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2011年10月31日 (月)

大自然は活力を与えるオアシス

 10月29日、NHKテレビで登山家の田部井さんが東北の山に被災された方と一緒に登る番組を一部分ですが見ました。

 田部井さんは、その番組で紹介された山々全部に、それもいろいろな季節に登ったそうです。

 今回、被災された方々との登山にあたっていろいろ懸念、気遣いをされたとのことです。けれど、山に登るにつれて、皆さんが再び歩みだそう、苦難に立ち向かおうと口々におっしゃるようになったことに田部井さん自身が感動され、また新しい気持ちでたくさんの山に登りたくなったと結んでおられました。

 大自然には、そこに抱かれる人々の内側にある気力、活力を引き出す豊かな力を備えているのですね。

 たくさんの山と親しんだ田部井さんを通して敷ノ山に関する季語をうかがうと、実感が湧きました。番組で紹介された山々も本当に美しかったです。

 春  山笑う

 夏  山滴る

 秋  山装う

 冬  山眠る

 さしづめ、今は山が装い始めた気候でしょうか。

 ムーミン谷では、冬眠に備えて、お腹を満たす食べ物を集めているのでしょう。  いえいえ、うらやましくはありません。その食べ物は「松葉」だそうですから。

 それはさておき、今日もよい日となりますように。

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2011年10月30日 (日)

聖書から 「伝道者の書」

 昨日、伝道者の書の3章の前半を掲載させていただきました。

 イスラエルのソロモンという王は、大変賢いことで有名で、遠国のシバの女王が知恵比べに出かけてきて、その知恵の豊かさに脱帽したそうです。「伝道者の書」はそのソロモンが書いた知恵の言葉と言われています。

 テレビの番組に「ソロモン流」というのがありますね。あれは、このソロモンの名から名付けた番組名です。

 今日は、日曜日ということでもあり、伝道者の書の一章を掲載させていただきます。

 どこかでお耳になさったことばも登場するかも知れません。何と言っても、聖書は永遠のベストセラーと言われている書物ですから。

 キリスト教会の礼拝にお出かけください。 よい日となりますように。

 伝道者の書 第一章

1:1 エルサレムでの王、ダビデの子、伝道者のことば。

1:2 空の空。伝道者は言う。空の空。すべては空。

1:3 日の下で、どんなに労苦しても、それが人に何の益になろう。

1:4 一つの時代は去り、次の時代が来る。しかし地はいつまでも変わらない。

1:5 日は上り、日は沈み、またもとの上る所に帰って行く。

1:6 風は南に吹き、巡って北に吹く。巡り巡って風は吹く。しかし、その巡る道に風は帰る。

1:7 川はみな海に流れ込むが、海は満ちることがない。川は流れ込む所に、また流れる。

1:8 すべての事はものうい。人は語ることさえできない。目は見て飽きることもなく、耳は聞いて満ち足りることもない。

1:9 昔あったものは、これからもあり、昔起こったことは、これからも起こる。日の下には新しいものは一つもない。

1:10 「これを見よ。これは新しい。」と言われるものがあっても、それは、私たちよりはるか先の時代に、すでにあったものだ。

1:11 先にあったことは記憶に残っていない。これから後に起こることも、それから後の時代の人々には記憶されないであろう。

1:12 伝道者である私は、エルサレムでイスラエルの王であった。

1:13 私は、天の下で行なわれるいっさいの事について、知恵を用いて、一心に尋ね、探り出そうとした。これは、人の子らが労苦するようにと神が与えたつらい仕事だ。

1:14 私は、日の下で行なわれたすべてのわざを見たが、なんと、すべてがむなしいことよ。風を追うようなものだ。

1:15 曲がっているものを、まっすぐにはできない。なくなっているものを、数えることはできない。

1:16 私は自分の心にこう語って言った。「今や、私は、私より先にエルサレムにいただれよりも知恵を増し加えた。私の心は多くの知恵と知識を得た。」

1:17 私は、一心に知恵と知識を、狂気と愚かさを知ろうとした。それもまた風を追うようなものであることを知った。

1:18 実に、知恵が多くなれば悩みも多くなり、知識を増す者は悲しみを増す。

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2011年10月29日 (土)

時にかなって美しい

0002  岐阜市の金華山を10月28日の午後、いつもとは違う方向から撮影しました。

 朝夕の気温は低くなり始めましたが、紅葉にはまだまだというところです。

 聖書の「伝道者の書」にこんな言葉があります。

3:1 天の下では、何事にも定まった時期があり、すべての営みには時がある。

3:2 生まれるのに時があり、死ぬのに時がある。植えるのに時があり、植えた物を引き抜くのに時がある。

3:3 殺すのに時があり、いやすのに時がある。くずすのに時があり、建てるのに時がある。

3:4 泣くのに時があり、ほほえむのに時がある。嘆くのに時があり、踊るのに時がある。

3:5 石を投げ捨てるのに時があり、石を集めるのに時がある。抱擁するのに時があり、抱擁をやめるのに時がある。

3:6 捜すのに時があり、失うのに時がある。保つのに時があり、投げ捨てるのに時がある。

3:7 引き裂くのに時があり、縫い合わせるのに時がある。黙っているのに時があり、話をするのに時がある。

3:8 愛するのに時があり、憎むのに時がある。戦うのに時があり、和睦するのに時がある。

3:9 働く者は労苦して何の益を得よう。

3:10 私は神が人の子らに与えて労苦させる仕事を見た。

3:11 神のなさることは、すべて時にかなって美しい。神はまた、人の心に永遠への思いを与えられた。しかし、人は、神が行なわれるみわざを、初めから終わりまで見きわめることができない。

