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2011年8月31日 (水)

みどりのカーテン

0002_2  岐阜市のある病院の一階 ・・・ ゴーヤーによるみどりのカーテンが見事です。

 暑さから雄々しく病院を守っているその姿は、発案し、それを実行している方々の意志と愛情を象徴しているように思えます。

 「みどりのカーテン」というより、「みどりのじゅうたん」と呼んでもよいほどです。

 明日からは、9月 ・・・ 二学期が始まり、残暑に負けない子どもたちの元気な姿が学校でも見られるようになることでしょう。

 日中の気温は、かなり上がりますが、夜は、コオロギの声が聞かれるようになったここ岐阜市です。

 きょうも、よい日となりますように。

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2011年8月30日 (火)

茄子うどん

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  9月が近づいていますが、もうしばらくは暑い日が続きそうです。

 夏野菜とうどんの組み合わせは、こうした時期にいいものではないでしょうか。

  実は、私の若いころ、茄子にはあまり有用な栄養素がないのではないかと思われていたようです。

 おたんこなす・ひょうろくなす ・・・などなど そういう表現があることと関係があるのかもしれません。 

  でも、初夢では「一 富士 二 鷹 三 なすび」 と 言われていますし、暑気払いによいとも言われていたようです。

 むずかしいことはよくわかりませんが、「食」という漢字を分解すると「人」を「良くする」となるといいます。

 食事は、そういうものなのですね。

 そのことからの連想が働いて考えたのですが、今日に限らず、私たちの口から出る言葉、心から生まれる思いが、自分を、そして周囲の人を良くするものでありたいと思います。

 今日も、よい日となりますように。

  

 

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2011年8月29日 (月)

達目洞(だちぼくぼら)の芭蕉庵

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 ヒメコウホネの見られる木道からそれほど遠くないところに、「自由にお入りください」と開放されているバラ園があり、その一角に「芭蕉庵」とGallery BlueMoonがあります。

 芭蕉庵は、このバラ園のご主人のおられるときに中へ入れていただkるようです。そのそばに、バラの花の写真展、絵手紙展などが開催されているgalleryがあります。

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 さすが芭蕉庵ですね。近くに芭蕉が大きな葉を茂らせていました。

  孫悟空に、芭蕉扇だったか、大きな団扇が登場する場面があったような気がします。

 そして、ギャラリーの窓辺は、ごらんのように童話風で幻想的な雰囲気でしたよ。

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 このバラ園を開放してくださっている方の豊かなひとがらが伝わってきますね。

 さて、きょうも、よい日となりますように。

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2011年8月28日 (日)

木道とヒメコウホネ

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 木道というと、♪「夏の思い出」の尾瀬の光景が浮かんできます。いえ、テレビでしか見たことがないのですけれど。

 この写真 ・・・ 車の通る高架の下から、木道を摂ったもので、向こうの山は金華山です。

 前回訪れたとき、達目洞(だちぼくぼら)は夕闇に沈もうとしていましたので、もう一度、明るいときに行ってみました。日本に数カ所しかないヒメコウホネの生息地です。

 少し、チャンスを待ちましたら、ご覧ください。こんな写真も写せました。

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 ヒメコウホネとトンボです。

 よく通る道から少し入るとこのような自然環境に包まれることができる幸せを感じました。

 機会を作れる方は、ぜひどうぞ。

 きょうは、日曜日、キリスト教会の礼拝にぜひお出かけくださいますように。

 よい日となりますように。

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2011年8月27日 (土)

夕顔

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 8月26日、我が家の夕顔が初めて花を開きました。

 いいものですね。

 源氏物語の「夕顔」の巻を思い浮かべました。

 そうそう、こんな詩もありましたね。

ふしぎ
             金子みすず

わたしはふしぎでたまらない,
黒い雲からふる雨が,
銀にひかっていることが。

わたしはふしぎでたまらない,
青いくわの葉たべている,
かいこが白くなることが。

わたしはふしぎでたまらない,
たれもいじらぬ夕顔が,
ひとりでぱらりと開くのが。

わたしはふしぎでたまらない,
たれにきいてもわらってて,
あたりまえだ,ということが。

 夕顔がぱらりと開く様子を見るのは、なかなか難しく、「気がついたら花開いていた」とのことです。

 夕闇に白く浮かぶ花  ・・・ 秋の気配がいっそう立ちこめているように見えました。

 さて、明日は日曜日。キリスト教会の礼拝にお出かけくださいますように。

 今日も、よい日となりますように。

 

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2011年8月26日 (金)

ある「介護予防教室」

 定年退職をした小学校の校区の公民館で開かれた「介護予防教室」の講師を務めさせていただきました。

  高齢の方と、担当の少し若い方が会のメンバーということになりますが、今回は、夏休み中ということで、4人の男子中学生も参加して、「パタカラ体操」という口の体操を手伝ってくれる場面もありました。

 その中学生は、私の退職時に小学2年生だった子たちです。

 退職して5年目になる校区へ、ささやかな力量の私を講師として招いてくださる方々、その配慮で、成長した子どもの姿にも接することが出来る幸せを思いました。

 そうした会を支える要素として、音楽的な識見、技倆はやはり大切だと思いました。自分で選んだ曲を、途中で調が混乱して伴奏の音がずれてしまったのです。

 それでも、とまることなく歌い続けてくださって、ありがたく、そして、申し訳なく思いました。 すみません。研鑽を積み重ね続けますね。

 音楽療法士仲間も3人、様子を見に来てくれました。心強かったです。

 参加していた社会福祉士を目指している実習生も、「スカーフ」運動の手伝いをしてくれました。

 「介護予防」という名称は、どうなのだろう ・・・ 周囲の人の迷惑にならないように、元気さを保ってくださいね、というニュアンスだったらちょっと考え物の呼び名だなと思うときがありました。

 でも、今日、楽器などの後片付けなどもいろいろな方が快く助けてくださっているときに強く思いました。「介護予防」というのは、まず、自分自身が心身の健康を一番よいコンディションに保ち続け、充実した生活を歩むための魅力ある努力のことなのだということを。

