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2011年9月30日 (金)

進む秋

0002   ウオーキングして山の中を抜けたところに、秋の風景が広がっていました。

 「暑い」から「肌寒い」へ直行したような朝夕があり、丁度よいという中間がなかなか味わえないような気もいたします。

 お風呂の湯加減じゃあるまいし ・・・ とお叱りを受けるかも知れませんね。

 体が慣れてくると、秋の爽やかさを実感できるようになるかもしれません。

 紅葉もこれからはじまることですし。

0004   九月も今日まで ・・・ そういえば今日は私の身近な家族の誕生日です。

 何を贈るとよいのでしょうか。

 もっと時間をかけて用意するといいのでしょうが、誕生日を覚えているだけでも、まずはよしといたしましょう。

 そういう個人的な理由で申しわけありませんが、今日という日が、とりわけよい日となりますように。

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2011年9月29日 (木)

宮城谷昌光さん

 宮城谷昌光さんは、愛知県蒲郡出身の作家です。実にたくさんの文学作品を世に送り出され、現在も「三国志」、「湖底の城」などが月刊誌に連載中です。

 宮城谷さんには春秋戦国時代の中国を生きた人物を描いた作品が多いのですが、そのきっかけは、漢字の奥深さにふれて、「面白い」と思われたことだったそうです。

 身分の高い人を守る衛士(えじ)の「衛」という漢字のもともとの漢字には、警戒して建物を巡回するときの回る向きまで示されていたのだそうです。

 刀を下げて、巡回するとき、左右どちらまわりにすると曲者よりもすばやく刀を抜くことが出来るでしょうか ・・・ 一瞬のことでしょうが、その向きがもともとの「衛」に反映されているそうです。

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  さて、以前にも紹介させていただいた『湖底の城 呉越春秋』第一巻(講談社 2010年7月26日第一刷発行を読み返していて、こんな表現に出会いました。

 「おのれを視すぎて、天を瞻る(みる)ことを忘れないことだ」

 ー 天を瞻ることを忘れていた。 翌日から子胥(しせい)は夏空を眺めることにした。 子胥はこの日から時間のけわしさを感じなくなった。

 原文から飛び飛びに取り出したのですが、主人公の子胥が天を瞻るようになりましたら、「怖い顔をしている。悪人になって帰ってきたようだ」と彼を敬遠していた童子が近寄ってくるようになったことが描かれています。

 こういう文が書ける作家自身、きっと天を見ながら歩んでいることでしょう。そういう気風・作風が伝わってきます。

 さて、今日も秋空をみて、元気に歩むことができますように。 

 

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2011年9月28日 (水)

収穫の季節

0003  ふるさと、高山市へ行ってきました。

  先日まで暑かったのですが、途中の道路では気温10度と表示されているところもありました。標高1113メートルの西ウレ峠というところです。

  ただし、まだ紅葉は始まっていませんでした。

 写真は、兄の家近くの刈り入れを待つ田んぼです。背景に飛騨高山教会の塔が見えます。

 教会の中は、こんな感じです。

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0005_2   田んぼや果樹園のように、人生にも収穫の時があります。

 今日も、人生のよき実りの時を迎えるあゆみの一日となりますように。

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2011年9月27日 (火)

『ストラディヴァリウス』

 『ストラディヴァリウス』 横山進一 著 アスキー・メディアワークス 発行

 2008年10月10日 初版発行

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 つい先日も、テレビの人気音楽番組「題名のない音楽会」で有名なヴァイオリンの弾きくらべ・聴きくらべが放送されていました。

 この本は、3百年ほど前のヴァイオリン製作者、ストラディヴァリウスの生涯と、彼の作ったヴァイオリンに正面から取り組んで、写真入りで展開しています。

  著者の横山進一さんは、写真家、そしてヴァイオリン製作者です。

 この本によると、1973年にある出版社から、ストラディヴァリウスというヴァイオリンを撮影して欲しいとの依頼があり、戸惑いながらもいろいろな準備をして、いよいよストラディヴァリウスを前にしたのだそうです。

 いざ、ファインダーを覗くと ・・・ 本物だけが持つ存在感、美しさに圧倒され、以来300本以上のストラディヴァリウスに出会い、ついには写真集を出されるまでになったとのこと。

 そして、さらに何と自らヴァイオリンを製作されるほど、魅せられてしまったのだそうです。

 この本を読んで思ったこと

 名器と評されるヴァイオリンを世に送り出したストラディヴァリウスとグァルネリが、同じ師匠、アマティの流れを汲んでいること ・・・一人の師匠の存在は大きいことを思いました。

 また、現代の名工たちの作るヴァイオリンがストラディヴァリウスに及ばないのは、木を素材としているヴァイオリンの宿命と申しますか、生み出されてから3百年という年月を経ているということ ・・・ こればかりは、一気に時間を飛び越えることはできないから という説明も、心に残りました。

 現代の名工たちの作品の評価も数百年後になる ・・・ 何だか、素敵だとお思いになりませんか。

 ストラディヴァリウスの音色の美しさの秘密はニスにある、という説は神秘性を深めますが、この本の著者は、長い年月が経っていて科学的な分析が困難になっているからであって、工夫は凝らされていたに違いないが、神秘という世界のものにしてしまうことではないと考えておられるようです。そういう考え方も大事なことだと教えられました。

 ところで、この本には日本では公開されなかったストラディヴァリウスの生涯を描いた映画があると書かれています。ストラディヴァリウスを演じたのは、あの有名な映画「道」(主題曲は♪「ジェルソミーナ)で大道芸人ザンパナを演じたアンソニー・クインだそうです。