  □  ◇  ☆  ○  ※  ○  ☆  ◇  □

 焦ったり、のんびりしすぎたりせず、しかし、見通しをもって時節の到来に備えていたいものです。

 明日は日曜日、キリスト教会の礼拝にお出かけくださいますように。

 よき日となりますように。

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2011年10月28日 (金)

散歩道での夕焼け

0001  夕方、気温が下がってきていたので、手袋をして散歩しました。

 変化する夕焼けの何と美しかったことでしょう。

 肉眼で見るようには写真は撮れませんでしたけれど、あなたのところからもご覧になったかも知れませんね。

 「夕焼け」は、スケールも大きいことから、季語としては夏なのだそうです。でも、秋の夕焼けも情感たっぷりですよね。

 こんな句を思い出しました。

 夕焼けは 膳のものをも 染めにけり 富安風生 

 ずーっと以前、♪「夕焼けのトランペット」を夕方に吹いていたことがありました。さすがに「真夜中のブルース」を真夜中に吹くことはありませんでしたけれど。

 「枕草子」 では、 春は曙 夏は夜 秋は夕暮れ 冬は つとめて (早朝) が よい と冒頭に記されていましたね。

 夕焼けの中を歩いて、しみじみと秋が感じられました。

 散歩から戻って、夕食までの時間、ピアノに向かいました。何だか、力まない音色が流れ出るように感じられました。 ・・・ 自然を浴びると音楽にその雰囲気が映るということなのでしょうか。 今ごろになってそんなことを感ずるとは、なんということでしょう。

 それはともかく、今日もよい日となりますように。

 

 

  

 

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2011年10月27日 (木)

冬への備え

 気象情報で、「寒くなりそうです」とのことでしたが、26日の岐阜市、けっこう強い風が吹いて、冬が近いと感じました。

 しかし、紅葉の季節はこれからなので、体が慣れれば、まだしばらくは秋を楽しむゆとりが生まれることでしょう。

 とは言いながら、そろそろ、灯油を準備したり、冬物の衣類を確かめたり・・・と思いました。

 大きな災害に遭われた方々の冬への備えが整うように、迅速で息の長い手配り・気配りができますように。

 そのために、小さくても出来ることを為すことが出来る今日でありますように。

 河野 進 牧師の 詩 1976年年賀葉書より

いま、蒔かねば 
生涯、芽ばえぬ 種がある

いま、拾わねば
生涯、見失う 落穂がある

いま、施さねば
生涯、死蔵の 一万円札がある

いま、感謝せねば
生涯、不自由する 十円玉がある

いま、届けねば
生涯、表わせぬ 善意がある

いま、黙さねば
生涯、残る 悔いがある

いま、見舞わねば
生涯、孤独の 病人がいる

いま、宿さねば
生涯、漂流の 旅人がある

いま、読まねば
生涯、手にせぬ 聖書がある

いま、読書せねば
生涯、埋められぬ 空白の老境がある

いま、母乳を飲ませねば
生涯、母を味わえぬ 他人になる

いま、謙遜に仕えねば
生涯、異邦人の 主イエスかも知れぬ

いま、つまずいても
生涯、うなだれさせぬ 光がある

いま、悔改めねば
生涯、尾をひく 罪がある

いま、堕ちれば
生涯、止まらぬか そうはさせぬみ手がある

いま、救われねば
生涯、欲望の奴隷は 必然

いま、応答せねば
生涯、聞けぬ 呼び声がある

いま、信仰する
生涯、一番よい機会 神にもあなたにも

いま、もてなさねば
生涯、訪れぬ 天使かも

いま、祈らねば
生涯、はかり知れぬ 大事がある

いま、手をつけねば
生涯、気がつかぬ 特技がある

いま、忘れたら
生涯、思い出せぬ 恩がある

天の父さま
主イエスさま
聖霊さま
お恵みなくば
おみちびきなくば
これらの一つでさえ
とてもとても

 

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2011年10月26日 (水)

万葉集 防人の歌

  文芸の秋到来ということで、古典 ・・・ 万葉集から防人の歌をひもといてみました。

母という花の詠まれている歌です。

 今回は、http://www5e.biglobe.ne.jp/~narara/newpage%2020-4323.html

に書かれていることを紹介させていただきます。活用させていただき、ありがとうございます。

時ときの 花は咲けども 何すれど 母とふ花の 咲きでこずけむ

               防人 丈部真麿(はせべのままろ)  巻20‐4323

 【解釈】四季の移り変わりにつけて、季節季節の花は咲くけれど、どうして母という花

は咲き出ないであろうか。

 咲きでる花に、別れて久しいまぶたの母を求める着想が、少年の防人らしい作者をありありと思い描かせる。

  どうして母なる花が咲き出ないのかという疑い方に、純情で真実な気分があふれていてあわれ深い。

 遠江国(とおとうみ)の国 山名郡(今の静岡県磐田郡)出身の若き防人の歌で防人というのは、崎守の意味で、古代の中国や朝鮮からの航路にあたる崎々に配置された者のこと。英訳によると国境警備隊とあり、中国や朝鮮からの侵入に対して取られた処置である、防人は初見は645年で、以後平安時代中期までつづく。配置された場所は対馬を初め、北九州の沿岸一帯であり、有事に際しては山々の高所にあるのろしだいで烽火をあげ、それをみて次々に伝令し太宰府にいたる仕組みになっている。おもに東国(現在の静岡以東北関東)の農民を防人にあて、ときおり地元九州の者をあてたにすぎなかった。

