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2012年4月30日 (月)

『草原の風』 宮城谷 昌光

Photo 『草原の風』上巻 宮城谷昌光 著 中央公論社 2011年10月10日 初版発行読売新聞に2010年2月1日~7月31日まで連載されたそうです。

 宮城谷昌光さんは、人間は写真機の乾板ではないので、文章の真意を読み取ろうとするときには、心を込めてそれを書き写すことが欠かせない、という意味のことを書いておられます。そのことがこの『草原の風』の主人公、劉秀が、留学して出会った韓子から「書き写すように」と渡された歴史書を、読みとるのでなく書きとり始めたところにこう書かれています。

 劉秀は書きとりに専念した。十数日が経つと、木簡に文字を書くことが、田圃の耕作をおこなっているような気分になった。このひとつひとつの文字から、やがて芽が出て、苗となり、穀物が育つ。韓子から書物を、読め、といわれず、書き写せ、といわれたことが、劉秀に落ち着きをもたらした。

 もう、一箇所、人相を見る達人が、弟子が「英雄の相とは、あれではありますまいか」、と観た劉秀の面相を、そのときの劉秀が運送屋の仕事をしていたので、気にもとめずに見過ごしたところに、こんなことばが書かれていたのが心に残りました。 

 人は上から他人を観ては、みそこなうということであろう。 

 この『草原の風』を私は、中巻・下巻・上巻という、図書館の書架に現れた順に読みました。機会を得て、順に読み通したいと思っています。 

 今日という日、どの人とも同じ地平に立って正対し、歩むことができるよい日となりますように。

 

 

 

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2012年4月29日 (日)

ケセン語訳の聖書

 今日は日曜日。尊敬するクリスチャンの友人からケセン語訳聖書についてメールをいただきました。すてきな内容ですので、ご本人に了解いただいて、皆様に紹介させていただきます。
 
  ◇   □   ☆   ※   ☆   □    ◇ 
  ケセン語訳聖書というのを知りました。これは気仙地方 (陸前高田市や大船渡市) の方言で訳された聖書のことです。
  この地に開業されている山浦玄嗣さんというクリスチャンの医師が、聖書をもっとこの地方の人になじみやすい言葉に翻訳したいと思われ、まず古代ギリシャ語の勉強をされ、日本語の聖書からではなく古代ギリシャ語聖書からケセン語に福音書を訳されたのです。そして出版社で印刷されたのですが、その出版社は津波でなにもかも流されたしまったそうです。
  ところが泥にまみれた瓦礫の中から、奇跡的にその聖書が入った箱がみつかったとのこと。箱の中には、ほとんど無傷の3000部のケセン語訳聖書があり、そのことが報道されるとたちまち聖書は売り切れたそうです。
 
その後、ケセン語の聖書の言葉と山浦医師のその言葉に対して思索されたことを書かれた本が出版されました。『イエスの言葉  ケセン語訳』という本です。(文芸春秋社刊 文春新書)
 
 さっそく読みました。印象に残っているところを少し抜粋します。
 
「野辺の葬送(おくり)に泣いでる人ァ幸せだ。その人達ァ慰めらィる」
これは悲しむ人は幸いである。その人は慰められる。という聖句の訳ですが、ギリシャ語ではこの悲しむの意味は人の死を悼むという意味なのだそうです。それでこう訳したとあります。
そして・・・2011年3月11日、多くの人が亡くなりました。・・・・やがてたくさんの助っ人が気仙にもやってきました。みんな自腹を切って、はるばると東京や千葉や京・大阪から縁もゆかりもないはずの私たちのためにやってきたのです。少しでも役に立ちたい。少しでも慰めてあげたい。何とかしてあげたい!みんな、目に涙をためてそう言いました。
 ああ、神様・・・・と、私はつぶやきました。
神様はわたしたちの耳に聞こえるような声を出してわたしたちに語るということはなさいません。神様のことばは出来事の中にあります。出来事こそが神様のことばです。神様は今、たしかに私たちのそばにいて、わたしたちと共に泣き、私たちを慰め、やさしく力強く励ましていらっしゃる。
 
「この俺にァ、人を立ぢ上がらせる力ァある。活ぎ活ぎど人ォ生がす力ァある。この俺ァ、語っ事ォ本気で受け止め、その身も心も委ねる者ァ、たとえ死んでも生きるんだ」
  これは、私は復活であり、命である。私を信じるものは死んでも生きるという聖句の訳です。
 冷たい雪と真っ黒の泥濘におおわれた見渡す限りの瓦礫の町を前にして、呆然と立ち尽くすわたしの肩をがっちりとつかんでイエスは言います。「おい元気を出せ。この俺は死んでもまた立ち上がったのだぞ。その俺がついているんだ!
さあ、涙をふけ。勇気を出して、いっしょにまた立ち上がろう。お前のやるべきことが、そら、見えるだろう!」
 
  聖書の言葉が津波という大惨事を通して、生き生きと人を慰め、励まし力を与えていることが書かれていて感動と涙で読みました。
     ◇   □   ☆   ※   ☆   □    ◇
 
 
 わたしも、この本を読みたいと思います。
 
 
  東日本大震災のもたらした被害は、はかりしれません。けれど、それまで教会のなかったところに教会が建てられ、聖書のことばが力強く語られるようになったところもあります。
 
 
 キリスト教会の礼拝にお出かけくださいますように。

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2012年4月28日 (土)