 講師を務めさせていただいた私自身が、誰よりも恩恵を受けた「介護予防教室」でした。

 ちなみに、途中で伴奏が滞ったその曲は「誰よりも君を愛す」です。

 余談ですが、「私が中学生の時に流行した曲です」と申しましたら、会場のどこかから「わたしの幼稚園時代です」という声がしました。

 うーむ・・・ !! でも、「今日という日は、私の残りの人生の中で一番若い日」であることは間違いありません。

 さて、今日も、よい日となりますように。

 

  

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2011年8月25日 (木)

秋海棠(しゅうかいどう)

0003   秋海棠(しゅうかいどう)は晩夏から咲き始める花だそうですから、やはり秋が近いということなのでしょうね。

 ベゴニアの中では唯一、マイナス10℃までは冬を越える球茎の持ち主なのだそうで、たくましさを兼ね備えている花なのですね。

 もう少し大きく写せるとよかったのですが、皆様の身近にも見かけることができる花ではないかな、と勝手に思うことにして、お許しいただきます。

 「海棠」という植物があって、それに似た秋の花ということでついた名前だそうです。

 あっ、百合の花とともに活けられた秋海棠の写真が撮れましたので、それも添えさせていただきます。

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 今日も、すごしやすいよい日となりますように。

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2011年8月24日 (水)

ゴーヤーの網焼き

0006   この夏、みどりのカーテンとしても活躍中のゴーヤー ・・・ ちょっとダイナミックな料理法を家内が友人から伝授していただきました。

  ガスに金網を乗せて、網焼きというか、直火焼きと申しますか ・・・

 これがなかなかによい味に仕上がるのです。

 いえ、ほかの料理法もおいしいと思うのですけれど。

0003  焼き上がったら、ほどよく切って、醤油、鰹節 ・・・ 

 シンプルですが、これがなかなか。

 今日も、暑さに負けぬよい日となりますように。 

 岐阜県 下呂市などで観測史上最多の雨量とのこと、被害が出ませんように。 こういう記録更新はないほうがいいのですけれど・・・。

   

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2011年8月23日 (火)

『頼山陽』 見延典子著

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 『頼山陽』 見延典子 著

 徳間書店 2007年10月31日 

第一刷

 「上・下」二巻ありますので、読むのに少し時間がかかりました。

 突然、脱藩騒ぎを起こして多くの人に迷惑をかけるところから書き始められているので、読み続けるのはよそうかと思いました。

 お酒は飲むし、人にお金や骨董を悪びれずにせびるし、あまり人格高潔とは言えない人物として書かれていますから、肌に合わない気持ちが募りました。

 けれど、封建時代に自由人として生き、文化人全体の待遇改善を結果的にもたらすなどの働きを果たしたところもあるようなので、そういう生き方を貫いたのはえらいかもしれないとも思いました。

 私の両親は広島県の出身なので、この本に福山とか三次(みよし)など、現在の広島県の江戸時代の様子が頻繁に出てくるところに目をとめ、頼山陽の行状には時々あきれながらも読了したというのが本当のところです。

 けれど、『日本外史』をはじめとする著作に頼山陽は真剣に取り組み、「人が人として自由かつ幸福に生きられる世であってほしいという切なる願望」ゆえに、幕府を刺激しないように表現にも苦しみながら積み重ね、「政治体制や政治のあり方に、可能な限り警鐘を鳴らし続け」ところには教えられました。

 教えを請いに時々訪れた大塩平八郎に武力をもって世の中を変えようとすることのないようにと、教え諭す場面も描かれていました。

 人としての志の高さ ・・・ これが、後世に残る仕事を為す人の原動力となるのでしょうね。

 今日も、よい日となりますように。

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2011年8月22日 (月)

芙蓉の花

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 小雨の公園に、芙蓉の花を見かけました。

 甲子園野球の決勝戦も終わり、少しずつ秋に向かうのでしょうか。

  芙蓉は夏の花ですが、そろそろ秋の花、そしていろいろな実が楽しみな季節に入りますね。

 

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 『日本外史』を著した頼山陽は、手紙の名手でもあったそうですが、彼のしたためた書状の絶筆は「芙蓉、始めて一花を吐く」だったそうです。 

 さて、この公園に咲いている芙蓉、白、赤 ・・・ どちらの色もいいなあと感じました。

 赤と白から、運動会を連想しました。 あとしばらくは夏休み・・・、でも応援リーダーの練習が始まっている学校もあるでしょうか。

 さて、今日も、よい花の咲く一日となりますように。

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2011年8月21日 (日)

シューベルト

 中学時代、音楽の時間にシューベルトの「野バラ」が登場した。その曲は、父の言いつけで、教師となっていたシューベルトが、休み時間に「野バラ」の詩を夢中になって読んでいて、算数の授業の時間になっても頭が切り替わらず、黒板に五線譜を書いて、子どもたちに歌わせたのだと、音楽の先生は話されました。

 シューベルトの才能はすばらしいが、算数の時間に五線譜に書かれた歌をとっさに歌える子どもたちもすごい  ・・・ この「野バラ」誕生時のエピソードを聞いてそんなことを思ったことをなぜか思い出しました。

 フォスターの「草競馬」、ロシア民謡の「ステンカラージン」など、レコード鑑賞したことも懐かしく浮かんできます。

 クラスで合奏するにあたり、楽団の名前をつけなさいと、先生が「ブルースカイ オーケストラ」とか何とか、おしゃれな名前を例に挙げてくださったのに我がクラスはなぜか「インスタント楽団」などと名付けて、先生はイメージのギャップを嘆いておられたような ・・・ インスタントラーメンが登場していろいろなインスタント食品が開発される時期だったことが影響したのかもしれません。

 でも、このインスタント楽団の取り組んだ曲、なかなかの演奏に仕上がったような思い出があります。

 うーむ、同窓会の案内が届いているので、こういうことも思い出すのかも知れませんね。幹事がキャッチフレーズに「あと何回お目にかかれるでしょうか」などと名文句を書いてきて、これは「行かざあなるめえ」と出かけたこともあるのですが、今年はちょっとスケジュール調整の面で無理かも知れません。