 平時、3000人が配置につき、任期は正味3年で、出身地より集合地の摂津(現大阪)まではすべて自己負担で、帰路も摂津からあとは同様であった。

 これら防人が歌った作品が防人歌で、万葉集巻14と20に合わせて80余集ある。

 ◇  □  ○  ※  ☆  ※  ○  □  ◇

  もし、母という名の花が咲き出たとしたら、防人として向かう地へも、携えて同行できるだろうに ・・・ そうした思いも込められているように思います。

  さだまさしの♪「防人の歌」も思い出しました。

  親子や夫婦、恋人たちが別れ別れにならないで、仲むつまじく暮らすことが出来たらどんなにすてきでしょうね。

 今日も、よい日となりますように。

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2011年10月25日 (火)

ゴールを見据えて

 詩人ワーズワースが「子どもは大人の父なり」という言葉を遺しているそうです。

直感的に本質をついた言動をすることが子どもにはあるのですね。

 「ウサギとカメ」の話を子どもに聞かせたある方が、子どもたちに問いかけたそうです。

 「ウサギさんは、何を見ていたのかな」   子どもたち 「カメさん」

 ここで、次の質問がひらめいたようです。

「では、カメさんは?」   「向こうの山のふもと」 

  ・・・  子どもたちのその答えに感動したと この方は話してくださいました。

 うーむ  ・・・ 経済に重点を置くと、競争社会に走り、相手に勝つことに心がとらわれて、大事なことを見失ってしまいがちです。

 どこを目指すのか ・・・ 確かなゴールを設定し、それを目指して進むとき、他者との競争は大きな問題ではなくなります。

 この方のお話を通して、私は、とても大事なことを子どもたちから教えられました。

  ぴかぴかになった廊下を熱心に磨いている中学生に、参観者が「もう、綺麗になっているのにどうして磨いているのですか」と問いかけたら、こんな答えが返ってきたと聞きました。

 「ぼくは、廊下を磨くことを通して、自分を磨いているのです」

 うーむ、この実りの秋、私も子どもたちに教えてもらったことがたくさんあり、嬉しく思っています。

 今日も、子どもたちの心の実りに触れ、自らも励むことが出来ますように。気温の変化の大きなこの頃、どうぞ、お体、お大切になさってください。

 

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2011年10月24日 (月)

小さなものほど指定席へ

 「どの引き出しでも、遠慮なくご覧ください」 ・・・ 家の中の整理に真剣に熱心に取り組んでこられた方が、整理に悩んでいる方、整えてはいるけれど、さらにその上の整理を目指したい方々に、ご自分の家を公開してお役に立てたいという企画を実行に移されました。

 これは、すごいことだと思います。私など、「あっ、そこだけは武士の情け、開けないで」という場所のオン・パレードになること、請け合いです ・・・いえ、こんなことを請け合っても何も自慢にはなりませんけれど。

 その方のことは、もう少し詳しくご紹介する機会を設けさせていただくことにして、今日は、八木重吉の「ねがい」という詩を紹介させていただきます。

 ねがい   八木重吉

 どこを

 断ち切っても

 うつくしくあれば いいなあ

 どこを  ・・・ 自分の心の中のどの部分も  あるいは、歩んできた人生の どの一瞬も

 そのどの断面を見ても、うつくしくあれば ・・・ というのですが、詩人に限らず 「あっ、そこだけは見るに堪えませんから開けないでください」というところがあると思います。

 そのことを自覚すればするほど、うつくしくありたいというねがいは強まらずにはいない・・・そういう詩ではないでしょうか。

 ブログを書き始めて、何回か紹介させていただいたこの詩ですが、もう一度、新しい気持ちを込めて、書かせていただきました。

 今日という日、美しい心で、曇りのない一瞬一瞬を目指すことができますように。

  

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2011年10月23日 (日)

いがぐり 

0002

 いがぐり ・・・ 昔、少年漫画に「いがぐり君」というのがありました。

 たしか、柔道に熱心に取り組む少年が主人公で、その坊主頭が似ているということで「いがぐり君」と呼ばれ、親しまれていたように思います。

 バラのとげとは、また趣を異にする栗のイガ ・・・ イノシシもさすがにそのままではよう食べないそうですが、口を開いたイガからはじき出された栗は、実に器用にきれいに食べてあるのだそうです。

 栗に夢中になって食事しているイノシシの様子 ・・・見たいような、ごめんこうむりたいような ・・・ 

Photo

  もっと出会いたくないのが、クマです。

 ある山にドライブし、さて、山頂まで歩こうと思いましたら、こういう看板がありました。

 金太郎さんにでも同行してもらえば心強いのですが、あいにく近くには見あたりません。

 よほど、大丈夫だと思いましたが、引き返すことにいたしました。

 会えなかったけれど、クマさん、さようなら。

 聖書では、罪を犯す方向へ誘うものに近づくな との教訓が繰り返し書かれています。

 危うきに近寄らない生き方をするには、人間の意志はあまりにも弱いところがあります。

 まずは、キリスト教会の礼拝にどうぞ。

 讃美歌に、こんな歌詞があります。

「主 われを 愛す 

 主は強ければ

 われ 弱くとも 恐れは あらじ」

 今日は、日曜日、よい日となりますように。

 

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2011年10月22日 (土)

テレビでラジオ体操 !