バイブル メッセージ

 今日は、関根一夫という牧師さんのメールをご紹介いたします。この牧師さんは、新約聖書と旧約聖書にもとづくメッセージをメールで届けてくださっています。今回紹介させていただくところは、ゆりの花が登場していて、有名な聖書箇所でもあります。

 ◇  □  ○  ☆  ※  ☆  ○  □  ◇

今日の聖句
2012.04.25

ルカの福音書(新改訳による)

12:22 それから弟子たちに言われた。「だから、わたしはあなたがたに
言います。いのちのことで何を食べようかと心配したり、からだのこと
で何を着ようかと心配したりするのはやめなさい。
12:23 いのちは食べ物よりたいせつであり、からだは着物よりたいせつ
だからです。
12:24 烏のことを考えてみなさい。蒔きもせず、刈り入れもせず、納屋
も倉もありません。けれども、神が彼らを養っていてくださいます。あ
なたがたは、鳥よりも、はるかにすぐれたものです。
12:25 あなたがたのうちのだれが、心配したからといって、自分のいの
ちを少しでも延ばすことができますか。
12:26 こんな小さなことさえできないで、なぜほかのことまで心配する
のですか。
12:27 ゆりの花のことを考えてみなさい。どうして育つのか。紡ぎもせ
ず、織りもしないのです。しかし、わたしはあなたがたに言います。栄
華を窮めたソロモンでさえ、このような花の一つほどにも着飾ってはい
ませんでした。
12:28 しかし、きょうは野にあって、あすは炉に投げ込まれる草をさえ、
神はこのように装ってくださるのです。ましてあなたがたには、どんな
によくしてくださることでしょう。ああ、信仰の薄い人たち。
12:29 何を食べたらよいか、何を飲んだらよいか、と捜し求めることを
やめ、気をもむことをやめなさい。
12:30 これらはみな、この世の異邦人たちが切に求めているものです。
しかし、あなたがたの父は、それがあなたがたにも必要であることを知
っておられます。
12:31 何はともあれ、あなたがたは、神の国を求めなさい。そうすれば、
これらの物は、それに加えて与えられます。

+++
心配しなくてよいということは、決して無頓着で良いということではな
いと思います。心配するというのは、心を悩ませ、思いわずらい、悲観
的に自分で何とかしなければと無理をさせる要素を含んでいます。問題
だけを目の前に近づけて見、自分の能力だけを考え、神様の約束に心を
向けず、他者の善意にも心を開かないなどの態度が心配を生みだす要素
なのかもしれません。
神が養ってくださることを信頼し、その助けを当てにしつつ、自分の最
善を願い、丁寧に取り扱えば良いのです。
神に知られ、神の温かいケアの心がいつでもあなたに向けられているこ
とを信じて、日々を過ごすことができたらどんなに気持ちが楽になるこ
とでしょう。
神の国を求めて生きるとは、神の支配が自分にも届くことを信じて生き
ることです。
今日一日がそういう一日になりますように。
祝福を心から祈ります。

   ◇  □  ○  ☆  ※  ☆  ○  □  ◇

 明日は、日曜日。 キリスト教会の礼拝におでかけくださいますように。

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2012年4月27日 (金)

「的を射る」

Photo  新入生勧誘の看板が、たとえば左の写真のようにキャンパス内に立てられています。

 なかなか見応えのあるものが多いです。

 60代半ばの私は、勧誘されることはありませんので、余裕を持って傍観しております。

 そうそう、今日のタイトルは「ことばの散歩」に分類しましたので、「的を射る」という表現について一言。

Photo_2 思い違いをして、的はずれになることは、誰にもあることです。

 看板の文字を「うなぎのひまつぶし」と読んで、あれっと見直すと「うなぎのひつまぶし」だったというようなことが、年齢を重ねるにつれて増えてきた私です。

  けれど、一応、国語の教師ですから、最近よく耳にする「的を得た話」という表現については、 断固として、「的は射るものであって、得るものではありません」と声を大にして言わせていただきます。

 いえ、右の看板には、何も間違いはありません。的が図示されていますので、「的を射る」ということがイメージされやすいかなと思って流用させていただきました。

 「出るくぎは打たれる」も本来は「出る杭は打たれる」で、こちらは間違う人は、やや少ないようです。

 もちろん、大切なのは、話の内容の本体が的を射ているかどうか、ということで、そういう意味で私自身も心したいと思います。

 今日も、よい日となりますように。

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2012年4月26日 (木)

岐阜大学演劇研究会 春季新入生歓迎公演

0002 4つの話からなる「OUT OF」 という劇が、25日から28日まで上演されます。25日の初演を観たのですが、一所懸命の意気込みが伝わってくる熱演、好演です。

 詳しくは、http://gcgekken.web.fc2.com

を、ご覧ください。

 ひたむきに磨き合って一つの劇を作り上げるそのエネルギー、若さに、まず打たれます。舞台に登場する若人たちだけで成り立っているように思いがちですが、演出・照明・音響、そして舞台装置作り などなど多くの部署がベストを尽くし合って演劇は公演されるのですね。

 今日も、多くの人と協調し合って、よい日を歩むことができますように。

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2012年4月25日 (水)