 多用な中で幹事を引き受けてくれている同窓生の労を思うと、何とか行きたいとは思うのですけれど ・・・。

 そうそう、今日の題はシューベルト ・・・ なんでも、歌曲の王と呼ばれるシューベルトにピアノの連弾曲も多いのは、素敵な女性と身近でいられるようにというシューベルトの思いがこもっているのだとか ・・・ 真偽のほどは分かりませんが、なかなか粋(いき)なエピソードですよね。

 今日も、よい日となりますように。

 日曜日、キリスト教会の礼拝にお出かけくださいますように。

 

 

 

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2011年8月20日 (土)

詩 「自分の感受性ぐらい」

 昨日に引き続いて詩 ・・・ 今日は、 茨木のり子さんの詩 「自分の感受性ぐらい」を紹介させていただきます。

 ※ ブログ  詩と言葉 から引用させていただきました。ありがとうございます。このかたは、自作の詩も掲載しておられます。すばらしいですね。URLはつぎのところです。

http://chobi256.blog108.fc2.com/blog-category-5.html

 自分の感受性ぐらい   茨木のり子

ぱさぱさに乾いてゆく心を
ひとのせいにはするな
みずから水やりを怠っておいて


気難しくなってきたのを
友人のせいにはするな
しなやかさを失ったのはどちらなのか


苛立つのを
近親のせいにするな
なにもかも下手だったのはわたくし


初心消えかかるのを
暮らしのせいにはするな
そもそもが ひよわな志にすぎなかった


駄目なことの一切を
時代のせいにはするな
わずかに光る尊厳の放棄


自分の感受性ぐらい
自分で守れ
ばかものよ

茨木のり子詩集「自分の感受性ぐらい」(1977刊)
所収 「現代詩文庫」思潮社

「戦後現代詩の長女」 こと茨木のり子さんの超有名な作品。 最後の「ばかものよ」という叱咤の言葉はきっと自分自身に向けて放ったのだろうが、心にずっしりと響く。 「自分できちんと考えて生きていく」ということを掲げていきたい。



(茨木のり子さんの談より抜粋)

・・・一億玉砕で、みんな死ね死ねという時でしたね。それに対して、おかしい んじゃないか、死ぬことが忠義だったら生まれてこないことが一番の忠義になるんじゃないかという疑問は子供心にあったんです。

  ただ、それを押し込めてたわけですよね。こんなこと考えるのは非国民だからって 。そうして戦争が終わって初めて、あのときの疑問は正しかったんだなってわかった
わけなんです。 だから、今になっても、自分の抱いた疑問が不安になることがあるでしょ。そうし たときに、自分の感受性からまちがえたんだったらまちがったって言えるけれども、
人からそう思わされてまちがえたんだったら、取り返しのつかないいやな思いをする っていう、戦争時代からの思いがあって。だから「自分の感受性ぐらい自分で守れ」なんですけどね。一篇の詩ができるまで、何十年もかかるってこともあるんです。

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2011年8月19日 (金)

詩 「奈々子に」 吉野 弘

 残暑厳しい時期ですが、立秋はすぎています。そんなわけで、突然ですが、詩にふれて文芸の秋の雰囲気を味わってみたくなりました。

 詩人 吉野 弘さんには、岐阜に講演にきてくださったときにお目にかかったことが二回ほどあります。 今日は、中学校の国語の教科書にも掲載されている「奈々子に」という詩を紹介させていただきます。

奈々子に <吉野弘>

赤い林檎の頬をして
眠っている奈々子。

お前のお母さんの頬の赤さは
そっくり
奈々子の頬にいってしまって
ひところのお母さんの
つややかな頬は少し青ざめた
お父さんにも ちょっと
酸っぱい思いがふえた。

唐突だが
奈々子
お父さんは お前に
多くを期待しないだろう。
ひとが
ほかからの期待に応えようとして
どんなに
自分を駄目にしてしまうか
お父さんは はっきり
知ってしまったから。



お父さんが
お前にあげたいものは
健康と
自分を愛する心だ。


ひとが
ひとでなくなるのは
自分を愛することをやめるときだ。


自分を愛することをやめるとき
ひとは
他人を愛することをやめ
世界を見失ってしまう。


自分があるとき
他人があり
世界がある


お父さんにも
お母さんにも
酸っぱい苦労がふえた


苦労は
今は
お前にあげられない。


お前にあげたいものは。
香りのよい健康と
かちとるにむづかしく
はぐくむにむづかしい
自分を愛する心だ。
 ◇  □  ○  ☆  ※  ☆  ○  □  ◇
 吉野 弘 さんは 1926年、山形県出身。 長身で、あたたかな手のかただったと記憶しています。
    「自分を愛することをやめるとき
     ひとは
     他人を愛することをやめ
     世界を見失ってしまう。


     自分があるとき
     他人があり
     世界がある   」    
 今日の私には、この詩の 上の部分が 特に 心に響きました。
 今日も、よい日となりますように。
 

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2011年8月18日 (木)

佐藤初女さん  その2

 昨日に引き続いて、「森のイスキア」を主宰しておられる佐藤初女さんのことばと生き方をご紹介いたします。なお、「森のイスキア」は雪の季節、11月から4月末まではお休みだそうです。 連絡先FAX〔0172-32-0156〕

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 ◇  ○  ☆  ※ ☆ ○ ◇

 私たちは今、混迷の時代を生きています。気持ちがささくれ立つときもあります。心がゆれ動くときもあります。

 でも、どうぞそこから逃れないで、自然のままに受けとめて

  芯が一本通っているのであれば、ゆれ動いても、いいではないですか。

結果ばかりを急ぐことはないでしょう? 