 著者も、いつか観たいと記しておられます。私も、この映画「ストラディヴァリウス」をいつの日か観ることが出来たら、と思っています。

 さて、今日もよきあゆみを奏でることができる日となりますように。

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2011年9月26日 (月)

ナイチンゲールのことば

 「病気は回復過程である」 

 ・・・ フロ-レンス・ナイチンゲール著 『看護覚え書』(現代社 巻頭より

 上に記したナイチンゲールのことばは、『クロワッサン』 マガジンハウス 発行  2011年 2月号で、日本赤十字看護大学の川嶋みどりさんが書いておられる文章からの引用です。

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 150年ほど前に書かれたナイチンゲールの『看護覚え書』を、看護の根本的な思想を記した大切な本と川嶋さんは受けとめて、歩んでこられました。

 看護の本質は、自らを癒やそうとする自然治癒力を引き出すものとしたナイチンゲールの思想・理念を現代に蘇らせたいと考えた川嶋さんは、ナイチンゲールのこの本の映像化することに今泉文子監督と取り組み、45分の映画 ・・・ 『病気は回復過程であるーナイチンゲール「看護覚え書」より』を作り上げられたそうです。 問い合わせ先 ユーエヌ 03-3470-7442 (30人から10人ほどの集まりであれば、出張上映してくれるそうです)

 川嶋さんは、ナイチンゲールの考え方を食事を例にとって、次のように書いておられます。

 3時間おきにカップ1杯の食べ物を摂るべき患者の胃が受けつけないなら、1時間おきに大匙1杯与える。それでもだめなら15分おきに茶匙1杯与えてみる。これが看護。

 以下は、川嶋さんのことばです。

「医療の場で、薬や注射と同じように、きれいな水、新鮮な空気、陽の光などが、実はどれほど重要なのか。看護する側の、よく動く手と、気働きがどれほど重要なのか。私はよく、熱湯とタオルがあれば人を直すことができるのよ、と言うのですが、この(ナイチンゲールの)本には現代社会にこそ有効な知識、経験則が満載です。とくに、効率化を追い、機械化が進む現代医療の中で、看護は人間性を守る、唯一の、最後の砦だとさえ私は思っています。

  どれほど強い思い、使命感、誇りを、ご自分の生涯をかけて歩んでおられる看護に抱いておられることでしょう。心をうたれました。

 私は、看護を天職とする道を歩む者ではありませんが、自分の打ち込んで歩む道において、ナイチンゲールや川嶋さんの信念、高い志と見識に学んだことを生かしたいと思います。

 今日も、よい日となりますように。

 

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2011年9月25日 (日)

大垣のボーマン牧師ご夫妻

Photo_2    岐阜県の垂井町とおおがきしないで五つの施設と十のグループホームを展開している「あゆみの家」の利用者さんは約150人おられるそうです。

 この「あゆみの家」は1971年にジョン・ボーマン牧師・ベルニダ牧師夫人によって創立されました。

 その「あゆみの家」を経済的に支えるためにスタートしたリサイクルショップ「あゆみ」というお店があります。

  衣類、ネクタイ、靴など、よい品がたくさんあり、それがたいへんお値打ちになっています。何よりも、ベルニダ夫人、そしてボランティアの方々の笑顔に満ちた優しい応対が素敵なお店です。

 ジョン牧師は、1945年(昭和20年)に、アメリカの進駐軍の一員 ・・・ 陸軍憲兵として仙台で働き、時間を作っては英語を教えた日本の子に、また日本に来ることを約束して帰国。 その約束通り、1953年にベルニダ夫人を伴って来日し、東京、神奈川を経て大垣市に定住され、宣教しながら、上記のような大きな働きをベルニダ夫人と続けてくださったのです。

 ジョン牧師が、2004年に天に召された後も、奥さんのベルニダさんは、支援者とともにそのリサイクルスショップ「あゆみ」の活動を続けてこられました。

 このたび、82歳と高齢になられたベルニダさんは、今年の9月30日をもって、このお店を閉じることにされました。23年間、毎月の売り上げから10万円を寄付し続けられ、総額は630万円に達したとのことです。

 神様への深い信仰と日本の人々への慈愛が、ご夫婦のあゆみからあふれてきます。聖書にある「世の光」「地の塩」の働きを、身をもって実践してこられたことを改めて思います。

 深い感謝の思いを込めて、この記事を書かせていただきました。本当にありがとうございます。

  9月末で閉じられるこのお店は、大垣市のロックシティ大垣ショッピングセンターの東側にあります。お問い合わせは0584-78-4377へどうぞ。

 ご夫妻の写真とあゆみは、中日新聞の記事を活用させていただきました。ありがとうございます。

※ リサイクルショップ「あゆみ」は閉じられますが、社会福祉法人「あゆみの家」は存続いたします。

 今日は日曜日 ・・・ キリスト教会の礼拝にぜひお出かけくださいますように。

【聖書】 安息日を覚え、これを聖なるものとしなさい。

 

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2011年9月24日 (土)

休日の朝

Photo 休日の朝のコーヒー、キャンドルをともしてのモーニング ・・・ ほっとするひととき 

 秋晴れの空のもと、近くの小学校では運動会が開かれていました。

 子どもたちの元気な声が響くのは、うれしいですね。

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 ミズヒキソウとシュウカイドウ  暑さ、寒さも彼岸まで ・・・  これからはだんだんと秋が深まるのでしょうね。