家庭菜園

Photo  我が家の家庭菜園主任に任命されていることを思い出しました。← 冬眠から目覚めたムーミンパパみたいです。

 テーブル二つほどの広さの菜園ですが、イチゴ、レタス、わけぎなどが育っています。パセリも元気です。

Photo_2  新鮮な食べ物を身近で入手できるのは、ありがたいことですね。

  私の住んでいる岐阜市では、ゴールデンウイークの頃がいろいろな野菜類の植えどきだそうです。

 「○○どき」という言い方で連想したのですが、学問は、思い立ったときが始めどきだそうですね。

 まもなく、五月 ・・・ 五月病などという言葉もありますが、私にとっては誕生月 元気に四月を歩んで五月を迎えたいと思います。

 今日も、初夏に向かうよい日となりますように。

Photo_3

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2012年4月24日 (火)

うど(独活)

Photo  うど ・・・ 独活 をいただきました。採りたてで、とっても新鮮。 

 きんぴらにする料理法も、贈り主から教えていただきましたので、早速きんぴらに ・・・ 葉も素材として生かすのだそうです。

B
 とても美味しくいただきました。

 

 角川書店の俳句歳時記をひくと、次のように載っていました。

独活(うど)  【季語の分類一覧】
芽独活(めうど) 山独活(やまうど) もやし独活(もやしうど) 独活掘る(うどほる)

「春-植物」の季語
ウコギ科の多年草。山野に自生する他、栽培もされる。日本原産の野菜として古くから食されてきた。春、地上に出る前の若い茎は柔らかく芳香があるので、生食・和え物などにする。

雪間より薄紫の芽独活かな    芭蕉

俎の傷の無数よ独活きざむ    有馬籌子

独活きざむ白指もまた香を放ち  木内彰志

山独活やひと日を陰の甕の水   桂信子

山うどのにほひ身にしみ病去る  高村光太郎

山独活がいつぽん笊にあるけしき 中原道夫

もやし独活鉄砲かつぎして戻る 高本時子

 美味しく、そして健康にもよいのですね。 旬の味覚をありがとうございました。

 

 今日 ひとひ 我が身を 旬と 思い込み ・・・ 元気に歩んで、よき春の一日となりますように。

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2012年4月23日 (月)

山より大きなイノシシ

 「山より大きなイノシシは出ない」 ・・・ この言葉を初めて聞いたとき、「そりゃそうだ。昔の人はいいことを言うなあ」と思いました。 

 人間、何かを心配し始めると、どんどんその心配が大きくなってしまうことがあります。雪だるま式に心配が大きくなると、ちょっと困りますよね。

 そんなときに「心配しなさんな、山よりでっかいイノシシは出んと言うからなあ」 と誰かが言ってくれたら、なんだかほっとするのではないでしょうか。 

 大きな問題も、正体を明らかにすると、対策を立てることができます。おそれて正体不明のままにしておくと、どこまでも心配は膨らんでいく可能性があります。現実を直視し、立ち向かう勇気と知恵 ・・・ 支え合ってそれを発揮し合える仲間、同志がいたら、なんと心強いことでしょう。

 家族、周囲の方と力を合わせ、山より大きなイノシシが姿を現すことのない今日を歩むことができますように。 

 

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2012年4月22日 (日)

モバイル端末

Photo_4

「人は最新機器にあこがれる。その最新機器を使いこなしている自分の姿には、もっとあこがれる」

 By ムーミンパパ ← ほんとかな?

 スマートフォンを所有すると体型がよりスマートに見える、ということではありませんが、コマーシャルなどで,指先で画面にタッチして写真をスライドしたり、二本の指を画面に当てて広げると写真が拡大されたりするのは、なかなかにカッコイイですよね。

 実は、私もしばらく迷いました。けれど、私の場合、自宅と勤め先にパソコンがあるので、携帯電話があればそれで用は足りると考えて踏みとどまりました。

 ただし、新しい機器、その使い方を体験はしておきたいと考えていましたら、写真のモバイル端末をほぼ5千円で入手し、それによる通信費の増額もないという道が開けました。今のところ、使い勝手は分からないなりに、手に持って本体の向きを変えるだけで、画面を縦にしたり横にしたりできることに感心しながら試行錯誤・暗中模索しています。

 文字入力には手間がかかりますから、画像を人にみてもらったり、気に入った音楽を保存しておいてイヤホンかスピーカー、時にはテレビやステレオなどにつないで楽しむくらいかなと思っています。

 若い人、活動範囲の広い人などが情報を受け、発信するのに活用するにはいいだろうなと思います。文字・音・画像などを一つの機会で取り扱える、いわゆるマルチメディアな環境が帯同できるというのは、今の時代にあっているのでしょうね。

 さて、今日は日曜日。キリスト教会の礼拝においでくださると神様が喜んでくださいます。

 モバイル端末も、携帯も、そして電力も用いないで直接神様に祈ることが出来るのは何とすばらしいことでしょうか。

 よい日となりますように。

【聖書】 わたし(神)の目には、あなたは高価で貴い。わたしはあなたを愛している。

 

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2012年4月21日 (土)

春たけなわのキャンパス

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 大学の放課後、緑が勢いを増しつつあるキャンパスの芝生に若者たちが集っていました。

 ギター練習、バレーボールなどなど・・・

  私が大学に入学したのは、前回岐阜県で国体が開催された年でしたから、今年の大学一年生の年齢プラス47ということになります。 岐阜 清流国体が冬の部に続いて開催されますから。全都道府県は47ですから、こういう計算になるのですね。

