私とお母さんが引き継ぐ。だから、やれることをやりなさい」

 自分のためよりも、ほかのだれかのために行動を起こすときに、大きな力がわいてくる。現在、多くの人が登録している日本の骨髄バンクは、この言葉をきっかけにできていったのだ。

 言葉を通して人間は生き抜いていく。

 言葉を通して人間は納得して死んでいける。言葉は大切だなと思った。

 ◇   ○   ☆   ※   ☆  ○  ◇

  前回に書きましたように、国語の教科書を発行している会社の『国語教育相談室』という冊子に依頼されて巻頭の文を執筆されたという事情があるでしょうが、緩和ケアに誠心誠意取り組み続けてこられた鎌田医師が書いておられる「言葉で治療する」という文には重みがあるのを感じています。  明日は、3回目とさせていただきます。

 今日も、心のこもった、力ある言葉を交わせる日となりますように。

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2011年2月10日 (木)

医師 鎌田 實 さん

 医師 鎌田 實(みのる)さんのことをご存じの方は多いと思います。諏訪中央病院の名誉院長 1948年生まれだそうです。36年間、命を支えるあたたかな医療がしたいと歩んでこられたかたです。

 この方の「言葉で治療する」という文章が、光村図書という教科書会社の『国語教育相談室』中学校no.63の巻頭エッセイとして掲載されていました。

 以下、その中から抜粋して内容を紹介させていただきます。連続3回になる予定です。

 第1回 ある乳がんの女性 ・・・ 荒れている高校の教師だったようです。

 ◇  ○  ☆  ※  ☆  ○  ◇

 生徒たちの前で、何度か「命の授業」をし、最後の授業は臨終の病床に生徒たちを集めてのものだったそうです。

 「来てくれて、ありがとう。私をよく見て」 最後の力を振り絞って、声は小さいけれど、はっきりした口調で彼女は語った。

 「人が死ぬということは、歩けなくなり、ご飯が食べられなくなり、お水が飲めなくなること。当たり前のことが一つずつできなくなることなの。あなたたちはそれが全部できるでしょ。今のうちにやりたいことを精一杯やって、悔いのない人生を歩んでください」

「人生にとっていちばん大切なものは、お金じゃない.自分をさらけ出せる友だちがいることよ。今いなくてもいい、人に優しくしていたら必ず、そういう人にめぐり合うのよ」

 それから30分後、この女性は眠りにつき、そのまま旅立っていった。彼女の命をかけた授業は終わった。生徒たちは彼女から大切なものをしっかりと受け止めた。荒れた学校の空気は、変わっていった。

 彼女にとっても、最後に自分の生き方を言葉にすることで、自分の人生を総括することができたのではないか。それを真剣に生徒たちが受け止めてくれた。お互いに幸せな一瞬だったように思う。言葉の力は大きいと思う。

   ◇   ○   ☆   ※   ☆   ○   ◇

 息も絶え絶えの病床で、しかし心を込めて語った言葉 ・・・ 心から発した言葉は相手の心に達するのですね。 感銘を覚えます

 今日も、心からの言葉を交わし合うことのできる日となりますように。

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2011年2月 9日 (水)

『音楽家の身体メンテナンスBOOK』

0004 『音楽家の身体メンテナンスBOOK』

春秋社 2008年12月25日 

     初版第一冊発行

  テラッサ芸術医学生理学学院という、音楽家、ダンサー、歌手、俳優に特化した医療を提供するところにお勤めの方、とロンドンのキルドホール音楽演劇学校というところにお勤めの方との共著です。

 訳者の 中村ひろ子さんは、1959年生まれのかたで、ピアニストの中村紘子さんではありません。

  椅子、譜面台の位置や高さ、照明の在り方、目を大切にするには楽譜の質もとても重要 などのことも含め、とても丁寧に書かれています。 暖房の入った部屋の湿度は40%から60%が望ましく、夏は40から50%などと具体的な数字が挙げられています。