  漱石の小説、『彼岸過迄』(ひがんすぎまで)は、新聞に連載を始めるとき、「いつごろまで掲載の予定ですか」と尋ねられて、「彼岸過ぎまで」と答えたところから題名が決まったとか・・・本当かどうかを含めて、こうしたエピソードは楽しいものですね。

 明日は日曜日 ・・・ キリスト教会では礼拝が開かれます。

 ぜひ、ご出席くださいますように。

 神様が喜んでくださいます。

【聖書のことば】

 わたし(神様)の目には、あなたは高価で貴い。 わたしはあなたを愛している」

 なにかすばらしいことをしたかどうかではなく、存在そのものを心から喜び、愛してくださっている神様に心から感謝いたします。

 

 

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2011年9月23日 (金)

イカの粕漬け

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 新鮮なイカが手に入ったので、それを友人からいただいた酒粕に漬け、写真のように出来上がりました。

 そこへ、これもいただき物のミョウガを添えて、秋の夜の一皿となりました。

 何かと食べ物の誘惑の多いこの季節 ・・・ 適量に留まるように心がけますね。

  全体の重さは(私の体重のことです)、ちょっと少なくなってきましたが、体脂肪率が課題に思えてきました。

  体内脂肪を燃やす場となるのは筋肉だとのこと ・・・ スポーツの秋ということばもありますので、適度に運動することにいたしましょう。秋というのは 諸事に向いていますが、焦点化を図らないといけませんね。と書きながら、「味覚の秋」、「食慾の秋」を省くつもりはほとんどない私なのです。

 いかなることにあいなりましょうか。

 さて、今日も、よい日となりますように。

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2011年9月22日 (木)

「ランチタイム セミナー」

 お弁当を持ち寄って、ランチタイムにミニ講演を聴く ・・・ 何と贅沢な時間でしょう。

 岐阜大学内のメールで、そういう案内をいただきましたので、出かけていきました。

 受付で「ほんとうに食べながらでいいのですか?」と確認しましたら、「はい、そういう趣旨ですので、どうぞ、どうぞ」とのこと。

 受付の方は「どうぞどうぞ」と言ってくださるけれど、お話ししてくださる講師の方に失礼じゃないかなとも思いましたが、そういうことを失礼だと一蹴しない方が講師として選ばれているようで、ほんとうに気さくに話してくださいました。テーマは「草原の世焼きと自然再生」です。

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 講演のくわしいことは省かせていただきますが、終わってから「オーストラリアには、山火事に遭って発芽する植物があるそうですが・・・」とお聞きしましたら、「落雷などによって、山火事が起きる歴史をもっている地方では、そういうことが起きることも生育条件に組み込んだ種類がある」と教えていただきました。 オーストラリア、アメリカ、アフリカ、地中海地方のそれぞれ一部の、乾燥しやすい地形、気象のところだそうです。

 オーストラリアでの植物の名を教えていただいたので、インターネットで検索してみました。関心のある方は、書きのホームページをごらんください。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%B3%E3%82%AF%E3%82%B7%E3%82%A2

 月に一度、いろいろなテーマでランチタイム セミナーが企画されていますので、これからも関心の持てるテーマの時には学ばせていただきたいと思いました。

 今日も、よい日となりますように。  

 

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2011年9月21日 (水)

実りの秋に向かって

Photo_2   柿の実が色づき始めているのに気がつき、写真を撮りました。いえ、我が家の柿ではないのですけれどね。

 このところ、かなりのペースで本を読んでいるのも、近づく奥書の季節に誘われてのことだと思います。

 「書を読めば、志 いよいよ高し」

 かつて、教育の道の先輩に教えていただいた言葉です。

 よい書物に出会うと、気持ちが高揚するのは確かですね。

 「今度、読みたい本 を新聞の書評などで見つけると、ベリベリとその記事をつかみ取って、筆入れに入れて、持ち歩くんですよ」 と そのベリベリを見せてくださったある学校の図書館主任さんがおられました。

 本好きの先生のもと、本好きの児童が育って、その学校の図書館は文科省大臣賞を受けたそうです、

 台風十五号、秋雨前線の被害がこれ以上出ずに、明日以降は、爽やかな日となって、内面の実りの秋となりますように。

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2011年9月20日 (火)

まばゆい教室

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  学生たちは夏休みなのですが、教育実習に励んでいる学年もあります。

  この写真は大学の教室の一つで、教育学部の一つの学年全員のオリエンテーションなどに使われます。

  昼休みにこの部屋の一角にあるグランドピアノで練習させてもらおうと訪れましたら、ごらんのように床も机もまばゆいほどに輝いていました。

 講義のない期間に、たくさんある教室の一つ一つを念入りに清掃してくださっているのですね ・・・ そういえば、机の上をクレンザーで磨いてくださっているところを見かけたことがあります。

  夏休み後に戻ってくる学生たち ・・・ ぜひ、こうした環境を整えてくださっている方たちのお心をまっすぐに受けとめて、さらによく学び、心身を磨き上げて、社会に巣立っていってほしいと改めて思いました。

  たどたどしい技倆の私のピアノですが、この部屋で弾かせていただいてなんだかカーネギーホールでリサイタルをしているような気持ちになりました。   ありがとうございます。

 今日も、美しい環境を整え、前向きに歩むよい日となりますように。

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2011年9月19日 (月)

暑さに負けぬ 若人たち

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  暑い日が続き、運動会・体育大会は 本番のみならず、練習にも熱中症対策が欠かせません。