 過ぎた日を懐かしむのは,もう少し先の楽しみにとっておいて、若人のエネルギーを受けて、私も活性化したく思います。

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 航空部がグライダーを展示していました。体重制限はともかく、この座席に収まる体型でないと乗れませんよね。初心者はちゃんとライセンスのある人と二人乗りのグライダーで体験を積んでからこの一人乗りのグライダーへと進むのだそうです。

 青空を飛べたら楽しいだろうなあと思いつつ、グライダーから連想した話があります。それは、外山滋比古という方が書かれたこんなお話です。

 指示やアドバイスを受けると優秀な論文を書いたり研究をしたりできる学生は多い。そういう段階があるのは悪いことではない。けれど、そこにとどまっていては、その人は他の力に引っ張られて空に飛び上がるグライダーのようなものだ。やがては、独り立ちし、自分の力で飛び立って飛行する力を備えた飛行機になってほしいと願っている。

 規模に大小はあっても、内燃機関を自前で備えた人間に ・・・ 大事なことですよね。

 今日も、よい日となりますように。

 明日は日曜日。キリスト教会の礼拝にお出かけください。

【聖書】 安息日を覚えて、これを聖なるものとしなさい。

 

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2012年4月20日 (金)

ちらし寿司

Photo

 新学期も軌道に乗り始め、ちらし寿司が春の夕べの食卓を明るく彩ってくれました。

 ふるさと、高山の母はちらし寿司、おにぎりなどが特に得意です・・・ うーむ、会いに行きたくなりました。飛騨路の桜も、そろそろ開花、あるいは見頃に向かう時節でしょうか。

 私の作れるレパートリーは、増えていきません。この連休当たり、旬の素材を生かすメニューを学べたらと、思わないこともないのですけれど、さて・・・。食べることのできるメニューにほぼ限定はない私ですが、作れるメニューとの数の開きの何と広大なことでしょう。

 せめて恩恵を受けていることに感謝の思いを忘れないようにいたします。

 今日も、よい日となりますように。

 

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2012年4月19日 (木)

はぐくむこと、春のごとし

0001  「はぐくむこと、春のごとし」ということばを教えていただいたことがあります。すてきなことばですね。

 この花、冬の間は一本の枝のような景観でした。どうなるのだろうと、いつも大学の教室やキャンパスを美しく整えてくださっている方に見ていただきました。 

「もう少し、様子を見ていてください」と希望を与えてくださいましたので、室内の、暖かい場所において様子を見てきました ・・・ といっても、水を時々やるだけでほかにこれといった手入れをすることもできない傍観者のような私でした。

 思い出したのは、次男が幼稚園に通っていたときのことです。家内が図書の整理に幼稚園に出かけていくと、小雨の中、次男ともう一人の男の子が、じーっとアヒルを見ていたのだそうです。

「あんたたち、何しとるの?」 返ってきたのは「アヒルのめんどう みてきて といわれたから みとるの」 という返事。 めんどうをみるというのは、ただひたすらじーっと見ることと思い込んでいたらしいのです。 

 私の「様子をみる」も、ほとんどそれと同じでありました。なんと純真な ・・・とはこの年齢の大人には、あてはまりますまい。それなのに ・・・ このように蕾をつけ、見事に咲き出てくれたのは ・・・ けなげな花の底力と、それを引き出してくれた春に違いありません。そして、こうなることを見通して的確にアドバイスしてくださった方のおかげです。

 そして・・・ 家内の身内の見舞いにと、この花をプレゼントしてくださったクリスチャンの先輩ご夫婦のお心の後押しもあってこの花が咲き出でたのではないか・・・ そんなことも思って、心が温かくなりました。  春ですね。

 はぐくむこと、春のごとし  ・・・ すてきな季節です。 多くの花が咲くよき日と今日がなりますように。

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2012年4月18日 (水)

花びらのじゅうたん

Photo_3 満開の後は、散る桜 ・・・ けれど、ごらんのように花びらのじゅうたんが敷かれました。 

 花弁に申し訳ないような心持ちもしながら歩いた私。いえ、まだ、男の花道とまでは思ったわけではありません。

散る桜 残る桜も 散る桜 ・・・良寬さんの辞世のことばとも言われています。

 日本に死生学を伝え、多くのことを教えてくださっているデーケン教授は、ユーモアのある方です。「皆さん、ニュースを申し上げます。人間の死亡率は百パーセントです。」(死なない人はいません)・・・突然、言われるとうろたえてしまうかもしれません。

 

 来たるべき時に謙虚に備えながらも、それだからこそ、今日も、ベストの日になるように歩みましょう。

  生きている ひと日 ひと日が 晴れ舞台

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2012年4月17日 (火)

関市のパン屋さん

Photo  刀鍛冶が居る刃物の町として知られる岐阜県関市ですが、他にも魅力があるなかなかのところです。

 

 フランスで修行し、天然酵母のパンを作っているペイザンというパン屋さん ・・・ このお店は、「魔女の宅急便」に登場するパン屋さんをイメージして建てられたそうです。

 

  お店の中に入ると、梁の上に黒猫のぬいぐるみがちらっと見えるなど、さりげなく趣向が凝らしてあります。

Photo_2 
 たくさんの野菜が楽しめるフォカッチャも人気です。250円だったと思います。

 もし、足を運べるところにお住まいの方は、どうぞ。

 すぐ近くに、ドイツで修行されたお肉屋さんもあります。 

 今日も、よい日となりますように。

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2012年4月16日 (月)

