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2012年2月29日 (水)

うるう年

 今日は、2月29日・・・ 2012年はうるう年なのですね。詳しくご存じの方が多いかもしれませんが、インターネットで検索した閏年の計算式を引用させていただきます。

[閏年がもうけられた理由]

 地球が自転することにより1日が決まり、太陽の周りを公転することにより1年が決まります。1回の公転が365日ではなく、正確には365.2422日です。この小数部分を調整するのが閏年です。

〔閏年の計算式〕
1) 西暦を4で割り、割り切れた年は閏年である
2) なお、1の条件を満たしても、100で割り切れた場合は閏年を解除する
3) なお、2の条件を満たしても、400で割り切れた場合は閏年である。

[計算根拠]

1年で0.2422日の誤差なので、4年で0.9688日の誤差がでます。この誤差を補正するため、4年に1回だけ1年を閏年の366日とします。それでも-0.0312日(年平均-0.0078日)の誤差がでます。-0.0078日の誤差は400年で-3.12日の誤差になるため、400年の間に3回だけ閏年でない平年を作ることにします。
これが閏年の計算根拠です。なお、それでも-0.12日(年平均-0.0003日)の誤差がでてしまいます。この誤差が4882年(1582年施行+3300年後)には1日の誤差になります。
これについては49世紀の人類がなんとかすると思います。

[歴史]

1582年、ローマ法王グレゴリオ13世によって定められました。

◇   □   ○   ☆   ※  ☆   ○   □   ◇

 1年が365時間プラス4時間であれば、きっちりと4年に一回の閏年でいいわけですが、天体の運行を人間の都合に完璧に合うようにはできないのだという謙虚な姿勢も大事にすべきでしょうね。

 日本ではグレゴリオ暦を採用しているので上記の計算式が適用されるのですね。太陽暦でなく、太陰暦を用いていたときは、「閏月」といって、一か月を加え、1年が13か月になる年があったそうです。

 月給が13か月分になるのですが、その分、働いているので理屈としては損も得もないということになりましょうか。

 ちなみに「閏」(うるう)というのは、「余り」とか「余分」という意味があるそうです。平年より日が多い潤いの年とするつもりが「潤う」のさんずいへんを書き忘れて、「うるおう年」とせずに「うるう年」としてしまい、まあいいかとそのままになっているとの説も出ていましたが、これはどうでしょうね。

 でも、余分に働くのかぁ、と思うのでなく、「もうけもの」、恵みと感じて歩むほうが、精神衛生上はいいかもしれません。

 よい日となりますように。  明日からは気温も上昇して花開く三月になるでしょうか。

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2012年2月28日 (火)

鮭の塩麹(しおこうじ)

0004 近頃、突然に・・・ということでもなさそうですが、健康には発酵食品がよいとの報道、番組がこのところ多いようです。

 写真は、鮭を塩麹に漬けておいて、焼いたものです。ドレッシングしたタマネギが添えてあります。

  少しの期間で、すぐに効果てきめんというわけにはいかないでしょうが、本来、じっくりと継続するのが本道でしょうね。

  熱しやすく冷めやすいということにならないように、続けてみたいと思います。

  ほかに・・・納豆、味噌汁、ヨーグルト というところでしょうか。全部を毎日ということではなく、ローテーションのような感じで心がけてみたいと思います。

 考えてみたら、これは食事だけでなく、学習にしても、読書にしてもこつこつと考えて積み上げていくといいのだと思います。

 むらっけをなくす ・・・ 納豆のように粘り強く取り組めますように。

 今日も、じっくりとよい歩みをすることができますように。

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2012年2月27日 (月)

レコードのジャケット

Photo_2  最近、由紀さおりさんが、外国で突然ブレークして特別番組が組まれています。♪「夜明けのスキャット」が日本でヒットしたのは43年前とのこと(・・・ついでながら、私が新任教師としてスタートした年のことでした。)

 「夜明けのスキャット」は最初、歌詞がなく、「ルールールルルー・・・」だったそうですが、少し経って歌詞がつけられたようです。それも「いつになったら歌詞が出てくるんだろう」と思いかけたころに日本語が登場するのですね。

 ところで、日本の歌、日本の歌手のレコードで最初に世界のヒットチャート、第一位に輝いたのは、ご存じ、六・八・九コンビによる「上を向いて歩こう」でした。

 福祉活動にも熱心に取り組んだ九ちゃん、明るい笑顔とキャラクター、そして最初は、永六輔さんが「何という歌い方をするんだ」と言った独特の歌い方、歌声も世界に認められるところまで到達したのでした。 「明日があるさ」「ひとりぼっちの二人」「見上げてごらん 夜の星を」「ずんたたった」 などなど ・・・ 私の愛唱歌のリストの上位を占めています。

 CD化を進めつつある我がレコードコレクションですが、レコードのジャケットにはCDサイズでは及ばない懐かしさ、良さがありますね。

 思い出とバックミラーは よりよき前進のために ・・・ 今日も前を向いて、歩んでまいりましょう。 よい日となりますように。

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2012年2月26日 (日)

シスター 渡辺和子さん のことば

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 シスター 渡辺和子さんのプロフィール

 聖心女子大学を経て上智大学大学院修了。ノートルダム修道会に入り渡米。ボストン大学院で学ぶ。昭和49年岡山県文化賞。54年山陽新聞賞。61年ソロプチミスト日本財団より千嘉代子賞。平成元年三木記念賞。ノートルダム清心女子大学教授を経て大学学長を務める。

 現在ノートルダム清心学園理事長。日本カトリック学校連合会理事長。「美しい人に」「心に愛がなければ」「愛をこめて生きる」(PHP出版)「渡辺和子著作集」(山陽新聞社)など著書多数。

 と、インターネットを検索して紹介させていただきました。この方のお父さんは、昭和11年2月26日 ・・・ 2.26事件の折りに犠牲者となった渡辺錠太郎さんだそうです。