〝今のあなた〟ができることを続けていけばいい〟

小さいと思われることも、ひとつひとつ、大事にしていけばいい。

 今、私がのぞむのは「展開」ではなく「融合」です。

支え合って、とけあってこそ、大きな流れは生まれるものです。

多様なものが、多様なまま 共に生きていく、

「生物多様性」という言葉の意味を考えながら生きることが、未来を切り開くことにつながると、私は思うのです。

 人にも、ものにもいのちがあって、そのいのちが響き合う中で、私たちは生きています。

 人に

 自然に

 感謝する心を忘れないで、

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 それが私の、願いです。

 雪深い里から

 私は今日も

 祈りの鐘を鳴らし続けます

  ◇  ○  ☆  ※  ☆  ○  ◇

  写真と文章は、昨日と同じく マガジンハウス発行『クロワッサン』796号・2011年1月号から引用させていただきました。ありがとうございます。

 今日も、よい日となりますように。

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2011年8月17日 (水)

佐藤初女さん (森のイスキア主宰)

 青森県岩木山に、悩みを抱えて訪れる人を迎える「森のイスキア」があります。ご存知の方も多いようですが、この「森のイスキア」に、おにぎりで有名になった佐藤初女(さとう はつめ)さんがおられます。

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 悩みを抱えて訪れる人を、旬の食材の料理とおむすびでもてなし、その人の話をただひたすら聴かれるのだそうです。

 「話を聞いてああしなさい、こうしなさいなんてことは言いません。答えは自分で見つけるものだから。ただ、心がつまったままだと、生きていく気持ちがまえにむかないでしょう。だから私は、一緒に食事をし、心のつまりを出していってもらう場所を提供したかったんです」

「おむすびってね、お米を洗うところから、心を尽くさないとおいしくできないんですよ。便利な世の中ですから、買ってしまえば簡単。でもそれでは、何も相手に伝わらないでしょう」

「お米の一粒一粒にもいのちがあるんですよ。だから、お米に呼吸させてあげないと」

「私たちは、日々、自然の命をいただいて、生きている。そう思うと、少しでもおいしく作りたい。おいしく作って、おいしく食べて、いのちといのちをつなぎあっていきたい。おむすびには、私のそんな思いを凝縮させているのです」

 1921年にお生まれになった佐藤初女さん ・・・ おお、私の母と同じ年齢ですから90歳 ・・・今日の資料は、「クロワッサン」796号(2011年1月号 今日と明日の写真もこの号からお借りしました。ご了承くださいますように)ですから、そのときは89歳・・・その年齢で、雪が3メートルほど積もる岩木山の「森のイスキア」のお休みの時期などを活用して、年に70回ほどの講演をなさると書かれています。活動を支援してくれるベルギーの方たちのところへもお出かけになるそうです。

 17歳から35歳まで、肺浸潤で死と隣り合わせの日々を送られ、小学校の教員時代も病気で学校を休まなければならないときもあったそうです。

 カトリックの神父の「奉仕のない人生は意味がない。奉仕には犠牲が伴う。犠牲の伴わない奉仕は真の奉仕ではない」という言葉に心を揺さぶられたとのこと。

「私にあるのは、心だ。心だけはくめどもくめども尽きることはない。そう気づいたときに、すべての道が開けたような気がします」

 初女さんのおにぎりを食べて自殺を思いとどまった青年がいて、その話を読んだ龍村仁監督が制作したドキュメンタリー映画『地球交響曲(ガイアシンフォニー)第2番』に出演されたこともあるそうです。

「私、昨日とは違う今日を生きていきたいんです。私に残されている時間は限られているのかもしれないけれど、だからこそ、もっと多くの人たちと直接、触れ合わなければいけないと思うし、私が伝えていけることを伝えなければならないと思うんです。いのちのつなぎあいとしての食の大切さを、おむすびを通して伝えていきたいのです」

Photo_3 ◇  □  ○   ☆  ※  ☆  ○  

 すてきな生き方を歩んでおられる佐藤初女さんですね。

 明日、もう少し、初女さんのことばを紹介させていただきます。

 今日も、昨日とはどこか違った、よい日となりますように。

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2011年8月16日 (火)

郡上の徹夜踊り

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  岐阜県の郡上市 ・・・郡上踊りには大げさでなく何万もの方が集まります。

  七月に開幕し、八月に佳境に入り、九月に幕を閉じるというロングランですが、圧巻は、八月十三日から四夜にわたって開かれる徹夜踊りです。

  午後八時から午前五時ころまで、次々と曲が変わり、お得意の曲になると、ちょっと一息入れていた人が踊りの輪に加わる光景も見られます。

  郡上踊りは、参加型で、初めて訪れた方も見よう見まねで楽しんでいます ・・・ 外国の方も結構たくさんおられます。

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  三味線、太鼓、拍子木、そしてなまの歌声、リズムのよい下駄の音・・・ 毎晩、朝までそういうことが一箇所で続いたら、そこに住んでいる人、特に赤ちゃんなどが不眠症になってはいけませんので、移動式の櫓が、夜ごとに通りを変えて開催場所を訪れます。

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 参加された方の作品が、ここかしこに飾ってあります。

  特に、郡上に生まれ育った方は、リズムがしみこんでいるそうで、太鼓が聞こえると、体が動き出して踊りの輪の中へ入っていくようにできているとおっしゃるかたもあります。

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  踊る方が多くなると、町並みに長ーい輪が出来ます。四つ角の中心の櫓から音楽が流れ、四方の通りに踊りの輪が人数に応じてどんどん長く伸び、休憩する人、観る人が通りの両サイドにいる ・・・イメージしていただけるでしょうか。

 よろしかったら、今夜が徹夜踊りの最終日です。

  徹夜踊りが終わっても、日程を調べていただきますと、夜ごと2時間ほどの郡上踊りが開催され続けます。

 今日も、よい日となりますように。

【追記】

 8月18日付けの「岐阜新聞」朝刊によりますと、8月13日から16日までの4夜の徹夜踊りの期間、総来場者数は、延べ17万6千人で、天候に恵まれたこともあって、昨年より2万1千人ほど多かったそうです。

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2011年8月15日 (月)