 それでも、ダウンする例が報道されています。

 さて、写真は、岐阜大学の教育学部の2年生が実習させていただいている学校の一員として、体育大会の準備をしているところです。

 先生方の指示のもと、テントの支柱を組み立てる・・・ちょっとパズルのような面もありますが、サークル活動で経験がある実習生もいて、なかなか手際よく組み立てが進みます。

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  教壇に立って授業をするだけではない先生方のお仕事を目の当たりにし、体験させていただく教職リサーチという五日間の実習を体験し、若人たちは、ますますパワーアップしました。

 頼もしい学生たちのこれからによき展望が開けますように。

 実習生を後輩として指導してくださる先生方、本当にありがとうございます。

 どうぞ、これからもよろしくお願いいたします。

  教育学部の三年生たちは、実際に授業させていただく四週間の教育実習が進行中です。健康で、実り多き期間を築き上げることが出来ますように。

 今日も、よい日となりますように。

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2011年9月18日 (日)

秋の実り

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  いろいろな実を結ぶ秋 ・・・気温は高いのですが、こうした実りにあずかると、おおきな恵みを感じます。

 「桃栗 三年  柿 八年

  枇杷は 九年で なりかねる」

  ※ なりさがる という地方もあるようです。

  さらに続いて

「梅は 酸い酸い 十三年   ゆずの 馬鹿めは 二十年 」

 南北に長いお国がらですから、年数や登場する実にも、いろいろなバリエーションがあるのはおもしろいですね。 

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  栗と一緒に、ミョウガもたくさんいただきました。

 早速、うどんや味噌汁、漬け物などに登場して、大活躍です。

 ごちそうさまです。 本当にありがとうございます。

 きょうは、日曜日 キリスト教会の礼拝にお出かけくださると、あなたを愛してくださっている神様が喜ばれます。

聖書の言葉  

わたし(神)の目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。

 今日も、よい日となりますように。

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2011年9月17日 (土)

悩みを 口に出すことの意味

 毎日の生活には問題・悩みに直面する場面がたくさんあります。

 その問題・悩みを口に出すことの意味を述べた文章に出会いました。

  人は言語化し始めると、問題を自分と切り離し、客観的に答えを考え始め、問題のサイズを感じ始める

 ・・・ うーん、端的に要点が記されていることに惹かれました。

 もちろん、口に出すだけでなく、紙に書くという行為を通して問題・悩みに正面から向き合うこともいいでしょうね。

 神様に自分の心を注ぎ出すように祈ることは、人や紙を相手に言語化する以上に大きな意味があります。

 明日は、日曜日 ・・・ キリスト教会の礼拝にご出席ください。

 今日も、よい日となりますように。

※ 今日のブログに引用させていただいた文章をご覧になりたい方は、「続きを読む」をクリックしてください。

 

続きを読む "悩みを 口に出すことの意味"

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2011年9月16日 (金)

「月」のお話

 先日の、中秋の名月と満月が一致するのは6年ぶり ということの意味を友人が教えてくれました。 

 秋は三秋、初秋(新暦8月)仲秋(新暦9月)晩秋(新暦10月)にわけられます。中秋の名月(十五夜)は、旧暦8月15日の夜の月のことですから、必ずしも満月にはならないようです。
  とのことです。旧暦8月15日の夜の月は、どんな状態であっても「名月」と呼ばれることになっている ・・・ これは、ライオンであれば、生まれたてでも百獣の王というようなものでしょうか。 名前負けしそう ・・・
 
 すみません、話がそれそうになりました。今年は、その中秋の名月が、たまたま満月と一致した そういうことのようです。
  友人は、さらに調べて、次のことも教えてくれました。
「中秋の名月とは、旧暦8月15日の中秋の月だが、満月はしばしばこれより1日か、ときには2日遅れる。中秋の名月は『仲秋の名月』と書いてはいけない。仲秋は秋を分割した初秋、仲秋、晩秋のひとつだが、中秋の名月の『中秋』は秋全体の真ん中という意味。仲秋より大きなとらえかた。」
 ー「週刊日本の歳時記ー今宵の月」より
 うーむ、勉強になりました。
 このほかにも、芋名月(8月15日)、豆名月・栗名月(9月13日) など 名月をめぐる言葉は情緒が豊かですね。
 教えてくれた友人は、俳句を作るようになって、上記のこと、そしていろいろなことを学んだとのことです。
 一つのことを情熱を持って長く続けること、そしてその積み重ねはとても貴重で、よき宝となりますね。 
 見習いたいです。 ありがとうございました。
 座して教わるだけではいけないと、私も少し取り組んでみました。角川の俳句歳時記第四版から、名月の句を引用させていただきます。
しみじみと立ちて見にけりけふの月   鬼貫
名月や池をめぐりて夜もすがら     芭蕉
名月や畳の上に松の影         其角
名月をとつてくれろと泣く子かな    一茶
名月や笛になるべき竹伐らん     正岡子規
名月や故郷遠き影法師         夏目漱石
名月や門の欅も武蔵ぶり       石田波郷
名月や洗ひ伏せたる日々のもの  村松紅花
満月や耳ふたつある菓子袋     辻田克巳
満月の闇分ちあふ椎と樫      永方裕子
けふの月長いすゝきを活けにけり  阿波野青畝
十五夜や母の薬の酒二合      富田木歩
十五夜の雲のあそびてかぎりなし  後藤夜半
 どの句がお気に召しましたか。
 今日の月 旧暦8月15日の名月
 後の月   旧暦9月13日の名月  だそうです。
 今日も、よい日となりますように。
 

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2011年9月15日 (木)