 渡辺和子さんの講演を収めた12枚のCDセットもあります。

 私が、初めて読んだこの方の文章は「斧を見る日間(ひま)」でした。

 木を伐るとき、斧を振り続けることばかりに夢中にならないで、時には手を休めて、振り下ろしている斧が刃こぼれしたり、柄が抜けそうになったりしていていないかを確かめましょう。「ひまの語源は「日間」・・・日光の差しくむ空間」といわれます。日常の生活の中に日光の差し込む時間を設けてよく斧を確かめ、歩んでまいりましょう というような内容でした。 今日は日曜日、よい日となりますように。  キリスト教会の礼拝も、毎日の歩みを見つめて、「斧を見る日間」を意図的にもうける機会の一つです。おいでになれば、あなたを愛しておられる神様が喜んでくださいます。

【聖書の言葉】 わたし(神)の目には、あなたは高価で貴い。わたしはあなたを愛している。

 

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2012年2月25日 (土)

『大きな時計』

0002_2『大きな時計』  舟越保武 著

すえもりブックス 1992年4月23日 第一刷

 著者は彫刻家で、長崎の二十六聖人像を作った方だそうです。

 この本には日本経済新聞の夕刊の「明日への話題」というコラムに連載された27編の文章がおさめられています。

 書名は著者が寄席で覚えて気に入った言葉の一つ、「大きな時計に小さな時計、どっちも時間がおんなじだ」からつけられたそうです。

 犬の散歩で立ち寄る小公園にいつも大きな声で仲間たちに威張っているガキ大将らしい幼稚園児がその日は一人でいた。ベンチに掛けて犬の頭をなでながらしばらく会話をした。

急に私の顔を見て「オジチャン、ゴハンタベニイッテモイイ?」言った彼の目の中に、私の孤独をいたわる思いがあった

 というような一文があり、あたたかい読後感が残りました。

 

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著者は、コラム執筆のあと間もなく、脳梗塞で右半身不随となったとのことです。その後、少しずつ左手でデッサンを始められたとのことで、この本に収められているデッサンは、すべて左手によるものだそうです。

 頭がさがります。

ちなみに、この本の著者、舟越保武さんは、すえもりブックスの末盛千恵子さんのお父さんだそうです。

 今日も、よい日となりますように。

 明日は日曜日、キリスト教会の礼拝へどうぞお出かけください。

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2012年2月24日 (金)

「白線流し」 ・・・ 卒業式の日の行事

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 あと一週間後に、岐阜県の公立高校は卒業式 ・・・ 左の写真は、小鳩くるみさんのレコードのジャケット ・・・ ♪「白線流し」の歌が収められています。

 ずっと以前、テレビドラマで白線流しが登場し、その舞台は信濃の高校だったような気がします。ですから、わたしが卒業した斐太(ひだ)高校の専売特許ではなく、白線流しの伝統はいろいろなところにあるのではないかと思います。

 それはそれとして、母校では、卒業式の後、大八賀川で、卒業生が帽子から白線を外してつなぎ、流す伝統行事が今に引き継がれています。女子生徒はセーラー服のスカーフを流すのです。

 テレビ中継がされるようになり、在校生が雪解け水の流れに飛び込むパフォーマンスをすることもあります・・・冷たいでしょうが、それも青春かな。 

 ニュースの映像と共に「流した白線は、環境保全のため下流で回収されます」というテロップが表示されます。

 懐かしき18の春 ・・・ えっ、何年前のこととお尋ねですか ・・・ 卒業した年度には東京オリンピックが開催され、新しい生活に入って数か月して岐阜国体が開催されました。そして、全国を巡って2012年、再び岐阜で国体が開かれています。スケートとスキーなど冬の種目が口火を切り、夏の大会に向けて準備に熱が入り、ムードが高まってきているところです。

 うーむ、高校を卒業したのは半世紀近く前のことなのですね。

 夢ある限り、人は老いず ・・・ NHKドラマ、「カーネーション」の小原糸子さんのモデル、小篠綾子さんは、74歳のとき、ご自分のブランドを立ち上げ、92歳まで現役だったそうです。

 春 近し。 志を高くもって、今日も よい日となるように 歩みましょう。 

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2012年2月23日 (木)

『ピアノ調律師』M・B・ゴフスタイン

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『ピアノ調律師』 M・B・ゴフスタイン 作  末盛千枝子 訳

すえもりブックス 2005年8月1日 第一刷 発行 

 一流のピアノ調律師、ルーベン・ワインストックは、息子夫婦が亡くなって、その娘・・・孫であるデボラ・ワインストック ・・・ 通称 デビーを育てています。男やもめのルーベンを気遣って町中の奥さんたちがお皿や、よそ行きのドレスや、子ども用のベッドや、子ども用の洋服ダンスなどをくれました。 みんな口々に「もし何かこまったことがあったら、遠慮しないで何でもいってくださいね。」と言葉をかけ、あたたかく支えてくれます。

 ルーベンは、デビーをピアニストにと考えているのですが、調律をするおじいさんの仕事を幼いときから(といっても、今もしっかり幼いのですが)見ているデビーは、ピアノ調律師になりたがっています。

 さて、ある日、この町にルーベンを高く評価している有名なピアニストがやってきました。

 この先、どう展開するでしょうか。 よろしければ、どうぞ。0001_3

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 今日もよい日となりますように。

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2012年2月22日 (水)

氷と花のリース

0003 左の写真は、氷と花のリースです。

 ケーキを焼くときのリングを利用して、花をドーナッツ型の氷の中に散りばめたのですね。

 教会の庭にさげて、皆さんに喜んでいただきました。

 一つ、クイズを思い出しました。

 問題 「氷が溶けると何になる?」

 ・・・ 「水になる」 と答えた方、正解です。

 でも、もう一つ、すてきな正解があるのですね。どうも、幼い子が回答したらしいのですよ。 知りたい方は 「続きを読む」をクリックしてください。

 ご自分で答えを思いついた方は、ここまで読んでいただければ結構です。その方は、柔軟な発想の出来る方かもしれませんね。

 今日も、よい日となりますように。

続きを読む "氷と花のリース"

