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2012年3月12日 (月)

アンデルセン童話と音楽療法

Photo_2  お読みになったことがあるかもしれませんが、アンデルセンの書いた「ナイチンゲール」という童話があります。

 このナイチンゲールは、クレミアの天使と讃えられたあのナイチンゲールさんではなくて、鳥なのですね。そういえば、「ロミオとジュリエット」にも、ナイチンゲールの鳴く声が登場していたような気がします。

  この物語のナイチンゲールは、中国の皇帝に庭に住み、とてもすばらしい歌声で多くの人を魅了していました。

 世界じゆうの国から旅行者がやってきて、この皇帝の御殿と庭を訪れ、その人たちの中には本を書いて、ナイチンゲールの歌声をほめたたえ、「なんといっても、ナイチンゲールがいちばんすぐれている」と絶賛した人もありました。

 皇帝は、「わしは、まだ聞いたこともないが、本を読んではじめて知ったというわけか」と、侍従にナイチンゲールを連れてくるように命じました。

 そこで侍従は、台所で働いている娘に案内されてナイチンゲールのところへ出かけていきました。上の挿絵はその場面です。

 初めてナイチンゲールの歌声を聞いた皇帝は感動して涙を流し、以来、ナイチンゲールは宮中にとどまってその歌声で皇帝と多くの人たちを慰めていました。

 ところが、ある日のこと。ダイヤモンドやルビーやサファイヤがちりばめられたつくりもののナイチンゲールが寄贈され、皇帝と人々の関心は、そちらへ移ってしまいました。

 本物のナイチンゲールは、緑の森へ帰っていき、やがてつくりものの鳥の評判が高まってくると、この国から追い出されてしまいます。

 その後 ・・・つくりものの鳥は、その後、心棒がすっかりすり減って、歌えなくなっていまいました。

 皇帝が病気になって、そんなに長くはなかろう、とのうわさが広まったころ、本物のナイチンゲールが飛んできて、皇帝になぐさめと希望をあたえようと一心に歌います。

 ナイチンゲールがうたうにつれて、皇帝の弱りきったからだの中を、血が勢いよく、ぐんぐんめぐりはじめました。それとともに、皇帝にとりついていた死に神さえも、ナイチンゲールのきれいな歌声に聞きいり、自分の庭が恋しくなって窓から出ていってしまいました。

 ほうびを与えようとする皇帝に、ナイチンゲールはこう語ります。

「ごほうびは、もう、いただきました。」「わたくしがはじめて歌をうたいましたとき、陛下のお目には涙があふれました。あのことを、わたしは決して忘れはいたしません。それこそ、うたうものの心を喜ばす、なによりの宝なのでございます。」

Photo_3 そんなことが起こっているとはつゆしらず、召使いたちが、皇帝はおなくなりになっているかもしれないと様子を見に、はいってきました。

 や、や、みんなは、びっくりぎょうてんして、そこに立ちどまってしまいました。

 なんと、皇帝は自分で皇帝の着物を着て立っていたのです。

 皇帝がいいました。   「おはよう!」

 ○  ◇  □  ☆  ※  ☆  □  ◇  ○ 

 1843年に刊行された「ナイチンゲール」 ・・・ 音楽療法ということばがその頃すでにあったとは思えないのですが、アンデルセンは音楽が人の心に大きな力を与えることを、よく、それも、とてもよく知っていたのではないでしょうか。当時、アンデルセンが、歌姫、イエイニィ・リンドに恋をして夢中になっていたという背景がそれを支えていたという事情もあるかもしれませんが。

※ 作品の本文と挿絵は、立原えりか 編 解説 『豪華愛蔵版』アンデルセン童話名作集Ⅰ 大口製本印刷 2011年11月25日 初版第一刷 から引用させていただきました。

 この挿絵の原画は、V.ペーダーセンというアンデルセン自身が最初に挿画を依頼した海軍士官の作品で、デンマークで初めて出版されたときのものだそうです。

 今日も、よい日となりますように。

  

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