 スポーツという分類に入れるほどではないのですが、朝、ふとテレビを付けたら、テレビ体操というのを放送していました。

 むむっ ・・・ テレビ体操と言いながら、ラジオ体操が放送されているではありませんか  いえ、追及するつもりはありませぬ。

 久しぶりに、画面を見ながらラジオ体操をしていたら、と申しますか、しようとしたら、体の前屈をした時の手の先と床の距離がとても遠いのに気がつきました。

 以前は、(もちろん膝を曲げずに)、前屈の時に床を指先がなぜていました。現在は、そうなることは夢のまた夢 という感じです。

 まあ、気がついたのですから、出来るだけ毎日ラジオ体操を続けて、無理をしなくても床に指先が届く瞬間が来ることを目指したいと思います。

 「継続は力なり」 という言葉はよく用いられますが、「不継続も力なり、ただしマイナスの ・・・」ということに改めて気がつきました。

 小さくとも、こつこつと積み重ねたいと思います。

 さて、明日は日曜日 ・・・ キリスト教会の礼拝にお出かけくださいますように。 きっと聖書に書かれている言葉があなたの心に届くようになります。

 聖書の言葉   神は愛なり

 よき日となりますように。

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2011年10月21日 (金)

昔話の深さ

 必要に迫られて、昔話に関する本を何冊か読んでいます。

 これが、予想はしていたのですけれど、なかなか奥が深いのですね。

 芥川龍之介の「桃太郎」では、降参した鬼が、桃太郎に、なぜ、征伐においでになったのか、なぜ、宝物をすべてお持ちになるのかと遠慮がちに尋ね、しかり飛ばされてしまいます。その場は引っ込んだものの、蓄電していつか桃太郎に報復しようと隙をうかがっていると結ばれています。

 別の本では、古来から12支それぞれの指す方向にふれ、その中から、鬼を封じ込めるために、犬と猿 ・・・戌と申 ですね、そして酉 が桃太郎の家来として登場するのだと意味づけられています。

 また、別の本には、桃太郎が鬼ヶ島に出向いたのは、鬼が若い女性をさらっていったからそれを助けに行ったのだという筋になっている地方の話が取り上げられています。

 その話では桃太郎は鬼を打ち破って娘を取り返し嫁にしたのだそうです。これを分析して、鬼とは、自分の手の内にある娘を誰にも渡すまいとする父性の象徴で、桃太郎は「娘さんをお嫁さんにください」と乗り込んでくる憎き若者ということになる ・・・ 鬼から娘を奪って結婚した桃太郎も、やがて自分の娘が欲しいと現れる若者に対して鬼となる ・・・ という、なかなかうがった桃太郎論が展開されています。

 検索していましたら、井伏鱒二版の「浦島太郎」や、太宰治が「浦島太郎」や「かちかち山」を素材に書いた作品にも出会いました。

 元文化庁長官の河合隼雄さんも臨床心理士兼日本の文化研究家の立場から昔話についていろいろな本を書いておられます。

 うーむ、にわか勉強では手に負えないので、別の角度からのアプローチを考え始めました。 とても快活な高齢の女性(俗におばあさんとよばれる方です)が独特の語り口で楽しい話をなさるということを耳にしましたので、それと昔話を関連させて短く書いてみようという案です。

 さて、どうなりますことやら。

 ここまで読んでいただいた方、中途半端なブログで申しわけありません。何しろ、書いてみました、ではなく、これから取りかかるという段階なのですから、中途にならざるを得ませんよね。 失礼いたしました。

 そんなことにはおかまいなく、今日もよい日となりますように。

 

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2011年10月20日 (木)

おでんの季節

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  まだ寒いというほどではありませんが、夕食には温かいものがいいなあと思う季節の到来ですね。

 鉄鍋が体に鉄分をどれくらい供給してくれるのかは分かりませんが、ぬくもりの食卓となることは確かです。

 毎日の食事の積み重ねが現在の体格、(体型!?)そして体質を形作っているのですから、一食、一食を大切にしたいと思います。

  ある方がおっしゃいました。「家庭料理にはビタミン・アイ(愛)がこもっています」

 なるほどと思いました。

 今日も、ビタミン・アイをこの世に提供する働きが出来ますように。それは、あなたの優しい言葉・ほほえみ・まなざし かもしれません。

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2011年10月19日 (水)

はさに架けられた稲束

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 山間の散歩道を抜けたところにはさに架けられた稲束を見かけました。