 ちょっとショックだったのが、耳のところです。 なんと、「プロの音楽家の半分近くが、聞こえに問題があることが明らかになっている。さらに、バンドで弾いていた学生の場合、聞こえに問題を抱えている者が一般学生に比べて2倍以上いる。」と書かれているのです。

 考えてみますと、普通の場合以上に耳を酷使する可能性があるのが音楽に携わる人たちですよね。 私には、盲点を指摘された思いになりました。これは、うかつなことではありましたが・・・。

 対策としては、 

1.もっとソフトに演奏する(いつでも実行できることではないが、まず考えるべきことだ。)

2.演奏時間を短くする (実際的ではないけれど・・・)

3.「静かな休憩」を組み込む 耳の受けたダメージを回復させるよう、心がける。

4.ダメージをもたらすおそれがある音源から離れる

5.大きな音を出す奏者の配置を考える

6.演奏する場所に合わせた曲目を選ぶ

7.遮音板(アクリル樹脂製のスクリーン)を置く

8.会場の音響を改善する

9.演奏家用の耳栓を使う

 などが挙げられています。

 そういえば、シューマンは、ピアニストになろうと考えた年齢がちょっと後だったので、焦るあまり猛練習をして指を痛めて断念した、というような例があります。 エアロビクスのインストラクターが過重な運動を続けて体を痛めている例もあるようです。

 日常生活の中で、体を健康に保つにはバランスが必要なのですね。私も気を付けたいと思います。

 今日も、いろいろなことにバランスをとって歩むよい日となりますように。

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2011年2月 8日 (火)

音楽と体

 オペラをテレビで鑑賞しました。驚いたのは、歌手の声量の豊かさです。

 スポーツ選手並みに鍛えた体でなければ、広い会場を揺るがすほどの声を体から送り出すことはできない ・・・ そんなことを思って図書館に行きましたら2冊の本が目にとまり、借りてきました。

0006  『音楽家ならだれでも知っておきたい からだのこと』誠信書房 2000年10月20日 第一刷発行

 アレクサンダー・テクニーク というのがあるそうなのです。この本の名前は、そのアレクサンダー・テクニークのミュージシャン向けの6時間コースと同じ名前が付けられていて、図解を見ながら実際にやって理解するように書かれています。

 それはそれとして、前書きを見るだけでも私の先入観は揺れ動かされました。

 スポーツ選手並みに ・・・ とこのブログの初めに書きましたけれど、本書の前書きにはこうあるのです。

 ・・・音楽家もダンサーや運動選手と同様に、体を動かすことで生活をしています。ただ、音楽家の場合その動きはもっと繊細で、正確で、すばやいものであったりします。 

 うーむ、まいりました。

  ただ、どうも専門家であるインストラクターに手ほどきしてもらうのでなければ、内容も実技も、少なくとも私にはすんなり入ってきそうにありませんので、次のことだけ、紹介させていただきます。

 感覚は5つあると思っているのかもしれません。もし感覚が5つだったとしたら自分のからだについて知ることができるのは、からだに触れるか、見るか、においをかくが、味わうか、聞くほかはありません。それをしないかぎり、からだは感じられません!

 さいわいにも、わたしたちの感覚は6つあります。5つではありません。ですから、感じたいときはいつでも、からだを感じることができます。 ・・・ 第6番目の感覚は筋感覚と呼ばれています。それによってわかるのは、自分のサイズ、位置、動いているかどうか、そして動いているならば、どのようなうごきであるか、ということです。

 これも、私には驚きのことば・内容でした。

 ともかく、歌う前にも、ピアノやギターなどを練習する前にも、柔軟体操をするなど、準備してからとりかかろう ・・・ そういう気持ちになりました。そうさせてくれるだけでも一冊の本の値打ちは大きいですよね。

 明日は、もう一冊のほんについて書かせていただきます。

 今日も、よき準備をしてとりかかることのできる日となりますように。

 

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2011年2月 7日 (月)