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2012年2月21日 (火)

アピールする演奏を

 音楽教育講座の学生たちのコンサート、そして、ある喫茶店での若きピアニストの演奏を聴いて、あがらず、控えめになりすぎず、自分の内面にある音楽を節度を持って表現していることに心を打たれました。 ・・・ あがらず というのは、あたっていないかもしれません。きっと、どきどきもし、緊張もあることでしょう。 けれど、それを前向きのエネルギーに変換する力も、しっかりと育成しているのを感じ取ったのです。

 60代の半ばを過ぎた私が突然、タイナミックな演奏をしようというのではありませんが、どこか、聴いてくださる方たちにゆだねて、自分はこう弾きたいというアピールのない感じになっていた最近のように思えてきました。

 しばらく、そのことを考えて、新しい境地を開くことが出来たら、若人たちからのよき贈り物を生かすことになるのではないか・・・ そんなことを今日は思っておりました。

 今日も、あつかましくなく、おとなしすぎず持ち味を心を込めて発揮する日とできますように。

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2012年2月20日 (月)

卒業・修了記念コンサート

Photo 2月19日、午後1時から岐阜県庁近くのサラマンカホールで岐阜大学教育学部音楽教育講座の卒業・修了記念コンサートが開かれました。

 ピアノ、歌曲、クラリネット、サキソフォン・・・ すばらしいコンサートでした。この日のために、若いエネルギー をどれほどたくさん注いできたことでしょう。

 フィナーレは、在校生と一緒になってのコーラス ・・・ 質の高い、心温まる音楽時間を満喫させていただきました。

 感動しました。本当に、ありがとう。

 巣立っていく一人一人のこれからに幸多かれと心から祈ります。

 今日も、上質の感動を味わえるよいひとなりますように。

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2012年2月19日 (日)

『五十鈴川の鴨』

Photo『五十鈴川の鴨』 竹西寛子 著

幻戯書房 2011年8月16日 第一刷

 著者は1929年広島生まれ 作家・評論家  日本芸術院会員

  表題作「五十鈴川の鴨」など八編の短編小説が収められています。

 突然ですが、家庭の主婦に「食べ物の好き嫌いはありますか?」と尋ねると、たいていの方は「何でも好きです。嫌いなものはありません」と答えが返ってくることが多いそうです。

 さすが、主婦、と言いたいところですが、実際は、そもそも自分の好きなものしか食卓に出さないからであって、食品を網羅した表で確かめると結構、苦手な食べ物があることが判明するのだそうです。

 それと同じことが読書の世界でも起こりがち ・・・ つまり、自分で読む本を自分の好みで選択していると ・・・ それはそれで決して非難されることではありません ・・・ 新しい視野を切り拓くことは、あまりなくなる可能性が出てきます。

 テレビの週刊ブックレビューのような番組の存在意義も、ひとつはこうした傾向を自覚できることにあるのではないでしょうか。

 さて、本題に戻ります。この本は、友人を通して知りました。朝日新聞の書評欄で「気品の筆 生きてここにあることを慈しむ心情が行間から溢れている・・・」と紹介されていたのが、この友人が読むきっかけとなったようです。

  岐阜市の図書館にはいくつかの分館があり、その一つにこの本があることが検索して分かり、申し込みましたら早速取り寄せてくれました。こうしたサービスもありがたいですね。 そういえば、ある時期、私の近くの分館に先輩が務めておられたときには「はい、あなた用に予約しておきましたよ」とお薦めの本を渡してくださり、世界が広がったことを思い出します。

 『五十鈴川の鴨』・・・今までに出会ったことのない筆遣いの文章で、しみじみとした情感、余韻の作品が綴られていました。

 友人へ ・・・ よい本を紹介していただき、ありがとうございました。

 今日も、思いがけない出会いを通じて新しい世界が開かれますように。

 日曜日、キリスト教会の礼拝にお出かけくださいますように。

 

 

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2012年2月18日 (土)

絵本『絵牧師館のスイートピー』

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 『牧師館のスイートピー』

ヘンリー・ドナルド 作

舟越カンナ 訳

アン・ロス・パターソン 絵

 すえもりブックス 1991年8月10日 発行

 この本は実話をもとに生まれています。

 1911年2月20日に英国のある新聞にコンテスト開催の記事が掲載されました。に「英国内で最高のスイートピーの花束を栽培したアマチュア園芸家に千ポンドの賞金を贈る。2位は百ポンド、3位は五十ポンド・・・」

 これは、とても気前のいい話だったので、英国では大騒ぎになったそうです。

 園芸で身を立て始めたばかりのアレック青年がスプラストンという村の協会の牧師さんにこの話を伝えたとき、30代のやせて背の高いミスター・フレイザー牧師は、コンテスト会場のロンドンまでの4百マイルの間にスイートピーの花束は枯れてしまうと、乗り気ではなかったとのこと。

 (それで、応募しなければ、この絵本も生まれなかったことでしょう。) 

 フレイザー牧師は、前年にスイートピー栽培の本が出版されたので、それにしたがって花を咲かせた経験はもっていました。アレックス青年の熱心な勧めが、応募するだけはしてみようかという気持ちを引き出しました。審査は1911年7月28日、29日の二日間です。

 コンテストの前評判は上々で、参加者は1万、いや1万5千人にはなるだろうと予想されました。

 ところが・・・6月から記録的な日照りが続き、深刻な事態・・・7月の第一周は完全な雨なし。太陽の強烈な攻撃に、背の高いつるのある草はやられはじめ、スイートピーは乾燥し始めました。くる日もくる日も、輝くばかりの晴天 ・・・コンテストの行われる7月28日は近づいてきます。