新聞の「声」欄から

  昨日、西行法師の歌にふれましたが、実は朝日新聞の「声」欄に掲載された文章を参考にさせていただきました。少し長くなりますが、すてきな内容ですので、紹介させていただきます。

  ◇  □   ☆   ○  ※  ○   ☆   □   ◇

西行から芭蕉へ 桜に誘われる

   主婦 平戸 知子 (愛知県 瀬戸市) 

  また周りが桜の園になった。毎年、この木も桜と気付かされる。「日本人は桜が大好きなのだなあ」と。

  この季節、西行を思う。桜を毎年一緒に見ている気になる。それは西行の「願はくは花の下にて春死なむ そのきさらぎの望月のころ」の歌による。 

 (2010年)3月30日の天声人語で、西行忌を命日と1日ずらして満月の日に後世の人がしたことを知った。幼い頃は花の美しさ、人の集う楽しさ、花見団子の甘さで特別のものだったが、いにしえの歌人らの残した文字の力によって、桜は今後も日本人の魂のよりどころになっていくのかもしれない。 

 芭蕉が奥の細道に旅立ったのは、西行の五百年忌だったという。そのせいか、桜を見ると「月日は百代の過客にして、行き交ふ年もまた旅人なり」の奥の細道の冒頭を思い出す。 

 この冬、私はこれまでの人生が否定されたような気持ちになることがあった。けれど、桜の下に立ったら、私も、月日と同じまだ旅の途中なのだと思うことができた。そして、冬を共に歩んでくれた旅の仲間に伝えたいと思った。「ありがとうございました」と。

 ◇  □   ☆   ○  ※  ○   ☆   □   ◇

  心を込めて書かれた文章には、ご本人の気付かれないところでそれを読む人の心に友人のように優しく寄り添っていたわりながら一緒に道行きを歩んでくれるところがあるのですね。私も申します。ありがとうございました、と。

 今日も、寄り添いつつ歩める方と共に歩むことができますように。 

 

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2012年4月15日 (日)

西行法師の歌

Photo_4 願はくは花の下にて春死なむ

 そのきさらぎの望月のころ

 こう読んだ西行の心を汲んで、命日と1日ずらして満月の日に西行忌を設定したとのことです。粋な計らいと申せましょうか。

 わたしの家から、歩いて行けないこともない距離にある市営の墓地は、なかなか広大です。運動場もあるのです。

「歩いて行けないこともない」と書きましたのは、歩いて行くことはできるけれども、帰りも歩いてくるには、やや距離があるということです。

  写真は、その墓地から撮ったものです。 梅にウグイス といわれますが、この日は、満開の桜に誘われてか、桜にウグイス という様相を呈していました。 なかなかいい声でしたよ。

 春爛漫 ・・・ とは言いながら、けっこう雨も降り、嵐もあるなか、可憐さとけなげさを兼ね備えている花たちに脱帽。 

 今日も、よい日となりますように。 生きる姿で意気に感じ合えたらすばらしいですね。

 日曜日・・・ キリスト教会の礼拝にどうぞ。

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2012年4月14日 (土)

頂き物

Photo 分葱(わけぎ)をいただき、ぬたであえました。おいしかったです。

 えっ、隣の包みも気になると仰せですか。

 実は、こちらも頂き物なのです。

 中身をお目にかけましょう。

Photo_2 「あも」という銘菓なのだそうです。宮仕えの高級女官たちの女房言葉で、「あも」はお餅のことだそうです。

ほかに、

おすもじ ・・・ 寿司

おくうのもの ・・・ 香の物

おかべ ・・・ 豆腐

 などが女房言葉の仲間とか。

 よいお味でした。  すてきなお品、すてきなお心を頂戴し、お礼申し上げます。

 あ、すみません、写真で見ていただくだけで終わってしまう方には申し訳のないことをいたしました。 お許しくださいますように。

 お餅のことを「あっぽ」といっている歌があります。♪「正月は ええ あっぽくえるで ええ」 というような歌詞です。 「あも」の系統をひいているのかもしれませんね。

 今日も、よい日となりますように。明日は日曜日、キリスト教会の礼拝にお出かけくださいますように。

 

 

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2012年4月13日 (金)

「中将姫誓願桜」、みごろです

Photo_2 岐阜市の東部、芥見大洞に、「中将姫誓願桜」があります。

 小ぶりで八重の桜が、今、みごろを迎えています。

現地へ行けるほどお近くの方で、見たいと思っておられる方は、どうぞ、お出かけください。

 開花する前から、のぼり旗がたくさん立てられ、地元のかたたちの期待の大きさが伝わってきていました。

 気候が定まらない今年の春でしたが、期待通り、あるいは期待以上のかわいらしい花を咲かせて、この桜もほっとしているのではないでしょうか。

Photo_3 いいものですね。

  今日も、期待に応え合って花を咲かせ合う日となりますように。

 今日一日で開花に至らなくても、明日に向かって元気に歩むことができますように。

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2012年4月12日 (木)

桜とお弁当

Photo  大学の図書館をバックに、桜を撮ってみました。図書館には、さすがになかなかの本がそろっています。

 ずいぶん本を読んできたつもりでしたが、読んだことのない本がどっさりどっさりあることに、落ち込むというより、まだまだ読み尽くせないのだと人間の文化の膨大さ、奥深さにうれしくなりました。