『新 13歳のハローワーク』 村上 龍 著

0005『新 13歳のハローワーク』 村上 龍 著

 はまの ゆか 絵  

幻冬社 2010年3月29日 第一刷 発行

 7年前に発行された本の改訂版です。

 13歳という年齢を中心とした、子どものための職業図鑑であることは変わらないと書かれています。

 ただ、「好き」という入り口を教科別にして、何が好きなのかよくわからないという子どもでも、好きな教科なら気づきやすいかも知れないと考えたそうです。

  授業ではなく、「休み時間がすき」「放課後が好き」という項目も設けられているところに、この作家らしい配慮を感じます。

 まず、職業と仕事、働くことについて基本的なことから書かれているところにもよい印象をもちました。

 13歳は、大人の世界への入り口・・・アメリカでは12歳までは子どもとしてケアされ、13歳になると逆にベビーシッターなどのアルバイトを始めるようになると書かれています。

 13歳前後のお子さんをお持ちの方、あるいは、自分自身の職業について考えておられる方、教育に携わっていて進路相談などを受ける立場の方などにもお薦めです。

 2600円プラス税 という価格ですが、多くの図書館にあると思います。もし、お近くの図書館のこの本が旧版でしたら、希望して購入してもらうとよいでしょう。(実は、私もそうしたのです。)

 さて、今日も、進路を迷わず歩むことができるよい日となりますように。 ・・・ いえ、迷うことにも意味があると思っていますけれどね。

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2011年2月 6日 (日)

二つのメニュー

0002  久々のハズバンド向け料理教室 ・・・ さて、何を作るところでしょうか。

  炒り卵を作っておいて、納豆をいため、ネギを参加させ ・・・ そうです。納豆チャーハンを目指しています。

  卵は、炒ったら別にしておいて、仕上げで合流させる、納豆は炒ると粘つかないという2点がポイントだそうです。

 さて、どのようにできあがったでしょう。

 

0004 いかがでしょうか。味付けは、納豆に添えられていたタレを用い、ジャコも参加させました。

 ネギがほどよく焦げていますが、これは、撮影に手間取っている間に焦げたもので、けがの功名というか、賞賛(?!)の対象外です。

 えっ、納豆チャーハンはともかく、向こう側の皿が空いているのが気になるとおおせですか?  それでは、 ジャジャーン

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 こちらの皿には、「友の会」で教えていただいた「海苔ジャコトースト」 ・・・以前にも紹介させていただきましたが、今回は、溶けるチーズに代えてクルミをのせ、バターの代わりにマヨネーズを塗ってあります。

 というわけで、複数の選択メニューが登場した我が家のテーブルでありました。

  さて、今日は、日曜日、キリスト教会の礼拝にお出かけください。

 聖書 人はパンのみにて生くるにあらず

 魂の糧として、牧師さんを通して神様からのメッセージをいただくひとときをお薦めいたします。

 

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2011年2月 5日 (土)

健全な肉体に不健全な賭博が・・・

 「健全な肉体に健全な精神が宿る」と伝えられていることばは、もともとは、「健全な肉体に健全な精神が宿ってほしい」という願望の表現を込めた詩の一部だそうです。

 その願望を、物の見事に、「国技」である大相撲の力士たちの一部が裏切ったことが報じられています。

 罪を憎んで人を憎まず、といいますが、野球賭博のことが明るみに出て、信頼を取り戻そうと一丸となって励んでいるはずの角界だったのではなかったのでしょうか。

 人は、完璧を目指しつつもパーフェクトにはなり得ない存在ではありますが、度重なる不祥事を「人間だから、こういうこともあるさ」と大目に見ることはできがたい事態ですね。

 相撲場に足を運んで声援を送る子どもたちの声は、この力士たちの心に届かなかったのでしょうか。フアンクラブの方たちの誠意あるバックアップに、この先、どう応えるのでしょうか。

  聖書には、イスラエルの人たちが、神様を何度も裏切った歴史が包み隠さず書かれています。そして、神様が何度も裏切った人たちを許し、救い主として、ひとりごイエスキリストを遣わしてくださったことが書かれています。

 それほどに深い愛を私たちはいだくことができるでしょうか。

  苦悩をあらわにしながら角界の再建に身を挺して取り組む方たちの姿を見続けたいと思います。

 子どもに胸をはって託せる社会を大人たちが築き上げることができますように。

 明日は、日曜日・・・キリスト教会の礼拝におでかけくださいますように。

 