 以前勤めていた小学校では地域の方々のお力をいただいて稲作をしていました。

 ある方が、こうした作業を終えたときに「どうばり」という言葉を教えてくださいました。

 はさに架けられている間に、稲粒が茎(わら)からの栄養分を受けて、ふくらむことを「どうばり」というのだそうです。

 「おそらく胴張りと書くのではないか」ともおっしゃいました。

 稲刈りの後も気力を振り絞って稲粒に養分を送り込む ・・・ 気高くも強い、そしてそこはかとなく哀しさもただようような姿

 ・・・ 哀しい というより 愛(かな)しい と書くほうが より近い心情でしょうか。

 今日も、よい日となりますように。 

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2011年10月18日 (火)

よき季節

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  岐阜市では、気温が上がっても23℃前後というあたりになってきました。

 いい季節になってきましたね。

 出勤時にラジオで、「茨城県は栗の出荷量が日本一で、全国の四分の一を生産する」と聞きました。

 初耳でした。知らないことがいっぱいです。

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  右の写真は、姫リンゴです。

  ふと、ウイリアム・テルが悪代官ゲスラーに「これを射よ」と言われたリンゴが姫リンゴだったら  ・・・などと思ってしまいました。

 そうそう、最近「的を得た話」という言い方を耳にしますが、的は得るものではなく、射るものですから、「的を射た話」が正しいのですね。的外れの表現にならないように心したいと思います。

 「猫なで声」 ・・・ 「声を出しているのは 人 それとも 猫 ?」 とクイズ タイムショックなどで出題されたら、焦って間違えそうです。

 美しい実りのことを書いていましたのに、横道にそれてしまいました。 おゆるしください。

 今日も、正道を歩むよい日となりますように。  

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2011年10月17日 (月)

音楽に浸った時間

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 16日(日)、合唱フェスティバルという催しに行ってまいりました。

 東日本大震災に遭われた方々を慰めようと、義援金を募り、岐阜県内の八つの合唱団が趣旨に賛同して開かれたコンサートです。

 女声合唱・男声合唱・混声合唱、児童合唱、そして「ウイーン岐阜管弦楽団」の演奏など、真心のこもった音楽にひたすら浸らせていただいた時間でした。

 フィナーレは、復興讃歌「つながる手と手、世界の友情」 

 詩 森 みち さん

 曲 平光 保 さん

を、会場全体で歌い上げ、感動が会

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場に渦まきました。

 音楽の力を、新しい思いで体験させていただきました。

 厳しい練習、修練を重ね、一人一人が自分の最高のものを差し出してそれがひとつの音楽を創り上げたとき、総和ではなくて、大きな相乗作用が働いて、かけがえのない音楽が生まれる ・・・ そういう思いを抱きました。

  本当にありがとうございました。

  今日も、周りの方とすばらしいハーモニーを創り出すよい日となりますように。

  

 

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2011年10月16日 (日)

すてきなおもてなし

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 私の通うキリスト教会では、日曜日の礼拝のほかに家庭集会が開かれています。

 そのご家庭の近所の方が、教会にはなかなか行けないけれども、牧師さんから聖書の話を聞いてみたいと足を運んで来られる貴重な機会ともなっています。

 牧師さんのお話、聖書の言葉についての学びの後、ランチをいただきました。

  持ち寄られた料理は、どれも心のこもった品で、バラエティに富んでいました。 そして、この日は、特別メニューがありました。ガーデンで焼いてくださったサンマです。 熱々の焼きたてサンマをおいしく味わわせていただきました。

 聖書には「人はパンのみで生きるのでなく、神の口から出る一つ一つの言葉による」という言葉があります。

 聖書の言葉と、すてきなおもてなしに預かることができたこの家庭集会 ・・・ 至福の時となりました。 本当にありがとうございました。

 今日も、よい日となりますように。

 今日は日曜日、キリスト教会の礼拝にお出かけになって、魂の糧にあずかてくださいますように。

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2011年10月15日 (土)

秋の実り

0002   14日、市内の小学校に、国語科の訪問をしました。

 4年生で慣用句の授業を見せていただいたのですが、「応援の火花を散らす」という慣用句に「火事になるといけない」「あぶない」 という声を上げる子もいて、次へ進む活力となっていました。

 慣用句の解説を入れたカレンダーを作るのだということで、興味深い設定だと思いました。・・・365日分はたいへんなので、一か月分の31枚を子どもたちが素材を持ち寄って作るのだそうです。

 辞書で調べる活動が進み、「先生、慣用句っておもしろいね」という声が出て、「言葉を学ぶ楽しさ、先生も大好きです。みんなで進もうね」と、実りのある学習が展開していました。

 この日、教育実習生が参観していましたが、子どもたちは萎縮することなく元気に発言し、頼もしく思いました。その後に持たれた実習生による授業研究会では、どの実習生も気負わず、率直な意見を交流し合う構えで臨んでおり、これも嬉しく思いました。