優しさと強さ

 8月8日付けの中日新聞、第一面の「中日春秋」という欄の記事を全文引用させていただきます。 心を強くうたれたものですから。中日新聞社様、ご了解をお願いいたします。

  □  ◇   ○   ☆   ※   ☆    ○  ◇  □ 

  〈強く優しい男の子。優しく強い女の子〉。宮城県女川町の女川第一小学校の星圭校長が、『泣いた赤鬼』で知られる童話作家浜田広介の言葉を思いだしたのは、ある女児の一言がきっかけだ。▼津波で八百人超の犠牲者を出し、建物の七割近くが全壊した女川町は、県内で最も早く学校を再開した。「子どものケアは、子ども同士のふれあいに勝るものはない。子どもが元気にならなければ、大人も元気にならない」という考えからだ。▼最初の朝礼で何を話せばいいのか。悩んだ星校長は、校木のヒマラヤスギと向き合った。校門近くまで津波は押し寄せたが、巨木はどっしりと構えていた。▼なぜ、木は倒れなかったのだろう。そうだ。子どもたちに理由を考えてもらおう・・・。校長が朝礼で質問すると、男児から「根っこがしっかり張っているから倒れなかった」と予想していた答えが返ってきた。▼母と姉、祖母の行方がまだ分からなかった五年生の女児にも同じ質問をした。数十秒の沈黙の後、答えが返ってきた。「何千人もの卒業生や多くの人たちに優しく、温かいまなざしで見つめられてきたから、負けなかったんだと思います」▼優しいから強いという発想に、校長は感動し、言葉がなかったという。被災地がこの震災で受けた打撃は計り知れないが、優しさと強さを併せ持つ若者がいれば、東北の復興は見えてくる。

  □  ◇   ○   ☆   ※   ☆    ○  ◇  □ 

 こう答えた子の心根の在り方 ・・・ それは一朝一夕に培われたものではないと思い、この子、そしてこの小学校の子どもたちに感銘を受けるとともに、いち早く学校を再開した願い、志に思いを馳せます。

 こうした答えを引き出すにいたった星校長先生の構え、熟慮、子どもを信頼して数十秒を待ち続けたたたずまいに敬意を覚えます。

 その場ですぐにコメントを添えないで、朝礼の参加者全てがそれぞれの胸で、今、その子の置かれている状況と思い合わせてこの答えを受けとめる時間とされたことに、も。

 さて、今日も、よい日となりますように。

   

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2011年8月14日 (日)

大地と友人からの恵み

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  畑を借りて、せっせと足を運んで作物を育てている友人から、こだまスイカをいただきました。

 ♪「あなたと呼べば あなたとこたえる 山のこだまの うれしさよ 」

 うー そのこだまではなくて、小玉と書くスイカです。 

 歌詞まで持ちだして楽しくしゃれているつもりですが、考えてみましたら、この歌をご存じないかたも おられるのですよね。

 失礼いたしました。 親父ギャグで、猛暑日にも少しさむい思いをプレゼントしたかったものですから ・・・ 

 暑さの中、苦労して育てられたかたの収穫をいながらにして味わわせていただく ・・・ なんという大きな恵みでしょうか。

 とても甘く、おいしかったです。

 大地と友人の恵み に感謝いたします。そして、日光や雨なども含め、すべての恩恵を注いでくださっている神様に感謝いたします。

 今日も、よい日となりますように。

 今日は日曜日、キリスト教会の礼拝にお出かけくださいますように。

聖書 心の清い人は幸いです。 その人は神を見るからです。

 

  

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2011年8月13日 (土)

菜園主任

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  我が家の「菜園主任」に任命されていることを思い出して、テーブルほどの広さのコーナーに行ってみました。

 玄関から数歩の位置にあるのですが、何と久しぶりであったことでしょう。

  すると ・・・ シシトウがこんなに実っていたのです。(家内が昨日一日だけ足を運んでいなかったのだそうです。)

  この朝、少しだけ菜園主任を意識した私の手に、反抗することなく素直に収穫されてくれたけなげなシシトウたち ・・・しばらく後には、炒められて食卓を飾ってくれました。 新鮮で、なんとおいしかったことでしょう。

  あまり関心を持たれなくても、すねることなく実をつけて収穫の手を待っていてくれる度量の大きさ ・・・ 見習うことが出来ますように。

 今日も、よい日となりますように。

 明日は日曜日、キリスト教会の礼拝にお出かけくださいますように。

聖書のことば

 安息日を覚えて、聖なるものとしなさい。

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2011年8月12日 (金)

早稲

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  田の苗がすくすくと伸びているなと思っていましたら、ウオーキングで通る田の稲は、もう穂が出ていました。

 稲のことは詳しくありませんが、多分、こういうのを早稲(わせ)というのではないかと、写真を撮りました。

 私たち、人間にも、人生において比較的早く実を結ぶ人と、晩成型の人とがあるのではないでしょうか。

 人と比べずに、お互いを認め合いながら歩み、それぞれがよき実りのときを迎えることができますように。

  今日も、よい日となりますように。

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2011年8月11日 (木)

夏祭り 

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  私の住んでいる岐阜市の小学校の校庭で地域の自治会が主催する夏祭りがありました。

 少子化が進んでいますが、こうした地域の夏祭りは、子どもたちに楽しい時間をプレゼントしているのだなと、主催してくださる方々の企画力、実行力に頭が下がりました。

 金魚すくい一つにしても、用具や金魚の仕入れ、水運びなどいろいろな準備が必要ですよね。

 他にも、綿菓子、手作りキャンドル、飲み物販売 など、いろいろなコーナーが設けられていました。

  会場内の校庭、そしてそこにいたるまでの交通の要所要所に、いろいろな方が立ってくださっていました。

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  そして、盆踊り ・・・ 櫓も組まれ、鍛えられた歌声に合わせて、たくさんの方が踊っておられました。

 郡上の町での徹夜踊りは全国的に有名で、スケールも大きいのですが、我が校区の盆踊りもなかなかのものだと思います。

 暑さに負けぬ熱き心で ・・・

 立秋が過ぎても、まだまだ夏 ・・・あなたの町の夏は、いかがですか。

  今日も、よい日となりますように。 

 

続きを読む "夏祭り "

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2011年8月10日 (水)

『だれも知らなかった恵み』

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 『だれも入らなかった恵み』

フィリップ・ヤンシー 著

山下章子 訳

いのちのことば社 

1998年9月15日 発行

 私の通わせていただいているキリスト教会の本棚に牧師さんが置いてくださった本の一冊です。

 アメリカで1998年「クリスチャン・ブック・オブ・ザ・イヤー 金賞受賞 に選ばれた本だそうです。

 心が惹かれたところを何箇所か書かせていただきます。

 「恵みに非ざるもの」の連鎖を断つ

□ ある移民のラビ(ユダヤ人の宗教的指導者)のことば (著者はこのことばに仰天したそうです。)

