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2011年3月12日 (土)

『思ったことを思い通りに書く技術』 その2

※ 国内最大規模の地震が起き、被害が報じられており、全容がまだ分からない状況です。 安否の分からない方を案じておられる方もおられることでしょう。 助けを必要としておられる方々に迅速に救助の手が届きますように。そして、これ以上、被害が出ないようにと心から願い、祈っております。

 今日のブログ、休載するかどうかと考えましたが、昨日の続きということで、すでに用意していた記事を掲載させていただきます。ご了承くださいますように。

◇ 新聞記者だったラフカディオハーン と詩人ワーズワース

 ラフカディオ・ハーン ・・・ 印象の微妙なところは早いうちに書きとめておかないと、消えてしまってとりかえしがつかなくなってしまう。それで来日早々の見聞をまとめて早い時期に出版した。

 ワーズワースは〝静かなところで回想された情緒が詩になる〟と述べた。

 刺し身なら鮮度が命だけれども、ワインやウイスキーは適度に年を経て熟したものがよい。

◇ 書きっ放しの手紙を出す勇ましい人もある。それでは不備があっても当たり前だろう。かならず読み返すこと。できればすこしでも長く風を入れた方がよい。

◇ イラスト

  文章をふくらますイラストは可、含みをそぐようなのは不可

◇ 流行語  書いたら負け

 大工さんは生木で家を建てることはしない。乾いてくるにつれて変化がおこり、ひずみが生じるからだ。生木は、その後どのようなものになるか予測は困難だから、危うきに近寄らないに越したことはない。その点、乾燥した材木なら安心。

 選択の余地があれば、できたばかりのことばよりも、古くからあることばを選ぶようにしたい。新しいものは古くなるが、古いものは古くならない。

◇ 黙読ばかりしていると書きベタになる

 作文コンクールの審査をしていて、おおむね、小学生の部は生き生きしておもしろい、上手だと感心するのがすくなくない。中学生の部へ移って、もっとうまいだろうと思うと、これが案外でむしろ下手になっている。高校生はさらにおもしろくない。大人のまねをしているのだろうが、まるで精彩がない。なぜだんだんつまらぬ文章を書くようになるのか、と不思議に思うのである。

 ひとつには、書く頻度が少なくなること、もう一つは、小学生は音読をすることが多く、それが文章を書くときに役立つ、その昔、漢文の音読、素読をしたひとたちがおしなべて調子の整った達意の文章を書いたのを思い合わせる。

 ノーベル文学賞を受けたバートランド・ラッセルは自伝の中で「私は耳で本を読んだ」とのべている。読み手は奥さんだった。

 日本では、大人がこどもに本を読んでやる読みきかせが行われている。読書への手引きとしていみがあるだけではなく、あとあと文章を書くときに思いもかけない好影響があらわれると想像される。

 音読に比べ、黙読の歴史は意外に新しい。

 心の声をききながら読む。短歌や俳句をよく理解するためには口で誦(しょう)してみるのも声の大切なことを立証している。音読は小学生のときに卒業、ではいけないのである。

※ 本棚をすっきりさせようと、この本をざっと読んで整理するつもりでした。 うーむ、なかなか示唆に満ちていますね。 さて、この本はこれからどこへ行くのでしょう。これだから、整理は難しい。

 さて、今日も新しい出会いがある日となりますように。

 3月12日 ・・・ 讃美歌312番は「いつくしみ深き 友なるイエスは」という多くの人に愛唱されている名歌です。 この讃美歌を歌いながらこの日に昇天した若き魂を偲んで祈ります。

 明日は日曜日、キリスト教会の礼拝にお出かけくださいますように。

  聖書のことば  安息日を覚えてこれを聖なる日としなさい。

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