 冒頭の写真は、友人ご夫妻が育てて収獲した「鳴門金時」で、たいへん美味しくいただきました。

 教室に於いてもよき秋の実りを見ることが出来、収穫の多いこの日となりました。

 今日も、よい実を結ぶことのできる日となりますように。

 明日は、日曜日、キリスト教会の礼拝にお出かけくださいますように。

 聖書のことば  マタイによる福音書 13章から

その日、イエスは家を出て、湖のほとりにすわっておられた。

すると、大ぜいの群衆がみもとに集まったので、イエスは舟に移って腰をおろされた。それで群衆はみな浜に立っていた。

イエスは多くのことを、彼らにたとえで話して聞かされた。「種を蒔く人が種蒔きに出かけた。

蒔いているとき、道ばたに落ちた種があった。すると鳥が来て食べてしまった。

また、別の種が土の薄い岩地に落ちた。土が深くなかったので、すぐに芽を出した。

しかし、日が上ると、焼けて、根がないために枯れてしまった。

また、別の種はいばらの中に落ちたが、いばらが伸びて、ふさいでしまった。

  別の種は良い地に落ちて、あるものは百倍、あるものは六十倍、あるものは三十倍の実を結んだ。

耳のある者は聞きなさい。」

 

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2011年10月14日 (金)

美濃市の あかりフェスタ

0006   10月8日・9日、美濃市のうだつの上がる町並みで、特産の美濃和紙を用いて作ったあんどんが並ぶあかりフェスタが開催されました。

 本当は、夜にあんどんが点灯された光景のほうが情緒がありますけれど、今回は太陽のもとでの写真で、イメージしてくださいませ。

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 3月11日に災害に遭われた地域との連携を願って行われた「希望のあかり」という企画に関する展示もされていました。

 多くの方の心に慰めの灯がかがやいたことを感じました。この企画が力となって、これから向かわれる道に希望のあかりがともされますように。

 

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 傑作ぞろいのあんどんの中で、さくらをデザインした作品を紹介させていただきます。

  機会がありましたら、ぜひ、美濃市に足をお運びください。

 ヘレンケラーの言葉を思い出しました。

「あなたの手のともしびを 

もう少し高く掲げてください。

 私の足もとも 明るくなるように」

 聖書には「あなたがたは世の光である」というイエス・キリストのことばが記されています。

 今日も、お互いの光で、素敵に照らし合える日となりますように。

 

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2011年10月13日 (木)

月をわたる雁

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  雁月 ・・・ 岩手県の郷土銘菓だそうです。「友の会」の方に作り方を教えていただきました。

 月をわたる雁をイメージしていただけますでしょうか。

 秋は、いいですね。

 

  今のところ、体重計と仲良くしながら、秋の味覚を楽しんでおります。

 今日も、さわやかで、よき味わいのある日となりますように。

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2011年10月12日 (水)

岐阜 「小さなクラフト展」

Photo

 岐阜市の柳ケ瀬の一角に、偶数月の土曜日に開催される「小さなクラフト展」があります。

  時間をかけて丁寧に作られたセンスの良い品を、作り手との会話を楽しみながら選ぶことができ、この10月には37回目を記録しました。

  ここでしか、お目にかかれない品がある ・・・ 大きな魅力ですね。

Photo_2

  丁寧に刺繍された ブックカバー

に出会い、しばし見とれました。

  次回は12月の第一土曜日の開催が予定されています。

 「小さなクラフト展」で検索すると出てきますので、関心のおありの方はどうぞ。

Photo_3   今日も、すてきなオリジナルに出会えるよい日となりますように。

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2011年10月11日 (火)

舶来の品

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 『ムーミンパパ』の本をいただきました。本場フィンランドのものです。ヘルシンキの空港で入手してくださったとのことです。

 何と嬉しいお土産でしょう。

 Muumipapan 

  いただいた本によるとフィンランド語では、このように書くのですね。

 作者のトーベヤンソンさんは、次の

 スペルで書かれています。  Tove Jansson 

  

0007

  フィンランド語は読めませんが、日本語のムーミン谷シリーズは読みましたので、絵を見ておよそのストーリーを思い出して楽しむことは出来ます。

 ありがとうございました。

 友あり 

遠方より 元気に帰国する

 また 楽しからずや

 今日もよい日となりますように。

  

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2011年10月10日 (月)

きんとん

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 大学の同室に勤務する三人の内の二人は、畑を持ち、地主さんです・・・私以外の二人です。

 その一人が、奥様の作ってくださったサツマイモのきんとんを持ってきてくれました。

 旬の素材ですし、温かいお心がこもっていますので、本当においしかったです。

 感謝を込めて、お食べになれない皆様には申しわけありませんが、記念の写真を通して、目で味わっていただこうと、掲載させていただきます。

 ありがとうございました。

 今日も、よい日となりますように。 10月10日は、東京オリンピックの開会式が行われた日 ・・・ お天気カレンダーで、雨が降ることがめったにないことからこの日が選ばれ、その後、体育の日となりました。 現在はハッピーマンデー法ですか、指定席ではなくなりましたが、今年は本来の10月10日におさまったということになりますね。

 東京オリンピックの年に、私は高校三年生でした。10月24日に大松監督の率いる女子バレーチームが見事に金メダルを獲得したことを今も、鮮やかに覚えています。

 さて、今日も、体によく、心にもよいことを何か為すことが出来ますように。

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2011年10月 9日 (日)

キンモクセイ

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 岐阜大学のキャンパスに、キンモクセイの心地よい香が漂う頃となりました。