 さて、「花より団子」 ・・・ではなく、今回は桜とお弁当です。

Photo_2 今年の八重桜の開花までは、まだしばらくあります。というわけで、これは、昨年の八重桜の塩漬けです。

 

 お弁当に花を添える ・・・ 人生の彩りという感じもいたします。

 

 11日、岐阜市では雨がほぼ終日降りましたが、花冷えで鍛えられたのか、私の見る限りでは今年の桜花は打たれ強いようです。

 冬の寒さに耐えて咲く花 ・・・ 教えられますね。

 今日も、よい日となりますように。

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2012年4月11日 (水)

なんか、いい感じ

 新学期 ・・・ 町の中にも新学期の光景がそこここに見られます。

 勤めている大学にも新入生が ・・・ なんかいい感じ ・・・ 学内の雰囲気に華やぎがあるのです。

  一時間目の講義に遅れまいと駆けていく学生、休み時間にキャンパスの花々を携帯のカメラに収めている学生 ・・・ ランチタイムに学食に向かう(突進する?!!)集団も、エネルギッシュ。

 未見の我 ということばを思い浮かべます。 

 彼は未だ彼ならず。されど彼ならんと欲するが故に 彼なり

  うーん、若者向けのことばですよね。 「私は、私というものにちゃんとなっているのでしょうか」・・・ などとどなたかに問いかけてもお困りでしょうから、少しは自分で考えることにいたします。

 学生に、宮城谷昌光という作家の作中の人物のことばを紹介することがあります。

 人に問うからわからなくなる。自分に問え。

 いえ、深刻な思いなのではありません。新入生を迎えての明るいにぎわいの中で私自身の学びへの思いも若やいでいるということなのだろうと思います。

 今日も、よき学びの日となりますように。  

続きを読む "なんか、いい感じ"

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2012年4月10日 (火)

入学式・新学期

 新学期が始まりました。新一年生は、小学生はもちろん、中学生、高校生、そして大学生も輝いて見えます。フレッシュマンとはよく言ったものですね。

  岐阜市では、桜がちょうど入学式に一番よい状態で開花したように思います。

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 新しい人の輝きのよいところは、新しくない人 ・・・いえ、ベテランの輝きも照らし出すところではないでしょうか。

 プロ野球のチーム ・・・ ベテランとルーキーがそれぞれ刺激を与え合ってチーム一丸となっているところは、プラスアルファの強さを発揮しているように思います。

 私も、今年は今年の新しい花を咲かすことができるように、励みます。・・・むち打つと老骨は崩れてしまうといけませんので、いたわるところはいたわりながら ・・・ えっ、骨をいたわるのはいいが、肉もいたわりすぎてだぶついているのではないかとおおせになりますか ・・・ うーむ、口惜しいです、見事に当たっているだけに。 粉骨砕身というのはちょっと強すぎる表現なので、日々精進 でいかがでしょうか。

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  一週間前にはつぼみだった教育学部入り口のチューリップ、見事に開花して新年度に文字通り花をさえています。準備くださった方々、ありがとうございます。まさにプロフェッショナルの心遣いとわざですね。

  何はともあれ、「はぐくむこと、春のごとし」と言われるよい季節、今日もよい日となりますように。

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2012年4月 9日 (月)

『楽毅』 宮城谷昌光

0002 『楽毅』

宮城谷昌光 著

新潮社 全四巻

第四巻は1999年10月30日発行

 あの諸葛亮孔明が、管仲という人とこの本の主人公である楽毅に自分をなぞらえていたと、あとがきにあります。孔明が憧れを持って自分のモデルとしていたほどの人物ということでしょう。

 楽毅は、その武勇、政治的判断、外交の見通しと実行力などなどに卓越した力を発揮し、弱小国においても忠義の心を貫いて見事な生き方を貫いた人物としてこの本に描かれています。

 

 随所に、引き絞って放たれた矢のような勢いをもって迫ってくる言葉があるのですが、おもしろい体験を私はいたしました。 作者の宮城谷さんが、ご自分の作品から、これぞと思う表現を抽出して編集した本があるのです。ところが、私が「この作品では、この文章だろう」と予想する文が載っていないことが多いのです。 ひょっとすると私は作者がここを読んでほしいというところからはずれたところに惹きつけられているのかも ・・・ かなりの確率でそうなのだなと反省しております。 ← と書きながらも、一度、世に送り出された作品は、作者の意図せぬひとり歩きをするのだ、などと居直っている面もあります。

 

 さて、第四巻では、楽毅とその妻が、自分たちの息子を託す教育者の人選で、この人に、と思う人物で意見が分かれるところが心に残りました。

 教育を頼む相手を見る目が違うようだ、と話す楽毅に、妻は、あなたとわたしでは息子への見方が違うのです と、後へ退かずに食い下がります。ここまで息子を育ててきたのは戦場に赴くことの多い夫ではなく、このわたしだ、ほかのことはともかく、この人選では譲れないとの自負がある ・・・ よろしかったら、この場面だけでも機会がありましたらお読みください。

 

 いえ、作者、宮城谷さんは全部読んでほしい とおっしゃることでしょうけれど。 

 世の中に書物はたくさんありますので、もちろん、どうぞお好きになさってください。 今日も、よい日となりますように。

 

 

 

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2012年4月 8日 (日)

