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2011年2月 1日 (火)

感性のアンテナ

 小学校に勤めていたとき、卒業を前にして、こんな場面がありました。

 六年生の子たちが、職員を招いて茶話会を開き、家庭科で学習したサンドイッチと温かい飲み物でもてなしてくれたのです。

 ちょうど職員と卒業生がほぼ同人数ということもあって、それぞれの子がどの職員かを担当して手作りのクラフトを用意し、プレゼントしてくれました。

 私は、ある男の子から木の切り株の形をじょうずに生かして作った犬をもらいました。

 ほかの職員にも、担当した子からのプレゼントが贈られました。

 ふと、校務員さんが涙ぐんでおられるのに気がつきました。「間もなく卒業する子たちが、こんな素敵な会を開き、プレゼントまで用意してくれたなんて・・・」と感激しておられたのです。

 長く、その学校に勤めてこられたその校務員さんは、その町に住んでおられることもあって、子どもの誰かが級友を泣かすと「あの子のお父さんもそうやったぞ」などと、親の代からの歴史(?!)もよくご存じでした。

 私が反省したのは、茶話会を開いてもてなしてくれる子どもたちの気持ちを一番強く受けとめるべき教員が、その校務員さんの感受性に及ばず、平然とサンドイッチや飲み物を味わいプレゼントを受け取っていたことです。磨かれてきたはずの感性のアンテナは、逆に摩耗している面があったのかも知れません。

 教師が、子どもの心に人一倍敏感であり、政治家はマスコミや国民以上に政治に敏感であり、銀行家は、預金者の財産を守ることに人一倍誠意を持って対応し、医師や看護師は患者さんの体はもちろん、心に対して、そして言葉がけについて人一倍デリカシーを備えている ・・・ そうありたいと、自らを反省しつつ、思います。

 原子力発電所で、核燃料の取り扱いについて、厳重な安全規定があるのに、慣れっこになってしまって、バケツで扱って原爆症になってしまった、というニュースがあったと思います。

 感性のアンテナを摩耗させたり、さび付かせたりしないで、真摯で誠実に日々を重ねたいと、改めて考えています。

 さて、今日も、新鮮な目と心で、かけがえのない日を歩むことができますように。

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