 絶体絶命のとき ・・・7月14日に低気圧が前ぶれなくあらわれました。そして、この牧師館の庭を含む限定された範囲に雨が降り、スイートピーの花が咲き始めた22日、太陽がしっとりと湿った空気にやわらげられてその花たちを照らしたのです。

 ・・・ さて、このコンテストには、主催者の予想をはるかに越えて3万8千の応募があったそうです。

 銅メダルを与えられたのは9百・・・ あと103の中から百の銀メダルとベストスリーが決まります。

そして・・・ この絵本が生まれました。

Photo_3 フレイザー牧師と牧師夫人のスイートピーの花束は、優勝と3位を獲得し、今でもこのスプラストン村には当時のことを覚えている人、語り伝えている人がたくさんいるそうです。

 この絵本に、こんな記述があって、それも心に残りました。

 「恥ずかしがりで内気だった牧師夫人は、どうしたら用心深い村の人たちの中にとけ込めるのかを身につけました。ミセス・フレイザーは母親の集まりの司会をつとめ、日曜学校でもかいがいしく働き、習った音楽を生かして子どもたちに歌を教えました。驚いたことに、どうやら自分はこういう生活にぴったりの人物らしいと、だんだん気がついたのでした。」

「ミスター・フレイザーにも発見がありました。こうして自分の庭を持ってみると、ただ庭いじりが好きだというだけではなくて、自分には園芸の才能があるらしいということです。」

 家庭菜園主任に任じられた私にも新たな自分に出会う日がくるでしょうか・・・うーむ、自信が持てません ・・・

 それは、ともかく今日もよい日となりますように。

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2012年2月17日 (金)

卒業制作展☆卒業・修了記念コンサート

 三月の卒業・修了を前に、岐阜大学教育学部の美術科の展覧会が19日まで、岐阜県美術館で開かれています。美術館では、15日にレストランが新装開店したところです。

0002  レストランはともかく、足を運んで若人たちが懸命に取り組んで作り上げた作品をごらんいただけましたら、幸いです。

 また、19日は、写真の通り、岐阜県庁近くのサラマンカホールで、岐阜大学の音楽科の卒業・修了記念コンサートが13時に開演されます。おいでになれるかたは、会場で、よい時間をおすごしくださいますように。

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 好きな道に打ち込み、苦労しながら磨き上げていく若人たち ・・・ その前途に、そしてご家族、友人に幸多かれと祈ります。

  今日も、よい日となりますように。

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2012年2月16日 (木)

白川 静さんのことば

Photo白川 静さんの学識・知見の豊かさは、たとえば『常用字解』 平凡社 2003年12月18日初版第一刷

 にもその一端をうかがい知ることができます。常用漢字一つ一つの成り立ち、意味、用例を的確に書き記すということは、そうそうできることではありませんよね。

 昨日の書から、白川静さんのことばをいくつか、引用させていただきます。

◇ どんな古典を、とすすめるというより、それぞれ自分が選択するなり、学校の先生が指導して選ぶなりするほうがいいでしょう。

 とにかく自分自身が多欲にならなくてはいかん。あてがわれるというようなものでは自分のものにはなりません。自分が摂取するという気持ちにならなければ自分のものにならない。

◇ まずある程度の基礎資料を覚えてしまうということが、古典を読むには必要なんです。これは消化剤を持っているようなもので、新しいものを見れば、すぐそれで対応できるというふうになります。

◇ 文章のスタイル、様式の雛型が頭にあると、そういう様式でつくられているものはみな親戚に見える。そうすると類推していって、語法的にはこれはあの句と一緒だというふうにして、ほとんど読めるんです。つまり解読の鍵がここにあるというわけですね。だから、暗誦というものは授業の方法としても非常に大事。暗誦というのは学習の一番基礎にあるというふうに思います。

◇ 暗記というのはコンピュータに一つのシステムを打ち込んでおくということですからね。それがあると新しいものに対してすぐに機能し作用できる。そういう「考える」ということの根源が暗記にある。そういう資料を頭の中に入れて持っているわけですからね。それがどのように機能するかということが問題なのであって、暗記自体が目的ではないわけです。しかし、頭の中にそういう資料がなければ、比較することも推測することもできない。そもそも考えることができないわけです。そういう意味で、やはり暗記というものをもっと教室で大事にしなくてはいけないと思います。

◇ 覚えるには書くのがよろしいし、書いて覚える考えるという順序になる。とにかく僕は書く。見て覚えるというようなことは、写真の乾板でないかぎりできないことです。覚えるためには、やはり手で、指先でなぞって脳のコンピュータに入力をする。これを通じて初めて頭に入ってくる。

  ◇   □   ○   ☆   ※   ☆   ○   □  ◇

 膨大な漢字、中国の古典に通じ、台湾など漢字の文化を持つ国に行かれても尊敬され、一目も二目もおかれる方のおっしゃることですから、説得力を感じます。

 今日も、暗誦したくなるほどの本・ことばなどに出会うことが出来ますように。  

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2012年2月15日 (水)

『知の愉しみ 知の力』

0002『知の愉しみ 知の力』 

 白川 静・渡辺彰一

 致知出版社 平成13年10月3日 

 第一刷発行

 中国の古典、漢字などに造詣の深いお二人の対談を収めた一冊です。

  書かれている内容を短く申せば、まさに「温故知新」 ・・・ 中国や日本の古典に親しみ、幅ひろい見識を培ってこられたふたりの対談は、教えていただくことで満ちています。

 【例】

◇ 林羅山は、大晦日に「来年から漢文を勉強するのでよろしく」といいに来た人に「すぐにはじめよ」と、その日から講義を始めた。学問は思い立ったらすぐやりなさいということですね。