『正しすぎてはならない』 その2

  昨日からご紹介しているこの本、『正しすぎてはならない』というタイトルにはどんな考えが込められているのでしょうか。

 「水清ければ魚住まず」ということわざが連想されますが、そういうことではありませんでした。

この本の著者は、こんなふうに書いています。

◇   □    ○   ※   ☆   ※  ○  □   ◇ 

正しすぎてはならない

 人は、悪人であればあるほど自分の正当性を主張するという逆説もあります。 ・・・ そこにあるのは、自分の正当性を主張することで、自分の人生を把握していたいという思いではないでしょうか。 ・・・ 聖書では最初から、自分の正義を主張することこそが罪の始まりであると記されています。本来、人は、絶対的な神の前では、自分の無知と無力を心から認め、謙遜になることができるはずなのです。人の罪が、人を謙遜にするはずの信仰さえ争いの原因としてしまうという現実がある中で、「正しすぎてはならない」という教えの鋭さに目が開かれます。

  ◇   □    ○   ※   ☆   ※  ○  □   ◇

  うーん、失礼いたしました。一冊の本によって書き表されていることを、短くしてお伝えすることは難しいこあれるとに今頃、気づきました。お許しくださいますように。神様の前に身を低くするということと通ずると思われる内容ですが、この本には、次のような文章も書かれています。

 時と機会は 巡ってくる

  私たちは誰も、「時を支配する」ことはできませんが、与えられた「時と機会を生かす」ことはできます。

 自力で生きている、という自負は、ある意味大切です。けれど、神によって、神の愛によって生かされているという謙虚さを備えるとき、人は本当に正しく、大きな人物へと育つことになるのではないでしょうか。

 未熟なままの私が大きなテーマに向かって書いてしまいました。お許しください。

 

 今日も、よい日となりますように。

 

 今日は、復活祭(イースター)の礼拝がキリスト教会では開かれます。出席くださると神様が喜んでくださいます。

聖書の言葉

 

 わたし(神)の目には、あなたは高価で貴い。わたしは、あなたを愛している。

 ※ あなた ← このことばを ご自分の名前に入れ替えて、上のことばを読んでみてください。 もし、よろしかったら、ですけれども。

 

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2012年4月 7日 (土)

『正しすぎてはならない

0002『正しすぎてはならない』

ー伝道者コヘレトの書の翻訳と解説-

高橋秀典著 

いのちのことば社 2010年2月1日発行

 旧約聖書は39巻の書物で構成されています。

 「初めに神は天と地を創られた」ということばから始まる創世記、映画「十戒」でチャールヘストンがその役を演じたモーゼの登場する出エジプト記

150篇の詩が納められている詩篇

 

 ・・・ 伝道者の書は、上記の巻物などとともに旧約聖書を構成している書の一つで、ソロモンという豊かな知恵と大きな力をもった王が記したといわれています。テレビの番組に「ソロモン流」というのがありますが、このソロモン王の名をとったのですね。

 

  『正しすぎてはならない』の著者、高橋秀典牧師は、ヘブル語の原典をドイツ語訳や英語訳と比較しながら、日本語に翻訳することに取り組まれ、本書にはその翻訳と分かりやすい解説が記されています。

 この本の中に、アメリカの神学者R.ニーバーが第二次戦争中に書いたと言われる有名な祈りが、これも高橋牧師の訳で記されていますので、それを紹介させていただきます。前置きが長くなってすみません。

ニーバーの祈り

 「神様、私にお与えください。

 変えられないことを受け入れる、平静な心 (Serenity)を

 変えられることは変えていく、勇気を 

 そして、二つのものを見分ける、賢さを」

 短い表現ですが、とても奥が深いように思います。

 明日は、この書の題名「正しすぎてはならない」に関して書かせていただきます。

 今日も、よい日となりますように。

 

 明日は、日曜日。キリスト教会では復活祭(イースター)の礼拝がささげられます。

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2012年4月 6日 (金)

春の嵐

 二つの季節のせめぎあいなのでしょうか、荒れ模様の天候が続いていますね。

 

 ラジオを聞いていましたら、竜巻注意報だったか、竜巻警報だったかが発令された県もありました。 ・・・ うーん、身を守るために注意を喚起してもらえるのはありがたいのですけれど、具体的には、こういう警報が出されたらどうすればよいのでしょうね。

 

 頑丈な建物が近くにあれば気象が落ち着くまでそこへ避難するとか、地下街があれば、そこで買い物してすごすとか ・・・ 外出せず、雨戸があれば締めて家に居る ・・・ というようなことでしょうか。

 

 自分の命は自分で守る ・・・ 大人にも、とっさのときに的確な判断をして行動に移すのはなかなか難しいですね。  それを幼い子どもに期待・要求するのは酷だと思います。 でも、スーパーマンやウルトラマン、アンパンマンなどが同時にどこにでも助けに行けるわけではありませんし ・・・。

 せめて、「今まで大丈夫だったから、今度も大丈夫だろう」という、いわれのない安心への寄り掛かり ・・・ 「日常化への偏見」(危険な状況なのに、それを直視しないで安全だと自分に言い聞かせてしまう)に陥らないように、気を配りたいと思います。

 

 嵐がおさまって、春爛漫の時が訪れ、よい日となりますように。

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2012年4月 5日 (木)

コーヒータイム

Photo_3  春休み、ということで、ゆったり気分を味わおうと、喫茶店へ・・・

 

