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2012年6月12日 (火)

詩「私の話を聞いてください」

  関根一夫という牧師さんのメールマガジンから6月10日の日曜日のメッセージのなかにありました詩を引用、掲載させていただきます。

【私の話を聞いてください】

私の話を聞いてくださいと頼むと
あなたは助言を始めます
私は そんなことを望んではいないのです
私の話を聞いてくださいと頼むと
あなたは その理由について 話し始めます
申し訳ないと思いつつ
私は不愉快になってしまいます
私の話を聞いてくださいと頼むと 
あなたは なんとかして 私の悩みを解決しなければ という気持ちになり
ます
おかしなことにそれは 私の気持ちに 反するのです

祈ることに なぐさめを見いだす人がいるのは そのためでしょうか。 
神は 無言だからです
助言したり 調整しようとは しません
神は聞くだけで 悩みの解消は 自分にまかせてくれます
だからあなたもどうか
黙って私の話を聞いてください
話したかったら 私が話し終わるまで
少しだけ 待ってください
そうすれば私は必ず あなたの話に 耳を傾けます
(レオ・ブスカリア著 『Loving Each Other』より)

 「傾聴」の大切さがいわれていますが、なかなか相手の話を聴くのは難しいことですね。 心打たれましたので、ご紹介したかったのです。

今日も、お互いの心を聴き合うよい日となりますように。

※ 関根牧師さんのメッセージの全文をお読みになりたい方は、下の「続きを読む」をクリックしてください。

 

 

6月10日 関根一夫牧師 礼拝説教要旨

「ヤコブの手紙」から
1:19 わたしの愛する兄弟たち、よくわきまえていなさい。だれでも、聞
くのに早く、話すのに遅く、また怒るのに遅いようにしなさい。
1:20 人の怒りは神の義を実現しないからです。
1:21 だから、あらゆる汚れやあふれるほどの悪を素直に捨て去り、心に
植え付けられた御言葉を受け入れなさい。この御言葉は、あなたがたの
魂を救うことができます。
1:22 御言葉を行う人になりなさい。自分を欺いて、聞くだけで終わる者
になってはいけません。
++++
ヤコブの手紙の著者についてはいくつの説がありますが、エルサレムの
教会の指導的役割を果たしたイエス様の弟ヤコブだろうと言われている
説が一般的です。
この手紙には、様々な「行動についての注意事項」が書かれています。
当時のクリスチャンたちの中に、恵みによって救われたのだから何をし
ても良いのだ、どんなに勝手なことをしても最終的には恵みによって救
われるのだと放縦な生き方をしていた人たちがいたのです。そういう人
達への戒めの言葉として理解するとわかりやすいかも知れません。
一章の後半にある言葉だけを見ていきます。

1)「聞くのに早く、語るのに遅く、怒るのに遅く」

人間関係を熟成させようと思ったら、この原則を維持することは必須で
す。「聞くのに早い」とは、「人の話をしっかり、もれなく、終わりま
で聞く」という姿勢です。そして「語るに遅く」とは「自分の言いたい
ことに吐いては、時をしっかり確認して語り、感情の爆発として語らな
い」ということでしょう。
人間関係における躓きは多くの場合「誰も私のことを聞いてくれない、
わかろうともしてくれない」という出来事であり、「相手に一方的に言
い負かされた」という経験でしょう。それらの出来事が案外大きな傷に
なって、人間嫌いになり、自信を失うことにも繋がる場合があります。
こんな詩があります。

【私の話を聞いてください】

私の話を聞いてくださいと頼むと
あなたは助言を始めます
私は そんなことを望んではいないのです
私の話を聞いてくださいと頼むと
あなたは その理由について 話し始めます
申し訳ないと思いつつ
私は不愉快になってしまいます
私の話を聞いてくださいと頼むと 
あなたは なんとかして 私の悩みを解決しなければ という気持ちになり
ます
おかしなことにそれは 私の気持ちに 反するのです

祈ることに なぐさめを見いだす人がいるのは そのためでしょうか。 
神は 無言だからです
助言したり 調整しようとは しません
神は聞くだけで 悩みの解消は 自分にまかせてくれます
だからあなたもどうか
黙って私の話を聞いてください
話したかったら 私が話し終わるまで
少しだけ 待ってください
そうすれば私は必ず あなたの話に 耳を傾けます
(レオ・ブスカリア著 『Loving Each Other』より)

ヤコブはまた、「人の怒りの限界」を教えています。人の怒りは「神の
義を実現しない」と言うのです。
怒りの感情から人への暴言を吐いたり、仕打ちを考えたりしている時に
は、神の恵みや神の優しさなどは心にまったくないのかも知れません。
それは、結果的に苦々しい種を相手に植えつけてしまうことになります。

2)「御言葉を聞くこと、そして、生きること」

人から話を聞いて、どう応答すべきか心に方向性を確立するためにも、
神の御言葉を心に少しずつ蓄えることは大事なことです。そして、相手
に対して何かを求める場合、自分もそれにそって生きているかどうか考
えることはとても大事です。
「出来なければ救われない」というのとは違います。救いは恵みによっ
てもたらされているのです。恵みを知っている存在だからこそ、その恵
に感謝し、恵みと愛に励まされて行動パターンを考えるようにとヤコブ
は勧めているのです。

3)「舌を制すること」

最初の部分で、聞くのに早く、語るのに遅くと勧めていますから、ヤコ
ブの心には、ずいぶん「言葉」でのいがみ合いがあったのかも知れませ
ん。ヤコブはわざわざ、3章の冒頭にこれについて改めて文章を書いてい
ます。
3:2 わたしたちは皆、度々過ちを犯すからです。言葉で過ちを犯さない
なら、それは自分の全身を制御できる完全な人です。
3:3 馬を御するには、口にくつわをはめれば、その体全体を意のままに
動かすことができます。
3:4 また、船を御覧なさい。あのように大きくて、強風に吹きまくられ
ている船も、舵取りは、ごく小さい舵で意のままに操ります。
3:5 同じように、舌は小さな器官ですが、大言壮語するのです。御覧な
さい。どんなに小さな火でも大きい森を燃やしてしまう。
3:6 舌は火です。舌は「不義の世界」です。

4)「他者へのケアの心を育てる」

ヤコブは、むしろ、口先での問題を起こす生き方ではなく、優しい心を
磨く行動でキリストの愛をわかちあうようにと勧めています。
それにしても、自分のことを振り返ると、何歳になっても、完成からは
程遠く、まだまだ改善されるべき部分があるなぁと思います。あなたは、
どうですか?
霊的な祝福が間違いなく、具体的な生活にも影響をもたらし、人格的に
練られた品性が創りだされますように心から祈ります。
祝福がありますように。

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