◇芝野栗山(しばの りつざん)の『進学三喩』には、京都から江戸へ行こうとする人が近くの神社に向かう人と道中一緒になったとき、江戸へ向かう人が断然早く、先へ先へと歩を進めて、たちまちさんざめき歩いている人たちの姿は見えなくなった。このように、自分の希望が遠くにあればサッサと歩いて行かなくてはいけない。人生は有限なのだから、遠くへ到達するために志を高くしよう、というふうに書かれている。表現が実にうまい。

□ この本を上梓するための対談は正味5時間半 ・・・当時91歳だった白川静先生の集中力は一瞬のゆるみもなかったそうです。

 白川先生は、この書の始めで「寿命は天命だけれど、勝手なことをされても困るので、神様には「これから四、五年用事がございます」と申し上げ、約束を取りつけてそのかわり遊び回って無駄をするということは避けなければならん。天が猶予してしてくれているわけですからな。そう思ったら遊んでおれん」と語っておられます。

 毎日、5時か5時半には起きて、300字詰めの原稿30枚を書くのを日課としておられたとのこと、頭が下がります。

 次回に、もう少し、この書などから印象に残ったことを紹介させていただきます。

 今日も、何か、新しいことを学ぶことが出来る日となりますように。

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2012年2月14日 (火)

一枚の絵

0001 何枚かの絵を渡されて、「この中のどれかを選んで何か物語を書いてくれ」と言われたら、あなたはどうなさいますか。

 幸いなことに、そう言われたのは、ほかならぬアンデルセンでした。他にどんな絵があったのかは分かりませんが、彼はこの絵を選び、「マッチ売りの少女」を書き上げたのだそうです。

 うーむ、絵を選んだのはアンデルセンですが、ひょっとしたらこの絵のほうもアンデルセンを選んだのかもしれませんね。

 ともかく、こういう不思議な出会いが世の中にはあるのですね。

 今日も、よき出会いのある日となりますように。

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2012年2月13日 (月)

『演奏家のためのこころのレッスン』

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『演奏家のための心のレッスン』 

ーあなたの音楽力を100パーセント引き出す方法ー

バリーグリーン ティモシー・ガルウエイ 

訳 丹野由美子 池田並子  

監修 辻 秀一

音楽之友社 2005年6月5日 第一刷発行

   私は、気持ちとしては、「桜の木は年々高齢になるけれど、その木の咲かせる花は毎年新しい、それを見習って自分も今年は今年の花を咲かせる努力をしよう」と思っています。

 ただし、ピアノに毎日何時間も向かって練習すると上達よりも腱鞘炎を招く恐れがあるので、そのあたりをどうしたらよいのだろうと考えていましたら、この本に出会ったというわけです。

 内面の充実で、技術的な課題を克服、ということは本道ではないでしょうが、よりハートのこもった演奏へのヒントは得られるかもしれないと思ったのです。

 内容で、おもしろかったことをピックアップしてみます。

◇ 集中力を高めるために、練習の途中で邪魔をする ・・・ だんだん回復するまでの時間が短くてすむようになり、たくましくなる。

◇ 「解き放つ」ため、私たちには弱さが重要 ・・・ 生演奏では何が起こるかわからないからわくわくする 私たちは自らの弱さ・・・演奏の出来は毎回どうなるかわからないと思うときに感じる弱さゆえに気持ちを張りつめていられるのです。その結果、生き生きとした音楽体験ができるともいえるのです。

 ヴァイオリニストのイツァーク・パールマンは、労せずに限りない妙技を駆使して弾いているように見えます。・・・彼は、演奏中めったにたじろぐことはありませんが、失敗するかもしれないという場面にあっても勇気を発揮するからこそ、演奏での興奮がうまれるのだと述べています。

 もし、音楽が本当に生気に満ちたものであるとすれば、それは演奏家が音楽に賭けたということであり、失敗を覚悟で解釈し、自分をさらけ出したことを意味するでしょう。

 ◇    □   ○  ☆   ※   ☆   ○  □  ◇

 うーむ・・・練習不足で、ほとんど失敗するのだけれど、本番で居直って何とかなるだろう、「エイヤッ」と演奏する、というのとは次元が異なりますね。今、ちょうどフィギュアの選手権が行われています。練習で百回飛んで百回失敗する四回転に試合で挑んでも賭けたことにはならないでしょう。

 そんなことも思いながら、つまみ読みしているところです。

 ともかく、自分が感動していないのに演奏して、聴き手に感動していただこうというのは根本から間違っていると思います。そうならないように自戒いたします。

 今日も、自分の内側から燃えて何かを表出する時間をもつことができますように。

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2012年2月12日 (日)

史上最強のヒロイン

 NHKの連続ドラマ「カーネーション」は、デザイナーのコシノジュンコさんたち三姉妹のお母さん、小篠綾子さんの人生をドラマにしたのだそうですね。

 ドラマの中の小原糸子さんは、たいへんエネルギッシュで、困難に直面するほど燃えて進まれるので、我が家では「朝のドラマにおける史上最強のヒロイン」と呼んでいました。

 なんと、先週の金曜日でしたか、NHKの番組に、主役の尾野真千子さんが登場して、やはり最強のヒロインと紹介されていました。 うーん、誰がみても、たくましいのですよね。 ヒロインというか、ヒーローというか・・・

 この、尾野真千子さんは、2007年にカンヌ映画祭で審査員特別賞を受賞した河瀨直美監督に見いだされた人だとのことで、その映画「殯の森」(もがりのもり)をDVDで観ました。

 すると、なんと認知症の高齢者と次第に心を通わせていく新米の介護職員として、そして、映画の中の名前も「真千子」として最強のヒロインがちゃんと登場しているではありませんか。