楽器のお話  レイン・スティック

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 引き続いて、楽器のお話です。

 「レイン・スティック」 ・・・直訳すると「雨のつえ」 でしょうか。竹の筒の中に、貝殻か、小石か、まあそのようなものが入っていて、傾けると雨音あるいは波の音が作り出せる楽器です。

 音楽タイムで、これをどなたかにお渡しして、上手に波の音を出してくださる方に

 「上等の なみ(波・並)の音をありがとうございます」 と 一瞬 反応に間があるジョークを言うのが私の楽しみになっている楽器です。

 音楽療法士仲間には、手作りですてきな「レイン・スティック」を完成させた方がおられますが、そうした器用さとアイデアを兼ね備えておられるのは、すばらしいことですね。

 楽器には、それぞれ、持ち味があります。人間にも、その人ならではの持ち味があります。

 今日も、よき持ち味を発揮し合える、素敵な日となりますように。

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2011年9月14日 (水)

楽器のお話 「ツリー チャイム」

0003  「ツリーチャイム」という楽器があります。指でもいいのですが、トライアングルなどを叩く金属の棒をシューッとスライドさせていくと、夜空の星がいっせいにまたたいてきらめくような雰囲気の世界が生まれるのです。

  この楽器を、音楽療法ですてきに活用されている先輩音楽療法士さんがおられますので、いつの日か、「ツリーチャイム」を手に入れたいなぁと思っていました。

 時々立ち寄る楽器店で、店頭に展示してある「ツリーチャイム」に出会うと、何だかウインクが送られてきた感じになりました。

 たまにしかいかないので顔なじみと言うほどではないのですが、記憶力のよい店員さんが、「この展示してあるコーナーの楽器は、ただいま、半額となっております」とのこと。

 ああ、それで、「ツリーチャイム」がウインクしたのか、と思い至りました。

 というわけで、次回からの私の音楽タイムには、「ツリーチャイム」が同行することになりそうです。

 出会いというのは、人と人との場合だけではないのですね。

 さて、今日もすてきな出会いのある日となりますように。

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2011年9月13日 (火)

満月は千両役者

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 「よっ、千両役者!!」と声をかけたくなるような、昨夜(9月12日)の月でしたね。

 山を離れ、雲に入ろうとする満月 ・・・ 中秋の名月と満月とが一致するのは6年ぶりのことだとか ・・・ と受け売りで書きながら、イマイチ、よく意味が分かっていない私です。

 すみません。

 とにかく、この月を愛でながら、団子 ・・・ あんこに覆われた団子は、お月見用ではないかもしれませんが、おいしくいただきました。

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  まーるい月を見ようと、夕顔が一輪、開花しましたので、パチり

 空に月 地には夕顔  円満に

 散歩終え お色直しの月を待つ

※ 散歩中に、かなり高くまで昇った月が、帰宅しますと、まだ山の陰にいたのです。

 今日も、よい日となりますように。 いえ、欠けたところがない、というほど高望みはいたしません。

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2011年9月12日 (月)

万年筆は 大人の あかし

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 中学校を卒業して半世紀ほどになるのですが、私の少年期には、中学生になると万年筆をいただくことがありました。高校の入学祝いは腕時計が一般的だったように覚えています。

 最近、万年筆はあまり見かけなくなり、高価な物がデパートにあるという印象です。

 そういえば、こんな文にお目にかかりました。

◇   □   ☆   ○  ※  ○  ☆  □  ◇

  ・・・ ユダヤの成人式(男子は13歳)では、成人の記念に万年筆を贈るのが一般だということを思いだした。なぜ万年筆かというと、それまで鉛筆しか使っていなかったのだが、鉛筆だと消すことができるので、人生の生き方も消しゴムで消せるといった安易な考えになりやすい。しかし、成人になれば契約書を万年筆でサインするようになるので、それは消すことができない。つまり、万年筆は、成人になったシンボルなのである。

 なお、ユダヤの成人式は日本のように行政が一斉に行うのではなく、誕生日に自ら世間に対して「本日成人になりました」と宣言するのだと言われている。そのときの成人式の贈物は、万年筆というのが一般的なので、成人の宣言の挨拶も、「私は本日成人になりました」と言うところを、なかには「私は本日万年筆になりました」と言うケースもあるほど、「万年筆」は成人のシンボルなのである。それは自律から自立へのシンボルとも考えられる。  ・・・ (後略)

  出典  石は意志に通じる 教師道④ 森 隆夫 (日本教育文化研究所所長・お茶の水女子大学名誉教授) 『悠プラス』(はるかプラス) 2011年8月号 ぎょうせい 発行

   ◇   □   ☆   ○  ※  ○  ☆  □  ◇

 思いがけず、自分の中学時代の万年筆のことをユダヤの成人式と結んで考えることができて、感慨を覚えました。

 ちなみに、今日の最初の写真の万年筆は、退職記念にいただいたもの、そして二番目の写真は兄が、海外旅行のお土産にくれたものです。

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 私の二男には、万年筆や文房具に興味関心をいだいて、ちょっと珍しい品を見つけて愛用する傾向があるようです。

 何だか、こういう内容は秋めいてくる時期に向いているような気がして書かせていただきました。

 

 二本の万年筆の写真を撮っていたら、家内がもう一本、持ってきました。

 私が、いつだったかプレゼントしたものですが、書き慣れた別のを使っているとのことですので、おお、しめしめ、この秋から、私のものといたしましょうか。

 ちなみに、万年筆は写真の順に、メーカーはパイロット、モンブラン、セーラーです。

  キーボードを打つのと、文字を書くのとでは、脳の働きはどこか違うところがあるように思うのですけれど、研究している方がおありですよね、きっと。

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 今日も、書き心地のよい万年筆で書き進むような、よい日となりますように。

