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2012年7月24日 (火)

カエサルのことば

   カエサルは、自分と戦って破れた人たちに寛容だったそうです。自分に戦いを挑むことは、認め、敗者には寛大な対応をしました。しかし、いったん開城を約束しながらそれに反した相手には、とても厳しかったそうです。武士の風上にも置けない行為だと怒ったのでしょう。 

  カエサルは、元老院の会議に臨み、開会前の元老院議場の回廊で、14人の暗殺者に囲まれ、ついに倒れました。紀元前44年3月15日、カエサルは55歳8か月だったのことです。(誕生は紀元前100年7月12日です。)

 元老院には武器の持ち込みは禁止されていましたから、彼は何も武器を持っていなかったのです。自分を護衛する兵士たちも、すべての元老院議員が彼に危害を加えないと誓約して以来、引き連れることはなかったのです。 そのカエサルに短刀で向かった14人の中には、かつて命を奪われてもしかたのないところをカエサルに免じられた人も複数いました。

 さて、キケロという人は、カエサルの政敵という立場にたつなどしましたが、あるとき、カエサルの寛容さに「なんというちがいだ、敵を許すカエサルと、味方を見捨てるポンペイウスと!」と感動して、カエサルを褒め讃える手紙を送ったそうです。

 今日、紹介させていただくのは、その手紙に対するカエサルの返事です。

 カエサルよりキケロへ  

 わたしをよく理解してくれているあなたの言うことだから、私の振舞いにはあらゆる意味での残忍性が見られないというあなたの言は、信用されてしかるべきだろう。あのように振舞ったこと自体ですでにわたしは満足しているが、あなたまでがそれに賛意を寄せてくれるとは、満足を越えて喜びを感ずる。 

  わたしが自由にした人々が再びわたしに剣を向けることになるにしても、そのようなことには心をわずらわせたくない。何ものにもましてわたしが自分自身に課しているのは、自らの考えに忠実に生きることである。だから、他の人々も、そうあって当然と思っている。 

 決して、英雄礼賛に走るわけではありませんが、カエサルを暗殺した人たちとカエサルとの次元が違うほどの人格、器のちがいを思わずにはいられません。

 もう一つ、著者の塩野七生さんがよく引用されるカエサルのことばをご紹介して、今日のブログの結びとさせていただきます。 

 人間ならば誰にでも,現実のすべてが見えるわけではない。多くの人は、見たいと欲する現実しか見ない。 

 今日という日、見るべきものを見つつ歩むことが出来ますように。

 

 

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