 以前、この映画を観たのに、「カーネーション」の主役と結びつけて思い出すことが出来なかったのは不思議に思えます。

 私の記憶力の衰え、ということだけでなく何かほかにも要素がある出来事のように思えます。

 朝のドラマのヒロインには、「おはなはん」とか「あぐり」さんとか、それぞれ、明るく前向きにたくましく生きる人が登場していますので、簡単に最強といってはいけないかもしれませんが、とにかく迫力が感じられるヒロインであることは間違いありません。

 三人の娘さんを世界的なデザイナーに育て、ご自身も74歳で自分のブランドを立ち上げた小篠綾子さん ・・・ 脱帽です。 いえ、少しは見習って、たくましく歩みたいと思います。

 今日は、日曜日。キリスト教会の礼拝にお出かけくださいますように。

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2012年2月11日 (土)

油断も隙もありゃしない

 先日、パソコンに新しいソフトを入れるとき、「ウイルス・セキュリティソフトを停止してください」とのメッセージが出ました。今までにもそういうことはあったので、セキュリティ・ソフトを停止して、無事に新しいソフトをインストールしました。

 問題は、その後です。今までですと、インターネットには有線でつないでいたので、ソフトのインストール中は線を外していたのですが、たまたま無線LANというのに挑戦して、無線でうまくつながるようになっていたのですね。

 このときは、無線だったばっかりに、インターネットの線が目にとまらず、従って、「これではつながってしまう」という警戒心が働かず、ソフトのインストール後、セキュリティ・ソフトを再開する前にインターネットにつながってしまったのです。

 パソコンの動きが、鉛の靴を履かせたように、たどたどとしてきて、ようやく事態に気がつきました。まったく「油断も隙もありゃしない」です。幸いと申しますか、パソコンの起動さえおぼつかなくなりましたので、メールを発信してどなたかにご迷惑をおかけするということはなくてすみました。

 バック・アップしてなかったファイルは少しでしたので、パソコンを初期の状態に何とか戻して、現在は大丈夫です。

 心して、昔の剣豪のように、一瞬の隙も作らず、コンピュータ・ウイルスにつけ込まれないようにしたいと、改めて思ったできごとでした。

 インフルエンザのウイルスにも、インターネットのウイルスにもつけ込まれないで、暖かい春を迎えたいですね。

 今日も、よい日となりますように。

 明日は日曜日、キリスト教会の礼拝にどうぞ。

 

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2012年2月10日 (金)

『草原の風』

0002_2『草原の風』  宮城谷 昌光 著

中央公論社 2011年12月10日 初版発行

  「読売新聞」での連載が終わって、本になったものだそうです。

 実は、図書館で下巻だけを見かけ、本来ならば上巻を読んでから下巻に取り掛かるのですが、なにしろ、この方の著作を読むのは大好きですから、まずすぐ読める下巻から読んでしまおうというわけで借りてきました。

 主人公は、後漢王朝を樹立した光武帝という人物です。

 以前、上司に「疾風に勁草を知る」・・・大きな出来事に直面した時、つよい人物かどうか真価があらわれる という言葉を教えていただいたことがあります。

 そのことばをこの作品の中で、光武帝となる人物、劉秀が語っています。劉秀の名言の一つなのだそうです。

 ほかに、王郎という人物(これは自分の出身を詐称して時流に乗り、大きな勢力を築いてきた人なのです)が、その勢いを急激に失っていく場面に書かれている文が印象に残りました。

 人の巨(おお)きさと深みは、紆余曲折を経て成るのである。たやすい成功には、早い失敗がある、と想うべきである。

 まだまだ、何か所も、この光武帝の器の大きさや徳の高さを表現するエピソードにたくさんの魅力ある表現があるのですが、なにしろ、下巻しか読んでませんので、このへんにさせていただきます。

 寒気が緩んで、よい日となりますように。

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2012年2月 9日 (木)

朝の攻防

 冷え込んでいる朝、家族のだれが一番先にあたたかい布団から起き出して、石油ストーブに点火して部屋をあたためるか ・・・ この名誉ある仕事をする英雄の座を譲り合う謙虚な家族がその昔、下呂に住んでいたわたくしたちでありました。 夏の暑さはあまりきびしくなく、エアコンはあまり普及していない時代でもありました。

 いい方法を考えました。幼かった次男は、小学一年生 ・・・ 「一段ロケット 発射 !!」と号令をかけると、元気に布団から飛び出して、ストーブを点火してくれるのでした。

 これは、いいぞ ・・・  けれど、何回かそれをすると、栄誉はあっても、あまり得な役まわりではないことに気が付いたのでしょう。

 「一段ロケット 発射!!」  次男は布団から飛び出さずに こういいました。 「一段ロケット、爆発してしまったよ」

 うーむ。  我が家には、手作りのかるたが残っています。 その一枚は「ロケットは 爆発したと 寝そべった」
というカードです。

 今朝も、いろいろな家庭で、朝の攻防が繰り広げられているでしょうか。 暖房機のタイマーがそうした攻防の機会を少なくしているかもしれませんね。

 今日も、平和で思いやりに満ちた よい日となりますように。

 

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2012年2月 8日 (水)

三つのリクエスト

 あるケアハウスでの介護予防教室を受けくことにし、持たせていただきました。

 ピアノと電子楽器が備えられており、プロジェクターで歌詞などを投影するためのスクリーンも準備してくださり、ちょっとサロン風のすてきなお部屋でした。

 ♪「雪」・「たきび」・「早春賦」などを歌ったり、リズム運動などをしていただいたり ・・・ ティータイムに、BGMでピアノを弾くことにし、リクエストをいただき、弾ける曲があれば弾かせていただきますと申しました。

 リクエストをいただく間、私が弾いたのは♪「津軽海峡冬景色」 ・・・ こういう傾向のリクエストかなぁと思っていましたら、三曲の候補が告げられました。

 「愛の讃歌」、「エリーゼのために」、そして「菩提樹」 ・・・ 私の描いた予測は、どこかへ消えていきました。

 「愛の讃歌」と「エリーゼのために」は、実は、私なりによく弾く曲で、ラッキーでした。

 「菩提樹」は、メロディのよく知られたところをミニチュアのように弾いて、許していただきました。  散会した後、品のよい感じのご婦人が「菩提樹をありがとうございました」とわざわざ、声をかけに来てくださり、恐縮いたしました。 私のほうこそ、心を温められ、力をいただく会となりました。

