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2012年2月 5日 (日)

摂氏4度Cの水

 小学4年生のころ、私は野口英世が紹介されている記事を読みました。

 その記事の中に、野口英世が学生時代、理科の授業で、「何度の水が一番重いのか」と出題され、野口英世だけが摂氏四度の水が一番比重が重くなることと、その理由として水の分子がぎっしりと隙間なく並んだ図まで添えて解答し、先生にほめられたことが書かれていました。

 

 私は感心したものの、なぜ、零度でなく4度なのだろう、零度のほうが覚えやすいのになあ、という思いが残りました。 

 その答は、私が大人になって、同僚の理科の先生に表面の凍った池を見ながら「池の鯉はどうして生き延びて春が迎えられるのだろう」と、つぶやいたときに分かったのです。

 「池の底の水は、限りなく4度に近い。なぜなら、4度の水が一番重いから。それで、鯉は、池の底のほうに身を潜めて春を待つ。」

 な、なるほど ・・・ もし、零度の水が一番重かったら、冬の池は底のほうから凍り始め、その氷が厚さを増すにつれて鯉たちは水面のほうへ追いやられ、やがて居場所を失ってしまうことになります。

 

 理科の先生は、付け加えました。「魚は変温動物だから、体温も下がる。そうすると、エネルギーの消費もほとんどゼロに近くなり、酸素や食べ物を摂取する必要もほとんどなくなる」

 うーむ、あざやかですね。

 そのとき、私が思い浮かべたのは聖書の言葉でした。

マタイの福音書 6章26節 【リビングバイブル】・・・わかりやすく訳された聖書です。  

  空の鳥を見なさい。 食べ物の心配をしていますか。 種をまいたり、刈り取ったり、倉庫にため込んだりしていますか。 そんなことをしなくても、天の父は鳥を養っておられるでしょう。 まして、あなたがたは天の父にとって鳥よりはるかに価値があるのです。

  ここでは、空の鳥を例に書かれていますが、池の鯉についても神さまの配慮は、行き届いているのですね。

 

 私の疑問は、解けるまでにずいぶんと年数がかかるのですが、そんな私をも、鳥よりはるかに価値があるものとして導いてくださる方に感謝いたします。 

 今日は、日曜日。よい日となりますように。

どうぞキリスト教会の礼拝にご出席ください。

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