「私はアメリカに来る時に、アドルフ・ヒトラーを赦さなければなりませんでした。心の中にいるヒトラーを、自分の新しい国に持ち込みたくなかったのです。」

 博識な著者は、上のことばに続けてルイス・ミラーズという人の指摘を紹介しています。

「赦しによって癒やされる最初の人、そしてしばしば唯一の人とは、赦しを行うその人である・・・本心から赦すとき、囚人を解放するが、その解放した囚人とは自分だったことを発見するのである。」

□ 南北戦争の後のリンカーンのことば

 多数の流血を引き起こしたとして南軍を厳罰に処するようにという多くの政治家と助言者の意見にリンカーンは

「彼らを友人にすれば、敵を破壊することになるんじゃないかね」と答え、南部諸州の再編入という度量の大きい計画を提唱した。このことによってアメリカは南北に別れたまま憎み合う道を進まずに今日にいたることができた。

☆ 私は祈ろう、今夜、そして毎晩。神が彼らをお赦しになるように

 これは、1987年、IRAの爆弾テロにあい、最愛の娘とともにコンクリートの瓦礫の下に生き埋めになり、救援を待つ間の娘の最期のことば「パパ、大好きよ」という愛の言葉を受け止めたゴードン・ウイルソンという人のことばだそうです。

 ウイルソンは、病院のベッドの上で語りました。「私は娘を失った、しかし、不平は言うまい。辛らつな言葉を語ってもマリーは戻ってこない。私は祈ろう、今夜、そして毎晩。神が彼ら(テロリストたち)をお赦しになるようにと。」

 このことが、その後の和解への道を開く大きな力となりました。

 著者は、たくさんのこうしたことばを紹介し、次のように書いています。

 罪を犯さなかったイエス・キリストには、周りの人々の行状を嫌悪して彼らを避ける権利があった。しかし、彼は裁きではなく、あわれみをもって悪名高い罪人たちを扱ったのである。

 キリストは天国から「下りて」来た。そして弟子たちが名声と権力の夢を楽しんでいるといつでも最も偉大なヒトとは仕える人であることを思い出させた。権力のはしごは上へ伸びていくが、恵みのはしごは舌へ伸びていくのである。

      □  ◇  ○  ☆  ※  ☆  ○  ◇  □

  イエス・キリストが、「どう祈ったらよいですか」との弟子たちの願いに応えて、このように祈りなさいと教えたのが「主の祈り」です。

 その中に「我らに罪をおかすものを 我らがゆるすごとく、我らの罪をも ゆるしたまえ」という一節があります。

 あなたには、今、赦せない人、赦せない仕打ち、赦せないことばがおありでしょうか。

 実は、私にもあります。赦したつもりでも、忘れていないのです。・・・そのもとになっていることは、南北戦争などに比べるまでもなく実に小さな小さなことにかかわらず です。

 打ち込んだ釘を抜くと 釘を打ち込む前の状態に戻ったように 見えます。けれど、釘の跡は深く残っています。 ジョージ・ワシントンの父は、その釘跡を消すことが出来る神様を信じなさい と息子を教え育てたとこの本に書かれています。

 長く書かせていただきました。ここまで読んでくださって、ありがとうございます。

 今日も、よい日となりますように。

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2011年8月 9日 (火)

大村はま先生の涙

 先日書かせていただいた大村はま先生は、戦後、新制中学校が出来たときに、なんとか新しい日本のために身を投じたいという思いで、女学校から中学校の先生へと転出されたそうです。

 東京の深川 ・・・空襲で焼けて、教室がなく、窓ガラスもない火熱でくねくねした鉄の窓枠の講堂 ・・・ 黒板も、教科書も、鉛筆も、ノートもない状態からのスタート。

 疎開から帰ったばかりの子どもたち ・・・ 親たちもその日その日の食べることに追われ、子どもをかまうゆとりのない毎日 ・・・ 駆け回るばかりの子どもたち 立ち往生する 大村はま先生 ・・・

  大村先生自身が疎開したとき、いろいろな品物をくるんだ古新聞が家にあったのを教材にしようと思いつき、コピーのない時代でしたので、子ども一人に一枚として、「学習のてびき」のようなものも何百と作られたそうです。

 さて、講堂で、走ってきた子を羽交い締めにして「これ、やりなさい」と渡す・・・十人くらいに渡したころ、ふと教室の後ろの一角が静かになったような気がして、見ると、さっき教材を渡した子が、くにゃくにゃに曲がった鉄の窓枠のわずかに平らなところに新聞紙を当てて、一生懸命何か書いている。その隣の子も、紙のしわを伸ばして、じっと読んでいる。真剣そのものの目。

 はま先生は、隣の小さな部屋には行って、感動の余り、思わず泣いてしまわれたそうです。 子どもはこんなに真剣に知恵を求め、伸びたいと願っているのだと、人間が学ぶことの尊さに胸がふるえて泣かれたそうです。

 多くの子どもたち、そして多くの教師たちを育てられた大村はま先生 ・・・その大村はま先生を育てた力の大きな源は、子どもだったのです。

 私も、『灯し続けることば』(大村はま著・小学館発行)でこのお話を読んで、力をいただきました。 暑い日が続くかも知れませんが、それに負けない熱き心で歩んでいきたいと思います。

 今日も、よい日となりますように。 

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2011年8月 8日 (月)

夏たけなわ 高校野球

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 8月6日の全国高校野球選手権大会の入場式をテレビで観て、整然と、そして胸をはって元気に入場する選手たちの姿を見て、胸が熱くなりました。

 その直前の広島からの平和式典で、特に子ども代表・・・広島市の小学六年生二人・・・が堂々と語る姿もすばらしいと思いました。

 暑い夏には、胸が熱くなることも多いのかも知れません。

 さて、今年の岐阜県の代表は、関商工 ・・・ 今も日本刀を鍛える刀鍛冶がいる関市にある高校です。

 ラグビー部が強い高校でしたが、今年は野球部が激戦を積み重ねて念願の甲子園初出場となり、ごらんのように、関市のスーパーマーケットにも大きな掲示がされ、今日、8月8日、如水館と対戦する関商工を店内の大画面テレビを観ながら応援しましょうと呼びかけられています。試合終了後に300名にメロンパンが配られるそうですよ。