 日々、これ精進 ・・・ 励みたいと思います。 

 今日も、よい日となりますように。

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2012年2月 7日 (火)

梅一輪

 1月22日に訪れた岐阜市の梅の名所、「梅林公園」に二週間ぶりに行きました。

 前に訪れたときの臘梅がまだ咲いていましたが、紅梅、白梅は咲きいでてはいませんでした。寒波が到来して寒い日が続いているからですね。

 梅の花にとっても、咲く時期を見誤ると、風邪をひいてしまうというような判断があるのではないでしょうか。

 早く咲いて、春を告げて欲しいと思ういっぽうで、満を持して元気に花開くことをより強く願うわたくしでありました。

 人間も、大器晩成ということばがあるように、内面が整ってから大輪の花を咲かせればいいのですよね。 必ずしも大輪でなくても、アンデルセンの童話にあるような「ヒナゲシ」のように小さくても心優しい花を咲かすことが出来たら、すてきだと思います。

 今日も、よい日となりますように。

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2012年2月 6日 (月)

♪「早春賦」

 「雪の降る街を」・「夏の思い出」・「小さい秋」 ・・・ ご存じのように、作曲家の中田喜直さんの手になる名曲ですね。  ある方が中田喜直さんに「春の曲は?」と尋ねたところ、「父が作曲していますから」との答が返ってきたとのエピソードがあるそうです。

 今の時期によく歌われる♪「早春賦」 ・・・ 中田喜直さんのお父さん,中田 章さんが作曲されたのですね。

 親子二代、作曲家となって、日本の四季の名歌を創り出されたこと・・・すてきなリレーと申せましょうか。

 まだ、「早春賦」の歌詞の通り、鶯も歌は思えど、声を発しない時節・・・どうぞ、あたたかくしておすごしください。

 今日もよい日となりますように。

 

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2012年2月 5日 (日)

摂氏4度Cの水

 小学4年生のころ、私は野口英世が紹介されている記事を読みました。

 その記事の中に、野口英世が学生時代、理科の授業で、「何度の水が一番重いのか」と出題され、野口英世だけが摂氏四度の水が一番比重が重くなることと、その理由として水の分子がぎっしりと隙間なく並んだ図まで添えて解答し、先生にほめられたことが書かれていました。

 

 私は感心したものの、なぜ、零度でなく4度なのだろう、零度のほうが覚えやすいのになあ、という思いが残りました。 

 その答は、私が大人になって、同僚の理科の先生に表面の凍った池を見ながら「池の鯉はどうして生き延びて春が迎えられるのだろう」と、つぶやいたときに分かったのです。

 「池の底の水は、限りなく4度に近い。なぜなら、4度の水が一番重いから。それで、鯉は、池の底のほうに身を潜めて春を待つ。」

 な、なるほど ・・・ もし、零度の水が一番重かったら、冬の池は底のほうから凍り始め、その氷が厚さを増すにつれて鯉たちは水面のほうへ追いやられ、やがて居場所を失ってしまうことになります。

 

 理科の先生は、付け加えました。「魚は変温動物だから、体温も下がる。そうすると、エネルギーの消費もほとんどゼロに近くなり、酸素や食べ物を摂取する必要もほとんどなくなる」

 うーむ、あざやかですね。

 そのとき、私が思い浮かべたのは聖書の言葉でした。

マタイの福音書 6章26節 【リビングバイブル】・・・わかりやすく訳された聖書です。  

  空の鳥を見なさい。 食べ物の心配をしていますか。 種をまいたり、刈り取ったり、倉庫にため込んだりしていますか。 そんなことをしなくても、天の父は鳥を養っておられるでしょう。 まして、あなたがたは天の父にとって鳥よりはるかに価値があるのです。

  ここでは、空の鳥を例に書かれていますが、池の鯉についても神さまの配慮は、行き届いているのですね。

 

 私の疑問は、解けるまでにずいぶんと年数がかかるのですが、そんな私をも、鳥よりはるかに価値があるものとして導いてくださる方に感謝いたします。 

 今日は、日曜日。よい日となりますように。

どうぞキリスト教会の礼拝にご出席ください。

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2012年2月 4日 (土)

もうふとらないで

 立春 ・・・ 来週また寒さがやってくるとの気象情報もありますが、しばらくは立春に敬意を表して寒さがゆるんでくれますように。

 寒い朝は、あたたかい布団から離れるのに決心が要りますね。我が家の子どもが幼かったころ、なかなか起き出さないので、「起きろーっ」と布団をとりあげ、続いて毛布を剥がそうとしたときのことです。

 「お父さん、毛布、とらないでーっ」と懇願した息子たち。・・・何かがひらめいて、今度は、読点の位置を変えて叫びました。

 「お父さん、もう、太らないでーっ」

 おお、感心、感心 さすがわが子たち、ことばに鋭敏 ・・・ というわけにはいきません。腕に力を込めて、思いっきり毛布を引っぱがしてやりました。

 誰が投稿したわけではありませんが、数年後、このネタがテレビに登場していました。(特許をとっておけば、よかったかも)

 願わくば、立春の今日、よき春の日となりますように。

 明日は、日曜日。キリスト教会の礼拝にお出かけください。

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2012年2月 3日 (金)

子どもは小型の大人ではない

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 『グリム童話 3』 山口四郎 訳 冨山房 2004年12月23日 第一刷発行 の巻末の解説文からところどころを抜粋して引用させていただきます。

  □  ◇  ○  ☆  ※  ☆  ○  

子どもは小型の大人ではない

 大人は誰でも、子ども時代の経験者であるばかりに、子どものことはすべてわかっているように思いがちですが、決してそうではなさそうです。

 子どもについてのふたつの見方

 ◇ 小さな大人 不完全な大人と見る  → なんとか早く大人の位置まで引きあげようとするように急がせることになる  → 教育・教化のための読み物が書かれる

 ☆ 子どもはそれ自身固有の価値、かけがえのない人格をもつ存在と見る

  → それ自体価値のある子どもの文学を書く ・・・ おそらく『不思議の国のアリス』1865年 L・キャロルが最初か?