  

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2011年9月11日 (日)

フロイトの夢の分類

 聖書には、王様が夢を見て、「これはどういうことなのか」と夢の意味を尋ねる場面がいくつか出てきます。

 中には、どんな夢を見たかを伏せたままで、夢ときをせよと言いつける王様もいました。

 これは、難問ですよね。そのような問題を出されてとけたら、これは人間わざではなく、神わざということになります。

 そして、神様の力によって、この難問を見事に解いた人も聖書には登場いたします。

 興味のある方は、旧約聖書のヨセフという人物のことが出てくる創世記の40章とそれ以降をごらんください。なかなか、おもしろいですよ。

 このブログでは、フロイトの夢の4分類をご紹介いたします。

 フロイトは、夢を人間の願望がそのまま現れる場合と、潜在的な願望が形を変えて表れる場合があると考え、次の四つに分類したそうです。

1.「不安」 強いものにいじめられる時の不安感の表れである夢

2.「退行」 過去の出来事がタイムスリップしてよみがえってくる夢

3.「抑圧」 実現するのはむずかしい願望を無意識の世界に閉じ込めようとする夢 

4.「検閲」 あまりにも激しい感情や不都合な願望にブレーキを掛ける役目をする夢

 お仕事で、夢の分析を学んでおられる知人(男性)は、夢を書き留める準備をして寝ると、夢を見る確率が高くなるのだそうです。なんと、そのかたの夢に時々、私が登場するのだそうです。  そこまでは話してくださるのですが、私がどんな場面でどんなふうに登場するのかは、話されないのです。 これって、何だか、とても中途半端なお話ではありませんか? いえ、別に、出演料をいただこうと思っているわけではないのですけれど。

 それはともかく、今日は日曜日。 キリスト教会の礼拝にお出かけくださると、誰よりも、まず神様が喜んでくださいます。  今日も、よい日となりますように。

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2011年9月10日 (土)

「姫芙蓉」 ・・・ひめふよう 底紅 そこべに

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 夕顔の花のそばに、「姫芙蓉」(ひめふよう) またの名を「底紅」(そこべに)と呼ばれている小ぶりな花たちが咲いています。

 なかなか、いいものですね。

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  先日、写真が小さかった秋海棠(しゅうかいどう)の花の写真も、添えさせていただきます。

  ささやかな庭ながら、日が落ちるとコオロギも鳴いて、日中の気温は、まだまだ上がりますけれど、気持ちは、すっかりと秋です。

  9月も、中旬に入ります。私も 味覚の秋に力点を置きすぎず、芸術の秋、学問の秋となるように励みたいと思います。

 今日も、よい日となりますように。

 明日は日曜日、どうぞ、キリスト教会の礼拝にお出かけくださいますように。

  

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2011年9月 9日 (金)

タニタの栄養士さん

0002 このかたは、タニタの社員食堂の栄養士、荻野奈々子さんです。

  『体脂肪計タニタの社員食堂』『続・体脂肪計タニタの社員食堂』(大和書房発行)のレシピ編集を手がけ、この二冊が両方合わせて219万部を超える売れ行きで、とにかく大きな反響なのだそうです。

※ 写真は、ぎょうせい発行の月刊誌『悠 +』(はるかプラス)2011年9月号から借用させていただきました。ありがとうございます。

 萩野奈々子さんは、ご自身が、おいしいものを食べることが大好きとのこと。

 タニタの社員食堂は、それを利用する社員がおいしく食べ続けている内に健康的にダイエットできているという実績が人気を呼び、社員から大好評・・・ メニューは1日1種類で、選択肢がないことが、個人の好みに偏ることを防ぐ効用になっているとか。

 500キロカロリーほどにおさえられていますが、味も内容も満足できるよう工夫が凝らされているそうです。

 「おいしく食べているうちに、いつの間にかやせちゃった、というメニュー作りを目指しました」とのこと。

  うーむ、1982年のお生まれだそうですから、およそ29歳ですか ・・・ ご本人の資質・ご努力によるところが多いのでしょうが、こういう若人が育っていること、とても心強く、嬉しく思いました。

 「食べることは 楽しいこと。 これが何より大切だと思うんです」 ・・・ はーい、大賛成です。 ぜひ、食を楽しみながらのダイエット を学び、実行したいと願っています。 食欲の秋の入り口にあたって、力強い知恵ある励ましを感じて今日のブログに登場していただきました。 

 今日も、よい日となりますように。

 

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2011年9月 8日 (木)

詩 秋刀魚の歌 佐藤春夫

 有名な「秋刀魚の歌」を掲載させていただきます。
いえ、秋の詩心と言うよりは、食卓にサンマがのぼったからというとても素直で分かりやすい動機からです。 今日も、よい日となりますように。

0002

佐藤春夫  秋刀魚の歌 
あはれ
秋風よ
情〔こころ〕あらば伝へてよ
――男ありて
今日の夕餉〔ゆふげ〕に ひとり
さんまを食〔くら〕ひて
思ひにふける と。

さんま、さんま
そが上に青き蜜柑の酸〔す〕をしたたらせて
さんまを食ふはその男がふる里のならひなり。
そのならひをあやしみてなつかしみて女は
いくたびか青き蜜柑をもぎて夕餉にむかひけむ。
あはれ、人に捨てられんとする人妻と
妻にそむかれたる男と食卓にむかへば、
愛うすき父を持ちし女の児〔こ〕は
小さき箸〔はし〕をあやつりなやみつつ
父ならぬ男にさんまの腸〔はら〕をくれむと言ふにあらずや。

