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2012年7月 8日 (日)

『ローマ人の物語 Ⅲ』 ー勝者の混迷ー 塩野七生

Photo『ローマ人の物語 Ⅲ』

ー勝者の混迷ー 塩野七生 著

新潮社 1994年8月5日発行

 表紙の顔写真について、81ページにこのように書いてあります。

 ローマにあるカピトリーノ美術館の中を見てまわっていたとき、一つの大理石像の前で足が止まった。紀元をはさんで前後一世紀頃の作、とされた若者の頭部を刻んだ像である。それを眺めているうちに、ティベリウス・グラックスはこのような顔つきをしていたのではなかろうか、と思いはじめたのだった。 

 

 私が第Ⅲ巻の内容を端的に示さなければならないカバーにこの像を使うのは、グラックス兄弟からはじまるローマの混迷の原因が、研究者の多くが一刀両断して済ませる、勝者ローマ人の奢りでもなく退廃でもなく、彼らの苦悩であったことを訴えたいからである。まったく、「混迷」とは、敵は外にはなく、自らの内にあることなのであった。

 この巻には、敵に対して素晴らしい戦果を上げたリーダーが、元老院の一部の議員によっておとしめられ、みじめな最期を遂げることが何回か出てきます。

 また、敵が来たときに徴兵していた軍隊が志願制となり、偉大な戦績をあげるのですが、平和になると失業するという構図になったことも書かれています。リーダーは、戦場での働きを終えると、部下たちの失業対策を練る役割をもって奔走することにもなったようです。

 カークダグラスが主演した「スパルタカス」のもとになった史実もこの巻に出てきます。 

 若き日のカエサルなどが、勢いをもってきた海賊に捕らえられ、身代金を払って解放されたこと、やがて、海賊掃討のために大軍が編成されたこと、海賊を捕虜とした司令官が、彼らに農地や仕事を与えて定住させたことなども出てきます。なんだか、今年のNHKの大河物語「平清盛」と通ずるところもあるように思いました。 

 歴史は繰り返す・歴史に学ぶ という言葉はよく語られますが、歴史の資産をよい方向へ生かすことは至難の業なのですね。 

 今日という日がよりよい歴史へのスタートとなりますように。 

 今日は日曜日、キリスト教会の礼拝にお出かけください。

 関心のある方は、「続きを読む」をクリックして、ローマ軍の強さの例をお詠みください。

 

優秀な指揮官の下で闘うローマ兵の強さを述べているところを一カ所だけ紹介させていただきます。

 紀元前86年春テーベから15キロほど北西に向かった湖岸に広がる平原カイロネアで、両軍はあい対した。

 歩兵十万、騎兵一万、それに戦車90万台を平原いっぱいに展開するポントス軍 長槍をかまえたギリシャ式の重装歩兵とオリエント式に鎌を両輪につけた戦車の混合体・・・

 これに対するのは、短めの槍に短めの両刃の剣で武装した2万5千の重装歩兵と5千の騎兵だけでなるローマ軍は、一見するだけでも勝負にはなりそうもない感じだった。

 だが、会戦の火ぶたが切っておとされるや、自ら騎兵団を率いて早くも戦闘の主導権をにぎった、スッラの独壇場となった、

 ・・・ 結果は ・・・ ポントス側の戦死者と捕虜は十万以上、逃げおおせた者1万足らずに対し、ローマ側の戦死者わずかに12名 ・・・

 アレクサンダー大王やハンニバルの戦果をも越える新記録であった。

※ うーむ、草食系の食事を摂りながらこの戦果をあげるのは・・・と驚きます。戦いをなくし、一人も命を落とすことがないのが最上だという思いは、どなたも同じだと思いますけれど。  よい日となりますように。

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