 小雨が降っていて、晴天下よりも花がいきいきとしているように見えました。

 聖書にこんな言葉があります

【エペソ書 5章 2節】
愛のうちに歩みなさい。キリストもあなたがたを愛して、私たちのために、ご自身を神へのささげ物、また供え物とし、香ばしいかおりをおささげになりました。

 たしか、ルオーという画家は、自らの絵のどこかに十字架を描き入れているとのことですが、ルオー展をおとずれたときに、作品の題にこんな言葉が添えられていました。

 白檀は、それを伐りたおす斧にも芳香を移す ・・・ キリストが十字架に架けられたとき、ローマの兵隊のリーダーは「まことにこの人は神の子であった」と述べたことが聖書に記されています。

 すべての人の罪を身代わりに背負って十字架にかかられたイエス・キリストを群衆がののしったとき、「父なる神様、この人たちをおゆるしください。この人たちは自分が何をしているか分からないのです。」と苦しい息の下から、とりなしの祈りを捧げたことに、このローマ兵のリーダーは心を揺さぶられずにいなかったのでした。

  今日は、日曜日、キリスト教会の礼拝にお出かけくださいますように。すべての人の罪を身代わりに背負って、と書きました。その中に、他ならぬあなたも含まれておいでになるのです。

 キリスト教会においでいただいて、牧師さんに祈りつつ手ほどきしていただきながら、永遠のベストセラーといわれる聖書と向き合っていただくことを心からお奨めさせていただきます。

 よき日となりますように。

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2011年10月 8日 (土)

♪ オカリナ

0001  日本で一番長寿の桜は、岐阜県の根尾にある淡墨桜(うすずみさくら) ・・・薄墨桜とも書かれます ・・・その地を訪れましたら、写真のようにオカリナが展示されていました。

  オカリナ ・・・ いろいろな大きさのオカリナは、高さの異なる調に対応するためでしょうね。

  音の高さだけでなく、音色、情感などをそれぞれのオカリナが個性として備えているのでしょう。

 美しい形に、しばし見とれました。

 上記のオカリナは、オカリナ奏者、宗次郎さんが、この地でコンサートを開いたときに記念として贈呈してくださったとのこと。

 どんな音色がするのでしょうね。 

 土から作られるオカリナから、聖書の次の言葉を連想いたしました。

【聖書の言葉】
 私たちは、この宝を、土の器の中に入れているのです。それは、この測り知れない力が神のものであって、私たちから出たものでないことが明らかにされるためです。  (第Ⅱコリント  4章7節)

 私たち自身もまだ聴いたことがないような美しい音色を神様が私たちを通してこの世に響かせてくださる ・・・ そういう希望を抱かせてくれることばですね。

 今日も、よき調べを奏でることが出来る日となりますように。

 明日は、日曜日、キリスト教会の礼拝にお出かけください。

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2011年10月 7日 (金)

♪ 夕空晴れて 秋風吹き~

Photo_4

 ウオーキング中の空の美しさに惹かれて、携帯で写しました。

 空気と気温の加減でしょうか、特にフィルターを用いたわけではありませんが、ご覧のような写真となりました。

 ♪ 夕空晴れて 秋風吹き

 月影落ちて すすきに満つ

 思えば遠し 故郷の空

 ああ わが はらから 誰と遊ぶ

 

 秋の空、秋の空気のように 心も

 いろいろな考えも 澄んできたら、と 思いました。

  今日も、よい日となりますように。 

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2011年10月 6日 (木)

栗きんとん

0003   いただいた栗をさっそく栗マッシュにして、冷凍・・・ それからしばらく経たちました。

 満を持して取り出して、栗きんとんに。葉っぱの部分は栗と抹茶で緑っぽくしてあります。

  秋の夜長に読書しながら味わうと、せっかくスリムに向かい始めたのに、増量する懸念がありますので、食後、あまり間をおかずにいただきました。

  いい季節になりましたね。

  さて、私はムーミン谷の住人のように冬眠するわけではないので、体内脂肪を貯えたりせず、多少なりともスポーツの秋を心がけて、歩みたいと思います。

 運動すると食欲が増すので、そのあたりのことをしっかりと考えなくてはいけませんね。

 今日も、よい日となりますように。 

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2011年10月 5日 (水)

夕暮れの「羊飼いの少女」

Photo ある日、帰宅すると感激の面持ちで迎えられました。

 話を聞くと、こういうことでした。

  夕焼の光があたりを照らす中、家内は屋根裏部屋に足を運んだのだそうです。

 すると ・・・ 小窓から射し込むルビーのような光が帯のように床を走り

B

 一枚の絵を照らしていたのだそうです。

 ※ 家内はその美しい光景に見とれて、写真を撮ることも思い及ばなかったので、今回のブログは述懐に基づく再現写真です。  特にその時の一条の赤い光はそれ以後、見る機会がありません。とにかく素敵な光線だったそうです。

Photo_3 状況説明が長くなってすみません。

 その、得も言われぬ赤い光に照らされていたのが、ミレーの「羊飼いの少女」でした。

 予期せぬ、何か啓示的な、ひたすら美しい世界に浸っていた家内を現実に引き戻したのが、「ただいまぁ」というのんびりした私の声 ・・・

 それは、ちょうど夕日が沈んで、夕闇が始まるころでした。

  その感激した話をもとに、このブログをしたためさせていただきました。

 あなたも、何か、忘我の瞬間、光景などを覚えておいででしたら、コメントをいただけると幸いです。

 さて、今日も、美しい光景にめぐり逢えるよい日となりますように。

 