あはれ
秋風よ
汝〔なれ〕こそは見つらめ
世のつねならぬかの団欒〔まどゐ〕を。
いかに
秋風よ
いとせめて
証〔あかし〕せよ かの一ときの団欒ゆめに非〔あら〕ずと。

あはれ
秋風よ
情あらば伝へてよ、
夫を失はざりし妻と
父を失はざりし幼児〔おさなご〕とに伝へてよ
――男ありて
今日の夕餉に ひとり
さんまを食ひて
涙をながす と。

さんま、さんま
さんま苦いか塩つぱいか。
そが上に熱き涙をしたたらせて
さんまを食ふはいづこの里のならひぞや。
あはれ
げにそは問はまほしくをかし。

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2011年9月 7日 (水)

青空

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 台風12号が、ようやく通り過ぎていきました。久しぶりに青い空を見る思いがいたします。

 被害に遭われた地域の方々に心からお見舞い申しあげます。

 宵には夕顔が花開き、コオロギが鳴きます。

  運動会のリレーでは、追い抜かれるか、よくて現状維持とう鈍足の私でした。 いえ、別に自慢しているわけではありません。 どんなに多くの人の俊足を引き立ててきたことでしょう。 いえ、別に、自慢しているわけでは・・・

  秋の空のもと、運動会に向けて練習する子どもたちの声が響くとき、どんなに多くの方々が励まされていることでしょう。

 皆が心を通わせあって、これ以上、災害の起こらない、心豊かな実りの秋を迎えることができますように。

 今日も、よい日となりますように。

  

 

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2011年9月 6日 (火)

まいたけの土手鍋風

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 まいたけ、ねぎ、豆腐 ・・・ それと味噌に調味料少々 ・・・ この「少々」が、なかなか難しいのですね。

 男性対象の料理教室で、「少々って、どれくらいやね」と質問が出て、しばらく、やりとりがあったという話を聞いたこともあります。

 料理は化学 ・・・ 量と時間、材料を入れる順番など、きちんとすると確実においしく仕上がる ・・・そういうことを耳にすると、「少々って、どれくらいやね」と尋ねたくなりますよね。

 楽しみながら、場数を踏むと「少々」がどれくらいかも分かってくるのでしょう。

 人生、何事も奥行きがあり、それゆえに味わい深いものですね。

 いよいよ、食欲の秋も間近 ・・・ 量よりも質 を心がけて食生活を考えたいと 特に今年は神妙に考えております。

 よい日となりますように。

 

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2011年9月 5日 (月)

窓を開いて

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  とっても自主的に「みどりのカーテン」を形成して涼感をプレゼントしてくれている我が家のゴーヤー ・・・ 実りのシルエットが映るので窓を開きました。

 すると、三個の実が風に揺れながら手招きしているではありませんか。

 上部の一つと、左下の二つの中から一つを、家の中から収穫いたしました。

 畑主任の役目を家の中に居ながらにして果たすことが出来る ・・・ なんという幸せなことでしょう。

 収穫してから数分後、ゴーヤーはたっぷりと鰹節を振りかけられて食卓に登場していました。

 

 これ以上の新鮮野菜というのは、ちょっと望めないですよね。

 今日も、心の窓を開くと、収穫するばかりになっている実りが待っているようなよい日となりますように。 ・・・ 開いた窓にゴーヤー 棚からぼた餅

 ・・・私が学生のとき、ある先生が「棚からぼた餅が落ちてくるためには、ちゃんとぼた餅を作って棚に置いておかなくてはいけない」と、鍛えてくださいました。 うーむ、自分が作らなくても他の人の労作の実りにあずかるというのも、しっかりと嬉しいですけれど ・・・ アリとキリギリスのお話 あの中間ぐらいがいいのではないでしょうか。 少年老いてしまい 光陰矢のごとしを実感しつつ。

 

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2011年9月 4日 (日)

夏から 秋へ

0003  大学自体は8月、9月と夏休みなのですが、生き物を扱う学部や学科などは、生き物の世話や観察、実験の関係もあって、励んでいる学生の姿を見かけます。

 残暑は、なかなかのものですが、それでも空の色、雲など、秋が感じられるようになってきました。

 写真は、教育学部の建物、右側の濃い茶色と申しますか・・・もう少ししゃれた呼び名があるのかもしれませんけれど・・・ 図書館です。

 

0004 教育学部の入り口では、ご覧のように花が、訪れる人たちを迎えてくれます。

  陽射しの暑い日にも、雨の日にも、環境を整えてくださっている方々の お心遣いに、用事で訪れる方々、そしてここで学ぶ学生たち、働く私たちはどんなにやすらぎをいただいていることでしょう。

 来年の受験に備えて、キャンパスを下調べに来る高校生にも、キャンパス全体のしつらえと申しますか、雰囲気と申しますか、目と心に伝わっているものがあるにちがいありません。

  ふだんの一日一日が、積み重なって一週間となり、一か月となり、季節となる ・・・何だか、そんなことを感じさせていただきました。

 いつも、ありがとうございます。

 さて、今日も、よい日となりますように。

 今日は、日曜日・・・ キリスト教会では礼拝が開かれます。ぜひ、ご出席くださいますように。  

 すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。  イエスキリストのことば

 【聖書】 マタイによる福音書 11章28節

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2011年9月 3日 (土)

チター の魅力

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 8月28日の午後、近くのコミュニティセンター主催のコンサートがありました。

 この写真の楽器が「チター」です。

 ドイツの方が、綺麗な音色を聴かせてくださいました。

 そうです、そうです、映画「第三の男」の主題歌が、このチターで演奏され、有名になりました。

 このコンサートでは、奥様のフルート、8歳のご長男のチェロとともにご家族で「ローレライ」などを素敵に演奏してくださいました。 

  チターで独奏された「第三の男」 ・・・ とても素晴らしかったですよ。圧巻でした!!

