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2011年2月19日 (土)

『新・コンピュータと教育』

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 『新・コンピュータと教育』 佐伯 著

 岩波新書 1997年5月20日 

 第一刷 発行

  著者は、東京大学大学院教育学研究科の教授 ・・・ 岐阜県の出身だそうです。

 今のようにパソコン、インターネットが広まる前に、この方は次のように述べておられました。

「コンピュータを学校に導入するとき、一番子どもたちに育てなければならないのは、コンピュータをどういうことに用いたらよいかを考える力です。」

  卓見だと思いました。

  それで、このかたの『コンピュータと教育』(岩波書店)、『「学ぶ」ということの意味』

などの本を何冊か読みました。今回のこの本は、直接的には前著の『コンピュータと教育』とつながりはないとのことです。

 後書きにこう書かれています。

   ◇   ○   ☆   □   ※   □    ☆   ○   ◇

 コンピュータという、きわめて変幻自在でで一見「万能」な道具を手に入れると、人びとはそれが道具であることを忘れ、人びとに幸せをもたらす道具だとみなしたり、それが自然に社会をユートピア(理想社会)に導いてくれる救いの神とみなしてしまう。コンピュータもまた、人間にとって道具なのだ。愚かな使い方は不幸をもたらすし、賢明な使い方は幸せをもたらす。

  ◇   ○   ☆   □   ※   □    ☆   ○   ◇

  私は、定年退職して、間もなく5年目を迎えようとしている者ですが、現役時代、コンピュータの先進校に勤務することになったとき、コンピュータを礼賛するような本があふれるほどある中で、慎重論、懸念する意見、反対する立場などが書かれている本もできるだけ読みました。

 そのころ、そういう本は、少なかったのですが、コンピュータを教育に導入することの光と陰の両面をよく知り、歴史の評価に耐える歩みをする責任を感じていたので、探しだして目を通しました。

  この本は、そのような私の出会った本の中でも、よい示唆を与えてくれた一冊です。

  さて、歴史に流されるのでなく、自ら新しい歴史を創り出す一日となりますように。

  明日は日曜日、キリスト教会の礼拝にお出かけくださいますように。

  

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