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2012年5月16日 (水)

田中澄江さん その3

 余談です。 ・・・ とくにお断りしなくても、私のブログはいつも余談のような・・・

  この『山は いのちをのばす』という本を通して、田中澄江さんがクリスチャンであることを知り、親近感がわきました。 そして、それから幾日も経たないうちに、あるキリスト教文学全集にはさまれていたリーフレットに、田中澄江さんと評論家の佐古純一郎さんの対談が記されているのに出会って、その巡り会いのタイミングに驚きました。

 以下は、そのリーフレットからの抜粋です。

 ご主人である田中千禾夫(ちかお)さんが、「(ペテロのように「われに従え」というキリストの)お声がかかったら、女房・子どもをほっぽり出しても修道院へ行く」と生前語っていたと聞いた田中澄江さんは、こうおっしゃっています。

 「ひとりで修道院にはいってしまうより女房子どもを回りにおいて、現実の中で信仰に生き、なおかつ仕事をする・・・そういう形の中に、真のキリスト者の生活を見いだしたいと思うんです。」 

 この対談の中から、私が教えられたことばをもう一つ引用して、田中澄江さん関係の3回シリーズ、結びとさせていただきます。 

 文学と信仰というのは、自分の中では一つのものなんですね。信仰は自分の生き方を決めることだし、文学はそれを書くことなんですね。生き方が定まらないのに、何が書けるのかと思いますよ。 

 うーん、89歳で山登りを続ける体力・気力を維持している田中澄江さんには、劇作家として生きることはクリスチャンとして生きることという一本の柱がしっかりと通っているのだということ ・・・ 教えられました。 

 今日も、旗幟を鮮明にした生き方を、柔らかな中にもにじませることができますように。

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