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2011年2月 4日 (金)

「宝石」と「宝物」

  ヘルマン・ヘッセの「少年の日の思い出」という短編が中学1年生の教科書に長く掲載されています。

  蝶の収集に夢中になった少年の心が描かれているのですが、主人公の蝶のコレクションは「宝物」と表現されており、隣家にすむ少年のコレクションは「宝石」のようと書かれている箇所があります。

  主人公も、展翅などに力を入れるのですが、足がなくなったり、触覚が曲がったり伸びすぎていたりするのです。これに対し隣家の息子は、完璧なまでに見事な標本を仕上げているので、「宝物」と「宝石」の違いが出てきてしまうのです。

 そうなのです。その持ち主にとっては価値があるけれど。客観的には価値が乏しくなってしまうのが「宝物」、持ち主にとっては、もちろん、ほかの収集家にとっても価値があるのが「宝石」と表現されているわけなのです。

 さて、前置きが長くなりました。

 私にとっては「宝物」なのですが、整理好きな家内の目には価値を認めてもらいがたい品が、我が家にはまだまだあります。

 必死の防御によって守ってきた私の「宝物」が瀕死の憂き目にあっております。

 本 ・・・ これは、だいぶん少なくいたしました。若い教師の国語の授業力を高めるお手伝いをさせていただいているので、もう私自身は読まないだろう本を「返さない」ことを条件に機会あるごとにプレゼントする決心をしたのです。

 中には、律儀に返そうとする人もいるのですが、そういう人にはおまけをつけるくらいに今年はしようと思っています。

 坂本冬美の♪「夜桜お七」に「来ぬ人と 死んだ人とは 同じこと」 という歌詞がありますよね。あれを「読まぬ本は あってもなくても 同じこと」 というように翻案して、思い切ることにいたしました。

 レコード・カセットテープ・写真たち ・・・  これは、処分しがたい物をデジタル化するという中庸の道を行こうと考え、動き始めたばかりです。

 パソコンなどにCDを取り込み、音質のよいイヤホンで音楽を聴く ・・・ 曲の解説などはスキャナで取り込んでパソコンの画面で必要に応じて読む ・・・ これだと場所はとらずにすみます。

 ただし、取り込みに少し、技術と機材と時間が必要です。いまは、その端緒についたばかりです。

  少しでも目に見える物質が減ると、家内はとても喜んでくれます。私も、そのことを喜びとするように成長しつつあります。夫婦円満で家の中がすっきりとしていく ・・・ これは、何よりの宝ではないでしょうか。

 聖書には、天に宝を積めと書かれています。 長くなりましたので、その言葉の前後を紹介させていただいて立春の日の記事とさせていただきますね。 読んでくださる方は「続きを読む」をクリックしてください。

 今日も、よい日となりますように。

続きを読む "「宝石」と「宝物」"

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2011年2月 3日 (木)

「オニーッ !」

 ずーっと昔のこと、長男が幼く、二男はもっと幼かったときのこと ・・・ 長男が弟に申しました。

「いいか、今日からおまえを呼んだら、なんやぁ、オニーッ て呼び返すんやぞ」 「うん」

  ・・・ それから、しばらくして二男は、親に尋ねました。「オニーッ て、何のこと?」

  皆さんには「お兄ちゃん」の略だと、おわかりですよね。二男は言われたとおりに元気に「オニーッ」と呼び返しつつ、何のことか分かっていなかったのです。

 はるかな昔のことです。 節分 ・・・ 「鬼は外 福は内」 の声を聞くと、そんなことを思い出します。

 さあ、明日からは春、あたたかでよい日となりますように。

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2011年2月 2日 (水)

寒気がゆるみ・・・

 4メートルを超える大雪が積もったところもあるとのこと、その地方の方々のたいへんさを思います。

 幸い、寒気はゆるみそうですが、山や屋根に、たくさん積雪のあるところは、気持ちを緩めないで落雪、雪崩れなどに対応しなければならないことでしょう。

 飛騨の高山での少年時代、凍てついた庭の氷をつるはしで起こしていましたら、氷の下から緑の芽が表れて驚いたことを思い出しました。氷と芽の間には、マフラーや手袋もなく、氷と直接に芽が接していたのです。