 こうした見方の有無にかかわらず、古くから子どもたちがふれてきたのが、ほとんど原型のまま保たれてきたのが、自然発生的な児童文学の要素をもつフォルクス・メルヘン。

 ドイツの小学校教育に、メルヘンを採用する理論的根拠を与えたのは、R/リュトガースの「発生論的原則」 ・・・ 人間の幼児から大人への成長・発達は、人類自体の原始から文明への生長、発達と.同一過程をたどるとする説 だそうです。

   □   ◇   ○   ☆   ※   ☆   ○   ◇   □

 なまかじりの引用で申し訳ありません。 

 上記の解説を読みながら、私が一つ思いましたのは、学び舎(まなびや)が出来るずっと以前、人類が誕生してから家族が暮らす家で親が子どもを育てつつ、教育してきた場、暮らし家(くらしや)において、その生活に寄り添うように語り伝えられてきた昔話の長い歴史と、その存在の大きさです。

 何回かに渡って、読んだ書籍の紹介、引用をさせていただきました。

 おつきあいいただいて、ありがとうございます。明日からは別の話題で書かせていただきます。

 今日も、よい日となりますように。 明日は立春、寒気がゆるんで梅などが開花してくれると嬉しいですね。

 

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2012年2月 2日 (木)

フォルクス・メルヘンの特徴  ー グリム童話の解説からー

 山口四郎 訳 冨山房 発行 の『グリム童話』3巻構成は、本文のグリム童話も、それぞれの巻末の解説も優れていると思います。

 山口四郎さんは、東大の独文科を卒業され、中央大学の名誉教授をなさっている方だとのことです。

 その解説で記されているフォルクス・メルヘン(民衆童話・昔話)の特徴について、紹介させていただきます。

1.「対極化」 貧・富・美・醜・善・悪・勤・怠 など、極端なコントラストのかたちで誇張的に示される。 子どもには「対(つい)による思考をする時期があるので、それに合っている。

2.ストーリー展開中心の文学。原則として描写をしない。形容詞も一個。

〈例〉 ある大きな森の中に、一軒の小さな家がありました。そしてそこに、ひとりの魔法使いのおばあさんが住んでいました。

 登場人物の性格も、親切な人物なら、その親切さを抽象的・観念的に言葉で述べるのでなく、具体的に目に見える行動を通して示す。

 これは、主に小学校低学年までの年代の子どもの「具体的思考」に理解されやすい。

3.ほとんどのフォルクス・メルヘンは、いつもハッピー・エンド。

 メルヘンにおける最終勝利者、成功者は常に弱者。子どもたちは大人に対して無意識に圧迫感を感じていることが多いので、メルヘンによってその劣等感、欲求不満を解消させられる。

 『グリム童話 2』の解説は、およそ上記のことを述べ、メルヘンは語ってやってこそ、親と子の伝え合いによってコミュニケーションの基本が形成され、情緒的に安定した子どもを育てると結ばれています。 

 今日も、よき伝え合いで構成されるすてきな日となりますように。

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2012年2月 1日 (水)

「でんでん虫のかなしみ」

 昨日の『橋をかける』で、美智子妃殿下が四歳から七歳までの間に読んだり、ご家族から聞かせてもらった話の一つとしてあげておられる「でんで虫のかなしみ」 新美南吉 を、美智子妃殿下のお書きになっている文章を引用する形で紹介させていただきます。

       □  ○  ◇  ☆  ※  ☆  ◇  ○  ◇

 まだ小さな子供であった時に、一匹のでんでん虫の話を聞かせてもらったことがありました。不確かな記憶ですので、今、恐らくはそのお話のもとはこれではないかと思われる新美南吉の「でんでん虫のかなしみ」にそってお話いたします。

 そのでんでん虫は、ある日突然、自分の背中の殻に、悲しみが一杯つまっていることに気付き、友達を訪ね、もう生きてはいけないのではないか、と自分の背負っている不幸を話します。友達のでんでん虫は、それはあなただけではない、私の背中の殻にも、悲しみは一杯つまっている、と答えます。小さなでんでん虫は、別の友達、又別の友達と訪ねて行き、同じことを話すのですが、どの友達からも返って来る答は同じでした。そして、でんでん虫はやっと、悲しみは誰でも持っているのだ、ということに気付きます。

 自分だけではないのだ。私は、私の悲しみをこらえていかなければならない。この話は、このでんでん虫が、もうなげくのをやめたところで終わっています。 (中略)

 この話は、その後何度となく、思いがけない時に私の記憶に甦って来ました。殻一杯になる程の悲しみということと、ある日突然そのことに気付き、もう生きていけなにと思ったでんでん虫の不安とが、私の記憶に刻み込まれていたのでしょう。少し大きくなると、はじめて聞いたときのように、「ああよかった」だけでは済まされなくなりました。生きていくということは、楽なことではないのだという、何とはない不安を感じることもありました。それでも、私は、この話が決して嫌いではありませんでした。

           □  ○  ◇  ☆  ※  ☆  ◇  ○  ◇

 新美南吉の物語の内容、そして美智子妃殿下のお心とがあいまって印象深く伝わってくる文章 ・・・ まさに 橋がかかる思いがいたしました。

 今日も、周囲や自分自身に橋が築かれる良い日となりますように。

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