  ベンチ入りする関商工の十八人の選手の内十三人が長男だそうです。(他のチームのことは分かりませんけれど。)

  監督は、選手一人一人が自分で主体的に判断してプレーできるチームを育てるために、3分間スピーチを位置づけ、そのスピーチに備えて新聞や書物に目を通す野球部員の姿がひんぱんに見かけられたそうです。

 取材のときも、それぞれの選手が自分の考えをしっかりと話す姿が報道陣にも好評だそうで、私はこうした構え、力は甲子園での試合だけでなく、一生の財産になることではないかと、監督の確かな展望、豊かな見識を見る思いがしています。

 ぜひ、今まで鍛えてきた力を発揮して、すばらしい試合をして欲しいと思います。

 今日も、よい日となりますように。

 

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2011年8月 7日 (日)

ぶどうの実る季節

0005_2  岐阜市を流れる長良川では、連日、鵜飼が行われています。川の岸辺から見るかがり火に照らされた鵜舟、鵜飼を操る鵜匠さんの巧みな手練のわざ、水に潜ってぽこっと出てくる鵜の動きなど、情緒があっていいものです。

 その少し、上流では今、ぶどうや新鮮野菜の店がオープンしています。

 産地直送というか、それこそ、今までそこになっていたぶどうを収穫して店頭に並べたばかり、というのが魅力です。

0002_2 太宰治の「走れメロス」に、メロスの妹の婿になる牧人が婚礼はぶどうの季節まで待ってくれ、という場面があります。

 身代わりとなって王城にとらわれている親友のもとに期限までにもどらなければならないメロスにとって、唯一の気がかりは後に残る妹のこと ・・・ 貴重な時間を気にしながら、メロスは必死に牧人を説得するのでした。

 さて、丹精込めて育てられたぶどう・・・掛け値無しに、 甘く、美味しいです。

 機会がありましたら、どうぞ。

今日は、日曜日 ・・・ キリスト教会の礼拝にお出かけください。 よき日となりますように。

〔聖書のことば〕  

わたし(イエス・キリスト)はぶどうの木、あなたがたはその枝である。人がわたしにつながっ
ており、わたしもその人につながっていれば、その人は豊かに実を結ぶ。

 ヨハネによる福音書 15章 5節

※ 「続きを読む」をクリックしていただくと、このことばをもとにした牧師さんのメッセージをお読みいただけます。

続きを読む "ぶどうの実る季節"

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2011年8月 6日 (土)

『灯し続けることば』 大村はま

Photo  『灯し続けることば』

 大村はま 著

 小学館2004年7月1日 初版第一刷   ・2010年7月20日 初版第九刷 発行

 この本の帯に

生涯一教師 大村はま 

 珠玉のことば

 子どもにかかわる すべての大人に

 とあります。

 1906年に横浜に生まれ、1980年に74歳で退職するまで52年間、高等女学校・中学校に勤務。

 退職後も、授業を、との要請に応えて90歳を越えても子どもたちを教え続けたかたです。

 2005年になくなられましたが、教育一筋に歩んでの教えは今も新鮮な情熱に満ちて、多くの人に指針と力を与えています。

 この本は、52のことば と、それぞれに短いコメントが添えられています。

 「種をまくほうが大切です」 子どもはほめることが大切です。でも、いいことがあったらほめようというのではなく、ほめることが出てくるように、ほめる種をまいていくことを考えたいと思います。 ー以下略ー

 「興味を持つべきところに、子どもを連れて行くのが教師です」

 子どもがそのとき、興味を持つべきことに興味を持つように連れて行く、指導する、それが教師だと思います。子どもの興味を大事にするけれど、ぜひ関心・興味を持ってくれなければならないことに、きっちりと向けて行かなくてはならないのです。ただ子どもの後をついていくのではないのです。かといって、先生の押しつけではありません。 ・・・本当の教師なら、ぐんと引っ張っても子どもは自分から発したもののように感じるのです。そこが腕前です。もちろん、それには時間をかけて、いろいろと工夫します。・・・

   □   ◇   ○   ※   ☆   ※  ○  ◇   □ 

 プロとしての自負、誇り、厳しさ ・・・ 読むときに襟を正さずにはいられないのは、百年の生涯をしっかりと生き抜いた先達が、子どもたちとその子どもたちを導く者への愛に裏打ちされた歩みを心から語っておられるからだと思います。 教育の道を志している方に、そして幼い魂に向き合って日々を歩んでおられる方に、お奨めしたい本です。

  さて、明日は日曜日、キリスト教会の礼拝にお出かけくださると、神様が喜んでくださいます。

 今日もよい日となりますように。

 

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2011年8月 5日 (金)

小林カツ代さん その2

 昨日に引き続き、小林カツ代さんの著書、『さて、コーヒーにしませんか』から書かせていただきます。

 この本の最初のほうにカツ代さんはこのように書いておられます。

 出会った瞬間、素材のいいたいことがわかる

 嬉しいことに、何年か前から、素材と出会った瞬間、素材がどうしてほしいかが私の中でぱっと感じられるようになりました。

 洗い方、切り方、ゆで方、水にさらし方、煮方、揚げ方、エトセトラ。

  ・・・ どんな材料に対しても、「よしっ」と声をかけたくなるほど、私は彼らが好きで、心から感謝しているのです。 いっちょやってやろうじゃないの、と腕を鳴らして作りたい。ピカピカに仕上げたい。

 ◇   ○   □   ※    ☆   ※    □   ○   ◇

 ここを読んで、私はミケランジェロのエピソードを思い浮かべました。

 ミケランジェロが友人と話しながら歩いていて、ふと目にとまった花崗岩か大理石 ・・・ 「あっ、これで失礼するよ ・・・ これから あの石の中に閉じ込められている天使を掘り出してやらなくてはいけないから」

