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2012年6月26日 (火)

ーハンニバル戦記ー その②

0003 ハンニバルはカルタゴの名将として,ローマと長年戦い続けました。二つの国には,こんな違いがあったそうです。 

 戦いに負けて本国に帰った将軍は、カルタゴの場合、責任を問われて磔刑に処せられることが多かったのに対し,ローマでは罪に問わず、敗戦から学んだから次は勝つだろうと、次回の戦いにもリーダーとして起用されることがしばしばだったそうです。 

 ただ、こんな例も記されています。紀元前249年のローマとカルタゴの海戦で、敗将となったローマのプルクルスは巨額の罰金を課され、名門貴族であったのに屋敷を維持できないほどになったとのこと。

 それは、負けたためではなく、戦いに出発する前の吉凶占いの際に、思うように餌をついばまなかったにわとりを乱暴にも「水ならば飲むか!」と叫んで海に放り込んで、ローマ軍兵士が、あんなことをしてもいいのか、との思いを胸に戦場に向かう事態を招いたことを、指揮官にはあるまじき振る舞いとして罰せられたのだそうです。 

 Ⅰ羽のにわとりの気まぐれにいらだったことが、何と高くついたことでしょう。

 それはそれとして、こういうことが歴史の記録に残っていること自体がおもしろいですね。

 さて、今日という日、よき歴史が記される日となりますように。

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