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2011年4月30日 (土)

『ピアニストになりたい 19世紀 もうひとつの音楽史』

0002 『ピアニストになりたい 19世紀 もうひとつの音楽史』 岡田暁生(おかだ あけお)著

春秋社 2008年10月25日初版第一刷発行

  この本で印象に残ったのは、「高度なテクニック」に聴衆や演奏家の意識が向けられるようになったのは19世紀に入ってからだと書かれていたことです。

 それ以前はたとえば、フリードリッヒ大王のお抱えフルーティスト、ヨハン・ヨアヒム・クヴァンツによう『フルート奏法試論』という本には、技術に関する記述がほとんど無いのだそうです。

 音楽における「全人教育」を目指して書かれているところがこの本のよいところだと述べられています。・・・自分の身の丈に合った自分なりの音楽の楽しみを見出す権利をすべての人に認めており、「非競争主義的」な著者の姿勢が伝わってくるところが、19世紀以降の本と対照的なのだそうです。

 音楽を愛するすべての人々に向けて書かれたメッセージ・・・どんな見識・知識を身に付けることについてページが費やされている本 ・・・ これが、19世紀になると技術追求至上主義が強まって、情緒を養う以前に指の機械的な訓練に時間とエネルギーが注がれている間に、何のためにそれをしているかという目的意識が枯れ、指を鍛えること自体が目的化する弊害に、どれほど多くの音楽的才能がむしばまれていったことか、という思いがしてきます。

 個人レッスンを通して培われたよさを、その師の勤める音楽学校で更に伸ばそうとしたピアニスト志向者が、10人から20人のクラスの中で過ごす内に、(音楽的な)霊感は消え去りほかの生徒と一緒に石臼で粉にされたと書いているところも印象に残りました。彼女・・・その学習者は次のようにも書いています。

 「魂とは繊細な花のようなもので、多くの人々の前では花びらを畳んでしまうのです。」

 引用が長くなってすみません。

 上記とも少し関連するのですが、首筋や肩をリハビリの先生に診ていただきながら会話していて、いくつか教わったこと、自分なりに考えたことががあります。

◇ ピアノの練習を始める前に、体全体、そして肩・腕・指のウオーミングアップをすること

◇ 長い時間を一続きに練習しないで、途中で一息入れること

◇ 練習後、クールダウン すること

※ 練習後は目や耳を休ませること

などです。

 もうすぐ65歳になる私です。これからコンサートピアニストになるわけでも、オリンピックのどの種目かに出場するわけでもありません。

 全人的な実りを念頭に置いて、気負いや無理のない歩みを築いてまいりたいと思います。

 明日は、日曜日、キリスト教会の礼拝にお出かけくださいますように。

 今日も、よい日となりますように。

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