« 『部活で俳句』 | トップページ | カツカレー (一番乗りの記念に) »

2012年10月20日 (土)

『部活で俳句』 その2

 昨日の書から、子規について書かれているところを引用させていただきます。

 子規について ・・・芭蕉が蕉風を打ち立てておよそ2百年。俳句の世界で隆盛を誇った蕉風は、時代の日常を詠むという芭蕉の姿勢を反映せず,次第に陳腐な只事や「もじり、ひねり」と呼ばれる機智を競いその型を伝授するという技術本位の芸事になっていきました。

 大政奉還の年に生まれた正岡子規(1867~1902)はその傾向を「月並俳句」と呼んで非難し俳句に新しい文学性を打ちたてようとしました。

 友人の中村不折という洋画家の絵からヒントを得た「写生」という方法を、子規は見出し俳句に実践し、それが今日まで続く俳句の方法の柱になっています。

 俳句でいう「写生」。それは自分自身の日常の事物を描写すること、日常の思いを書くこと、これが基本です。

 俳句というと、まだまだ2百年続いた「わび、さび」の情緒からくる「俳句らしさ」を先入観として持つ人が大半ですが、それは子規の「写生」の本意とは異なります。

 「写生」とは,作者が生きている現実の事物を見据え描写し,今の自分の内面を俳句に反映させようとすることをいいます。

 俳句はある風流な場面や時代を設定してそこにタイムマシンで移動して作る文芸ではありません。芭蕉や子規が自分にとっての現実を写したように私たちが今立っている場所や状況をまず書けばいいのです。

 引用が長くなって、すみません。上記の最後の三行がとくに筆者が主張したいところだと思います。本書『部活で俳句』では、このような考えに立って、主として高校生の俳句がたくさん取り上げられ、紹介され、評されています。

 今日も、よい日となりますように。

 時には文芸フアンでなくても、あまり身構えずに、俳句、短歌などで自己表現すると、大局的なところからものごとを客観視しつつ歩むことができるかもしれませんね。 

 明日は、日曜日。 キリスト教会の礼拝にお出かけください。

聖書の言葉 

 明日のことを思い煩うな。 一日の労苦は一日にて足れり。

 

|

« 『部活で俳句』 | トップページ | カツカレー (一番乗りの記念に) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 『部活で俳句』 その2:

« 『部活で俳句』 | トップページ | カツカレー (一番乗りの記念に) »