 プロの入れてくれるコーヒーの味は、もちろんいいのですが、うつわがまたいいのです。

 

 ちょうど、優れた文章が、書かれている内容もさることながら、それを盛っている器 ・・・文体、選び抜かれたことばなど ・・・ と一体となって読み手に訴えかけてくるのと似ていますね。

 

 コーヒーと軽食をお願いしたのですが、それに加えて、このお店のオーナーの手作りの品がテーブルに加わりました。

0012
 ふきのとう味噌 そしてわさび漬け

です。 どちらもよいお味でした。

 

 コーヒータイムは、リフレッシュタイム おかげさまで、よいひとときをすごさせていただきました。

 

 春の嵐 ・・・ 季節の変わり目にはふたつの季節がせめぎあって不安定な天候になりやすいのでしょうか。 どうぞ、おすこやかでお歩みください。 

 よい日となりますように。

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2012年4月 4日 (水)

アンズの花

0003 今年の復活祭(イースター)は、4月8日・・・今度の日曜日です。私のお世話になっているキリスト教会の庭のアンズの花が復活祭に先駆けて開きました。

 まっすぐに伸びている枝が多いようです。

 今週は受難週と呼ばれています。 バッハ作曲マタイの受難曲などがクラシックの放送でお耳に入るかもしれません。

 この曲は、初演されてから百年以上も演奏されることがなく、静かに眠っていたそうです。その眠りを覚まして、再び世の中に送り出したのは、音楽家のメンデルスゾーンだそうです。

 受難曲も、イエス・キリストを讃えて復活した ・・・ そんな思いもいたします。

 【聖書のことば】  「おそれるな。わたしがあなたの神だから」

 大事な問題に対して適切な手をうつことは、もちろん大切です。けれど、人にできることを最善を尽くして為したら、その先のことは、むやみに案ずることなく、神様に信頼して歩むことにいたしましょう。アンズの枝のようにまっすぐに伸びて、すなおに神様のわざのすばらしさをあかしする生き方ができたら、と願います。

 今日も、よい日となりますように。

 事を

 

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2012年4月 3日 (火)

地域の回覧板

 町内の回覧板が回ってきました。地元の幼稚園と小学校の広報がその中に入っていました。 

 小学校の広報には、卒業生一人一人の手書きの文章が載っていました。

 おっ、すてきだなと思った文章を二つ、紹介させていただきます。

「ぼくは、どんな職業につきたいか、自分でもわかりません。でも、やさしい大人になりたいです。そのために、こまっている人を助けたいです。」 Mくん

「裏でみんなをささえられるような人になりたい。そのために、毎日ゴミを拾ったり、トイレのスリッパをそろえたりする。」 Tさん

 こうした文がたくさんあって、ほのぼのとした思いになりました。 

 この広報には、平成12年から地域の方々が「ふるさと先生」としてクラブの時間などに、料理や紙飛行機、昔の遊び、手芸、手話などを子どもたちに教えてくださっていることも紹介されていました。

 

 幼稚園の広報には、近くのグループホームのお年寄りに手作りおやつをお届けし、ダンスを見ていただいたり、歌を聞いていただいたりし、すてきなふれあいの時間がすごせたこと、青少年育成市民会議のかたが、夏の夜、螢を一緒に見る機会を設けてくださり、とても間近で螢を見ることができたことなどが掲載されていました。

 

 子どもたちが学校だけでなく、地域の方によって温かく見守られ、はぐくまれていること、地域の方々も子どもたちによって喜びをプレゼントされていることが二つの広報から伝わってきて、よいふるさとに住ませていただいていることを実感いたしました。 ありがとうございます。

 

 今日も、よい日となりますように。

 

 

 

 

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2012年4月 2日 (月)

花もて迎えるあたたかな心

Photo_7  入学式まで,少し間があるのですが、花の準備も進められています。

 春の天候は、暖かくなったかと思うと一転して雪がちらつくというふうに不安定です。けれど、心を込めて新学期の装いを進めておられるプロの方々は、そうした天候も読んで、花開かせてくださることでしょう。

 そのようにして迎えていただく、一人一人の学び、仕事にも、すばらしい花が咲きますように。

 2012年度 ・・・ よき年となるトキメキの予感がいたします。

 今日も、よい日となりますように。

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2012年4月 1日 (日)

行く年 来る年

Photo_5  卒業して新しい生活に入る卒業生が、花をプレゼントしてくれました。

 Dendorobium・・・花言葉は「セカンドラブ・トキメキ」と札が付いていました。 この札は花屋さんの既製品ですし、複数の勤務する部屋に複数の卒業生から送られた花ですから、安心して感謝の心で受け取りました。

 温かいお心遣いありがとうございます。この四月からの社会人としての新生活、元気に切り拓いて活躍されますよう、心からエールをお贈りします。

Photo_6  さて、こちらは、新学期に備えて磨き上げられたフロアです。

 新一年生、そして学年が一つずつ上がる学生たちもこのように迎えられて張り切ることでしょう。

 心を込めて美しい環境を整えてくださる方々、本当にありがとうございます。 

 あまりに綺麗なので、私などがこのフロアを歩くのが申し訳なく思われるほどです。でも、新しい年度、私も心持ちを新たにして励ませていただきますね。

 いよいよ、四月、そして新年度のスタート、今日も、よい日となりますように。

 今日は、日曜日。キリスト教会の礼拝にお出かけくださいますように。

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