 山本周五郎に『氷の下の芽』という作品があったように思います。厳しい環境に負けず、その境遇を逆に力にして伸びる強さがもてたらすばらしいですね。

 ♪「寒い朝」
詞:佐伯孝夫 曲:吉田 正

(1) 北風吹きぬく 寒い朝も
  心ひとつで 暖かくなる

  清らかに咲いた 可憐な花を
  みどりの髪に かざして今日も ああ
  北風の中に 聞こうよ春を
  北風の中に 聞こうよ春を

(2) 北風吹きぬく 寒い朝も
  若い小鳥は 飛び立つ空へ
  幸福(シアワセ)求めて 摘み行くバラの
   さす刺(トゲ) 今は忘れて強く ああ
  北風の中に 待とうよ春を

  北風の中に待とうよ春を

(3) 北風吹きぬく 寒い朝も
  野越え山越え 来る来る春は
  いじけていないで 手に手をとって
  望みに胸を 元気に張って ああ
  北風の中に 呼ぼうよ春を
  北風の中に 呼ぼうよ春を

 ヒットしたのが1962年(昭和37年)、吉永小百合とマヒナ・スターズが歌っていました。

  当時、私は、8キロほどの道のりを自転車で通う高校生。高校通学時に一番気温が下がったのはマイナス19.4度Cだったと記憶しています。 凍えずに登下校するために、マフラーで耳と鼻を覆い、そして元気なスピードで安全を確かめながら突進していたのでした。身軽で若かった、はるかな昔です。

 まもなく、立春 ・・・ 今日も北風の中に元気に春を呼ぶ日となりますように。
  

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2011年2月 1日 (火)

感性のアンテナ

 小学校に勤めていたとき、卒業を前にして、こんな場面がありました。

 六年生の子たちが、職員を招いて茶話会を開き、家庭科で学習したサンドイッチと温かい飲み物でもてなしてくれたのです。

 ちょうど職員と卒業生がほぼ同人数ということもあって、それぞれの子がどの職員かを担当して手作りのクラフトを用意し、プレゼントしてくれました。

 私は、ある男の子から木の切り株の形をじょうずに生かして作った犬をもらいました。

 ほかの職員にも、担当した子からのプレゼントが贈られました。

 ふと、校務員さんが涙ぐんでおられるのに気がつきました。「間もなく卒業する子たちが、こんな素敵な会を開き、プレゼントまで用意してくれたなんて・・・」と感激しておられたのです。

 長く、その学校に勤めてこられたその校務員さんは、その町に住んでおられることもあって、子どもの誰かが級友を泣かすと「あの子のお父さんもそうやったぞ」などと、親の代からの歴史(?!)もよくご存じでした。

 私が反省したのは、茶話会を開いてもてなしてくれる子どもたちの気持ちを一番強く受けとめるべき教員が、その校務員さんの感受性に及ばず、平然とサンドイッチや飲み物を味わいプレゼントを受け取っていたことです。磨かれてきたはずの感性のアンテナは、逆に摩耗している面があったのかも知れません。

 教師が、子どもの心に人一倍敏感であり、政治家はマスコミや国民以上に政治に敏感であり、銀行家は、預金者の財産を守ることに人一倍誠意を持って対応し、医師や看護師は患者さんの体はもちろん、心に対して、そして言葉がけについて人一倍デリカシーを備えている ・・・ そうありたいと、自らを反省しつつ、思います。

 原子力発電所で、核燃料の取り扱いについて、厳重な安全規定があるのに、慣れっこになってしまって、バケツで扱って原爆症になってしまった、というニュースがあったと思います。

 感性のアンテナを摩耗させたり、さび付かせたりしないで、真摯で誠実に日々を重ねたいと、改めて考えています。

 さて、今日も、新鮮な目と心で、かけがえのない日を歩むことができますように。

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