 上の写真は、聴衆にチターを紹介するために、かかえてくださったのですが、実際の演奏は、下の写真のように ・・・ そうですね、琴のような感じで弾かれます。

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  実際のチターの生演奏を聴くのは初めてで、感激いたしました。

 フルートを吹かれる奥さんが日本人なので、故国、日本の方を励ますために来日され、そのコンサートツアーの初日がこの日だったとのことです。

 優しい心を根っこにして送り出される音楽 ・・・ 本当に大きな力をいただいた上質の時間を過ごすことができ、感謝しております。

 今日も、すてきな時間を歩むことができますように。

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2011年9月 2日 (金)

みどりのカーテン 2

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 先日、ある病院のみどりのカーテンをご紹介いたしました。

 今回は、ささやかなのですが、我が家の洗面所の窓を内側から摂ってみました。

 ゴーヤーは生命力が強く、畑主任の私の知らない間に、自主的にどんどんと蔓を伸ばし、みどりのカーテンを掲載してくれたのです。

 (ちょっと見えにくいと思いますが、窓枠のところには、タイルが敷き詰めてあります。)

 うーむ、  畑主任は ひ弱でも、ゴーヤーは強し

 シシトウも、食卓を飾ってくれます。 私も、こうした作物のたくましさ、やさしさを見習いたいと思います。

 9月も進行し始めました。 もう少し夏痩せしてから、実りの秋を楽しみたいと思います。

 今日も、よい日となりますように。

 

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2011年9月 1日 (木)

『湖底の城 呉越春秋』 第二巻 宮城谷昌光

0003『湖底の城 呉越春秋』 第二巻

宮城谷昌光 著

講談社 2011年7月26日 第一刷 発行

 楚の国の人、伍子肯(ごししょ)が主人公で、宮城谷さんが力を入れている中国の傑出した人物の活躍する歴史小説のおもしろさが、この本にもみなぎっている ・・・ と私は思っています。

 第一巻は、青色を基調とした装丁でしたので、第二巻と並べるとお互いを引き立て合うかもしれません。

 発行ひと月ほどで、図書館で借りて読むことができるのはありがたいことです。

 ただし、第一巻を読んでから、少し時間が経っていますので、二巻にいたるまでどんな内容だったかなと記憶の糸をたどろうとすると、驚くべし ・・・ というより、本人も驚かなくなっているほど忘却力が強まっているのですが・・・何本もの記憶の糸がたどれなくなっていることに気がつきました。

 けれど、また読み返す楽しみが残っているので、それはそれで嬉しいこと(?!)ではあります。 見よ 老人力が日ごとに増していく この私を ・・・すみません、威張ることではありませんでした。

 

 さて、第二巻の中に、こんな一節がありました。伍子肯(ごししょ)が孫武(後世には孫子として伝わる人だと思います)からの手紙に返書をしたためて感慨にふける部分を引用させていただきます。

      ◇  □  ○  ☆  ※  ☆  ○  □   ◇

 ・・・  難儀が生ずるまえに、凶を予見することができる人は、孫武しかいない。・・・ 孫武の研究が秘伝の昧さ(くらさ)をもっておらず、ひらかれたものであろうと想えば、よけいに孫武の思想の新しさにおどろかされた。すなわち孫武は自分で発見したこと、研究したことを、隠さず、弟子、門人だけでなく多くの人に伝えてゆこうとしている。ーー ほんとうの偉大さは、開かれていることにある。

 孫武にそう気づかされた。それを政治におきかえれば、最高の善政とは、もっともわかりやすい政治、臣民がなぜと問わない政治であり、それが開かれた政治であろう。残念ながらいまの楚の国の政治は暗い。

       ◇  □  ○  ☆  ※  ☆  ○  □   ◇

 現代にも通ずる面のある洞察に思えますが、いかがでしょうか。

  「小説現代」に連載されて、1年分ほどが単行本になるようですから第三巻を読む日が来るのは1年後でしょうか。 待ち遠しいですが、息の長い楽しみでもあります。

 少年時代、連続ラジオドラマというのがありました。「おらあ、三太だ。おらの村にはきつねもいるだ」というような始まりのドラマ、「名探偵 ルコック」、「巌窟王」、「アイバンホー」「紅孔雀」 などなど 主題歌とともに思い出されます。

 ラジオドラマは物語のいいところで終わるので、次の回が待ち遠しく、そのころの私は(ああ、明日の放送を聞くまでいのちがありますように)という思いを本気でいだいていたような少年でありました。

 読む楽しみ、聴く楽しみ ・・・ テレビは、喫茶店や電気屋さんの前の高い台の上、限られた家庭にしかない時代でしたが、けっこう、楽しく、充実していた時代だったように思い出されます。

 鉱石ラジオを作って、小さな音でも聞こえると本当に嬉しく思ったものでした。

  おお、長しゃべりをしてしまい、失礼いたしました。

  今日から9月 ・・・ 今月も、よい日々の連なりとなりますように。

 

 

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