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2011年10月 4日 (火)

枝もたわわに

0033   岐阜市のある小学校を訪問させていただきました。

 体育館のそばに、枝もたわわに実っているのは・・・

  つい先日訪れたときとは、色がずいぶんと変化していしました。

 さて、何の実でしょうか。

 もう少し、近づいてみましょう。

0034   そうです ザクロですね。

 この小学校の校区にも、ザクロが実るのを楽しみにしている方がおられるそうです。

 さて、見せていただいた国語の授業 ・・・ 何と言っても教室における子どもたちの育ちの姿 ・・・ これが最高ですよね。

 懸命に話す子、そして瞳をしっかりと向けて聞き取る子 ・・・ 感動いたしました。

  一部の国会議員さんたちに見ていただいて、国会の運営にも生かしていただきたいほどでしたよ。

 いえ、私も、見習いたい姿で、本当に嬉しく思いました。

 さて、今日も、よい日となりますように。

 そうそう、10月4日は 「天使の日」 お分かりですね ・・・ 現役の医師として活躍しておられる日野原重明先生、今日は百歳のバースデーだと思います。  私の友人の一人も、今日が誕生日  ・・・ おめでとうございます。 心から、お祝い申しあげます。 

 ポン ポポン ポポポポポーン  ← お祝いの花火のつもりです。

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2011年10月 3日 (月)

鳥寄せの術 !

0003

 とりよせ ・・・ 遠方の店から美味しい食べ物を注文してとりよせる

 ・・・ いえいえ、それは、「お取り寄せ」です。

 ああ、それじゃ、ようかんに栗をちりばめたようなお菓子のこと ・・・いえ、それは「栗よせ」ですね。

 左の写真は、鳥の声を真似て、鳥をおびき寄せようという「鳥寄せ」のグッズです。

 山の散歩道で、試してみましたら、遠くで同じような声で鳴いた鳥がいました。でも一度きりでした。

  もう夕暮れが迫っていましたから、鳥たちも、へたな鳴き声が聞こえても反応するどころではなかったかもしれません。

  ということにして、また、今度試してみようと思っています。

 鳥たちには迷惑でしょうけれど、自然と親しむ一つの楽しみとなるかも知れません。

 大きな鳥がまっしぐらに向かってきたら ・・・ おお、まさか、そんなことはないと思いますけれど 

 さて、今日も、よい日となりますように。

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2011年10月 2日 (日)

ピアニスト辻井伸行さん

 9月25日(日)、ピアニスト辻井伸行さんとNHK交響楽団によるチャイコフスキーのピアノ協奏曲が放映されました。

 (余談ですがこのピアノ協奏曲は、吉永小百合・宇野重吉主演の映画・・・たしか、「父と娘の歌」という題名だったと思います・・・に登場していました。)

 目の見えない辻井さんが見事にピアノと歌い、演奏後に「昨日のリハーサルと違うことをやってもN響の皆さんはしっかりと受けとめてくださって、最高でした」と語り、会場は温かい笑みに包まれました。

 辻井さんのピアノ演奏と共に、その笑顔はすばらしいと思います。

 2009年、ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールで優勝したとき、インタビューで「つらかったのはどんなときでしたか」と問われたとき、「つらかったことはありません」と即座に答えていました。

 これも余談ですが、ピアニスト ヴァン・クライバーンさんは第一回チャイコフスキー ピアノコンクールの優勝者です。当時、人工衛星の打ち上げにソ連が成功し、後れをとったアメリカは、いわゆるスプートニックショックのさなかにありましたので、彼の優勝はアメリカを元気にしたといわれています。クライバーンさんは後輩の育成にも熱心な、手も心も大きなピアニストなのです。

 目がお見えにならないのですから、すべて暗譜しないと演奏はできないので、人一倍の苦労があるはずなのですが、それを苦労と思わない前向きの明るさが辻井さんの本質としてあるのだと思います。

 演奏会の放送を見終わった私の胸に、辻井さんの笑顔に触発されてこんなことばが生まれました。

  花は自らを眺めず。されど美し。

 さて、今日も美しい日となりますように。

 今日は日曜日、キリスト教会の礼拝にお出かけください。

【聖書】 安息日を覚え、これを聖なるものとしなさい。

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2011年10月 1日 (土)

10月のスタート

0011  新しい月のスタートは、真っ白なページを前にするようで、いいものですね。

 グロリオーサとユーカリで、キリスト教会の礼拝堂を装ってくださった方がおられました。

 これまた、いいものですね。

 脳科学者の茂木健一郎さんは、物忘れではなく、感動しなくなることが認知症のサインだと書いておられます。

 この月、10月がよき感動の日々となりますように。

 いろいろなことに向いている秋を満喫できたら、と考えております。

よき日、よき月となりますように。

 明日は日曜日、キリスト教会の礼拝に、ぜひお出かけくださいますように。

【聖書】  創世記 1章1節  初めに、神が天と地を創造した。

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