 石に向かって彼が取り組むことしばし  見事な天使象が友人にも見える形で現れてきました。

 うーむ、そのような達人、名人の域に達するまでには、どれほどの修練、没頭の日々があったことでしょうね。

  カツ代さんの息子のケンタロウさんが、志していたイラストレーターの道から転じて料理の道を歩んでおられることをご存知のかたも多いことでしょう。  「イラストは残るけれど、料理はどんなに苦心して作っても、(食べると)後には残らない。そこがいい」のだそうです。

 さて、今日も打ち込んで悔いのない道に邁進できるよい日となりますように。

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2011年8月 4日 (木)

『さて、コーヒーにしませんか?  キッチンをとおして見えること』

0007  『さて、コーヒーにしませんか キッチンをとおして見えること』

 小林カツ代 著

  大和書房 1991年9月10日

 第一刷 発行

  大阪の船場生まれの料理研究家 小林カツ代さん 子育てまっさかりのお母さんがた・働く女性がたなど多忙なかたたちが時間をかけずに すてきにおいしい料理ができるようにと、ご自分の体験を生かした本をたくさん世に送り出されました。

 NHKの料理番組などでも親しみやすいお声で明るく活躍しておられました。(現在は闘病生活をしておられます。)

 さて、この本は、カツ代さんの料理本の恩恵にあずかった家内がお礼の手紙を送ったところ、著者直々に「こういう本を書きましたので」と送ってきてくださったという来歴をもっています。

 前書きから引用させていただきます。

 結婚前 ・・・ 「料理なんてでけへんよ、よう作らんからね」 しつこくいったのに、まさかそこまでとは知らなかったらしく、「べつにいいよ、どうにかなるよ」と彼。

 うそばっか。彼もまた何も出来ないヒトだったから、どうにかなるどころか、どうにもなりませなんだ。二人しておなかすくだけ。

 やるしかないとおおよその見当をつけてタカをくくって作ったものはとても食べられないシロモノだったとのこと。

料理に開眼 ・・・ お母さんに電話して、言われたことをしっかりメモし、作り直したらこれが見事にできて、頭にしっかりと刻まれたのが「料理って、化学なんだ・・・」

 きちんと手順さえふめば成功し、作り始めてから仕上げまで短時間で見届けられる、舌で味わえる。こんな面白いもん、まだあったんだーっと、すっかり魅せられたのだそうです。

 お母さんからのプレゼントに、料理の出来不出来がはっきりわかる立派なテスター 舌 があったことも幸いし、お母さんの美味しい料理を手ではなく舌がよく覚えていたこと が、その後一日三回も修業の場がある料理の世界で腕がどんどん磨かれ、プロの世界へと踏み出すことへとつながったのだそうです。

 うーむ、いろいろなことを考えさせていただける冒頭ですね。

 小林カツ代さんのこと、次回にもう少し書かせていただきます。

 今日も、よい日となりますように。

 

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2011年8月 3日 (水)

ジャム

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  よく熟したスモモをどっさりといただいたので、ジャムを作ることにしました。もちろん、家内がです。

 スモモを洗い、砂糖を入れてぐつぐつ煮込み、あくを取り、煮ること30分ほど・・・そして種を取り除き、瓶に詰め、さらにその瓶ごと20分煮沸 ・・・

 このようにしてジャムを作っていたとき、あの「大草原の小さな家」のローラのお母さんになったような気分を家内は味わっていたそうです。

  私は、そうやってできたジャムをとってもおいしく味わいました。

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  すばらしいスモモをたくさんいただき、本当にありがとうございます。

 さて、人生も、まずよく熟した成果を上げることが、芳醇なジャムやジュースにつながるのではないでしょうか。

 今日も、よき実を実らせる、よい日となりますように。

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2011年8月 2日 (火)

雲をつかむ

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  岐阜市の金華山 ・・・ そこへ「くもを取りに行ってきます」と親子で出かけたかたがあります。

 「えっ、くも ・・・ 蜘蛛ですか?」

 「いいえ、空の雲です」

 そのお母さんは、楽しそうにそう言うと、お子さんと元気に出発されました。

 まさに雲をつかむような話 ・・・ でも、上の写真を見ていただくと、(なるほど)と得心していただけることと思います。

 確かにこういう状態の時、金華山に登れば、ビニール袋などで雲をとることができますね。

 それから、幾星霜・・・ そのときのお子さんは成人してご自分の家庭をもち、お母さんは翻訳の仕事を始められ、何冊ものすてきな本を世に送り出しておられます。

 あの日の雲は、今、いずこ ・・・親子で雲を入れた袋の中でしょうか ・・・ いえいえ、きっと幼い日が終わるころ、そっと空に戻っていったのではないかと思います。

  みなさんのお家にも、こうした宝物がきっとどこかにありますよね。

  みなさんご自身が幼な子だったときの宝物や、現在、宝物の蓄えが進行しているご家庭や・・・そして、ご自分の心遣いをとおして多くの方に宝物を贈り続けておられる方や ・・・ どなたも、「神様からのたった一度きりの招待」と呼ばれることのあるこの世での人生をこうした宝物で素敵にいろどることができますように。

 さて、今日も、この日ならではの雲をつかむことのできる日となりますように。

 

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2011年8月 1日 (月)

土鍋の出番 - 鍋帽子も活躍 ー

0004  節電を考えていたら、ゆっくりと休養している土鍋が目に付きました。

 おお、そうそう こういうときだから、活躍してはくれまいか。

 土鍋は黙っていましたが、別に遁走もしなかったので、活躍してもらうことにいたしました。

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 時々紹介させていただく羽仁もと子さん創刊の『婦人之友』の読者で構成されている友の会で発案された鍋帽子も、一緒に登場してもらいました。

 お米と水を入れた土鍋をガス火で沸騰させて、3分。 その後、鍋帽子をかぶせて15分から20分。

 おお、カニ穴と呼ばれるくぼみが出来ていて、見事な炊きあがり ・・・ 節電とおいしいご飯を炊きあげることの両立が確かめられました。

 友の会の方々は、長年実践を通して培ってきたわざと知恵を生かして被災された方々への支援活動を積極的に展開しておられます。

 我が家も、友の会の活動の所産である鍋帽子など、その実践の実(み)の恩恵にあずかっていますので、ここで改めてお礼申し上げます。

 さて、いよいよ八月 ・・・今日も、よい日となりますように。

 

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